SO-021「お嬢様と日々の鍛錬」
我らがお嬢様はとても強い。しかし、それは日々の鍛錬のたまものである。ただ……その鍛錬が普通ではないことを、お嬢様自身は自覚が無いのが問題である。
「次を!」
「アレスト様、少々鍛錬にしても行き過ぎではありませんかな?」
朝食の時間も過ぎ、思い思いに各自が活動を始めている時間帯。我らがお嬢様はと言えば、鍛錬の時間である。他に役目を持っている貴族や兵士と違い、事実上お嬢様は夜間の警備以外は自由なのである。そうして日課という形でこの時間は鍛錬に使っている。ちゃんと体が起きてから動くというのが理にかなっているのかはわからないが、お嬢様の強さが証明していると言えるのかもしれない。
廃材を使った目標物の準備をいつもなら1人でやっているのだけど、ロイア来てからはそれは彼の役目となった。俺が動ければ手伝えるのだが……今の俺は逆にその準備された目標をどんどん倒す側なのである。そんな状況であるが、ロイアはお嬢様の役に立つのが嬉しい様子だ。そんな彼が苦言のように口にするのも無理はない。
「そうですの? 私はまだ別に……ようやく体が温まってきたところですもの」
周囲には倒れた目標物が無数に転がっている。大体100は超えているかな? どれも砕けてはいないというのがお嬢様の技量のすごいところである。本当ならば勢いが乗って砕ける奴があってもいいはずなのに……捕縛の際に怪我をさせては後で問題になるかもしれませんから、と来たもんだ。
『俺はお嬢様にお任せしますよー。どうせ握られてる身ですし、オフゥ』
「? トライはまだやれるって言ってそうですわね」
今日ばかりは自分の言葉が上手く伝わらないのを喜ぼうと思う。理由はまあ、お嬢様の今の姿にある。時と場所は変わっても、人間の文化というのは同じような発展を遂げるものなのか、お嬢様は運動用の服装に着替えている。最近ようやくと言えるけれど、こういったものを買うことが出来る余裕が出てきたのだ。
下はいわゆるスパッツ、名前もよく知らない魔物の吐く糸を使っているんだとかで伸縮もばっちり、汗もよく吸っていくとお嬢様は言っていた。上はややゆったりとしている体操服のようなものだ。こっちはどこかのウサギモドキの毛を使った奴だったかな? 髪の毛も珍しく後ろにまとめている。つまりはこう……今のお嬢様はアスリートな格好なのである。
「彼は自身の役目を果たせればそれはいいでしょうなあ……ええ」
『おおっと……若干疑惑の眼差しぃ!』
ロイアのこちらを見る目にはどちらかというと「仕方ないですねえ」といった色が強いのだけど、疑われているのを感じる。それはそうだろう。さすまたな中にある人格が恐らく男性人格であるとお嬢様から何度も聞かされているのだから。
その状況で考えてみればいい。年頃の娘のすぐそばに歳もわからぬ男がいるという状況。しかもその娘は自分のそういうところにはやや無頓着か、そう言う物と割り切っているのか、自分の運動時の姿を目の前で見られてることを気にしていないのだ。
(鋭く動けば激しく動く塊。ぴったりしたスパッツからわかる足のライン。段々と汗ばむ全身。何より……何よりも! そんな汗のにじんだ手で何度も力強く握られ、時に滑らないようにと握り直される!)
下手に震えてお嬢様に伝わらないよう、心(?)の中で欲望を叫んでいる俺。すいません、お嬢様。ですけどこんな目の前に至高の造形美とシチュエーションがあるのに何も感じないのでは男として失格ってもんで……え? 男じゃないかもしれないだろう? それはまあ……良い物を良いと思うのに性別は関係ないってことで、ええ。決して、たまーにずるっと滑った時にお嬢様が両手を使ってしっかりと握ることに喜んでませんよ?
