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第三話 成長と予兆、そして最初の選択

 カシウス家に第二子、カシウス・レンが生まれてから三年が経過した。

 この三年という歳月は、レンにとっても、彼を見守る両親にとっても、驚きと安堵の連続であった。


 赤ん坊の頃こそ、気味が悪いほど泣かない「大人びた子供」だったレンだが、一年、二年と時が経つにつれ、その仮面は剥がれ落ち、年相応の幼さが顔を覗かせるようになっていった。

 お皿を割ってしまい、しゃくりあげながらレベッカに謝ったり。屋根裏に出た大きなネズミに怯えてウィリアムの足にしがみついたり。姉のマリーとおもちゃの取り合いで喧嘩をして頬を膨らませたり。

 教会では同年代の子供たちと泥だらけになって遊んだり。

 その姿は、地球での記憶を持った転生者とは思えないほど、ごく普通の、愛らしい三歳児そのものだった。


 不思議に思ったウィリアムが対談所へ赴き、カレンに尋ねると、ホログラムのように見える想像主イマジネーターは首をひねりながらこう答えた。


「僕にも正確な理屈は分からないなぁ。でも考えられるのは、精神年齢が肉体年齢に引っ張られているんじゃないかな? 最初こそ大人の精神と赤ん坊の肉体のギャップが凄まじかったけど、魂が肉体に馴染むにつれて、脳の発達段階に精神がシンクロされているんだと思うよ。

 ただ、地球での記憶が消えたわけじゃないはずだ。レンももう……二歳? 三歳だっけ? だいぶ喋れるようになってるはずだから、気になるなら本人に聞いてみればいいんじゃないかな」


 相変わらず、自分の想像した世界の住人に対しても適当なスタンスを崩さないカレンである。レンの年齢すら把握していないとは……。

 転生させた張本人である以上、ある意味でレンの「もう一人の父親」とも言えるはずなのだが、この放置っぷり。

 ウィリアムは頭痛をこらえつつ、「私がしっかりしなければ」と改めて心に誓うのだった。


 その頃、三歳になったレンは言葉もしっかりとし始め、最近ではレベッカやマリーに混じってキッチンの手伝いをするようになっていた。もちろん失敗して小麦粉まみれになることも多いが、その手際は三歳児にしては異様に良い。


 ある夕食後、ウィリアムは意を決してレンに尋ねることにした。


「レン。少し、父さんと話をしようか」

「はい。何ですか? お父さん」


 レンは椅子にちょこんと座り、澄んだ瞳を向けた。

「お父さんなんて堅苦しい呼び方はしなくていいと、いつも言っているだろう? マリーのようにパパ、ママと呼んでいいんだぞ」

 実は、レンが言葉を話し始めた当初、「お父様、お母様」と呼ばれてウィリアムたちは激しく困惑した経緯がある。なんとか矯正して今は「お父さん、お母さん」で落ち着いているが、それでもまだ少し他人行儀な響きがあった。


「……でも、お父さんもお母さんも、僕の尊敬する立派なクリスチャンですから。パパなんて呼ぶのは、なんだか恐れ多いです」

 三歳児の口から出るとは思えない語彙力である。ウィリアムは苦笑しつつ、本題に入った。


「はぁ……まあ、呼び方については今は置いておこう。今日、カレン様に君の成長具合について聞いてきたんだ。

 お前は生まれた時、異様なほど大人びていた。それは転生者だからだと理解している。しかし、最近のお前は年を重ねるごとに、逆に幼くなっていっているように見える。カレン様いわく『精神が肉体に引っ張られている』とのことだが……お前にその自覚はあるのか?」


 ウィリアムがカレンを「様」付けで呼んだ瞬間、レンはなんとも言えない複雑な顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「……はい、そうですね。僕がこの世界ニエフで目を覚ました時は、意識は地球の僕そのままでした。……ちょっと恥ずかしいので、僕が地球でどんな人間だったかは内緒にしたいですけど」

