リセット
篠塚佑樹はマスクを付けず、スマホを両手に、耳にはイヤホンを入れて、モニターを見ながらブツブツ独り言を呟いて、ニヤニヤ笑いながら夜の世田谷区の住宅街を歩いていた。馬事公苑のすぐ横を通って、環八通りにあるお気に入りの長浜豚骨ラーメンを食べにいった帰り道である。引っ越してきて間もない弦巻のマンションへと帰る途中だ。
佑樹は中肉中背の美男子である。日本人の若い女性がセクシーと感じる甘い顔立ちではないものの、スポーツをしていれば格好良いと憧れられるクールな顔立ちだ。ところが、昨年の秋に19才になったものの、これまでに生身の女性と付き合ったことがない。いわゆるガールフレンドがいたことがなかった。中学生時代には同級生や下級生から好意を告白されたことが何度もあったが、その時は、彼女たちを傷付けないように丁重に断った。とは言え、男が好きなホルセクシャルではない。
佑樹は幼い頃からスマホに熱中して、スマホで簡単なゲームをし、YouTubeやTikTokにハマっていた。そして、スマホが手にない時には、少年ジャンプを中心にマンガやアニメばかり見てきた。また、思春期を迎えて性的欲求を感じるようになってからは、美形の女優のAVを観て、マスターベーションしてお手軽に性欲を満足させている。
時代は、世界を恐怖に陥れていたコロナのパンデミックがなんとか終息して、コロナが感染症法上、季節性インフルエンザと同等の5類に引き下げられた2023年の春のことだった。
19才の佑樹は、名古屋市千種区に住む不動産開発会社の社長で、愛知県の副知事を務める征一を父に持ち、非常に裕福な家庭で育ってきた。そして1年浪人して、大変だった大学受験を突破して、(大口寄付を見返りにした裏口入学の可能性もあるが)晴れて東京の早田大学の政治経済学部へと入学した。そして、それから1ヶ月もしない間に父の同意を得て、新居を世田谷区弦巻3丁目にあるダイヤモンド・レジデンスの508号室に決めた。
早速、佑樹は荷物をまとめて、実家のある名古屋を出発して、早々に世田谷区の新居にインターネット環境を整えた。
佑樹は2年越しになった早田大学の入学に成功したら、母親の摩耶にR指定のオンラインゲームの保証人になってもらう約束をしていた。そのゲームに登録するには、日本では18才から21才までは保証人が必要なのだ。
そして、部屋の荷物を片付け終えたその次の朝、佑樹は東京のマンションから名古屋の母親に電話して、母の同意を得て、『スクリーム・オブ・フリークス2』という名のゲームにユーザー登録して、ゲーム専用のゲーム機と3Dゴーグルをクレジット払いで購入した。
・・・『スクリーム・オブ・フリークス』は、カリスマ・ゲームデザイナーである児玉秀夫によって製作・監督された近未来型の戦闘ゲームである。2015年に東京のツナミ社から発売されて、一瞬の気の緩みが命取りになる、極めて残虐で、終始、プレイヤーに恐怖と強い緊張感を強いてくるこのゲームは、R指定ということもあって、世界のマニアたちの間だけで限定的に絶賛されていた。要するにそれは、巷で子供や主婦たちがプレイしている、世界的に大ヒットしている国民的なゲームとは違っていた。
とは言うものの、世界にコロナが蔓延して、孤独で過酷だった2019年からは、人々は外出もままならず、新たなゲームにトライしようとする人口が世界的に増え、『スクリーム・オブ・フリークス』の圧倒的な没入感に多くの人々が興奮し、現実生活の辛さや空しさを完全に忘れ去れると、局所で爆発的な人気を博すようになった。
そして、『スクリーム・オブ・フリークス』は2年前の2022年に、インターネットと4Kを駆使した世界的規模の多人数参加型のオンラインRPGと化し『スクリーム・オブ・フリークス2』へと劇的に進化した。なお、製作者の児玉秀夫はこれまでにヒット・ゲームを連発して、世界中のゲーム民からマエストロの名で呼ばれている。
ベッドテーブルで充電しているiPhoneのアラームが鳴って、ベッドの佑樹が目を覚まし、スマホの表示をスワイプしてリピートする電子音を止めた。佑樹は上体を止めつつ、眉間に皺を寄せながらため息をついた。なぜかは分からないのだが、この頃、佑樹は夜にぐっすり眠っていたとしても、目覚めるといつも言葉にしづらい疲労感を感じていた。
父親の征一が投資を目的に購入した佑樹のマンションは、一部屋ずつがとても大きな1LDKだ。20畳(36・5平米ほど)のリビング・ダイニング・キッチンに、12畳(22平米ほど)のベッドルーム兼勉強部屋がある。収納も充分に設備されている。通常であれば、子供のいない裕福なカップルが住むような住宅だ。
勉強部屋のその壁には、佑樹のお気に入りの、メイドの格好をした『夢売るビッチ』というアニメの可憐な主人公のポスターが貼ってあり、キャビネットには若々しい笑みを浮かべた美人の母親の摩耶の写真が飾られている。祐樹は、母親と父親の良いところが遺伝して、美男子になって生まれてきたようだ。
壁一面に組み立てられたオープンラックには、名古屋から移送した人気アニメのキャラクターのフィギュアが並び、人気マンガのコミック本が全巻揃っていて、好みのアニメのDVDやゲームや美形女優のAVなどがびっしりと並べられている。
