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【6】砕けた日常と、黒い契約

屋上に響き渡っていた風の音が、徐々に遠のいていく。


茜色に染まっていた空はすでに漆黒へと飲み込まれ、街の街灯がポツポツと不気味な明かりを灯し始めていた。


「相羽……くん……」


俺の胸の中で、葵が声を押し殺して震えていた。


彼女の制服の生地は、涙と汗、そして屋上の床のホコリで酷く汚れている。その肩を抱きしめる俺の手も、小刻みに震え続けていた。


手に残る、あの感覚。


重いレンチを全力で振り下ろし、ルゥの頭骨を砕いた時の——ゴリッという嫌な感触。


そして、その傷口から吹き出したドロリとした黒い血。


普通なら死んでいる。いくら子供の体つきをしているとはいえ、高校生の男子が殺意を込めて鉄の工具で頭部を殴りつけたのだ。即死してもおかしくない。


それなのに、奴は——ルゥは笑ったのだ。


傷口を黒いモヤで塞ぎ、俺の殺意を栄養にして、より大きく、より存在感を増して成長してみせた。


(俺が……俺が奴を育てている……)


殺そうとすればするほど。


怒りを燃やせば燃やすほど。


悪魔の幼女は俺の負の感情を貪り喰らい、より強大な厄災へと進化していく。


詰んでいる。完璧なまでに、逃げ場のない罠にハメられている。


「相羽くん……私……どうしたらいいの……?」


葵の声が、俺の思考を現実に引き戻した。


彼女の大きな瞳は光を失い、絶望の淵で溺れかけている。父親の逮捕、会社の倒産、クラスメイトからの嘲笑、そして屋上からの飛び降り未遂。彼女の精神は、すでに限界を超えてボロボロだった。


「……大丈夫だ、白石さん」


俺は震える声で言った。言葉の根拠なんてどこにもない。だが、ここで俺まで折れたら、彼女は本当に壊れてしまう。


「俺が……俺が絶対に白石さんを守るから。何があっても、君を一人にはしない」


「相羽くん……」


葵の瞳から、再び大粒の涙が溢れ出した。彼女は俺の制服の襟元を強く掴み、すがるように顔をうずめた。


屋上での告白。


あんな極限状態でのなりふり構わない叫びだったが、彼女の心に届いていたことだけが、この惨状における唯一の救いだった。


俺は葵を抱え上げるようにして立ち上がらせた。


破られたフェンス。錆びて転がる南京錠。そして、床に残された薄暗い黒いシミ。


それらを背にして、俺たちは屋上を後にした。


階段を降りている途中、下から走ってきた担任の教師に見つかり俺たちは事情を聴かれた。どうやら屋上での一件を、担任や数名の生徒が校庭から目撃していたらしい。


鍵が壊れていた屋上に生徒が侵入していたこと。そして葵が精神的に追い詰められて自殺しようとしたこと。


それを聞いた教頭や担任は事態の発覚を恐れ、警察やメディアに連絡が漏れないよう必死に保身に走っていた。その白々しい大人たちの対応が、今の俺には心底反吐が出そうだった。


「相羽。お前は余計なことを口にするなよ? 桐島の件と言い、最近お前の周りは騒がしすぎる。学校の評判に関わるんだ」


別れ際、担任が俺の肩を掴んで囁いた言葉。


そこにあったのは、生徒を心配する心ではなく、自分のキャリアを守りたいという醜い欲望だけだった。


(みんな、狂ってる……)


