第五十八話 最適な解決
カシウス家パーティは、レンの優しさの弱点を支えつつもあっさりとリヴァイアサンを倒し、カレンに完全聖書を届けに行ったら最終目的地、自由軍国にいる最強最悪の敵、いわば魔王のような存在、しかも人間で殺人の可能性があるガンジャン・シュウの恐ろしさを聞いてしまった。
それでもカシウス一家の決意は揺るがず、5人ともイクスに帰ってから、自分達の信仰と主に従う決意、互いを愛すること、鍛錬を今まで以上に大切に熱心に向上させていた。
5人ともウィリアムとレベッカにはガンジャン・シュウと戦わなければならないことを秘密にしていた。
ウィリアムとレベッカももう58歳、ニエフの平均寿命からすればかなり高齢だ。
無用な心配をかけたくなかったのだろう。
リヴァイアサン含め残っていたフェニックスの肉や今まで入手した全ての食材を全員で魔法も駆使して料理し、世界最高級の食事を愛する家族と、ヨシュウたちライオンハート一家に振る舞った。
献金やマリーの学校にもほぼ全ての所持金を渡した。
しかし、5人が何も言わずともウィリアム一家やライオンハート一家はそれとなくレン達が厳しい試練に赴くことを感じ取っていた。
5人があまりにも彼らに尽くしすぎたため、それが自分達の厳しい将来を告げられない代わりの罪滅ぼしだと気づかれてしまったのだ。
しかしそれでも愛する全員は何も言わずにいつもどおり、何一つ変わらず、より一層主に従う生き方を示し、愛してくれた。
イクスで幸せな生活を半年送ったカシウス一家は、次の目的地オスリル大陸へと到着した。
「オーストラリアってこんな感じだったか?もっと砂漠っぽいイメージがあったんだが?」
「ここは暑いわね……でも海がきれいだわ。レン、ちょっと泳がない?」
「ふむ、ここにもチョコがありそう。キリア、売ってる場所教えて?」
「気持ちいい気候ですねー、体がぽかぽかします」
「父上、オスリルもニエフで最も自然が独特で豊かな大陸なのですじゃ。シロ母上、ハルサンであれだけ購入したのにまだ購入するのですかの?」
「なるほどね」
「まだまだ足りない。チョコはいくらあっても足りない」
「それはいいんじゃがな、妾にも今キマイラがどこにおるのか分かりませんのじゃ。キマイラは特定の生息地を持たず、獲物を食い尽くさぬようオスリル中を巡って狩りをする温厚で優しい魔物なのじゃ。父上にはかなり辛い相手となりますが……」
「大丈夫だよキリア、みんながいてくれれば俺の弱さも乗り越えられるさ。そういうことならカレンに聞きに行くか」
今度はレンが親カルガモになりそれに続く四人。珍しく家長らしいレンである。
「よ、カレン、オスリルは随分オーストラリアとは違うんだな」
「久しぶり5人とも。おかげで本もだいぶ書けたよ。オーストラリアは元々乾燥した大陸だったけど、それが僕のイメージと違ったからこうなったんだ」
「なるほどね。納得だ。ところでキリアに聞いたんだがキマイラはオスリル各地を移動しているらしいな。完全聖書を持つ長が今どこにいるか分かるか?」
「今はオスリル最大の熱帯雨林、ここから東に行った先のディープダークジャングルにいるよ。クロちゃんとニュートくんが好きそうなビーチにも近いし、シロちゃんの好きなチョコも山ほどあるよ。最近移動してきたばかりだからしばらくはそこにいるんじゃないかな。いつまた移動するかはわからないから少し急いだほうがいいかもしれないけど」
「カレン様!!!超特急で走っていきます!!」
「音速で飛行する。レン、先に行く」
「クロママ、シロママ、僕も一緒に行きます!!」
「はぁ……クロ母上、ビーチが父上よりも大事なのかえ?シロ母上、同じくチョコレートは父上よりも大事なのかえ?ニュートも熱帯が父上より大事なのかえ?妾少し悲しいのじゃ……」
レンは軽く笑った。
「いいってキリア、俺以外に好きなものがあるのはいいことだ。俺たちにはイエス様がいる。俺が先に死んでも、みんな主に従って生きていける」
その言葉に、空気が止まった。
「……レンと一緒がいい、死ぬなんて言わないで」
「レン、生きて。死ぬ前提で話さないで」
「パパ……死んじゃ嫌です」
レンは困ったように笑った。だがその笑顔は―― どこか、覚悟している人間の顔だった。