この部屋を観るだけで、佑樹は優しい人柄だが、典型的なマザコンで、朝から夜までスマホやゲーム機でゲームをし、アニメやマンガや、ゆるくてふざけたTikTokばかり見ている青年であることが良く分かった。ルックスやセンスは悪くないのだが、生身の人間が何を考えているのかが分からないせいで、同年代の生身の女性とは上手く付き合えないでいる。現実として存在する社会や暮らしに上手く対処することが出来ていないようだ。
加えて彼は、近年、日本の学会で問題視されている、夜に眠っても夢を見ることが出来なくなった、夢の無い青年の1人である。彼らは心の奥底では、進歩しない日本社会に形にならない強い怒りを感じている。2008年から辛うじて1年だけ存続した麻生政権以前なら、『オタク』と呼ばれて蔑視されていた社会の不適合者である。最近、アメリカなどでは『インセル』と呼ばれている男たちの一種だ。
コロナ禍と、2022年の2月24日にロシアが始めたウクライナ戦争によって、世界に緻密に張り巡らされていたサプライチェーンはズタズタに破壊されていた。さらには日本政府が無能に推し進めてきたアベノミクスが大きな弊害となって、日本社会は大変な物資不足とエネルギー不足と人材不足に陥っていた。日本経済が現実として何ひとつ成長していないために、労働者たちの給料は上がる理由もなく、それなのに物価だけが刻々と上がっていって、内容の最低なインフレが始まっていた。長く日本を支えてきた中流階級がいよいよ壊滅していって、社会には強い怒りと不満が鬱積をしていた。
そんな不満だらけの社会にあっても、思春期をコロナ禍で悶々と過ごしてきた佑樹たち若者たちは、無知と幼稚さを盾にして、大して物事を考えず、ただただスマホを手にしながら、そんな社会に流されて生き続けている。日本の現在と未来を考察する、世間で著名な安西夏海らの学者たちの間では、コロナ後と忍び寄る大戦前夜の空気感を受けて、佑樹のような世代の存在が強く問題視されていた。このままでは日本は発展途上国へと後退してしまう。心理学者や脳科学者たちは、そんな若者たちを一まとめに『リキッド・ジェネレーション(液状世代)』と称していた。
翌朝、ツナミ社からマンションに立方体の化粧された段ボール箱が届いた。箱には『スクリーム・オブ・フリークス2専用機』とある。佑樹はそれを手にして心躍った。
ダイニングの椅子に腰掛け、早速、その箱を開けてみた。佑樹はその時、なぜだかヨーロッパの古い教会の祭壇の前に立ったかのような神聖な気分になっていた。箱の中には、発泡スチロールの緩衝材に固定されて、ビニールに包まれた時代を先取りしたメタルグレイのVRゴーグルとゲームのコントローラーとTVスティックがバランス良く同封されていた。まるでそれは近未来からやって来た宝箱のようだった。佑樹はそれらを手に、試しにVRゴーグルを顔に着け、コントローラーをその手に持って構えてみた。心が期待感で爆発しそうになった。
大学の入学式まで、あと10日。佑樹は『スクリーム・オブ・フリークス2』に感覚的に馴染むまでには、それなりに月日が必要だと思った。以前からネットでこのゲームのレビューを何回もチェックしていたが、そこには「何がこのゲームの凄さなのかを知るためには充分に訓練が必要だ」と書かれていた。「何度も、何度も失敗してみて、身をもって知るべきだ。そうすれば、このゲームの沼の深さを思い知るはずだ。『スクリーム・オブ・フリークス2』とは何たるかを理解できるはずだ」と。世界中のプレイヤーたちが、そんな意見を熱っぽく記していた。佑樹はそんな多くの先人たちのアドバイスに従って、とりあえずは母がやって来る入学式の前々日まで、このゲームを徹底的に楽しむことにした。
まずは、佑樹はリビングに設置した大型テレビのUSBポートに『スクリーム・オブ・フリークス2』のTVスティック・4Kを接続して、保証書に添付されているパスワードを使って、『スクリーム・オブ・フリークス2』にログインした。すると数秒して、荒涼として無気味な音楽と一緒に、テレビの画面には「あなたは生存者たちの同志だ」「あなたは特別な存在だ」「あなたの命はこの世の何よりも大切だ」とするウェルカム動画が流された。
佑樹は続いて、画面の指示に従って、動画の後にテレビに表示されてきたQRコードを自身のスマホに読み込んだ。そしてスマホにアプリがダウンロードされると、スマホをテレビの画面にあるTVスティック・4Kにリンクした。続けて表示に従って、テレビの音響をサラウンドに設定した。
それから『スクリーム・オブ・フリークス2』のガイダンスに従って、スマホのカメラで自身の正面の顔写真と、左右の横顔の写真を撮影して、それらを画面の『スクリーム・オブ・フリークス2』に転送した。続けて、ユーザーネームを『ジライヤ』にした。
次には、画面の指示に従って、そこに作られたゲームのプレイヤーとなる篠塚佑樹のプロフィールに、自身の正確な身長と体重と利き手とを記入した。そして佑樹は、次に画面に表示されてきた衣服のラックから白地に紺の長袖のベースボールTシャツを選び、それからデニムのショートパンツとワークブーツを選んで、これからゲームに参加することになる、佑樹の分身となるアバターを完成した。