いや、狂っているのは世界の方なのかもしれない。


悪魔が潜み、無邪気に人の幸福を食い荒らしているこの世界が、最初から狂っていたのだ。






夜の8時過ぎ。


俺は迎えに来た葵の母親とともに、タクシーに乗り込む彼女を見送った。


車窓越しに見えた葵の顔は、あまりにも小さく、儚げだった。彼女の手が、去り際に小さく俺に向かって振られる。


「……待ってろよ、白石さん」


俺は夜の街に向かって、ぽつりと呟いた。


絶対に、もう誰一人としてルゥの餌食にはさせない。


自宅へと向かう街灯の少ない夜道。


自分の足音だけが、コンクリートの道路に寂しく響いていた。


親父は病院のベッドの上で首から下が動かないまま。


母さんは精神安定剤の乱用で、自宅でうなされ続けている。


親友の桐島は、サッカー選手としての未来を絶たれて絶望の底。


そして、初恋の葵は、家族も財産も名誉も奪われ、いつ命を絶ってもおかしくない状況。


すべて、たった一週間のうちに起きた出来事だ。


平凡だった俺の日常は、あの日あの子に出会ってから完全に崩壊した。


「ただいま……って言っても、誰も起きてないか」


鍵を開け、暗闇に包まれた自宅の玄関に入る。


靴を脱ぎ、廊下の電気をつけようとした——その時。


「おかえり、ひろと」


リビングのドアの隙間から、ぬっと「それ」が顔を出した。


息が止まった。


背筋に氷を直接突きつけられたような、凄絶な悪寒が走る。


リビングのドアから姿を現したのは、ルゥだった。


だが——その姿は、数時間前まで屋上にいた彼女とは、明らかに違っていた。


黒いパーカーの袖から伸びる腕が、一回り太く、長くなっている。


背丈は、屋上にいた時のサイズからさらに伸びていた。見た目年齢で言えば、11歳前後——小学5年生ほどの少女の体格に変化していた。


腰まで伸びた漆黒の髪は艶やかさを増し、その背中から生える黒い尾は、太い鞭のようにしなやかに空気を打っている。


そして、何よりも——雰囲気が違っていた。


これまでのルゥは、幼く、何も考えていない幼児のような「無知な無邪気さ」が前面に出ていた。


だが、今の彼女の真っ赤な瞳には、人間の心理を見透かすような、大人びた残忍な光が宿っていた。


「……ルゥ」


俺が身体を強張らせると、ルゥは微笑みを見せる。


「ふふっ。びっくりした? ひろと」


ルゥはリビングのソファーに、優雅に足を組んで腰掛けた。


小さな裸足の足指が、楽しそうにピクピクと動く。


「ひろとが、すっごく強くて綺麗な『殺意』で頭を殴ってくれたでしょ? あれ、すっごく栄養になったの! おかげで、あたし、こんなに大きくなっちゃった!」


ルゥは自分の胸元を手で撫で回し、心底満足そうに笑った。


声のトーンも、幼いキンキン声から、少し落ち着いた少女の声へと変化している。


「……お前の姿がどう変わろうが関係ない。俺はお前を絶対許さない。次こそ、確実に息の根を止めてやる」


俺は低い声で威嚇しルゥを睨みつける。


だが、ルゥは逃げようともせず、ソファーに背をもたれかけさせて、可哀想なものを見る目で俺を見下ろした。


「ねえ、ひろと。まだ分からないの?」


「……何がだ」


「ひろとが『殺そう』とすればするほど、あたしは強くなるの。あたしたち悪魔はね、人間のネガティブな感情……怒り、嫉妬、憎悪、そして『殺意』を直接的なエネルギーにして身体を再構成するの」


ルゥは細い指先を一本立て、チッチッと振ってみせた。


「物理的な攻撃で悪魔の肉体を破壊しても無駄だよ。だって、その攻撃を繰り出しているひろとの心の中に『凄まじい殺意』があるんだもん。肉体が壊れた瞬間に、その殺意を吸収して、前の肉体よりも強い肉体を一瞬で再構築しちゃうの。理解できる?」


俺が刃物で刺そうが、工具で叩き潰そうが、俺の中にルゥに対する「憎しみ」や「殺意」がある限り、彼女は死なない。


それどころか、攻撃を受ければ受けるほど、俺の殺意を即座に吸収して回復し、さらに強力な肉体へと進化してしまうということか?