「つまり、今も地球の記憶はあると?」

「あります。でも……自分の言動がだんだんと幼くなっている自覚も、確かにあります。ちょっとしたことで泣いたり、驚いたり、マリー姉さんと本気で喧嘩しちゃったり……教会の子達と遊ぶのも、心から楽しいんです。地球での僕は成人していたので、本来ならあんな幼稚なリアクションはしないはずなんですけど。カレンの言う通り、子供の脳みそに引っ張られてるんでしょうね」


 レンは自分の小さな手を見つめながら、少し照れくさそうに笑った。

「なるほど……。お前が詳細を言いたくないなら、無理には聞かないよ。むしろ、お前が年相応に育ってくれて、私たちとしては嬉しいくらいだ。子供は子供らしくあってほしいからな」


 ウィリアムは至極真面目な顔でレンを見つめ、その小さな体を力強く抱きしめた。


「レン。お前がどんな事情を抱えていても、お前は私たちの家族だ。私もレベッカも、決して完璧な人間ではない。でも私たちは、できる限りの愛情をお前に注ぎ、主を恐れかしこむように教え、他者をいたわる優しい思いやりのあるクリスチャンに育てようと思う。

 最初は正直、どうなることかと思ったが……お前が子供らしい素直な心を取り戻してくれているなら、難しいことじゃない。……簡単でもないがね」


「……お父さん」


 レンはウィリアムの胸の中で、しばらく言葉を失っていた。

 地球での記憶にある、冷え切った家庭。もし、あの宣教師夫妻が自分の両親だったなら――そんな叶わぬ夢想が、今、現実となって自分を包み込んでいる。

 レンの目から、子供らしい涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「お父さん……ありがとうございます」


 その言葉は、転生者としての理性ではなく、ただ愛された子供としての、心からの感謝だった。


 それからさらに二年が過ぎた。

 レンは五歳になった。


 相変わらず早熟な一面をちらほら見せるものの、失敗もすれば悪戯もする、元気な男の子として成長していた。カシウス家がカレンから伝えられた事情を口外していないこともあり、周囲からは「ちょっと賢い子」程度にしか思われていない。不審がられることもなく、彼は地域に馴染んでいた。


 さて、五歳といえば、カレンから託されていた「約束」を果たす時である。

 レンにとってのビーストテイマーとしての第一歩。最初のパートナーとなる動物を与える時期だ。


 ウィリアムは剣士、レベッカは魔法使い。ビーストテイマーに関しては専門外である。二人は悩んだ末、無難に町で一番大きなBTビーストテイマーギルド併設のペットショップへ、レンを連れて行くことにした。


 店内には、ありとあらゆる種類の動物の幼体が陳列されていた。

 大きな檻の中には馬や牛、比較的小さな檻の中には犬や猫、鳥、ウサギといった愛玩動物たちが、さらに奥には、爬虫類や魚類、昆虫といった変わり種までが所狭しと並んでいる。


 それらを見たレンの目は、今までにないほど輝いていた。

 地球で獣医を目指していた魂が、歓喜の声を上げているようだった。


「ところで、どうしてカレン様はお前の能力をビーストテイマーになさったんだ? 地球でのことと何か関係があるのか?」

 ウィリアムが小声で尋ねると、レンは頬をポリポリとかきながら答えた。

「僕は地球で、動物が大好きで……獣医、つまり動物専門の治癒魔法使いを目指していたんです。あと一歩のところで叶いませんでしたけど……」

「なるほど」


 ウィリアムは得心したが、内心では冷や汗をかいていた。

 なぜなら、すべての動物につけられている値札が、予想以上に高額だったからだ。


 ビーストテイマーの常識として、「強さは金で買う」という側面がある。

 大型で力の強い動物ほど、人間体(獣人)に変身させた時の戦闘力は高くなる。

 本来ならば、幼少期から愛情を持って育て、信頼関係を築いた上で成体にして変身させるのが理想だ。

 しかし近年、その手間を惜しむ者が増えている。高額で強い動物を買い、手っ取り早く成体まで育てて戦力にする。それが主流になりつつあった。


(レンがとんでもない額の動物を選んだらどうしよう……)


