SO-032「焦りの階段とお嬢様・前」
例えお祭りが近くても、日々は過ごさなくてはいけない。ポーションの納品を済ませ、街を歩くお嬢様の視界には、いつもの生活を続ける人々と、お祭りへ向けて既に浮かれ始めている人々とが両方ともいるはずだった。
『こんなに人がいるとスリとかも増えそうだなあ……』
「本当は全部捕まえるべきなんでしょうけれど……手が足りませんわね」
偶然にも、お嬢様は俺と同じことを考えていたらしい。こうして歩いていれば、普通の人かそうでないかはなんとなく気配や、その人のまとう人生の匂いのような物で判別がつくとのことだ。なんだろう、そのスキル……経験というか、にじみ出る物を感じてるのかな?
ふと、立ち止まったお嬢様が見るのはガラス越しの店内。そこにはさびや曇り1つ無い金属武具が並んでいる。実用性だけでなく、意匠にもこだわりたい人向けのちょっとお高めの店だ。お嬢様が眺めているのは槍を中心とした武器コーナーだった。
(うう、お嬢様はやっぱり俺じゃない方が? いやいや、不殺を信条とするお嬢様には俺が一番ふさわしい!)
言い聞かせてはみるけれど、もしもお嬢様が俺は予備ね、なんて言われた日にはただのさすまたに戻るぐらいショックを受けそうな気がする。くそう、やはり形や長さを変えるだけじゃ駄目か! もっと俺が役に立たないと! 俺じゃなきゃダメだって言えるような個性をって、喋らないけど意識があるだけで十分個性じゃないのか?
「トライと打ち合ったら全部負けそうですわね。特にあれなどは……出来ればトライの限界を見極めたいのですけれど難しそうですわね」
『やだ、うちのお嬢様この辺を全部壊す気でいる……すごい』
そう、お嬢様はショーケースのように並ぶ武具たちは全部自分が身に着けるのではなく、俺がぶつかった結果どうなるかというのを想像しているようだった。宝物の目利きも役目の1つとして出来るに越したことはないということでお嬢様は日々勉強もしている。だから装飾品類は店顔負けの目利きだし、武具だってそれなりだ。
そんなお嬢様が一番ダメ出しをしたのはよりによって中央にどーんと置いてあるものだった。ただ、それには理由がある。そこにあったのはセットで売っている初心者向けの装備だったのだ。初心者向けといってもあくまでも他のと比べれば、であり武具としては十分だろう。
(見た感じは軽いし、安い。ついでに見た目は綺麗かな?)
これまで外で戦ったことのない人が使うのであれば色々な意味でちょうどいいだろうな。だけど、この内容ならもっと一般向けの店で売った方が売れそうだよなあ。どうしてこの店で……って、ああ。こういうことか……。
視線の先、店から出て来た数名を見て俺はこの店は商売がうまいなと感じた。きっとお嬢様もそうだったと思う。というのも、店から出てきたのはお嬢様のことをライバル視している別のお嬢様であるザイヤと取り巻きの男どもだったのだ。
「ごきげんよう、ザイヤ」
「アレスト様! こんな場所にどうしたんですか? ここの武器じゃ不審者が怪我しちゃいますよ」
相変わらず、空気を読んでいるのかいないのか微妙なザイヤ。もしかしたらお嬢様のことを気遣って、ここは刃物が中心だと教えてくれたのかもしれないが言い方ってもんがあるよな。
ザイヤたちは今日は豪華な衣服……ではなくそうとわかる意匠の入った戦闘向けの装備だった。ザイヤともう1人は、俺たちがさっきまで見ていた初心者向けの意匠が施されている。買って、調整したてってとこか。
それにしても、ザイヤについてきている男は4人、そのうち1人はどこかで見たような気がするな。街中だというのに目と鼻や口もと以外を覆う兜だし、なんだか妙にいかつい格好だ。でもこの瞳、どこかで……。
「私は納品の帰りですわ。まさかと思いますけれど、ザイヤ……外に出るつもりですの?」
「え? そうですよ? 別に外に出るのにアレスト様の許可はいらないですよね?」
