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SO-017「孤独な侵入者とお嬢様」



「何故?という顔をしていますわね」


 静かな夜の廊下に、冬の寒さよりも体を凍てつかせそうなお嬢様の声が静かに響く。感情を表に出してはいけないだろう立場の相手……顔を覆面で隠した相手の、唯一見える目が揺れ動いたのをお嬢様は見て取ったのか、冷たい笑みが浮かんでいる。


 後ろ手に宝物庫の扉を閉め、他に侵入者がいないであろうことを気配で感じているお嬢様。俺もまた、別の手段によりそれを確認済みだ。今日の相手は目の前のただ1人。最近にしては珍しい単独犯だ。


 目の前にいるのに、恐らくは気配は限りなく薄い。そんな相手がどうしてお嬢様には見つかってしまったのか? まず1つ目はお嬢様自身が気配察知に優れているということがある。人ごみでは敢えて集中力を散らさないと気配に酔いそうになるほどである。


 そして、夜の見回りはそれを活かすことも含め、兵士達はしっかりと音を立て、気配を殺さずに見回るようになっている。これはお嬢様がいるからということではなく、侵入者への警告でもある。ちゃんと見回っているぞ、ってね。もちろん、その気配を頼りに侵入しようとする奴が当然出てくるわけだが……兵士とて馬鹿ではない。中にはちゃんと腕の良い奴もいる。


 そんな奴らや、お嬢様にとっては薄い気配、隠れた気配の持ち主というのは侵入者、不審者に他ならないのだ。さらにお嬢様は気配だけでなく、魔力の流れという物を感じることが出来た。長年の特訓の成果であり、ポーション作りや最近ではクロエの扱う魔石を使った道具作りでも役立っている。気配や足音の無い、魔力を帯びた動く人影となれば……お嬢様にとって敵でしかない。


「何もしゃべらずに捕えてもいいのですけれど……自主的にお話しいただいたほうが後が楽だとは思いますわよ?」


 聞きようによっては挑発と捉えかねない淡々としたつぶやき。それは行き交う者が元々少ない宝物庫前の廊下にあって、妙にはっきりと響いた。お嬢様にとっては本音、なのだ。実際にお嬢様自身は参加していないけれども、どう考えたって捕えられた後は尋問であるとか良くない物が待っている。その意味では、自分が殺したり壊してるのと同じですわ、と震える言葉で話してくれた夜もある。


『お嬢様だってできれば穏便に済ませたいんだ……と言っても伝わらないよな』


「冷徹の魔女アレスト。伝説の魔道具、トライ。噂に違わずとんでもない奴らだ」


 お嬢様の手によって、つきつけられた状態で震える俺。それを見た侵入者は男なのか女なのかわからない声でそう俺を評した。そうか、俺って伝説だったのか。確かにこの国の誰よりも長生きだもんな。今の状態を生きていると言えるかどうかは別問題として。


「あら、そんな物騒な評価をしないでくださる?」


 半身に月明りを浴びつつ、夜の廊下でさすまたを構えるお嬢様は正直、美しくてこの世の物とは思えないほどだ。白い肌は月の光で陶器のようにさらに白く、絹を使った衣服も輝いているように見える。女性らしさを感じるスタイルもまさに美の彫刻と言えよう。


 不審者を前に、さすまたを構えるというシチュエーションを除けば、であるが。


「ぬかせっ」


 流れるような動作で放たれたいくつもの銀光。果物ナイフほどのそれは確かな殺意を込めてお嬢様に迫るがその程度では……ね。ただ避けるだけならば何も問題はないが、お嬢様は敢えて大きく回避し俺を振るう。ナイフにではなく、その後ろにだ。体のどこかに感じる確かな手ごたえ。その正体はナイフにくくられていた細い糸である。


 こんなシチュエーションで襲い掛かってくる相手の攻撃が単純な動作で避けられると思うほど、お嬢様の経験は少なくは無いのである。何度も痛い目を見て、その上で負けずに生き残ってきたのだ。


「飛び道具に目を向けさせて避けたところに二手目が迫る……確か使い手は北に多いはずでしたわね」


「……」


 まるでパスタをフォークで絡み取るように巻き取ると、その細身の体からは誰もが予想しないほどの筋力でお嬢様は俺ごと相手の武器を引っ張った。ぷちっと、わずかな音を立てて千切れる糸。その様子からいくと、鋼糸のような物ではなくもしかしたら魔物由来の物かもしれない。