このゲームは原寸大の街中にいる、原寸大の自身の視野と視界と感覚が重要になるために、こうして自身を再現した実寸のアバターが作られる。とは言え、衣服や髪型やメイクなどは、後からゲームの中で自由に変更できるようだ。
次いで画面に「あなたはどの街で戦いますか?」と言う質問が表示された。佑樹はスマホに「トウキョウ、シブヤ」と書きこんで送信した。ゲームがグーグル・マップとリンクしてローディングされている間に、遠くで緊張感を高める無気味な音楽が鳴り出した。
続いてテレビの画面に「それではVRゴーグルを顔に着け、その手にコントローラーを持ってください。それが出来たらオンをタップして、電源が入ったら、もう一度、オンをタップして、ゲームに思い切ってトリップしてください」との指示が出た。
佑樹はその指示に従って、VRゴーグルを顔に着け、コントローラーを手に持った。それからコントローラーのオンをタップした。すると、コントローラーとVRゴーグルに電源が入って、小さなブルーのランプが点滅した。
佑樹は大きく深呼吸した。これから何が始まるのだろうかと、心臓がドキドキして高鳴った。佑樹は目を閉じ、改めて決意した。そしてその目を見開いて自らに頷くと、覚悟を決めてもう一度、オンをタップした。
次の瞬間、佑樹が着けたVRゴーグルの暗闇のただ中に、佑樹の分身のアバターが現れた。続いて中空に「ウェルカム・トゥ・アウア・マッドワールド」と表示され、起動を報せるタイマーの後に、極めて緻密に、リアルに描かれた、仮想のシブヤのスクランブル交差点がアバターの目の前に遠大に広がった。いつもと変わらない午前のシブヤの風景だ。さらには有無を言わせず、アバターの利き手の左手に無料のシグ・ザウエルP320が握られた。シグ・ザウエルとは、世界の多くの軍や特殊部隊で使用されている高性能のオートマチックのハンドガンである。
佑樹は足がすくんでいた。地面に足が着かないでいた。同時に、周りにいる大量の人々を見回して、手に持ったハンドガンを慌ててショートパンツのポケットへと隠した。そして街の中での振る舞いをなるだけ控えめにした。
すると、スクランブル交差点の歩行者用の信号が青になった。佑樹はまだ自分の身に何が起きているのか上手く理解できないでいた。ゲームのアバターになったばかりなので、当然と言えば当然だ。最初は誰もが通る道である。それでもとにかく何も考えず、何にも逆らわず、人波に流されて、出来るだけ自然に交差点を道玄坂方面へと渡っていった。
それから道玄坂の歩道を少しだけ歩き、次の信号を、派手な服装をした女子たちがビルの前庭に集まってみえている109の正面へと渡っていった。
周囲の人たちはいつもと変わらない日常を個々に楽しんでいる様子だった。しかし佑樹は、この街のどこかに漂って感じる不穏な気配に鳥肌が立っていた。
佑樹は通りの歩道を人々で賑わう文化村方面へと歩いていた。すると数分がして、彼の右手奥側にあたる、ロフトやスペイン坂や東急ハンズなどがある井の頭通りの方面から奇妙などよめきが、あるいは、ざわめきが沸き起こって聞こえてきた。続けて何か大きな物音がして、ビルの上空へとモクモクと黒煙が立ち上がった。次の瞬間、人々の悲鳴や鬼気迫った喚き声がビルの狭間に響き渡って聞こえた。
少し遅れて、センター街方面から文化村通りへと人々が騒然となって逃げ出してきた。佑樹はそれを見て、身震いして身構えた。訳が分からず、両手に構えたハンドガンを人々が唐突に湧き出してきた横道へと向けた。すると近くの横道から、そしてその先の横道から、そのまた先の横道からと、大勢の人々が雪崩を打つかのように一気に通りへと溢れ出してきた。人々は血相を変えて何かを伝えようとしているが、愕然としすぎて呂律が回らず、何を喋っているのかが分からなかった。
今度は横道の向こうから、車が横転したか、ビルに激突したかのような大きな物音が立て続けに聞こえてきた。次にはそんな人々の群れを追うようにして、1体の灰緑色の怪物が2メートル半ほどのその巨体を唐突に現してきた。怪物は俊敏に身を動かし、人の体を鷲掴みにして、頭を噛みちぎって口に咥えて、驚愕して逃げ惑っている人々を容赦なく追い回した。
次の瞬間、佑樹は突然、背後に何かの気配を感じ取って、上体を引き裂く激烈な痛みにもんどり打ったかと思うと、途端にすべての世界がブラックアウトした。続いて電子音の短いメロディと一緒に、闇の中空には「ゲームオーバー」と表示された。
祐樹は動悸を感じながらVRゴーグルをその顔から外した。不意に腰から力が抜けて、思わず数歩、後退りした。と同時に、ソファの上にゴーグルとコントローラーを置いた。彼はこれまでに感じたことのない大きな喪失感をその胸に感じていた。
佑樹は自分の身には何が起きたのかと、愕然としてその目を見開いた。続いて、吐き気を催した。これは、いわゆる『ゲーム酔い』と言うものかも知れない。現代、科学的知見では、ゲームには、アルコールや質の悪いドラッグにも匹敵する強い中毒性と依存性があることが証明されている。