元気よく答えるザイヤだけど、取り巻きの内2人は若干顔色が悪いというか、苦々しいというか……表立って賛成はしにくいようだ。そりゃあ、ザイヤもジャスタ家のお嬢様だもんな、外に出たいといってはいそうですね、となる立場ではない。
「魔物には、家柄は通じませんわ。ゆめゆめ、忘れないよう」
「あははっ、アレスト様は心配しすぎですよ、それに優しいんですね。でもそんなこと言うと、私に何かあった時にアレスト様が疑われちゃいますよ?」
「ザイヤ、その辺にしておかないと日が高くなるぞ」
どの口が言うのか、まさにその言葉がぴったりなザイヤの言葉。証拠はないが、いくつかは彼女を中心にお嬢様の良くない噂が出ているのを俺は知っている。人間には聞こえないような距離の会話も、時折聞こえてくるのだ。
お嬢様自身は、あまりザイヤを疑ってはいない。どうしてあそこまで宝物庫に執着したのか、それなのに事件以降、立ち入りたいと言ってこないこと、そういった物に対する戸惑いはあるようだった。
「あ、もうそんな時間? では、ごきげんよう」
まるでピクニックにでも行くかのように、ザイヤは取り巻きの男達と一緒に街の門へと向かっていった。どこまで行くかはわからないが、目と鼻の先ということはないだろう。それにしても、この時期にどうして……建国祭が近いのにどうしてだろうか?
「謁見するための拍付け……とするにはこのあたりでは普通過ぎますわね。後は天然のウィリメリアの花を採取してくるぐらいかしら。昔から建国祭の時には送り合うのがお約束ですものね。トライはどう思いますの?」
『だからと言って家のお供を付けずに出ますかねえ? 危険は逃げていかないですよ』
宿舎に戻った俺は、お嬢様に問われるままに考えを刻んでいた。採取にしてもやり方が微妙ではないか、と。何なら家を巻き込んで大体的にやればいいのだ、そのほうが誰もが安全だ。
「思うに、他のお嬢様方に差をつけたいのだと思われますよ」
「差を? ジャスタ家の家柄から言えば気にするほどの差は産まれようがありませんのに……」
執事のロイアが言うようなことがあるとしても、前にお嬢様がお茶会で出会ったような小さなお嬢様たちは家柄で言えば中の下からそのぐらいだ。とても王家の傍系に当たるジャスタ家とは比べられない。ちゃんと家を維持してさえいれば、安泰の暮らしのはずだ。もし、それが覆るとしたら急な戦争で手柄を立てるか、家柄そのものが変化するか。
「あの、私……関係あるのかないのかわかりませんけど、噂を聞いたんです。第一王子が、伴侶を探してるという話が」
「なるほど……そういうことですの。そうであればザイヤも焦りますわね。第一王子の伴侶、つまりは王妃が自分以外となればその家はジャスタ家より上と扱われてもおかしくない。王家の傍系といっても言い方を変えれば傍系でしかありませんもの」
つまりは、主筋ではない血筋ということで扱いも限界があるということだ。人間社会は色々と複雑である。俺もさすまたでなければお嬢様のために色々飛び回ったかもしれないが、今はこうして壁際で待機だ。ううーん、役に立てる時が戦いの時しかないからなあ。もっと知識を思い出して役立つ物を教えてあげたい。
(今のところ、実現しそうにないよくわからない物ばかり思い出すもんな)
どこかもどかしい時間を過ごしながらの俺が聞いたのは、焦ったようなあわただしい足音。お嬢様以外にもそれなりの立場の女性が住むこの場所に相応しいとは言えないその足音はみんなも聞いたようだ。それがやってくるのはこちら。足音は俺たちに用があるということになる。
なぜ俺達、正確にはお嬢様を訪ねて来たのか。そのことが分かった時には、お嬢様も俺たちも、事件に巻き込まれているのだった。
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