↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/47

羊皮紙とスズラン(2)

 ──何故忘れていたのだろう。あぁそうだ、この話をお父様にしたら「次女とは言え、一国の姫が供も付けずに異性と話すなんて!あとタルジュ、お前は国外に嫁がせるつもりは一切ないから彼の事は忘れなさい」と怒られたのだ。

 ……お父様はあの夜の少年が何処の誰だったのかご存知だったのだろう。彼だからだったのか、帝国の皇子だったからか、嫁がせる気が無かったからか……死んでしまったお父様に聞く術は無いが、とにかく興味が恋に変わる前に忘れさせようとしたのには間違い無いだろう。


「思い出した?私はあの日、学があれば物事を違った見方が出来ると貴女に教えて貰った。いくら人から醜いと後ろ指をさされようとも、愛らしく賢い貴女と同じ色なのだと思うと自然と前を向く事が出来て……いつか貴女の隣に並び立ちたいと必死に勉学や武術に励むようになった。まぁ、正攻法での求婚は貴女の父上であるアズィーム国王に何度も蹴られてしまったのだけど」


 苦笑いしながら手袋をはめ直した後サンビタリアの花を1本摘み、私の髪に刺すウリクセス様。


「うん、可愛い。やっぱり黄色も似合うね」


「……まさか求婚が通らなかったから侵略した、わけではないですよね?」


「まさか。そんな事したらタルジュに嫌われてしまうし、アズィーム国王は片っ端からタルジュ宛の求婚を跳ね除けていたから気にしてないよ。侵略は父である皇帝の命による物で、詳しい理由はまだ明かす訳にいかないので勘弁して?……まぁ乗じてタルジュを助けて得ようとした事は否定しないし、実際上手く立ち回って婚約者に納めてしまったから不信感を持たれても仕方がないのだけど」


 流れるような動きで、手を取られ甲に口付けられる。皮膚に感じる温かい吐息と唇の感触に、心臓が跳ねるように大きく脈を刻む。

 ……お父様がそこまで私を嫁がせたくなかったなんて知らなかった。あと、本当に「昔から好きでした」パターンがくるとも思わなかった。

 まぁ気がつかなかったのは顔もよく覚えていなかった私が悪いし、私の言葉で……あの時の暗い表情の少年が前を向けたのなら良かった。それに、きっとそのおかげで私は今、生きてこの場にいる。ウリクセス様が上手く立ち回ってくれたおかげで、生きて連れてこられ皇帝の後宮にも入れられず、この1ヶ月安全にこの屋敷内で過ごせたのだろう。


「ウリクセス様には感謝しています。でもそれは不幸中の幸いといった類の物で……」


「それは分かっているよ。私がした事は許される事ではないのだから、拒絶されないだけで大万歳だと思っている。……心まで得るつもりはないよ。こんな私の下で生きてくれるだけで、前を向いて歩くきっかけをくれたタルジュが側にいるだけで充分だから……気にせずに好きな事をして暮らしてくれるだけでいい」


 嘘だ。好きな人が側にいてくれるだけで充分なんて綺麗事だし、普通の人間ならその先を求めるのが人間として当然の欲求でしょう?

 本当はここで、心も差し上げるのが王道な展開で望ましいのかもしれないが……正直まだ私の心はそこまで至っていない。好意はあるが、これはまだ愛ではないと思う。それを分かっての、この物言いなのだろう。


「いっそ物書きにでもなる?第二皇子の婚約者が書いた本って前評判付けて……表舞台に現れず文章のみで社交する、なんてどうかな?まず女性の物書きっていうのが前例が無いし、結構面白い流れになりそうだけど」


 ライラーが言った通りだった。ウリクセス様は本当に根が優しい。この人は私が罪悪感を感じないよう気を使ってくれている。

 私はこの人に、ただ囲われ守られるだけでいいのだろうか?ただの生き残りの姫として、無理矢理婚約させられた珍しい容姿の姫として、優しいこの人の庇護の下で好きな事をして暮らすの?そんなのは……


「嫌です」


 私の返答内容が予想と違ったのか、驚いた顔をされる。


「……帰りたい?本当に申し訳ないけど、タルジュを国に帰すのは難しくて……アズィームは帝国の領地になるが以前より良い統治をすると約束する。とりあえず長に私が信頼している者を任命して統治を進めていっているから心配いらない。それとも、私の下で暮らすのは嫌だった?さすがに野に放つ訳にはいかないから……兄のフェーリックスの方が良ければ、それも検討してみるけど」


「それは絶対に嫌です!」


 あんな……その場の気分でお姉様を手にかけた人の所には絶対行きたくない!