佑樹は慌ててキッチンに向かうと、しばらくシンクに頭を垂れて、その場所でジッとして胃の中の不快感を堪えた。なぜか恐くて、全身がワナワナと震えていた。とは言え、次第に吐き気は治ってくれた。
佑樹はゆっくりと背筋を伸ばした。それから何度か大きく息を吐き出して、冷蔵庫から冷えたモンスターを取り出して、一気に半分ほど飲み干した。
佑樹は、どうして自分が突然、ゲームから退場させられたのかが分からないでいた。不快に思って、その首を傾げた。腰に手を当て、窓から晴天の下の2棟建てマンションの中庭を見渡した。それから気持ちを切り替えて、残りのモンスターを飲み干した。
佑樹はふたたびVRゴーグルを顔に着け、コントローラーを手に持った。するとVRの暗闇には、「ふたたびプレイする場合には、リセット・ボタンをタップしてください。それからもう一度、オンをタップして、ゲームに思い切ってダイブしてください」との指示が出た。佑樹はその指示に従って、コントローラーのリセット・ボタンをタップした。すると、VRの暗闇にファイルをリロードするタイマーが点滅した。
佑樹は大きく息をして、改めて決意した。それからもう一度、オンをタップした。次の瞬間、VRゴーグルの暗闇に、佑樹の分身のアバターが現れた。次には中空に、「ウェルカム・トゥ・アウア・マッドワールド」と表示され、起動を報せるタイマーのその後に、緻密にしてリアルな、仮想のシブヤのスクランブル交差点の風景がアバターの目の前に広がった。さっきと変わらない午前のシブヤの風景だった。続いて有無を言わせず、アバターの左手にシグ・ザウエルP320が握られた。
いつもながらにスクランブル・スクエアには大勢の人たちがいた。佑樹は今度はハンドガンを片手に小さく身構えて、用心深く道玄坂から文化村通り、センター街、公園通りへと目をやった。すると歩行者用の信号が青になった。
佑樹は通りの入り口を見回して、今回はこの街で何が起きているのかをはっきりと見てやろうと、公園通りの西武側を選んで交差点を斜めに突っ切って渡った。続いて、西武百貨店の間から始まる井の頭通りへと左折していった。
すると突然、佑樹の左手前方にあたる公園通りの方で大きな爆発音がして、続いて、あちらこちらで物音がして、ロフトの横道やスペイン坂から大勢の人々が悲鳴を上げながら慌てて通りへと走り出してきた。佑樹はオートマチック拳銃にもう片方の手を添えて、スペイン坂の横道へと狙いを定めて身構えた。
いきなりスペイン坂から謎の灰緑色の巨体が現れたかと思うと、女の肩を鷲掴みに、その頭を食いちぎり、井の頭通りを走り抜けようとする乗用車のサイドボディを、鉤爪を持ったその手で鋭く打ち払った。
乗用車は軽々と弾き飛ばされ、回転しながら、佑樹の近くにあったビルの1階のファッション・ストアのウインドウへとめり込んだ。祐樹は愕然として身を低くして、人の体をその手に掴んで頭から丸齧りした怪物を狙って、ハンドガンを続け様に発砲した。ところがズブの素人がいきなり拳銃を発砲してみても、狙い通りに当たるものではない。佑樹は鼓動が全身に脈打って、口から心臓が飛び出してきそうな気分になった。恐くて、恐すぎてガタガタと震えていた。
悲鳴を上げて、東急ハンズの方から逃げてきた大勢の人たちが、続けて乗用車を投げつけた怪物に行く手を阻まれ、血相を変えてセンター街に続く横道へと向かっていった。
佑樹はそれでも懸命になって、ハンドガンを発砲した。そして、やがては拳銃にあった弾丸を使い切ってしまった。佑樹はポケットに入っていた予備のマガジンを、慌てて空になった拳銃に装填しようとした。ところがマガジンをグリップの底に当ててしまって、路上へと落とした。
佑樹は突然、背後に何かの気配を感じ取って、上体を引き裂いた強烈な痛みにその体をひねった。途端にすべての世界がブラックアウトした。電子音の短いメロディと一緒に、闇の中空には「ゲームオーバー」と表示された。
佑樹は胸が張り裂けそうな強烈な喪失感に、「あーっ!」と大声を発していた。そしてゴーグルを外し、モニターに表示されているアバターの微々たる行動履歴と獲得ポイントの『0』を睨み付け、こいつは得体の知れない、底知れないゲームだと思った。
幼い頃から人気ゲームを色々と楽しんできたが、こんなゲームはこれまでやったことが無い。『スクリーム・オブ・フリークス2』は、他のゲームとは何かが根本的に大きく異なっている。プレイヤーは、とにかくゲームの環境に、まずは慣れなければならない。ゲームの中で何が起きているのかを、少しでも早く把握しなければならない。ゲームの世界にくり返し入っていって、その世界で起きている異変のひとつひとつを身をもって体験し、理解しなければならない。そうしなければ、次へと進んでゆくことなど出来ない様子だ。
佑樹はそう思って、根気強く、何ひとつ進歩がないままに、5回、リセットをくり返した。ところが、どの回も何も理由が分からないまま「ゲーム・オーバー」になった。
途中、佑樹はスマホを手に取り、キーボードに、「スクリーム・オブ・フリークス2の第一歩」、「スクリーム・オブ・フリークス2の初心者へのアドバイス」と書き込んで、それらをインターネットに検索した。そして質問に対する回答をTVモニターに表示した。