 そんな両親の心配をよそに、十歳になったマリーは初めて見る動物たちに興味津々であちこちを駆け回っている。

 一方、レンは一つひとつの檻を回り、動物たちに何かぶつぶつと話しかけていた。

 しかし、一つの檻を回るごとに、彼は少しがっかりした顔をして、次の檻へと向かっていく。その繰り返しだった。


 結局、店内のすべての動物を見終わっても、レンの表情は晴れなかった。

「どうしたんだ、レン。気に入った子はいなかったのか?」

「……はい。みんな、僕のことを見てないんです。それに、僕がまだ小さいからか、完全に舐められてるみたいで……」


 カシウス夫妻は高額出費を免れたことに安堵しつつも、息子の相棒が見つからなかったことに頭を悩ませた。

 そこで店員に相談すると、「隣に動物保護団体が運営する無料譲渡施設がある」と教えてくれた。ただし、そこには怪我や病気で捨てられた成体が多く、人間不信に陥っているため、ビーストテイマーのパートナーとしては推奨できないとのことだった。


 それでも、レンは「行ってみたい」と言った。


 保護施設の空気は、ペットショップとはまるで違っていた。

 澱んだ空気と、諦めの気配。

 レンは一つひとつの檻の前で足を止め、涙を流していた。おそらく、傷ついた動物たちの悲痛な身の上話が、彼の「言葉を理解する能力」を通じて流れ込んできているのだろう。


 そして、レンの足が、ある一つの小さな檻の前で止まった。


 その中には、やせ細った真っ黒な子犬が一匹。

 ぐったりと横たわり、今にも息絶えそうだ。レンが話しかけても、反応は薄い。

 だが、レンはその檻の前から動かなかった。


「……すみません、この子のことを教えてください」

 レンが職員に尋ねる。

 職員によると、この犬は地球で言うシベリアンハスキーに近い犬種らしい。しかし、普通の毛並みの両親から生まれた八頭の中で、この一頭だけが全身真っ黒だった。

 ニエフでは、親の特徴を受け継がない個体は「忌み子」として嫌われる。買い手がつかず、母犬からも乳をもらえず、兄弟たちが次々と引き取られていく中、この子だけが取り残され、ここに送られてきたのだという。


 話を聞き終えたレンは、涙を拭い、決然とした顔で両親を見上げた。


「お父さん、お母さん。僕、この子を選びます」


 ウィリアムとレベッカは顔を見合わせた。

 確かに無料だと助かるが、あまりに衰弱している。果たして、共に戦うパートナーになれるのだろうか?

 マリーに至っては、「なんか痩せっぽちねぇ。レンって変な趣味」と、実に子供らしい率直な感想を漏らした。


「どうしても、この子がいいんです」

 レンの声には、不思議な熱がこもっていた。

「この子に聞きました。実の親から気味悪がられ、兄弟からも疎まれ、誰にも愛されずに捨てられたって……。僕、この子を助けられなかったら、一生後悔します! 」


 その瞳には、かつての自分自身――孤独だった地球での自分と、目の前の子犬を重ね合わせるような、強い共感と使命感が宿っていた。

 ウィリアムは小さく息を吐き、優しく微笑んだ。


「ふう……もう、決断してしまったようだな。まあ、まだ幼体のようだし、レンの頑張り次第で回復するだろう。それに、よく見たら可愛い顔をしている」

「ええ。見た目だけで判断されて捨てられるなんて、許せないわ。レン、しっかり面倒を見るのよ? お母さんも、治癒魔法で全力バックアップするから」


 両親の許可を得て、レンは檻から出された黒い子犬を、壊れ物を扱うように抱きしめた。

 子犬は微かに目を開け、レンの腕の中で小さく身じろぎをした。


 マリーだけは、まだ納得いかない様子で唇を尖らせている。

「……犬なら他にも可愛らしいのがいっぱいいたのに。なんでこんな地味なやつなのよ」


 こうして、カシウス・レンのビーストテイマーとしての最初の選択――運命のパートナーとの出会いが果たされたのだった。

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