「じゃあ……どうすればいいってんだよ……!」


「愛してくれればいいんだよ?」


ルゥはソファーから滑り降りると、裸足のままペタペタと音を立てて俺に近づいてきた。


「あたしのことを憎まないで、殺そうともしないで、心から愛して、受け入れてくれれば……あたしは『最終試験』に合格できないの」


ルゥは俺の目の前で立ち止まり、背伸びをして、俺の頬に小さな手を添えた。


冷たい。だが、昨日までの氷のような冷たさではない。確実に生身の人間と同等の、微かな体温すら感じられる皮膚の質感。


「でもね……ひろとにそれができる?」


ルゥの口角が、妖しく持ち上がる。


「自分の父親の足を奪い、親友の夢を壊し、大好きな女の子の家族を破滅させた悪魔を……ひろとが『愛せる』わけないよね?」


「……っ……ふざけるな……!」


「そう! ふざけてないよ! 憎むしかないでしょ? 殺したくてたまらないでしょ? でも、殺そうとするとあたしはもっと強くなって、ひろとの周りをさらに壊すの!」


ルゥは俺の耳元に顔を近づけ、甘い吐息とともに囁いた。


「どうしようもないんだよ、ひろと。これが『悪魔の最終試験』の本当のルール。人間がどう足掻いたって、絶対に詰みなんだから」


完全な理不尽、殺すこともできない。


俺は膝の力が抜け、壁に背中を預けてズルズルと崩れ落ちた。


目の前で嘲笑う少女の姿が、揺れて見える。涙が視界を遮っていた。


「さあ、ひろと。絶望したところで……明日の予告をしてあげるね」


ルゥは楽しそうに手を叩いた。


「……予告……?」


俺は掠れた声で問い返した。


「そう! 次のご飯のターゲット!」


ルゥはくるりと一回転し、パーカーの裾をひらひらとさせた。


「あおいちゃんは、ひろとが命がけで助けちゃったから、しばらくは『お預け』にしてあげる。でもね、あたし、もっともっと大きくなりたいの! 大人の悪魔になって、お父さんに『立派になったね』って褒めてもらいたいんだもん!」


「……次は、誰だ」


「ひろとの学校のね……『先生』だよ」


(先生……?)


俺の脳裏に、いくつかの顔が浮かんだ。


担任の小林か? それとも、学年主任の佐藤か?


「どの先生だ……!?」


「ひろとの担任の先生! あの、おハゲが進んでて、眼鏡をかけてる嫌な感じの男の人!」


担任の小林だ。


さっき、学校の保身のために俺に「余計なことを口にするな」と圧力をかけてきた、あの男だ。


「小林先生が……どうなるって言うんだ」


「あの先生ね、裏でとっても悪いことしてるんだよ?」


ルゥは秘密を打ち明ける子供のように、指をくちばしに当ててクスクスと笑った。


「学校のお金を自分のポケットに入れたり、女子生徒の体を触ったり……すごーく汚い人なの。だからね、あたしが明日、その秘密を全校生徒の前で『ばらしちゃおう』と思って!」


「……なっ!?」


小林の横領やセクハラ。


もしそれが本当なら、人間としては最低の男だ。だが——それを全校生徒の前で白日の下に晒したら、どうなる?


学校は大混乱に陥る。


小林先生の家庭は崩壊し、彼は社会的地位を失い、逮捕されるだろう。


それだけにとどまらない。その事態の混乱に乗じて、生徒たちの間に不信感と悪意が伝染し、学校全体が「黒い感情」の渦に巻き込まれるのだ。


ルゥの狙いは、小林先生一人ではない。


小林というトリガーを使って、学校全体から大量の「負の感情」を一気に収穫しようとしているのだ。


「やめろ……! 学校を巻き込むな!」


俺は床から立ち上がり、ルゥの胸倉を掴もうとした。


だが——ルゥはすっと後ろに下がり、俺の手をかわした。


「ダメだよー! もう準備はできてるんだもん! 明日の朝の全校集会……楽しみに執り行いましょうね、ひろと!」


ルゥはそう叫ぶと、黒いモヤとなって天井へと消えていった。


「待て! ルゥ!!」


俺の叫び声は、誰もいない暗闇のリビングに虚しく響くだけだった。







翌朝。


俺は重い足取りで学校へと向かっていた。


目の下には酷いクマができ、全身の関節が軋むように痛む。


昨夜、ルゥが言い残した言葉が頭から離れなかった。


『明日の朝の全校集会……楽しみに執り行いましょうね』


今日の1時間目は、体育館での月例全校集会が予定されていた。


全校生徒約800人と、全教職員が集まる場所。

もし、あそこでルゥが何かを仕掛けたら……取り返しのつかない事態になる。


(どうすればいい……? 小林先生に教えるか? 「お前の悪事がバレるぞ」って?)


