最終話 別れ
妹との別れはジワジワと私の心を蝕んて行った事を今でも覚えている。
何故だろうか?当時は億劫でソリが合わないと思っていた相手が思い返すと的を得た答えを言っておりそれを拒否する自分がいると言う事に気付くのだ。
それは一重に自分が成長した証でもあるのだろう。
素直になった、なれたとも言えるがそれと同時に自分が未熟である事も証明され苦しくなる。
そんな逆境を乗り越えて人は強くなるのだと人生の本質を彼女を通して知る事が出来たのは流石、我が双子の兄妹だなとも感心させられる。
「黒蜥蜴」の運び屋部門で活動し半年後の事、身内の中で「巫女がそのまま島の中で亡くなられた」という訃報が本土に届いた。
彼女達は遠く離れた自凝島で五年程の月日を過ごし、任期が終われば帰還する。
何か良い縁談が有れば輿入れする事もあるだろうが、結婚適齢期を過ぎた彼女達を娶りたいという男性はほぼいない。
島の状況も分からず、ほぼ生贄として送られる彼女達が気が触れてしまいそこで生命を落とす事も稀にあった。
今を見ても未来を見ても地獄の有り様であり、呪の前任者は鏡の貼られた部屋の中で精神が耐えられなくなり自害したと噂が飛んでいる。
「鏡」は古代から女王や巫女達が儀式等で使用する神聖な物であると聞き及んでいる。
本来で有れば血でそれを穢すなどあってはならない事だろうが、それほどまでに堪えたのだろう。
自分を大事にするがあまりそれが行き過ぎて崩壊、破滅する人間はこの国にも多く存在する。
ならば自分の妹はどうだろうか?そんな事を彼女が去るまでの間考えていた。
社会から迫害を受け、居場所の無い彼女なら?
新天地でも上手くやれるのでは無いか?という淡い希望があった。
島へと出発予定日の一週間前に迫ったある日、彼女の元に一通の手紙が届いた。
招待状と言っても良いかもしれない。
島の地図が同封され、休火山と呼べそうな小山があるのが読み取れた。
盲目な彼女の代わりに幼い頃、物語を読み聞かせたようにゆっくりとした口調で言葉を紡ぎ情報を自分の中で整理していく。
まず、貴女は日巫女と呼ばれる特別な存在である事。
特定の一族がその島に住み生活をしており盲目な貴女を楽しませる事が出来るという紹介文だった。
楽器や芸術に長けた物がおり、歴代の巫女達を楽しませていた。
貴女の使命は神楽を大鯰に捧げ、使役する事であると任務の内容が細かく書かれていた。
一日の所作が全て決まっているのだ、これは意志の無いものには周りが勝手に決めてくれるのだから便利な物だが逆に自由を愛し心の芯が強い物には苦痛だろう。
「...という事だ。自凝島は流刑地としても有名で監獄もあるらしい。お前を守る為の要塞があるようで安心したよ。まぁ、その中で果ててしまえば終わりだがな」
「このような名誉、一生に一度あるかどうかわかりません。自分の中で未だしっくりくるような言葉を見つけられている訳ではありませんが、前向きに向こうでの暮らしを考えています。富士宮家は兄さんがいれば安泰でしょうし、女など所詮ただの人形に過ぎないわ」
いつも気丈に振る舞う妹がこの時だけ気が抜けたように弱気になる姿を見て苛立ちを隠せずにいた。
「世の女性が皆同じように思うからそう言う流れが生まれるんだろう。水と同じでそれそのものが動いている訳じゃない、自分達で勝手に障害を作るから流れや方向が決まるんだ。悪い方向に達観するな。諦めるんじゃない」
「えぇ、そうよ。兄さんの言う通り私は諦めてしまったの。結局、時代なんて関係ない。本能的に女性は子供を産むのが一番幸せなのだと気づいたの。それ以上の想像力を今の私達には持ち合わせていないのよ。所詮は男性の模倣をしているだけ、これでは社会はいつかアンバランスになるでしょうね」
事があまりにも壮大になってしまったので少し間を置いて別の視点から話を再開する事にした。
「縁談なら私が幾らでも機会を作る。家柄だって悪くないんだ。理解者も現れるかもしれない。人並みの幸せを送りたいのなら協力は惜しまない。次期当主としてお前を養う算段はあるつもりだ。結納金も用意する」
「ありがとう。でも、きっとそう言う問題では無いのよ。最初から分かってました。自分に居場所なんかないんだって、家に居ても外に出ても自分は一人ぼっち。同じ境遇の方に声かけて話を聞いてもしっくりこない。大衆の中に孤独があるのだと今更気づきました。でもそれは自分がいるからであって、それが無くなれば...」
「それ以上言うな!」
部屋に怒号が響き渡る。
妹の言いたい事は手に取るように分かる。
個人ではなく大衆として、営みの歯車になれる事が人間としての幸せなのだろうと。
その辺の道端にいる働きアリ達と何ら変わらない。
「人と同じが良い」「普通が良い」それは誰もが一度通る道だろう。自分にもその機会は何度も訪れた。
しかし、異なる物が無ければ革命は起こせない。
そもそも、生存が出来ない個体だっているのだ。
生き方に答えも、正解もないのだから。
それがこの世の真理だと自分では思っている。
「お前の気持ちが分からない訳じゃない。だが、大衆が向かう先に崖があったらどうする?異なる道を辿って来た事で人類は生存して来たとも言えるんだ。それでも突き進むのなら私も止めはしないがな」
「それでも私は崖に向かいます。それで落下したとしても全てを失うかどうか?は分からない。もしかしたら別の道に向かえる可能性にかけても良いのでは?兄さんって案外怖がりなんですね。落ちて死ぬとでも思っているの?」
「俺は物事を慎重に進めたいだけだ」
それが妹とした最期の会話だった。
大きな神鳥の背に乗る姿を邸宅の窓から眺めていたが、小粒なせいか?妹の全てを捉える事は出来なかった。
彼女の事だから手紙でも寄越すだろうと思っていたが甘い算段だった。
あれからパッタリと消息が分からなくなり、両親は心配していたが白状な物で三年も経つと彼女のいない生活に慣れてしまう。
変わりに結婚した荊子を娘のように可愛がっていた。
確かに訃報が有れば島から連絡があるだろうがそうでもない。平和で退屈な日々を何十年と過ごす中であるキッカケが生まれた。戦争だ。
その避難場所としてあの島が選ばれた。
それは歴史的に何度かある傾向で特段珍しい事でもなかった。
もう晩年だっただけに妹の生存を期待してはいなかった。
しかし、墓石に手を合わせるぐらいの事は出来るだろうと思っていたが居場所も手がかりも得られなかった。
どうか教えて欲しい。
妹にあの後何が起きたのか?
何を思いどう生きたのか?
何か小さな手がかりでも良い。知っている事を教えてほしい。




