SO-030「動く世間とお嬢様」
ざっくりと第一章完、です。
「増産増産……もう、私はポーション専門の魔女ではありませんわ!」
「お嬢様、落ち着いてください」
その日、ついにお嬢様が爆発した。それもこれも、国の変化のせいである。フェリテ王子の参加する儀式が終わってからしばらくして、1つの布告が発せられていた。簡単にまとめると、国内の治安改善のための支援のお知らせだった。
これまでは重要な場所、被害が大きい時に出されていた支援の幅を広げるものだったのだ。これにより、にわかに国内の魔物討伐事情は動き出した。恐らく王の狙いはそれにより、国内の不審者たちの洗い出しも行うつもりなんだろう。金を手に入れる人間が増えれば、その分裏の道に進む民は減る……まあそんな具合だ。実際にその通りに行くかは未知数ではあると思うけど、街道の行き来が活発になるというのは自然と景気を上向かせる。
「報奨金が出るからとやや無謀な討伐に挑む者が増えたようですなあ」
「稼ぎを独占したいからと単独で巣に向かった輩もいると聞けば頭の1つも痛くなりますわよ……」
世間でポーションの類はいざという時のためにと買われるときもある。もっとも、一番大きな需要は当然のことながら、外で討伐を行う連中へ向けての販売だ。元々、需要は減る物じゃない世界なのでいつだってポーションや傷薬の類は引っ張りだこ。そこにお金を稼ごうと飛び込んできたのが我らがお嬢様である。
ポーションを納めているイブンの店でも、入荷してすぐに売れてしまうというのだから面白い。結構覚悟のいる味と匂いなんだけどな……あれか、逆にそっちのほうが効きそうって感じなんだろうか?
「でも、お嬢様以外にもポーションを作られる方……その、本来の魔女の方々はどうされてるんですか?」
「勿論、作ってはいるはずですわ。問題は、彼女らがあまり人づきあいが好きではないということですわね」
『お嬢様クラスのポーションを作る人は偏屈な人が多いからなあ……前に出会った時は……うう、今思い出してもぞっとする』
クロエの疑問はもっともな物で、王都にも何人かは魔女が生活しているはずだった。だった、というのも基本的に魔女は引きこもるのだ。実験を繰り返して改良をしていくといったこともあり、当然失敗だってある。そんなものを大っぴらにやっていて周囲の人が不安を覚えないはずもなく……郊外か、引きこもるか。
(それでも限界があるから噂は流れるんだけど……だからと言って俺がポーションの性能を上げる秘訣か!?なんて言って少し分けてくれなんて奴もいたもんな)
俺は別にポーションの隠し味という訳ではないのだが、さすまたというのは目立つ。それでわざわざかき混ぜているのだからそう思うのも無理は……無いのか? わからんな。
「金銭事情は暮らす分には解決しておりますな。後はお家の復興と……お嬢様自身の伴侶の問題でしょうか」
「……今の私に嫁ぎたいという殿方がいらっしゃるのかしら? 子供は残せない上に、家の主にはなれないのに……」
後半は歳相応の弱音が混じってしまうお嬢様。お役目を背負っているプラクティス家は血筋が一番だ。だから夫婦であっても血筋があるほうが上と判断されるのでお嬢様が結婚したとして、相手の男性はあくまで家の補助役になってしまうわけだ。段々薄くなってるはずなのに、プラクティス家の血筋に反応するんだからあの宝物庫も謎ばかりだ。ただまあ、今のところは家が途絶えてしまう状況なのは間違いない。
若干微妙な空気になったところを打開しようとしたのか、クロエがあわただしく部屋の隅にあった自分にあてがわれたテーブルから何かを持ってきた。見た目は大きな貝殻に宝石のような石、魔石をはめこんだ装飾品のようにも見える。
「これは? 新しい発明品ですの?」
「はい! 前から一族に伝わってる奴を使いやすくした感じです。これとこれは同じ原石から掘り出した石なんですけど、元々の力の波長が同じだからか、共鳴しやすいんですよ」
新しい道具、となれば歳をとっても男のロイアも気になるのか一緒になって覗き込んできた。俺も気になって震えたところ、お嬢様が苦笑しながらそばに運んできてくれた。さすがお嬢様!