ところが、ゲームの導入部については何ひとつ書き込みがされていなかった。と言うより、すべてがツナミ社によって削除されている様子だった。ツナミ社からは「スクリーム・オブ・フリークス2の導入部に関しての書き込みを禁ずる」、「それに関する書き込みをした場合は、一方的にその者がユーザー契約を破棄したものとする」とあった。
そして、そこにはただ一言、「スクリーム・オブ・フリークス2の導入部に関しては、100人に100通りがあります。どうか、自身で体験して、自身の頭で考えて、次への出口を探し当ててください」とする、作者の児玉秀夫からのメッセージが記されていた。
5度のリセットの間に公園通りにも足を向け、事件の発端を探り当てたいと考えて、山手通りや宮益坂へと進路を取って246号にまで進んでみた。どうやら事件は山手通りと246の間にある住宅街の一画で始まっていたようだ。そして、それは7回目のリセットでのことだ。祐樹はハンドガンを手に用心深く身構えて、今一度、以前と同じ経過を辿ってみようと考えて、西武百貨店の角を左折して井の頭通りへと入ってみた。
人々が悲鳴を上げながら、逃げ場を求めてロフトの横道やスペイン坂から溢れ出してきた。すると灰緑色の無気味な巨体が、錯乱した人々を追ってスペイン坂の横道から進み出てきて、女の頭を食いちぎって、腕を振り上げ、通りを走り抜けようとしていた乗用車を容赦なく弾き飛ばした。
中空を横っ飛びしてきた乗用車が、佑樹の近くのファッション・ビルのウインドウにめり込んだ。佑樹はここまでの経過を分かっていながらも、突然、始まった強烈な恐怖に震え上がって、前方に向かってハンドガンを構えた。東急ハンズ方面からも騒乱した人々が逃げ出してきて、怪物に進路を遮られ、慌ててセンター街の方面へと路地を進んでいった。
佑樹は歯を食いしばって、怪物に向かって続け様にハンドガンを発砲した。すると背後に何かが唐突に現れた。佑樹はそれを察知して、慌てて背後へと振り返った。するとそこでは、灰緑色の怪物が鋭い三角の歯を持った、唾液に塗れた大きなその口を引き開けていた。次の瞬間、頭がその歯に噛み砕かれて、突然、世界が真っ暗になって、電子音のメロディと一緒に、死を意味する暗黒の中央に「ゲームオーバー」が表示された。
佑樹が上体を小さくして、喪失感を堪えながら現実世界へと戻ってきた。そしてゴーグルを外し、「畜生!」と口走って、強い苛立ちを吐き捨てた。佑樹はここまで8回、『フリークス2』にトライしてみたが、ゲームの入り口から上手くその先へと進むことが出来ないでいた。とは言え、どうして自分がゲームオーバーになったのか、その理由を判明し、理解することが出来た。どうやらゲームの中にはもう1体の怪物がいて、自分はその怪物に頭を食われて、文字通り殺されていたようだ。けれども、それが分かれば対策を打てる。
佑樹はキッチンに行って、冷蔵庫からモンスターをもう1缶取り出して、それを一気に飲み干した。そうして10個の角砂糖相当の糖分で、自身の体の血糖値を上げた。拳を握って両腕を2度、3度と伸ばし、自身に改めて気合を入れると、テレビの前にやって来て、コントローラーを片手に、VRゴーグルをその顔に着けた。
佑樹は8回目のリセット・ボタンをタップした。そうしてシブヤのスクランブル交差点のその前に立つと、交差点を渡っていって、前回と同じ経過を辿るべく、計画通りに西武百貨店の角を左折して、井の頭通りにやって来た。
ハンドガンを左手に、西武百貨店の東端の手前で一旦その足を止めた。そして佑樹は大きく息をして、通りのその先を見つめた。これまでくり返してきた経験によると、百貨店の建物からその先に進むと、山手通りの近くで大きな爆発音が起こり、公園通りでは車の事故が連発して、人々の逃走が始まっていた。・・・佑樹はそのように推測して、百貨店の東端からその先へと歩みを進めてみた。
案の定、左手遠方で爆発音が起こって、ビルの向こうに黒煙が立ち上がると、公園通りで車の事故が多発して、大勢の人たちが悲鳴を上げながら騒乱して、ロフトの横道とスペイン坂の横道から我先にと逃げ出してきた。それに続いて、灰緑色の巨体の怪物が逃げる女の肩を鷲掴みに、その頭を食いちぎり、腕を振り上げ、通りを走る乗用車を力一杯に弾き飛ばした。
佑樹の近くのファッション・ビルのウインドウに乗用車がめり込んで大破した。佑樹は体の震えを懸命に堪え、通りの前方に現れた怪物を狙ってハンドガンを連射した。と同時に、背後に大きな何かの気配を感じ取った。
佑樹は咄嗟に振り返った。すると背後には灰緑色の怪物が迫っていて、唾液だらけの大きな口を引き開いていた。瞬間、佑樹は迫りくる怪物に向かってハンドガンを発砲した。すると銃撃を受け、瞬間、怪物の身の動きが止まった。続け様に連射した。怪物は銃弾を受けたその度に、瞬間、その動きを止めていた。
その時、ロフトの横道からはもう1体の怪物が素早い動作で現れ出し、逃げ遅れた男のその脚を鷲掴みに持ち上げた。地獄から目覚めたかのような怪物には3体目がいたようだ。