「レンレン、重い話しているところ悪いけど……早く探しに行かないとキマイラどっか行っちゃうよ?」
「ああ、すまんなカレン、東の海沿いに行けばいいんだよな?」
「うん、川沿いに広大な熱帯雨林が広がっている。ベヒーモスと同じで申し訳ないけどキマイラが熱帯雨林のどこにいるかはわからない」
「また地道に探すさ。巣の特徴とかはあるのか?」
「それもベヒーモスと同じ感じかな。定住しないから森の中に少し広い空き地を作るぐらいだよ。そもそもキマイラに襲いかかる命知らずな魔物は滅多にいないからね」
「それならシロとニュートが見つけてくれるかな。俺とクロとキリアも地道に探すよ。そんじゃまたなカレン」
また親カルガモになるレンと続く4人。
「…………レンレン…………がんばって…………」
幸せな5人をみてもうらやましがったり怒ったりしないカレン。
むしろ5人が出て行ったあとに悲しそうな表情をしている。
カレンの気持ちなどいつものごとく露知らず五人はディープダークジャングルに程近い町カズールへとやってきた。
日没後、カシウスパーティはディープダークジャングルの入り口に到着していた。
「はー、俺の住んでたところも熱帯雨林はあったけどここまですごいとは……ディープダークジャングルってのも納得だ」
「そうね……日の光がさえぎられるぐらいのすごい大きい木ばっかりね」
「大きさもすごいけど種類もすごい。魔物や動物の鳴き声に満ちている」
「ジアン南部にもこんな感じの森がありましたけどさらにすごいですね……」
「父上、毒を持つ魔物や動物、植物が多いので注意するのじゃ」
「了解だキリア。シロとニュートは上空から空き地がないか探してくれ。クロは難しいかもしれないが匂いをたどってみてくれ。すまんキリア、また一緒に探してくれるか?」
「了解!!」「承った」「はいパパ」「ふふふ、断る理由がないのじゃ」
「よし、最後の完全聖書収集だ!!みんな、がんばるぞ!!」
「「「「はい!!!」」」」
レンの掛け声で4人がディープダークジャングルの中に飛び込んでいった。
しかし5人がやる気に満ち溢れていても、広大すぎるディープダークジャングルではなかなか巣を発見できなかった。
シロとニュートは上空からでは森が深すぎて目視発見できず、ベヒーモスの時のように地上に降りて探索していた。
クロもやはり初めて嗅ぐ匂いの魔物が多すぎるため、レンやキリアと同様地道に探していた。
サンライズキャニオン同様Aランク魔物が大量生息しているため、キマイラの巣が見つからずともクロ、シロ、ニュート、キリアはレンの作る料理で幸せいっぱいになりめげず腐らず地道に探索を続けていた。
そんなことが続いた3日目の晩、ニュートが巣を発見した。
「パパ、見つけました。長と他に5頭いましたね……幸せそうに暮らしていました……」
「そうか。ニュート、ありがとうな。でもリヴァイアサンのような強引なやり方はしない。キリア、キマイラは優しく温厚なんだろ?」
「それはそうなのじゃが……父上、まさか交渉するつもりなのですかの?」
「一応な。リヴァイアサンと同じくホーリーアブソリュートウォールで分断はするが、家族を引き離す前に交渉する。交渉決裂なら残念だがリヴァイアサンと同じ結果になるな」
「キマイラがおとなしく完全聖書を渡すかしら……全く予想できないわ」
「やるだけやってみるべき。レンが交渉を選ぶのは優しいレンに戻っているから。無理もしていない」
「シロの言うとおりだ。やってみなきゃわからん。さて、今日もうまい晩飯用意したぞ。それ食って深夜まで仮眠してから夜に奇襲をかけよう」
「今日は何かしら……じゅるり」
「レン、またあのチョコフォンデュという至高の食べ物がいい」
「パパが作ってくれるなら何でもおいしいです!!」
「父上の手料理でしっかりと英気を養うのじゃ。ふふふ」
「よし、食って寝るぞ。シロ、チョコフォンデュは無駄が多すぎやしないか?」
「大丈夫。余ったら凍らせる」
「はいはい、果物も色々あるからな。用意しとくよ」
相変わらずキマイラ討伐前とは思えない甘い空気のカシウス家。
たっぷりと夕食を食べ、夫婦同士寄り添って深夜まで眠った。
深夜過ぎ、ニュートの案内でキマイラの巣へと向かうレン、クロ、シロ、キリア。ハイパーセンスで強化された視覚でキマイラ達を見つめる五人。