「これだけでも上が動くには十分ですわね。ご苦労様ですわ」


 お嬢様としては、本人に尋問することなく、それこそこのまま後退してくれても構わないぐらいの証拠である。俺としてもそれでも構わないのだが……やはり、そうもいかないのがこの世界だ。無手だったその手に握られる嫌な光の短剣。こういった相手の例にもれず、恐らくは毒が塗られている。


 相手のよく鍛えられた体はあっという間にお嬢様との間合いをなくす。俺という長物を持っているお嬢様は近接が不得意、そう判断したんだろう。悪くない、悪くない判断だ──こちらがただの少女だったなら、ね。


「甘すぎですわっ!」


 元より、お嬢様はさすまたである俺を使う予定の無い状態で祖父に守り手として鍛えられ、その期待に応えて来た少女である。確かに俺とのコンビは自称するほどに最強と言えるが……無くたって強いのである。


 躊躇なく天井に投げられる俺。そのままお嬢様は腰布を手に踊るように相手と交差する。敢えてざらつきのある素材を使ったその腰布は相手のこぶしごとナイフに絡みつき、そのバランスを崩させた。踏み込んできたところをさらに引っ張られれば自然と前にぐらつくという寸法だ。


「では、さようならですの」


「あっ……」


 不審者的には無様に床に転がる直前、落ちて来た俺を掴んだお嬢様が素早くさすまたとして俺を突き出し、接触。後はお嬢様の体から放たれた魔法が相手の意識を刈り取った。沈黙が支配する中、お嬢様の吐息と、先ほどの魔法……至近距離での電撃による独特のにおいだけが漂う。


「ふう。これで魔法の才能もあれば、と望むのは贅沢という物なのでしょうね」


『確かにそうなったら誰もが嫉妬しますよー。今も一部からは嫉妬の的ですけどね。なあに、お嬢様なら一日に3発しか放てなくても十分ですよ、じゅーぶん』


 専用の笛を吹き、見回りの兵士を呼ぶお嬢様は気絶した相手を取り押さえたまま、そんな弱音のような物を呟く。長年の特訓と努力により、身体的には無双状態のお嬢様であるが魔法そのもので言えば能力的には上中下で言えば下にあたる。なにせ、手のひらや接触面にしか発動しないのだ。しかも属性は1つ。


 見習い魔法使いでもすぐに火の矢の1本ぐらいなら撃ちだせることが多い中、才能はほぼないと言われたに等しい。しかし、口ではもっと力をと言いながらもお嬢様は現状にある意味満足していることを俺は知っている。


 今のままなら、魔法で相手が死ぬことは無いからだった。


『にしても、単独で襲ってくるなんて、何か他の国に変化があったんですかね?』


「トライも気になりますの? 他国で工作が出来る人材というのは財宝と同じと言われていますわ。育て、裏切らないようにし……そんな人材を危険にさらすのですから……私が考えることではないのかもしれませんわね」


 自身の役割は宝物を守ること。そこから先はお役目の外であることをお嬢様はよく知っている。例えば、だがここから不審者が逃げたとしてもあまり追いかけるわけにはいかないのだ。宝物庫から離れて何かあればそれはお嬢様の行動が問題となってしまうからね。


 そうこうしているうちに、ぞろぞろと増援の兵士達がやってくる。夜勤の兵士達はお嬢様の知り合い同然である。兵士達にとってお嬢様は時々呼び出してくる厄介な相手……ではなく、手柄の一部を譲ってくれるも同然の相手らしい。お嬢様自身は宝物庫から離れられないので、連行は兵士達の役目になっているのだ。自然とある程度は兵士達はちゃんと侵入者を捉えたという評価を受けることで評判も良くなっていく。


『現場との関係は良好なのが救いだよなあ。その分、昼間の兵士達からは変な目で見られてるんだが』


 聞いた限りでは昼間の侵入者はまずいないらしい。当たり前と言えば当たり前なのだが、不公平感のような物があるらしく、お嬢様への評価は昼と夜でかなり違う。それがまた一部に変な噂を産むのだけど仕方ないところだ。


「増援が必ず来れるとも限りませんものね。クロエと協力して朝まで拘束できるような何かを開発するべきかしら?」


 再び宝物庫の中に戻り、警備を続けるお嬢様のそんなつぶやきは……本気の顔だった。毒で殺してしまうのはまずいけれど、麻痺したり眠るぐらいなら大丈夫ですわよね?なんて呟かれても俺には何も言えない。


(やだ……俺のお嬢様、ガチすぎ?)


 そんな風にこっそり思っても……俺は悪くない、と思う。

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