佑樹がそんな怪物を横目に見て、続けて正面にいる怪物を狙って、ハンドガンの引き金を引いた。銃弾は至近距離ということもあって、怪物の目の無い顔や、その首や、いくつも目があるその胸を撃ち抜いた。その間、怪物は銃撃を受けた瞬間、瞬間に、その身の動きを止めていた。
佑樹は、ハンドガンにあった銃弾のすべてを使い切ってしまった。慌ててポケットにあったマガジンを手に取り出し、空になったマガジンを路上に捨て去って、新たにマガジンをハンドガンに装填した。
ロフト側にいる怪物が、手に掴んだ男の脚を力に任せてもぎ取った。悲鳴を上げた男の体をビルの外壁に強く打ち付けて、即死させ、大人しくさせた。それからおもむろに男の腿肉へと齧りついた。
すると脇道からサブ・マシンガンと手斧を持った、プラチナ・ブロンドの髪をショートボブにした白人女のプレイヤーが出てきて、男の脚の肉を貪ったロフト側の怪物を狙って容赦なくMP5サブ・マシンガンを連射した。瞬間、連射された怪物はまるで凍り付いたかのように硬くその身の動きを止めた。白人女は硬直した怪物を睨みつけ、奇声を発して手斧を振り上げ、怪物に突進していって戦いを挑んだ。
一方、佑樹は正面にいる怪物のその動きを止めようと、懸命になってハンドガンを連射していた。そしてやがては、ハンドガンにあった17発の銃弾のすべてを使い切ってしまった。驚き慌てて予備のマガジンまで空にしてしまった。佑樹はそれを知って、目の前にいる怪物を見つめて、死を覚悟して嘆きの声を上げた。すると銃撃していた怪物が身の動きを取り戻し、大きくその口を引き開いて、鋭い三角形の歯を剥き出して飛びかかってきて、そして彼の頭を一口で噛み砕いた。
佑樹は堪えきれない空虚感に身を歪め、現実世界に戻ってきてゴーグルを外した。佑樹は動転して興奮してしまって、コントローラーを強く握ってカタカタと震え、肩で大きく息をしていた。
それでも今回、佑樹には学びがあった。自分を殺した怪物の存在に気が付いたことで、3体目の怪物の存在も認知することが出来た。そして、それを相手に戦う他のプレイヤーたちの存在を知った。プレイヤーは、どこかの異国の白人女だった。女は、獰猛でいて残虐な、動作の素早い怪物と互角に戦い合うために、サブ・マシンガンと手斧でその身を武装していた。・・・
佑樹は冷蔵庫に冷やしておいたペットボトルの緑茶をグラスへと注ぎ、ダイニングの椅子に腰掛けて、ひと息をついた。そうしてマイクロプラスチックまみれのペットボトルの緑茶に口を付け、15分ほど考えを巡らせた。正午をとうに過ぎてはいたが、ゲームで過度に興奮しているためか、まったく空腹感を覚えていなかった。
佑樹はコントローラーを手に、大型テレビのその前に立った。そうして『スクリーム・オブ・フリークス2』のサイド・バーにある『装備』のウインドウを開いてみた。
すると、ウインドウのその中は武器庫になっていて、そこには『アーマー(防具)』、『シールド(盾)』、『ハンドガン(拳銃)』、『ショットガン』、『アサルトライフル』、『サブ・マシンガン』、『バレット(銃弾)』、『ソード(刀剣)』、『アザー・カトリー(その他の刃物)』と分類されている白バックのラックが並んでいた。祐樹は、まずは倉庫の中を一回りして、それぞれのラックを一通り見てみた。
佑樹は『アーマー』のラックを見つめて、異形の怪物から身を守るためにはこれも購入しておくべきかと、しばらく思い悩んでいた。続けて、ロフトの近くに見た白人女のプレイヤーの姿を思い起こしてみた。それから『サブ・マシンガン』のラックの前へと立ち止まった。
そこに並んだ商品の画像と紹介動画をチェックして、それらのマニュアルを慎重に読んでみた。佑樹は、値段は5万円弱と少し高価だが、高性能サブ・マシンガンの中で最も軽量なロシア製の、警察の鎮圧部隊や軍の特殊部隊で使用されているPP・2000を購入することにした。UziやMP5といった著名な武器より、最軽量なら扱いやすいと考えたからだ。それにデザイン性だって優れている。
それに併せて、1発2円の9×19mmパラベラム弾がフルに装填されているマガジンをとりあえず6本。ちなみにそこには、無制限で銃弾を使えて、消費した分だけその金額が請求されてくる『リミットレス』というメニューもあった。・・・
続いて『ソード』のラックの前に立ち、そこに並んだ刀剣の画像と、使用法の動画をチェックしてみた。そして、それらのマニュアルを注意深く読んだ。
斬ることに特化した反りの大きい武士の日本刀、刺すことを念頭に置いた反りの少ないヤクザの日本刀、丈の短い脇差、薙刀、槍、ローマ時代の平行両刃のイベリア型の剣、ゲルマンの貴族や指揮官の象徴であった両刃の長剣であるダマスクス剣、12世紀から13世紀に使われた鍔をつけて十字形とした長剣、刺突用の短剣、三角形の断面を持ったダゲット、中国の三国時代の偃月の長刀、柄の先端に鐏をあしらった7尺の大刀、両刃で全長1丈の陌刀、宋時代以降の各種の長柄刀に短柄刀、それから青龍刀などなど。・・・
佑樹はそんな中から、自分は日本人なので、これなら我が身にフィットすると考えて、江戸時代後期のヤクザが使っていた反りの少ない、武士のものより少し短い日本刀を選んだ。価格は高価とも割安とも言えない2万円ほどだ。
