羊皮紙とスズラン(1)
2話構成で(2)は明日の20時更新です!
明日はやっと甘めな所(*'▽'*)
帝国の皇子は8歳になると己の屋敷が与えられ、自分の裁量で切盛りし、統治について勉強するらしい。だから屋敷内はある程度自由が利くらしいのだが、まさかウリクセス様の屋敷の中に、アズィーム王国風の庭園があるなんて思いもよらなかった。
マニュス帝国より気温が高い地域の植物を植えるため温室の中に作られた庭園。水路が張り巡らされ、ジャスミンをはじめとした菊科の花が多く植えられている。まるで……私が王国で暮らしていた離宮の庭園のようだ。
「綺麗……」
「気に入って貰えて良かった。タルジュの為に作らせておいた庭だから、護衛をつけてならいつでも利用していいよ。勿論、陽が当たらない時間にね」
あ、やっぱり屋敷内でも1人では出歩いちゃダメなんですね?なんて過保護な……。
「どうして私にそこまでしてくれるの?」
「……噂通り、本当に人間に関してはあまり覚えてないのか。もしかして目が悪いと皆同じ人間に見えるの?」
ウリクセス様が「あまり見せたくはないんだけどなぁ」と苦笑しながらいつも付けている黒い手袋を外し、衣装の袖を捲って肘まで肌を出す。
「これでも見覚え無い?」
差し出された腕。その小麦色の肌には肘から指先にかけて、まだらに小さな白斑や線が幾つもあり……見覚えがあった。
「「まるでスズランのようね」とタルジュは言ったんだよ」
一部発言が被る。思い出した。
あれはまだ私が5歳の時。夜に部屋の窓から外を見ていると、珍しく私の離宮の庭園に子供がいるのが見え、迷子かと思い見に行った。
「……どうかしたのですか?」
私より少し年上と思われる少年は、張り巡らされた水路の横にしゃがみ込み水中を見ていた。服装からすると他国の子だろうか?来週がお姉様の誕生日だからその祝いで訪れた来賓の子なのだろう。
「いえ、落とし物をしてしまいまして。申し訳ございません、直ぐに拾いますから」
結構この水路深いのになぁ、網でも持ってきてあげようかと思いながら落とし物を見ると。
「紙いぃぃ───っ!!?」
いやいやいや紙落としたなら直ぐに拾わないと!!溶けるでしょーっ!?
「えっ!?待って!!」
制止の声がした気がしたが、もう既に体は水飛沫を上げて水路に飛び込んでいた。手帳サイズの紙を慎重に掬い上げる。
「あれ?ぷるぷるしてる……紙じゃ無い」
「大丈夫!?ちょっと待って手貸すから!!」
焦りすぎて敬語もすっとんでしまったらしい少年が袖捲りして手袋を脱ぎ、手を差し出してくれる。とりあえず、ありがたく借りる事にしよう。左手にぷるぷるした紙のような落とし物を乗せ、右手を引っ張って貰い水路から出る。
「ありがとう……あら?」
ふと目についた少年の腕の模様。肘から指先にかけて、小麦色の肌に小さな白斑が幾つもある。
私の目線に気が付いたのかサッと腕を隠された。
「お目汚し失礼致しました。申し訳ございません」
少年の表情は暗く、明らかに白斑を見られたくなかったようだ。
「どうして隠すの?」
「......醜いものをアズィームの妖精姫様にお見せしてはいけないと思いまして」
どうやら私の事は知っているらしい。まぁ目立つ見た目だから、容姿の特徴さえ知っていれば初見でも分かるだろう。向こうは恐らく来賓客なのだし、きっと私の情報は知識として頭に入れてきているはずだ。
そんな事よりも。私には、この子が自分の腕を醜いと言った事の方が気になる。こんな10歳にも満たない少年が自分の容姿を醜いと思っているなんて、周りから何か言われているに違いない。私は運良く珍しい見た目でも可愛がってもらえる環境に生まれたが、この子はそうではなかったのだ。
そう考えると、胸の奥がずしっと重くなった。
「私のせいで濡れてしまい申し訳ございません。すぐに侍女を探してきて、拭くものを持ってくるように手配します」
「待って!」
侍女を探しているのだろう、周りを見渡しながらその場から去ろうとする少年を引き留める。
「目が悪いからはっきりとは見えませんでしたが、私と同じ色で惹かれました。可能ならもう少し近くでお話してもいいですか?濡れているのは、暑い国なので案外平気なんですよ」
私の言葉でこの少年の境遇を良くできるなんて思ってないけど。せめて白斑なんて気にしない、醜いと思わない人間がいる事を伝えたい。
少年は躊躇ったが、「この落とし物も渡したいし」と左の掌に乗せたままのそれを差し出すと、しぶしぶ両腕を差し出し受け取った。
「拾っていただいたのに受け取りもしないのも失礼でしたね。申し訳ございません、ありがとうございます」
「私が飛び込んだだけだから気にしないでください。それよりこの物体は何なのですか?」
水中にある時は紙に見えたのだが触ると感触が紙では無い。でも物体の表面にはぐじゅぐじゅになってよく分からないが文字のような物が書いてあるようにも見える。
「これは羊皮紙と言って、皮から作った文字を書き留める為の物です。……父からこの国のマナーについてよく勉強しておくように言われましたので、それを忘れないように書いて持ち歩いていたのですが落としてしまいまして」
成る程メモ用紙って事ね。というか、
「羊皮紙!?濡れるとこんな状態になるの......さすが元、皮ね」
前世で何度か見た事はあるが触った事、ましてや濡れた状態など目にするのすら初めてだ。
「こちらの国では羊皮紙は一般的ではないはずですが、ご存知なのですね」
「え、ええ。噂に聞きまして......」
危ない危ない、前世の記憶の出し過ぎは禁物だ。私はまだ5歳のお子様なのだから知識があり過ぎるのは怪しい。
「私も、読み書きの得意な賢い姫様だと噂に聞きました。賢いだけでなく、私の様な見た目の者にも分け隔て無く接してくださる優しさもお持ちなのですね。この腕......私の故郷では『災の子』『呪いの証』と異端の証とされているのですよ。実の兄ですら、触りたがりません」
「えぇ!?なんて酷い事を!!」
まじまじと両腕の白斑を見てみる。肘のあたりが1番白くそこから指先にかけて伸びるように白い線や斑点がある。白斑、というよりは白いタトゥーのようだ。何故これを醜い扱いするのだろう。
「まるでスズランのようね」
「……スズラン?」
「植物なのだけど、スズランって知らない?肘の所から生えて、これが葉でここが花ね。」
どうかこの少年が自身を少しでも好きになれますようにと願いながら、指先で白斑をなぞり説明する。
「生憎花にはあまり詳しくなくて……あとこんな醜い模様、あまり触らない方が良いかと」
「スズランは丈夫な花で寒い地方でも育つのよ。日光には少し弱いのだけど……って、日光に弱いのなら私と一緒ね。お揃いね私達!お揃いなんだから触っても平気よ!」
わざと自分と絡めてお揃いと発言してみる。実際アルビノは遺伝子疾患、白斑はうろ覚えだが免疫に関する疾患だった気がするからまぁ遠からずといった所だろう。
「……考えようによっては異端の証も、花だったり姫様とお揃いになるのですね。勉強になりました」
そう言って少年は少し泣きそうな笑顔を見せてくれた。