第62話:死線を越えし剣聖
ズドォォォォォォォンッ!!
ダイダラの巨斧とエルニャの疾風連撃が、氷塊ごとエノキダの肉体を完璧に捉え、絶大な衝撃波が荒野を吹き荒らした。
「やった……のか……!?」
呼吸を乱しながら、氷の拘束から抜け出たアイリスが叫ぶ。だが――煙の向こうから聞こえてきたのは、冷徹な靴音だった。
「……見事だ。あの一瞬で私の習性を分析し、捨て身の氷結で間合いと動作を封じるとはな」
煙が晴れる。そこには、胸部と脇腹を深く裂かれながらも、血の一滴すら流さずに立ち尽くすエノキダの姿があった。
「な……ッ!? なぜ生きているの……!? あの直撃を受けて血すら出ていないなんて……!」
アイリスが戦慄する。エノキダは静かに己の胸元を見下ろした。
「【時間操作】の真髄は、世界の停止だけではない。……『己の肉体の局所的な時間停止』。傷口と出血、組織の破壊そのものの時間を止めた」
「傷の時間を……止めた……!?」
致命傷すら無効化する異次元の応用力。驚愕に身を硬くする三人へ、エノキダが軍刀を構えて地を蹴った。
「――仕切り直しだ」
「くっ……全員、構え――ガハッ!?」
速い。時を止めてなどいない。ただ愚直なまでに研ぎ澄まされた純粋な【剣術】と、幾多の死線を潜り抜けてきた圧倒的な戦場経験。
無駄の一切削ぎ落とされた最速の踏み込みが、一瞬でダイダラの巨躯を切り裂き、カバーに入ったエルニャの短剣を弾き飛ばす!
「お前達の成長は認める。だが……戦場の経験値が違いすぎるのだよ!」
「あがぁぁぁっ!?」
「エルニャッ! ダイダラッ!」
時止めというチートに頼らずとも、この男は『最強の人間』。
アイリスたちの攻撃の癖、視線、足の踏み込みまで全てを読んだ完璧な立ち回りに、三人は再び防戦一方へと追い詰められていく。
(……でも、勝機はある……!)
血を流しながらも、アイリスの瞳は死んでいなかった。
(自分の傷口の時間を止め続けているせいで、彼は今、世界全体の時間を止める【クロノス】を使えていない……! 時止めさえ来ないなら……バンドの時と同じだッ!)
「ダイダラ! エルニャ! 時止めは来ない! 全員で距離を潰して、泥臭く攻め立てるよッ!!」
「ハァァァッ! そうと分かれば体力が尽きるまで殴りつけるのみッ!!」
「ん……ッ! 持久戦なら……負けない……!」
圧倒的な技術と経験を誇る【五角】最強の剣聖へ向け、傷だらけの三人が死力を尽くした怒涛の泥沼総力戦を仕掛ける。
【異次元の狭間】
静寂と虚無が支配する、漆黒の多次元牢獄。
空間の感覚すら曖昧なその闇の中で、リンドは自身の胸元に手を当て、静かに目を閉じていた。
(アイリス……ダイダラ……エルニャ……)
仲間たちの生存を信じる想いと、カガヤから受け継いだ【神域】の魔力がリンドの体内で激しく渦巻く。
(アイツらは負けない。俺がいないからって、ただやられるようなタマじゃない……! だが、一刻も早く戻らなきゃならねぇ!)
「喰らい尽くしてやる……! 【捕食】&【神域干渉】――出せぁぁぁぁッ!!」
リンドの全身から解き放たれた漆黒の魔力と白銀の神威が、多次元の壁を物理的に喰らい、空間そのものを内側から侵食し始める。次元の牢獄に、少しずつ、だが確実に亀裂が走り出していた。
【現実世界・断崖の街道】
――ガァァァンッ!!
凄まじい金属音が響き渡る。
エノキダの鋭い軍刀の一撃を正面から受け止めたのは、両腕を交差させたダイダラだった。
「オオオッ! 私の【完全なる肉体】……そう易々と切り刻めると思うなよッ!!」
「ほう……肉体の密度を限界まで高めて斬撃を殺したか」
エノキダの軍刀が金剛石のごときダイダラの腕に弾かれる。その一瞬の隙を、影から飛び出したエルニャが見逃さない。
「はぁぁぁッ!!」
シュババババッ!と音速を超える短剣の連撃が、エノキダの脚部と関節を的確に刻む!
ヒット&アウェイの極意。深追いせず一撃を叩き込んでは即座に後方へ跳ぶエルニャの動きに、いくら戦場経験の豊富なエノキダとて的を絞りきれない。
「チッ……鬱陶しい手切れだ」
「余計なところに気を取られてる余裕なんて、ないよッ!」
すかさず後方から迫るのは、アイリスの放つ極小にして極高密度の【氷槍】。
その狙いはエノキダの肉体そのものではなく――彼が『局所的な時間停止』で固定していた傷口の縫合点!
ズガガガガガッ!!
「ぐ……っ! 傷口の固定領域を……氷の魔力で直接抉って拡張しているだと……!?」
ダイダラが絶対の盾として攻撃を受け止め、エルニャがヒット&アウェイで意識と機動力を削り、アイリスが遠距離から精密攻撃で傷口をこじ開ける。
三人それぞれの強みが完璧に噛み合った怒濤の連携。傷の固定に魔力を割かれ続けるエノキダの肉体に、ついに限界の悲鳴が上がり始めていた。
「ハァ……ハァ……ッ! どうだエノキダ……! これが……リンドと一緒に修羅場を潜り抜けてきた、私たちの力だッ!!」
血を吐きながらも、アイリスたちが勝利への確信を込めて武器を構え直す――!