佑樹は武器で我が身を武装して、これなら怪物にだって対抗できるはずだと、その腹を括った。そしてふたたびテレビの前に立ち、VRゴーグルを顔に着けると、コントローラーを両手に持ってリセット・ボタンをタップした。
こいつは命懸けのトリップだ。一瞬でも注意を怠れば、自らの死を招くことになる。そんな容赦ないゲームだ。『フリークス2』には、他では感じられないシリアスさがある。そんなシリアスさが、シリコンバレーなのか、深圳なのかは分からないのだが、この世界のどこかにいる狡猾な誰かに搾取され続ける、物足りない現実世界を忘れさせてくれる。
佑樹はもう武装して街中を歩くことを恥ずかしいとは思わなくなった。ゲームの世界とは言え、これは生きるか死ぬかの戦いだ。佑樹は利き手の左手にPP・2000サブ・マシンガンを持ち、右手には鞘に収めた日本刀を持っていた。そして今一度、同じ経路を辿ってやろうと、西武百貨店の角を左折して、井の頭通りへとやって来た。
街ゆく人々は、いつもと変わらない日常を送っていた。デートを楽しんでいる者たち。街にショッピングにやって来た者たち。スマホを見ながら歩いている者たち。スマホで誰かと話している者たち。営業や打ち合わせのために街にやって来た者たち。他の街へと出かけてゆく者たち。少し遅めの休憩を取って、コンビニに買い物をする者たち。食事を終えて、ランチタイムのレストランから出てきた者たち。そこへと食事にゆく者たち。人々は思い思いに昼時の時間を過ごしていた。
背の高い人たち、背の低い人たち、美しい人たち、太った人たち、滑稽な人たち、若者たち、そして年老いた人たち。そんな名のない人たちがシブヤの街を今日も行き交っている。彼らは誰かを愛していて、誰かに愛されている。歩道によって停車して、人を降ろすタクシー。人々を乗せてゆくタクシー。通りを行き交う車の数は今日も大量で、際限がない。シブヤは毎日が祭りのような街だ。それがやがては地獄と化してゆく。
佑樹は百貨店の建物の東端の手前へと立ち止まった。そして、その先に見えるスペイン坂からの横道とロフトの横道の入り口を見つめた。・・・やがてはその道は死に染まる。佑樹はそんな横道の入り口を注視して、心臓がバクバクと高鳴って感じていた。
佑樹は右手に日本刀を持って、左手にサブ・マシンガンを構えて、一歩踏み出した。そしてその歩道をゆっくりと進み出した。やがては、ロフトがある横道からどよめきと悲鳴が湧き上がって聞こえた。その先のスペイン坂への入り口でも喚き声が聞こえてきた。
人々が驚き慌てて、ロフトの横道から逃げ出してきた。佑樹はそれを見て身構えた。次にはスペイン坂の横道から、恐怖に怯えた人々が溢れ出してきた。灰緑色の巨体の怪物が女の肩を鷲掴みに、その頭を噛みちぎった。続いて、通りを走り抜けてきた乗用車をその手で強く弾き飛ばした。車は回転しながら中空を横切って、祐樹の近くのビルのウインドウへとめり込んで大破した。
佑樹はそれを見て、そんな怪物を狙って、サブ・マシンガンを連射した。ところがサブ・マシンガンの連射は片手では反動が強過ぎて、佑樹の左手は宙に踊って、銃弾は怪物近くのビルの外壁やウインドウや、通りに違法駐車している車のボディを貫いて揺れ動いた。
佑樹はそれを見て、呆然となった。・・・怪物までのその距離は80メートルほどか。サブ・マシンガンを撃ったのは生まれて初めてのことだった。この手のサブ・マシンガンは、狙いを定めてしっかりと構え、引き金を引かなければ、望む成果を上げられないようだ。
次の瞬間、佑樹は背後に迫りくる怪物を感じ取った。咄嗟に振り向き、PP・2000を連射した。銃弾は至近距離ゆえに、怪物の腹から胸にかけてに命中した。怪物はキューッと言った奇声を発して、瞬間、凍結したかのように身の動きを止めた。
するとロフトの横道からもう1体の怪物が現れ出してきて、手に掴んだ男の体から片脚をもぎ取った。続いて怪物を追って、白人女のプレイヤーが脇道から走り出してきた。
怪物が身の動きを取り戻しそうになったので、佑樹はふたたび正面の怪物の胸とその顔を銃撃した。
横道の出口では、白人女のプレイヤーが、手にした脚に齧りついている怪物を狙って、MP5サブ・マシンガンを連射した。怪物が銃撃を受けて身の動きを硬直させると、白人女は怒号をあげて怪物に突進して、左手の手斧を振り上げ、怪物の頭を斧で叩き割った。
女は続けて、その身を旋回して斧を振り回し、怪物の首の根元を強く斬りつけた。怪物は割られた頭から脳の一部を垂れ流し、傷付いた首から血飛沫を噴き上げて、ヒザを落として命尽き、大地へと横たわった。・・・こうすれば怪物を倒せるのか。
佑樹はそれを見て、左手にあったPP・2000を肩紐に任せ、日本刀を利き手の左手に持ち替えて、鞘から刃を抜き出そうとした。同時に怪物が身の動きを取り戻し、瞬発的に突進してきて佑樹の両肩を鉤爪で掴み、大きく口を開け、彼の頭を一口で噛み砕いた。
佑樹は胸が苦しくなる大きな喪失感に包まれて、現実世界に戻ってきて、ゴーグルを外した。佑樹はしばらく茫然自失となって、全身を震わせていた。それからダイニングの椅子に腰掛け、グラスに残っていた緑茶を飲み干して、冷静さを取り戻そうとした。