無理だ。そんなことを言えば、俺が犯人扱いされるか、狂人扱いされて追い出されるのが落ちだ。


そもそも、ルゥがどんな方法で暴露しようとしているのかすら分からない。


校門をくぐると、空気はいつも以上に淀んでいた。


生徒たちの視線が、俺に突き刺さる。


「あいつ、昨日白石と一緒に屋上にいたらしいぞ」


「警察が来たって噂だぜ?」


「桐島の事故の時もいたし、マジで関わらない方がいいって」


ヒソヒソと囁かれる心ない噂話。


俺はもう、それらに怒りを覚える気力すら残っていなかった。


靴箱で上履きに履き替えていると、背後から足音が近づいてきた。


「……相羽くん」


振り返ると、そこに立っていたのは葵だった。


目元は腫れていたが、昨日のような死相は消えていた。


制服の乱れもなく、髪も綺麗に整えられている。彼女なりに、必死に前を向こうとして学校に来たのだ。


「……白石さん。学校……来られたんだね」


「うん……相羽くんが、助けてくれたから。私……逃げてちゃ駄目だと思って」


葵は弱々しく、だが確実に自分の意志を込めた瞳で俺を見つめた。


「相羽くん……私ね、昨日相羽くんが言ってくれた言葉……すごく嬉しかったの。私がどんな状態になっても、相羽くんだけは味方でいてくれるって思えたから」


葵が、鞄から小さな包みを取り出した。


「これ……作ってきたの。お昼、一緒に食べられないかな……?」


手作りの小さなお弁当箱。


家庭が崩壊し、明日をも知れぬ絶望の中にいる彼女が、俺のために作ってきてくれたのだ。


胸が締め付けられるように痛かった。温かかった。こんな地獄のような日常の中で、彼女の存在だけが俺の魂を繋ぎ止める唯一の鎖だった。


「ああ……ありがとう、白石さん。喜んでいただくよ」


俺が笑顔を作ると、葵の顔にパッと安堵の表情が広がった。


——しかし。


キーンコーンカーンコーン……。


全校集会を告げるチャイムが、容赦なく校内に響き渡った。


「あ、集会行かなきゃ……体育館だよね」


「……ああ」


俺の心臓が、ドクドクと不気味な脈打ちを始めた。






体育館へ向かう長蛇の列。


生徒たちがガヤガヤと喋りながら、体育館の重い扉へと吸い込まれていく。


体育館の中は、蒸し暑い空気が充満していた。


ステージの上には、マイクとスピーカー。


そして、ステージの脇には、進行を担当する担任の小林先生が立っていた。


俺は2年3組の列に並びながら、周囲を見回した。


(どこだ……ルゥ……どこにいる……!?)


天井の鉄骨、舞台の袖。


どこにも、あの黒いパーカーの少女の姿は見当たらない。


だが——間違いなく、奴はこの空間にいる。


この体育館全体が、重苦しい「厄災の予感」で満たされていた。


「これより、8月の全校集会を始めます。全員、整列」


生徒指導の教師がマイクで叫び、生徒たちがサッと静まり返る。


そして、ステージの中央に校長が上がり、つまらない挨拶を始めた。


時間は刻一刻と過ぎていく。


(何も起きない……? 俺の考えすぎだったのか……?)


そう思いかけた、その時だった。


校長の挨拶が終わり、次の進行のために小林先生がステージ中央のマイクへと歩み寄った。


「えー、次の連絡事項ですが……」


小林先生がマイクに口を近づけた瞬間。


キィィィィィィンッ!!!!