2人と1さすまたの注目する中、クロエは貝殻の片方を手に取って部屋の隅へと歩き出した。一体何を……と視線がそちらを向いたとき、目の前にある貝側の方からささやきが聞こえた。
「どうですか? 内緒話ぐらいの大きさですけど」
「これは……声がこっちに届いていますの?」
「ほほう……」
クロエは部屋の隅にいるため、本来ならば声が聞こえにくいぐらいの距離だ。だというのに、目の前の貝殻……魔道具からはそんな彼女の声が響く。離れた場所にいても、声が聞こえるということだろう。
どうしてそんな知識があるかはわからないが、双子は離れていても考えていることが伝わることがある、なんていう話を思い出した。かつては、双子の魔法使いが戦場で左右に分かれて見事なまでの連携を行ったこともあるとかないとか。
「お嬢様、これは……」
「ええ、わかっていますわ。クロエ、これは売れませんわ。少なくとも、今すぐには」
「え……そう……ですか」
このままでは役に立たない、そう言われたと思ったのか見る間に落ち込むクロエ。けれど、俺が見る限りそういう理由ではない。これは……対策なしに世に出すには大変な物だ。これまで、クロエの一族だけで使われていたからこそ問題が大きくなっていなかったものだ。恐らくは山に入った時などに連絡を取り合うのに使っていたんだろうけど……。
「どのぐらいの距離を稼げるかは別問題として……悪用されれば国を探り放題ですわ。手紙を書かずとも、本人が出ずとも誰かに伝えてそちらで処理すればいいのですから。まずは国王に献上ですわね……クロエ、これは同じ原石から出ないといけないんですの?」
「必ずという訳じゃないですけど、波長を調整するのにすごい大変なんです。だから同じ原石からが一番手間も費用も掛かりません」
その後も色々と条件を聞き出したお嬢様は、荷物をまとめて王城に向かうことになった。これでまた一動起きるのは間違いない。王城へ向け、どこにピクニックに行くのかという大きな籠を持って歩くお嬢様の姿は結構目立つ。でも大体の人は「またか。今度はなんだ?」などと思ってるに違いない。
なぜかというと……。
「新薬も出来れば持ってきてほしい……国王様ももう少し他の魔女を召し抱えるべきですわね」
文句のような物を口にしながらも、悪い気はしていないお嬢様。他の作り手より自分を頼ってくるということは臣下の1人としては喜びでもあるわけだしな。こういったことを積み重ねていけば、処罰の軽減もそう遠くはないだろう、多分。
新しいポーションと共に献上された不思議な魔道具は、すぐに部外秘とされた。まあ、当然だ。今のところ一組しかないそれは、どこに行ったかというとフリーニア様のところだった。距離の確認もしないといけないなんて言いながら、素直じゃない王様である。
「そうでもしないと醜聞を口にする人が国内にそれなりにいるということですわね……返す返すあの時の自分を今からでも止めたい気分ですわ」
『時間は巻き戻りませんからね……笑顔が少しでも戻ってくる、そう思いましょうか」
戻ったらまた夜の警備までポーション作りをしないと催促が大量に来るためか、若干お嬢様の足取りは重い気がした。それでも気を取り直したのか、いつものようにきりりとした表情に戻るお嬢様。俺もまた、覚悟を決めるのだ。ポーション用の薬草汁まみれになる覚悟を……。
(あれだけはどうにかならないかなあ……中まで染みてくる気がするんだよなあ)
届くことのない思いを抱きながら、今日も俺はお嬢様と一緒だ。
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