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SO-022「街行く執事と違うお嬢様」



「では行ってらっしゃいませ」


「ええ、後のことはよろしく頼みますわよ」


「い、いってらっしゃいましぇ!」


 まるで戦場でも赴くかのように、凛とした態度でお出かけになるアレストお嬢様を、例えお嬢様自身が見ていないとしても姿勢を崩さずに見送ります。普段の生活で行っていることがいざという時ににじみ出るという経験談から来るものですが……まだまだクロエには早いかもしれませんね。


 予定にない外出のために一人身支度を整えるお嬢様に気が付き、すぐに補助に入ったのは合格と言っていいでしょう。理想は、お嬢様自身が始める前に……ですがまあ、ウチのお嬢様は自分でやれるならやるのも大事という考えの方ですからね。


 元々はクロエも私もいない、一人での生活のご予定だったそうですからそのせいもあるのでしょう。あの事件があるまではお屋敷で何人ものメイドに、彼女らの仕事のためにと身を任せている姿を見てもそれはわかります。


「ふむふむ。今日は良く晴れそうですな」


「ほんとです! お洗濯のし甲斐がありますね!」


 幸いにも、お嬢様はあまり細かいことを気にしない主義です。次回があるなら次回に挽回すればいいと。ですからお仕えする私もクロエを叱るようなことはせず、次の仕事へと向かうことにしました。


 我々が寝泊りしている建物は女性向けの宿舎であり、本来ならば男子禁制ですが私はそう……なんというかもう歳だということもあり、許されています。その代わりと言っては何ですが、お嬢様以外の居住者の方々からも支障の出ない範囲で用件を受けることがあります。例えば買い出しとかですね。


「私は市場に買い出しに行きますので、クロエはシーツ類の洗濯をお願いしますよ」


「はいっ! ロイアさんも気を付けて!」


 最近、自身が手を付けた魔石を使った道具が徐々に売れ始め、お嬢様の役に立っているといるのがよほどうれしいのでしょう。あるはずもない動物のような耳や尻尾が揺れているような錯覚を覚えながら、自分への評価はお嬢様への評価であるという自戒を胸に、町へと出向きます。




 行き交う人々で混雑する大通り。真っすぐ行けば王城にぶつかるという、稀にパレードにも使われる道とあって横幅は広く、今のように普段は多くの露店でにぎわっています。さらに外側には高級品を扱うような店の入る建物も立ち並ぶ、王都でも一番元気の感じられる場所でしょう。


 お嬢様が普段出入りする宝飾店や、ポーションの取り扱いの店は別の場所ですが……今日はそこに用事はありませんからね。クロエには痩せすぎているように見える体もこういう混雑の場では便利な物。人ごみを縫うように進み、目的の店にたどり着きます。一見すると何かよくわからない白いレンガを売っているように見えるこの店は、石鹸の量り売りの店です。


「今日は出物はありますかな」


「おお、いらっしゃい。そうだねえ……こっちが季節の花びらを練りこんだ奴だな。その分少し値が張るが……」


 この店の本体はすぐそばにある大きな店で、そこでは箱もしっかりした高級品としての石鹸も売っています。ここは市民向け、実用向けの売り方をする店になりますね。気にするお嬢様ではないというのもありますが、節約できるところは節約しつつも、野暮ったいことになるのは回避したいものです。


「では香り付きのを3ブロックほど」


「あいよ! 毎度のことだがよう爺さん、大丈夫か? 結構重いぜ?」


 もう何度も買っているというのに、毎回この店の主人はこうして私を気遣ってくれます。その度に、笑顔では持ちあげて見せるのも半ばお約束という物でしょう。


 その他にも必要な買い物を済ませ、行きと同じように流れに逆らわず戻る予定の私の視線の先に、見覚えのある方々が入ってきました。ジャスタ家が長女、ザイヤ様です。こうして街を歩く様は普通の女性に見えるのに……どれほどの野心を抱えているのか、私にはいまだに計り知れないところです。アレストお嬢様の御耳に入れるかどうかは悩むところではありますが……ね。


 お役目のあるお嬢様と違い、あちこちの夜会に顔を出しては顔なじみを増やし、友人を増やしておいでとの噂ですが、果たしてそのうちどれほどが真に友人であるのか……私が考えることではありませんね。


「おや? あの男性は……まさかとは思いますが」


 今日はザイヤ様の隣にいる男性は珍しくおひとりでした。普段であれば学友よろしく、何名かの男性が寄り添っているというのにです。気のせいか、ザイヤ様も心なしか緊張……いえ、楽しんでいるような気がいたしました。そして肝心な男性側ですが……私がまだボケていなければ、この国の……二位王位継承者。


「髪の色は変えられていますが、目鼻は隠せませんな。恋する乙女ということであればいいのですが」


 もし、もしも……ザイヤ様がそういう方面から自身の立場を押し上げようと考えているのであれば、それは一歩間違えれば即座に茨に巻き付かれる道でしかありません。おぞましい考えを実行しない限り、男性の立場は大きく変わらないのですから。


 ここはそっとしておくのが一番、そう判断した私は不自然に避けることもせずに近くを通り過ぎようとしました。ところが、目の利く人間というのはどこにでもいるもので、私がザイヤ様たちのそばに来た時にはちょうど、男性のことを疑う数名の男女がザイヤ様の前にいたのです。どうやら彼らもザイヤ様のご友人の様子。


(ふむ……どうしたものですかね)


 経験上、こういう時は当事者がどう言いつくろっても逆に怪しい物。ザイヤ様にとっても、お相手の男性にとっても騒がれるのは好ましくないでしょう。数瞬考え、お嬢様自身はザイヤ様をそこまで恨んでいるとかはないことを思い出しました。あの事件のことでさえ、ちゃんと誘導できなかった自分たちの問題だと言い切る方ですからね……そうなると、です。


「こちらにおいででしたかお嬢様」


「え? あっ」


 さりげなく声をかけると、あちらも私のことを覚えていた様子。一体何のつもり?と瞳が語っていますがここで言葉を荒げないぐらいにはまだ冷静さは残っているようで何よりです。


「お父上がお探しでしたよ。従兄様とのお散歩もほどほどになさった方が」


「え、ええ。そうね……ごめんなさい、怒られちゃうから戻るわね」


 わざとらしく焦りを顔に出すザイヤ様に、周囲の男女もそれ以上追及はしないことに決めたようです。彼らも、家長からの雷がどれだけ嫌な物か、よくわかっているからでしょう。ちらりと、ザイヤ様の連れである男性からの視線がこちらに向きましたが敢えて正体を明かすつもりもないでしょうからそこまでです。


 私はそのまま、連れ戻しに来た執事を装いながらしばらく付き添いつつ……適当なところで離れていきます。何か2人は言いたそうでしたがどこでどう聞かれるかわからないということを感じているのでしょう。そのまま無言で別れ……私は宿舎に戻りました。


「お帰りなさい! わあ、重いです」


「そちらは別室の方々へ。頼まれ物ですからね」


 クロエに石鹸のブロックを渡した後、予定通りならもうすぐお戻りになるお嬢様のために、お茶の準備を始めることにしました。アレストお嬢様へとザイヤ様のことをどこまで報告するかは……話の流れでいいでしょうね。お嬢様自身は余り気にしないお方ですがね。




「戻りましたわ」


「お帰りなさいませ。まずはおめしかえを、すぐにお茶に致します」


 自室に消えられるお嬢様を見送りつつ、お茶の準備を始めます。さあ、今日の夜もお役目に出かけられるであろうお嬢様のために、しっかりと休息していただかなくてはいけません。私の戦いはこれからでございます。


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