 それに今私がアズィームに帰されたとしても、私の力では国を立て直せる訳がない。……血筋はあれども、所詮国政には関わってこなかったお子様なのだから。国の事を考えれば下手に放り出されるより、きちんとした人に任せておいた方が良い。


「ではどうしたいの?可能な限り叶えるから、教えて欲しい」


「じゃあ遠慮なく言いますけど、私の父に婚約を蹴られた時まで時を巻き戻してください。そしてどうにか説得して正当な方法で私と結婚し、ついでにウリクセス様の有能さを最大限に発揮して侵略も止めてください。そうすれば私は何も気にせず平和に、気の合う夫の隣に立って生きる事ができました」


「成る程。ではまず時を遡る方法を検討しなければならない……聞いた事もないが恐らく占術師達の方が得手している分野だろうから、まずはフェーリックスに付いている彼らを取り込む事から始めなければ。私は彼らに嫌われてるから難易度が高いな」


 いやいやいや……実現不可能だと分かりきった上で子供の我儘のように述べた希望を、真面目に真正面から受け止められても困る。なんなのこの真面目で優しい10代前半の少年は。あと占術師って何者?皇帝の周りにいた黒ローブの人達かしら?


「そんなあるかどうかも分からない方法を探し出すのを待ってられません。だから次点の希望として、ウリクセス様の下で暮らしていくのではなく、ウリクセス様の隣に立ち生きていけるようになりたい」


「……それはどういう意味で捉えればいい?」


「私は第二皇子であるウリクセス様と結婚してこの帝国で暮らしていくのでしょう?この帝国の事情や状況を把握しておかなければ妻として隣には立てません。アズィームがマニュス帝国の一部になる以上、私だって帝国の一員。こんな弱い体では難しいのかもしれませんが、ただ庇護されるだけではなくて……自分の住む国の為に出来る事をしたい」


 きっとお姉様だったらこうしただろう。アズィームの為にマニュス帝国を全力で発展させる。自分が一目置かれるようになれば、きっとその分アズィームに良い政策が行える。関われるようになる。

 そう思いながらウリクセス様に背を向ける。優しかったお姉様と優しいウリクセス様が被って見え、ただでさえぼやけた視界が更にぼやけてきたから。


「夜なら社交も出来ますから、こちら特有のマナーや教養を教えてくれる教師が欲しいです。特に帝国の歴史についてはさっぱりなので、厚めに手配してください」


 勉強して強くならなければ。アズィームの為に、優しい婚約者の為に。守られてばかりでは、いつか決壊して幸せは流れていってしまう。

 あの時の私にはお姉様を救う都合の良い力はなかったけど、今度何かあった時には「都合の良い力」ではなく「実力」で、決壊を食い止めたい。

 ぽたり、と地面に涙が落ちた瞬間。強い力で後ろから抱き締められる。私より頭一つ分大きな体に包まれ、その頭が私の首筋あたりの髪に埋められた。


「ただ居てくれるだけで良かったのに、そんな事言われたら……完敗だ」


 髪が邪魔なのか、声がくぐもってよく聞き取れない。


「……ウリクセス様?」


「ごめんね。もう少しだけこうさせて?……タルジュ、好きだよ。私が守ってあげるから、ずっと隣に一緒にいて欲しい」


 ──ずっとお姉ちゃんが守ってあげるからね

 ──ずっと一緒にいてね


 叶わなかった姉妹の約束。何度も何度も言われたその言葉が、過去のお姉様の声と姿が、ウリクセス様のセリフによって思い起こされ脳内再生される。


「……さすがに剣術や弓は習えないかしら?念の為私も戦えた方が良いですよね?」


 守られてばかりではいけないので、と大真面目に考えての発言だったのに、私を抱き締めるウリクセス様の体が細かく震える。


「……あはは!どうしてこの流れでその返事?ふふっ本当にタルジュといると飽きなくて良いね、可笑しくて涙が出る!」


「え?ちょっと、笑いすぎですよ!」


「だってタルジュが自分の考察の世界に入り込んで、ちっとも私の話聞いてないから!ああ可笑しい……笑って苦しいなんて初めてかもしれない」


 そう言いながらも私を抱きしめた腕を緩めてくれる気配はない。笑って苦しいのが初めて、だなんて……この人は今までどれほど孤独で、後ろ指さされながら生きてきたのだろう。私といる事でこうやって心から笑えるようになるのであれば……ずっとこの人の隣にいてあげたい。


「私の周りに来る女性は恐れ怯えているか、地位しか見てないかの2択だったから、新鮮でしょうがないよ。……うん、タルジュの希望を叶えるようにするから、もう少し待ってね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。