「マジでありゃ生き物なのか……?頭が3つもあるのってのはどうなってんだ?」
「すごい見た目ね……尻尾も聞いていたとおり棘だらけだわ……」
「でも家族同士集まってしっかり眠っている。仕掛けるのに問題はない」
「キマイラさん……パパに完全聖書譲ってください……」
「父上、蛇とヤギの頭は補助的なものでメインは獅子の頭なのじゃ。ニュート、あまり過剰な期待をするでないぞ、知能が高く温厚でもやつらは魔物じゃ。人間とは異なる」
「よし、みんな、念のため補助魔法かけるぞ『マキシマイズ』大丈夫か?」
「相変わらずすごい魔法ね」「ん、力と知覚が増す」「やっぱり不思議な魔法です」「妾は初めてじゃがすごい力を感じるのう……」
「問題ないみたいだな。仕掛けるぞ。『ホーリーアブソリュートウォール』『リコンストラクション』『アイソレーション』……さすがに起きちまうよなぁ」
いきなり不可視の絶対障壁によって寄り添い眠っていたキマイラたちが引き離され混乱し毒針とブレスを障壁に向かって乱射している。
「中心の長のところまで行くぞ」
レンを筆頭に4人が長に近づいていく。
「さて、『パーフォレーション』キマイラ、今のところ俺達にお前を殺すつもりはない。俺達の要求を受け入れるならこのまま家族と幸せに暮らしていける。要求が受け入れられないならば戦うしかない」
『我らの力でも破壊できぬこの壁……お前たちは何者だ?』
「お前さんがご先祖様から受け継いできたものがあるだろ?それを渡してほしい。俺たちはそれを集めている者だ」
『あの書物のことか……?あれは我を強めるものだ……そう易々とは手放せん……』
「それはそうなんだけどな、お前さんにはあれがなくとも充分生きていける力があるだろう?他にもその書物を持たないキマイラ一族もいるんじゃないのか?」
『確かにそうだが……あの書物のおかげで我が一族が繁栄しているのも事実だ……』
「つまり手放すつもりはないんだな?」
『手放さなければどうするつもりだ…………?』
「そうだねぇ、ちょっとテロリストっぽいやり方で嫌だが……クロ、シロ、マイクロウェーブとライトニング浴びせてやれ。聖属性じゃなくていい。でも全力でな」
「わ、わかったわ……『ライトニング』」「承った『マイクロウェーブ』」
『こ、これは……体が痺れる……それに体中が燃えるようだ……』
「クロとシロの全力ライトニングとマイクロウェーブでその程度かよ。さすがドラゴンの次ぐらいに強い魔物だな。キマイラ、この魔法をさらに上回る攻撃手段がこちらにはある。俺達もなるべくお前さんを殺したくない。負傷した傷も回復する。書物を譲ってはもらえないか?」
『これを上回る攻撃だと……?それならば何故我らを殺して奪わないのだ?』
「個人的なわがままでね。お前さんたちが幸せに暮らすのを壊したくないんだ」
『我らに挑んでくる人間達が極稀にいるが会話も出来んし今のお前達のように奇襲を仕掛けて殺そうとするものなのだが……我らの幸せを願うなどおかしな人間だ……お前たちは我を殺すのに充分な力を持っているのだろう?』
「その気になれば俺以外の4人は余裕でできるな」
『長として死ぬわけにはいかぬ……待っていろ、吐き出してくる……これでいいか?』
「ありがとうキマイラの長。痛めつけて悪かったな。中に入るが攻撃しないでくれよ?」
『いまさらそんなことはせん。我の命を奪えるのにそうしない人間でしかも我が一族の幸せを願う人間になどであったこともない。何をするつもりだ?』
「回復するだけだよ。『ギガヒール』『リジェネレイト』どうだ?体に不調はないか?」
『痛みが一瞬で消えた……?信じられん治癒魔法だな……?お前も充分な力があるようだ。早く書物を持っていけ。他の家族にも話をせねばならん。今この壁を解けば家族達がお前達に襲いかかるだろう。少し離れてから壁を消してくれ』
「無理をいって悪かったな。それじゃもらっていくぞ。みんな、ちょっと巣から距離をとろう」
「あっさり……なのかしら?譲ってくれたわね?」
「ん、やはり温厚で賢い。賢明な判断」
「キマイラさん、ありがとうございます」
「父上はさすがじゃな」
いろいろコメントを残しつつ巣から距離をとる五人。
「さて、この辺でいいかな。『ギャザリング』障壁解除っと……さて、ちょっと足早に逃げますかね?なんか怒ってるのもいるみたいだし」
