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SO-072「静けさの決意」


「最近、怖い夢を見るんです」


 その日のお茶会、フリーニア様とお嬢様の語らいはそんなセリフから始まった。そばに仕えているメイドもそのことを知っているためか少しばかり表情が暗い。体調に問題が出ているほどではないようだけれど、気持ちよく寝られないというのは大きなストレスとなるだろう。


(何か安眠できるお香でも……いや、物によっては依存するか)


 はっきりとは覚えていないが、どの時代でも不眠症の人はいる。だからこそ解決策となる薬なんかもいきつもあるのだが、多くは効果が強いほど依存も強くなる傾向にある。気休めな物は本当に気休めだが……下手に頼りきりになると困るだろうな。


 彼女が悪夢を見る理由ははっきりしている。それが全部ということではないかもしれないけれど、1つは戦争だ。第一王子を筆頭に、常に国軍が北に出ている。それでなくても東に出た巨人族は今もなお、全滅とはなっていない。幸いにもあちこちに穴が開き、ということはなく対処は出来ているようだ。


「寝不足は美容の大敵ですわよ」


「ええ、ええ。わかってはいるのですが……帰ってこないのではないかと、心配で」


 陽光が照らす応接間では時間はゆっくり過ぎていく。日差しの温かさと、お茶のぬくもりの両方が時間の固さをほぐしているかのようだった。お嬢様と一緒にいると安心するのか、どこか眠たそうにしているフリーニア様。


『どうしてもであれば今寝るのも手ですが、よろしくはありませんね』


「まったくですわ。お辛いでしょうが、出来るだけ夜に目は閉じなければ……」


 日の当たる場所に立てかけられ、普段の金属的な冷たさがまったく無くなった俺もカリカリと意見を書き出していく。今寝てしまうと、また夜には寝られなくなってしまう。そうすると悪い夢も見やすくなるというものだ。


 本当に最悪の場合、朝まで目覚めないが寝かせる方法はあるにはある。ただそれはいざという時にも起きないので本当の最終手段だ。元は誘拐用の技だしな。魔力に干渉し、気絶とは違う形で眠らせてしまう物だ。相手がある程度精神的にも強いと効き目が薄いのだがフリーニア様ぐらいであれば十分効くだろう。


「あの竜は、砕くわけにはいかないんですね」


「……ええ。下手に砕くと持ち運びが容易ですもの……あのままのほうがやりやすいのですわ」


 唐突な話題の転換、つまりは悪い夢は竜の夢、ということになる。ブリザイアの王族にとって夢はただの夢ではない。時折、予知夢のような物を見てしまう血筋なのだ……だからこそ、ただの悪夢と断じることは難しい。


 外れであることの方が多いと言っても、完全に無視という訳にもいかない悩ましいところだ。


「仮にそうなっても、私が何とかして見せますわ。プラクティスの……いえ、我が名に賭けて」


「お姉様……」


 子供の……今でもまだ若いが昔語らっていた時のように全幅の信頼を寄せてくるフリーニア様の瞳は涙で揺れている。もしかしたら、お嬢様か家族が口にしたくない目にあっている夢でも見たのかもしれない。こぼれた滴が、ずっと身に着けたままのペンダントに落ち……輝きを増したような気がした。乙女の涙はなんとやらってことがある……まさかな。


「また参りますわ。ポーション作成の時間が来てしまいましたの」


「はい、また」


 お嬢様はフリーニア様らの護衛を役目として受けた。と言ってもそれだけが仕事ではない。家に伝わるポーション類の作成方法の内、いくつかは国に収めたのだ。副作用の少ない物を中心に効果も有力な物、と都合が良すぎる物ばかりなのだが……当然のように広げ方によってはあらぬ噂も産みやすい。


(長年、研究を続けた結果だっていうのにな、まったく)


 ひとまずの危機を脱し、対策がわかりやすくなったためか国内の騒動が再燃し始めた。どこの国にもある互いの保身のための……と呼ぶには少々面倒なことだ。


「対処出来ているうちは競争になって問題は少ないのですが……ね」


 そんな一言が状況の全てであった。この戦争による好景気が続く限りは大丈夫だろうが、どこかで躓いたときに一気に転がっていくのが怖いところだ。今のうちに足場はしっかり固めておかなくてはいけない。特に食料周りは気を使いすぎて困るということは無いだろう。


 そんなことを考えながらやってきたのはアダムたちの受け入れ先だ。新しく作られた魔女を中心とした物品の生産班だ。表向きは外部からの混入を防ぐためにと新設されたのだが、そこに亡命者が加わるとは誰も思うまい。


「ご機嫌いかが?」


「おお、アレスト! ここはいいな、絞れるだけ絞ってぽいっとされるかと思ったがそんなことはなかった」


「アダム様、はっきり言いすぎですよ」


 そう、魔女にとってはアダムたちが北国出身であるかどうかといったことは関係がない。元々国内のあちこちで引きこもったり、隠れ住んでいた人が多いのだ。それが自分を認められ、日の当たる場所で過ごせるのならその方が良いという魔女も数多い。中にはそれでも僻地にいる奴もいるのだが……それはそれだ。そんな彼女らにとっては北国の知らない技術、知識は何事にも代えがたい。


 市民や冒険者が使う物と軍が使う物は専門に、とすみわけが出来てきているのも面白いところだ。そのために各地の魔女にはその土地での生産を任された人もいる。


「問題がないのなら何よりですわ。それで、例の物は」


「魔物の支配を解く物だろう? 理屈の上ではできているのだが、効果がわからん。なにせ、こちらからは北の支配下にあるのか、単に襲ってきてるのかはわからないからな」


 もっともな話であった。魔物が仮に例の邪法から逃れたとしたらひとまずそばの人間を襲うだろうからだ。まさかと北に突撃をかけるわけにもいかず、ひとまずの量産体制が整ったことを確認しただけにとどまり、その場を離れることになった。


 廊下を一人歩いていると、忙しそうに走る官僚であろう男たちが見える。そのうちの何人かはお嬢様に気が付き、頭を下げて走り去る。本当ならば城内を走るとはと怒られるところだが今は非常時、仕方ないことだ。


「戦火遠くとも影響は目の前に……ですわね。負けるわけには、いきませんわ」


 決意のこもった言葉が、熱い魔力となって伝わってくる。その熱は……そう、かつて三つ又の俺を振るい、万魔を退けたあの人の様で……時代が彼女を逃してくれない、そんな予感を抱いた。



「魔物を支配下にして……人を支配下にして……その後には何も残りませんわよ。何をしたいのでしょうね……」


『国土増加のため……にしては荒い手ですね』


 知らないどこかで、自分が守るべき宝物へと手が伸ばされているように感じ、俺もお嬢様もすっきりしない時間を過ごすのだった。



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