体育館中に、耳を突ん裂くような激しいハウリング音が響き渡った。


生徒たちが一斉に耳を塞ぎ、顔を顰める。


「うわっ!? なんだこの音!?」


「マイクの故障か?」


小林先生も慌ててマイクから口を遠ざけ、音響機材の方を振り返った。


しかし——ハウリング音が収まると同時に。


体育館の前後左右に設置された大型スピーカーから、小林先生の声とは全く違う、「別の声」が流れ始めた。


『あー、あー。マイクのテスト中〜』


少女の声だ。


可憐で、可愛らしく、そして狂気に満ちた声。

ルゥの声だ。


「な、なんだ!? 誰だ音声をジャックしてるのは!?」


小林先生が慌ててステージから降りようとした。


だが——スピーカーから流れた次の音声に、体育館にいた全員の動きが完全に停止した。


『小林先生〜! 先月、PTAの集金から50万円ぬすんだ時の動画、みんなで見ようね〜!』


カチッ、とスイッチが入る音が響いた。


体育館のステージ背面に設置されていた大型プロジェクターのスクリーンが、自動でゆっくりと降りてきた。


そして、暗転したスクリーンに映し出されたのは——。


夜の職員室で、金庫からお金を抜き取り、自分のカバンに詰め込む小林先生の生々しい映像だった。


日付と時刻もしっかりとタイムスタンプで刻まれている。言い逃れ不可能な、完璧な証拠映像。


「な……な……なんだこれはぁぁぁっ!?」


小林先生が絶叫した。顔から血の気が引いて真っ白になり、膝がガクガクと震えている。


体育館中が、一瞬の静寂の後、爆発的なざわめきに包まれた。


「えっ……マジで!?」

「小林、横領してんの!?」

「やばいだろこれ!!」


騒然とする生徒たち。


だが、ルゥの「ショー」は、これで終わりではなかった。


『つぎはね〜! 去年、女子生徒を相談室に呼び

出して、無理やり身体触った時の音声だよ〜!』


ザザッ……というノイズと共に、小林先生の生々しい卑猥な声と、泣き叫ぶ女子生徒の声が、大音量で体育館中に響き渡った。


「やめろぉぉぉっ!! 消せ! 誰かプロジェクターを消せぇぇぇっ!!」


小林先生が半狂乱になって叫び、機材へ向かって走ろうとした。


だが——その時。ステージの上空。


体育館の天井の鉄骨の上に、ルゥが立っていた。


大きな黒い翼のようなモヤを背中に広げ、漆黒の尾をパタパタと揺らしながら、彼女は狂喜乱舞して全校生徒を見下ろしていた。


「あははははっ! すごい! すごいよひろと! みんなの心が黒く染まっていくよ〜っ!」


ルゥの身体が、大量の生徒たちの「嫌悪」「軽蔑」「ショック」「恐怖」を吸収し、眩いばかりの黒い光を放ち始める。


「な……んだあれ……?」

「空中に……何かいる……!?」


悲鳴が上がった。


これまで、ヒロトにしか見えなかったルゥの姿が——莫大な負の感情を貪り喰らったことで、ついに一般の生徒たちの目にも映り始めていたのだ。


「化け物だぁぁぁっ!!」

「逃げろっ!!」


体育館は、一瞬にしてパニックの地獄絵図と化した。


生徒たちが出口に向かって殺到し、押し合い、転倒し、叫び声が渦巻く。


「ルゥゥゥゥゥっ!!」


俺は人波をかき分け、ステージに向かって走った。


ステージの上で絶望して膝をつく小林先生。


逃げ惑う生徒たち。


そして、葵が群衆に押されて地面に倒れ込むのが見えた。


「相羽くんっ……!」


「白石さん!!」


悪魔の少女が巻き起こした、学校全体を巻き込む巨大な厄災。


その混沌の中で、ルゥは空中から俺を見下ろし、最高に美しい笑みを浮かべた。


「ひろと! これがあたしの本当の力だよ! もっと……もっとあたしを憎んでね!!」


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