佑樹はふと、ゲームの世界のシブヤのロフト近くでくり返し目にした白人女についてを思い返した。そして、女は素晴らしいプレイヤーだった。怪物を目前にしていても慌てないでいた。女は、怪物との戦い方を心得ていた。それは大した狩人だった。彼女はきっと経験豊富なプレイヤーに違いない、などと考えを巡らせていた。
佑樹はテレビの前にやって来て、コントローラーを手にしてソファに腰掛け、『フリークス2』のツールにあるメモリー機能を操作して、前回のトリップの録画映像をモニターに再生した。動画を3倍速で早送りして、自身のアバターがファッション・ビルの少し手前側にいて、背後に怪物が迫ってくるところから、その動画を再生した。・・・動画は全体が当時の佑樹の視界に基づいたものだ。しかし、画像に関してはあらゆる角度から現場・現場を確認することが出来た。
以下は佑樹の視界である。・・・佑樹はドキリとして振り返った。するとそこには怪物がいて、素早く自分へと迫ってきた。佑樹は咄嗟に左手のPP・2000を連射した。銃弾は怪物の腹から胸にかけてに命中した。すると、もう1体の怪物が、ロフトの横道から現れ出してきた。するとその怪物は逃げ遅れた男の腿を掴んで、男を逆さまにして、その脚を容赦なく引きちぎった。佑樹はふたたび正面の怪物の胸からその顔を銃撃した。すると路地から白人女が現れてきた。女は右手にMP5、左手に手斧を持ち、男の腿を貪る怪物を銃撃した。そして怪物がその身を硬直させると、女は勇気を持って手斧で怪物の頭を叩き割り、素早く旋回して、怪物の首の根元を斬りつけた。・・・次の瞬間、佑樹は女をマネしてPP・2000を肩紐に任せ、右手にあった日本刀を左手に持ち替えて、鞘から抜き出そうとした。・・・ところが、同時に怪物が身の動きを取り戻し、佑樹を捕まえ、彼の頭を噛み砕いた。・・・佑樹は事件が起きていた瞬間・瞬間を、何枚もの画像を開いて、別の角度から確かめてみた。そうして怪物と戦う女の身の動きを事細かに分析した。
佑樹はそれらを見て、日本刀は鞘から抜いて抜き身で持つべきだと考えた。それから日本刀は、怪物にトドメを刺す時のために利き手である左手に持つこと。それに伴い、利き手でない右手に持ったサブ・マシンガンは、銃撃の精度を高くするために、可能な限りに至近距離から撃つべきだと理解した。
ゲームの初心者である佑樹からすれば、ゲームの中で出会うプレイヤーたちは皆が上級者たちだ。とは言え、白人女の戦いは、間違いなく経験豊富な上級者のそれだった。
佑樹はコントローラーを操作して、白人女のその顔が明瞭に写った画像を選び出し、それを『フリークス2』のプレイヤーのデータベースに検索してみた。
すると、画像の女のその顔に顔認証の測量が行われて、botが膨大なデータベースに同一人物を刻々と探し出した。やがて数10秒をかけて、とある女がモニターに選出されてきた。プラチナ・ブロンドをショートボブにしたあの女だ。青い眼をして、アイ・シャドーと口紅をビビッドなピンクで塗っている。ユーザーネームを『アルテミス』と言う。
佑樹はこの先、『フリークス2』を進めてゆく上で、自分が次のステップに進んでゆくために、彼女にメンター(指導者)になってもらえないかと考えてみた。そうして自分の経験不足と、我が身に欠けている戦いの心得を、1日でも早く身に付けたいと希望した。
すると佑樹のスマホに着信音が鳴った。電話の相手は、白川ジョージとあった。
佑樹の父親が人脈を辿って、進学以前に紹介してくれた、この春、早田大学にストレートで入学した1才年下の同級生になる青年だ。ジョージの父親は外務省出身で、現在は駒沢2丁目に自宅を持って、日本米や日本酒から、太陽電池や高級建材、化学素材などなどの貿易ビジネスを行っている。ちなみにジョージの母親はイギリス人で、ジョージはイギリス生まれで、小学校から日本で育ったハーフの青年だ。
佑樹はスマホを手に取って、その電話に出た。
「どうしたジョージ」
「元気かい、佑樹。入学式の朝は、俺はどうしたら良い?迎えに来てくれるんだろ」
「ああ。ちょっと早いかも知れないけど、8時半に迎えにゆくよ。うちは母さんが一緒に行く。それまでに用意しておいてくれ」
ブラウンの髪にグレイかかった眼をしたジョージが、頷いて返事した。
「分かったよ。うちも母さんが一緒に行く予定だ。そう言えば母さんが、ユウキはいつになったら遊びに来るのかって話しているよ。入学式の前に、一度、晩ごはんを食べにおいでよ。皆、楽しみにしているからさ」
「そうだな。ご近所になったんだから、ご両親にも顔を見せなきゃな。それじゃあ、土曜の夕方に君の家まで行くことにするよ」
「OK。今週の土曜日ね。両親に伝えておく。だけじゃなくて、時間があったらその前に会おうよ。渋谷とか原宿とかに出掛けるのも良いんじゃない」
佑樹は、ジョージの口から出た『シブヤ』という言葉にピンと来た。
「渋谷か。悪くないね。それじゃあ明日、2人で出掛けようか。古着屋巡りとかしてみたいな。レトロなTシャツとかトレーナーを探したい」
「そいつは面白そうだ。OK。それじゃあ明日、2人で出掛けよう。車をうちの駐車場に停めて、駒沢公園から電車で出掛けることにしようよ」