全速力でディープダークジャングルを駆け抜ける5人。あっという間にカズールの町へと戻ってきた。
「さて、後はSランク魔物以上に厄介な化け物人間ガンジャン・シュウか……どうするかね?」
「そうね……人間相手の戦いはゼクルス以来ね……」
「ゼクルスの時は結局人間とは戦わなかった。しかも自由軍国自体が厄介」
「殺人を犯すかもしれないんですね……」
「父上、母上たち、ニュート、阿呆に聞いてしばしカズールを堪能してもよいか聞けばよい。時間が経てば経つほどガンジャン・シュウも老いて衰えるじゃろうしの。阿呆もすぐ許可は出すじゃろう」
「それもそうか。カレンに報告がてら休暇願いだすかね」
5人で対談所に向かい、個室に入るとカレンが驚いた顔をしている。
「よくキマイラを殺さずに取り戻せたね……しかもあんな短時間で……」
「探索中ずっとみんなにハイパーセンスかけてたからな。あとはニュートの観察力のおかげだよ」
「いや、それにしたってキマイラには何のメリットもないのに……」
「ちょっとテロリストっぽく脅しちまったからな。命には代えられないんだろうよ」
「レンレンにはベヒーモスの時といいキマイラといいびっくりさせられっぱなしだよ……しかも今回は偶然じゃなく自分で最善の解決方法を編み出しちゃうし……」
「その辺はみんながいるから俺のわがままが通せるだけだな。カレン、自由軍国には変化はないか?ガンジャン・シュウが死んでたりしないか?」
「あの国は何も変わらないよ……ガンジャン・シュウも老人のはずなのに未だ強さのそこが知れない……」
「それなら急がなくてもいいよな?しばらくこのグレートバリアリーフみたいなのを堪能してもいいか?父さん母さんにもおいしい刺身とか食べてほしいし」
「う、うん、全然かまわないよ、好きなだけゆっくりするといい。ウィリアムさんとレベッカさんもフェニックスを食べたおかげか前よりもずっと元気だからね。封印もいそがなくていいし。完全聖書だして」
「ほいほい」
今回収集した書は、民数記、エズラ記、エゼキエル書、ホセア書、アモス書、ゼパニヤ書、マラキ書、第二コリント人への手紙、ピリピ人への手紙、ヘブル人への手紙の十冊だ。
「これでモーセ五書も揃ったね。僕には難しいけど、それでも助かるよ。『コンセプション』『アブソーブ』ふう、これで後はゆっくり観光するといいよ」
「でも地球時代からリゾートって長くいると飽きるよな」
「それはレンレンや僕達がよく海外旅行してたからだよ。キリア以外の三人は目を輝かせてるよ?」
クロは海とさんご礁に、シロはチョコレートに、ニュートは熱帯に期待を膨らませてレンを見つめている。
「クロ、シロ、ニュート、どうせ自由軍国なんて行きたくもないんだし、その前にはっちゃけて幸せ成分補充して来い。それじゃカレン、しばらくしたらマーム行くから。またな」
「キャッホーーー海行ってくるわー!!!」
「チョコを買い占めてくる」
「ああ、どうしよう、クロママ、シロママどっちについていけば……」
クロは対談所を飛び出すと路上なのに服を脱いで下に来ていた水着のみになり海までダッシュしていった。
シロは飛びながら対談所を出て行き超高速で最高級チョコレート店まで飛んでいった。
ニュートはどっちについていくかおろおろして決めかねている。
「ニュート、たまには母親とは別に父親と妻と一緒に過ごそう。海も行くしチョコも買いに行くから」
「そうじゃぞニュート、いつまでも母上たちに甘えてばかりではいかんのじゃ。父上と共に妾をエスコートしておくれ?」
「パパとキリアと一緒……夢のコラボレーションです!!行きましょう!!」
父息子娘三人連れ立って対談所を出て行く。
心底幸せな笑い声が遠ざかる。
しんと静まり返る対談所の個室。
カレンは少しだけ扉を見つめたまま動かない。
そして――
「……これが最後の時間かもしれない。でも神様。レンレンが選び取る道を、どうかあなたが支えていてください」
カレンが未だ隠している秘密。
レンに幸せでいてほしいという願いはどういうことなのだろうか?
これで集めた完全聖書は51巻。
残りの九巻をガンジャン・シュウから奪えば目的達成だ。
しかし自由軍国自体が危険な国である。
5人になにも悲劇が起こらないことを願う。