『汗で滑る状況でにぎにぎされるのは嬉しいですけど、万が一すっぽ抜けたら危ないですからねえ。休憩もありかもですね』
実際にはロイアとの会話が小休止となって、お嬢様自身は落ち着いているのだけどそれはそれ。一度運動したならば次もすぐに汗だくになるに違いないのだ。体を動かし始めたお嬢様は激しく動く、という言葉がこれ以上なく似合う。
全身を意識した動きで、時折魔法に至らない状態で体を強化、長年続けて来た薬草類の摂取による健康的な肉体強化も合わさり、俺が突き出される速さはよほど訓練していないと目にもとまらぬと評されるほどだ。
「出来ればもう少しやっておきたいところですわね……」
「お嬢様がそういうのであれば……しかし、もう少し色々とお気を付けください」
一見すると怪我とかに気を付けてという忠告。しかし、一瞬向けられたロイアの視線が向いた先は……宿舎を囲む生垣。切りそろえられ、それも景観に一役買ってるであろう物の中に……隙間と人の気配だ。
「何者っ! あら……貴方方は」
「あ……」
一息に飛び上がり生垣をさらに超えていくという、既に超人の域にあるお嬢様の跳躍。まずお嬢様自身が飛んできたということに驚き、自分たちのしていたことが後ろめたくてか、彼らはそのまま地面にしりもちをついていた。
一応不審者対策にさすまたである俺を突き付けていたお嬢様だけれど、相手を見るなりその手を下げた。なにせ、相手がまだ成人前らしきどこかの貴族の子供達だったからだ。相手が女子供に見えるからと安心できないような場所を警備しているお嬢様であるが、その実力を見極めるぐらいはお手の物だ。正しく目の前の相手がただの子供ということを見抜き、普通の状態で接しているわけだ。
『こいつら……覗いてたんだな』
全員が全員、顔が赤いのは見つかった恥ずかしさや、怒られるかもといった気持ちからではないだろう。さっきまで鍛錬に動くお嬢様を見つめていたに違いない。そりゃ確かに、貴族の生活の中じゃそういう相手をあてがわれるとかでもなければこんな薄着やスタイルのわかる女性の姿なんてあまり見ないだろうからな。
(一部金持ちやそういう方針の家はそうでもないだろうけど……目に毒だったか?)
「あの……その! 覗いててごめんなさい!」
「お待ちなさい!」
どう言い訳をしたものか、きっとかなり悩んだんだろう。1人の少年が意を決してという顔で立ち上がり、頭を下げる。そのまま残りの子達も引き連れて走りさ……お嬢様はそんな彼の手をなぜかぎゅっと握った。当然少年と、彼の仲間の動きが止まる。何事かと振り返った少年の顔がさらに赤くなる。それはそうだろう。休憩でそれなりに熱は引っ込んだとはいえ、まだまだ手のひらには温もりが残っている。
「清めもしていない状態で申し訳ありませんわ。けれど、逃げることはありません……ヴェールマン家の三男様に……そちらのお二人も武家の方でしたわよね」
「ボクたちのことを? お話したこともないのに……」
さすがに生垣の外では他の目があるだろうということで入り口から入ってすぐに招き入れたお嬢様。このあたりなら外からは見えにくいし、来客を迎えることがよくある場所だから色々と大丈夫だろう。炉アイアが運んできたタオルで首なんかを拭きながら残った2人の家も言い当てて見せるお嬢様。どうやら役立つかわからないのに大体の国内貴族の顔なんかを覚えているらしい。
「私は中、宝物庫しか守れませんが……皆様方はいつか外を、国を守られるお方。そのぐらいは当然ですわ。それに、ご実家の鍛錬では足りなくて混ざりたかったのでしょう?」
「「「え?」」」
そうだった、このお嬢様……鋭いようで結構天然なところがあったんだった! 状況からして、彼らはお嬢様の素敵なボディを盗み見て後で色々と解消する予定だっただろうにだ! 何と優しいお嬢様だろうか……ああ、俺が見逃されてるからいつも優しいですね、うん。
ちらりと見れば、ロイアもお嬢様に見えないところで顔を手で覆っている。でもまあ、大丈夫だと思うんだよな。だってさ……。
「結局3日目で来なくなってしまいましたわ」
『お嬢様の鍛錬は普通じゃないですからねえ……』
「私めは喜ぶべきかどうかは悩みどころですな」
また2人と1さすまただけの鍛錬に戻ってしまった嘆きを聞きながら、今日を過ごすのだった。
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