選有る事
明治16年(1883年)春。
桜の蕾がほころび始めた帝都・東京をはじめ、日本全国がかつてない異様な「熱狂」に包まれていた。
大日本帝国議会が発足して以来、初となる「第一回下局員選挙」の幕開けである。
定数300名のうち、半数の150名が改選されるこの選挙は、日本の民衆にとって初めて経験する『国政への参加(お祭り)』であった。
各所に設けられた投票所の前には、まるでかつての大名行列のような長蛇の列ができていた。
しかし、その列を成し、周囲でどんちゃん騒ぎをしている人々の大半は、実は「投票権を持たない低額納税者(一般庶民)」たちであった。彼らは自分たちの代表を選ぶ権利こそまだないものの、この歴史的なイベントを一目見ようと集まり、野次馬として熱烈な声援を送っていたのである。
その圧倒的な群衆の熱気と視線を一身に浴びながら、実際に一票を投じる権利を持つ『中額納税者(地主や資本家たち)』は、額に滝のような汗を流し、極度の緊張の中で投票箱へと進み出ていた。
そして、その投票箱の両脇には、鋭い眼光を放つ屈強な警察官たちが常駐し、不正がないかを厳重に監視している。
彼らは皆、「その地方の利権に一切関係のない、他県から派遣された警察官」であった。これは、上局議長である徳川慶喜が発案した『地方の癒着と買収を物理的に防ぐためのシステム』である。地元の名士が地元の警官に袖の下を渡す因習を、見知らぬ土地から来た監視官を置くことで完全に無効化したのだ。
―――
少し離れた高台から、その異様な選挙の光景をマジマジと見つめている一組の男女がいた。
滝脇慶家と、妻の梅子である。
「……信じられませんわ。アメリカの選挙とも違う、どこか異質なお祭り騒ぎ。ですが……このシステムは、確かに『機能』していますね」
梅子は、呆れ半分、感心半分といった様子で呟いた。
彼女は、この息苦しい日本の男たちが、民主主義という新しいルールを本当に使いこなせるのかと疑っていた。
しかし、不正を防ぐ合理的なシステムと、真剣に国を良くしようと議論する民衆の姿は、彼女の予想を良い意味で裏切っていた。
今回の選挙において、全国で激しく議論された『三大争点』は、まさに急成長する近代国家・日本の歪みと希望を浮き彫りにするものであった。
第一の争点:『工場労働における時間規定』
これは、欧米の労働争議とは全く「逆」の理由から巻き起こった問題であった。
慶家の内需拡大策により、日本の中所得層(豊かな農民)が増加したため、史実のように「娘を奴隷のような女工として二束三文で売り飛ばす」貧農が激減していた。そのため、工場側は少ない人数で質の高い労働を求めるしかなかった。
問題となったのは、『日本人の異常なまでの勤労態度』である。働けば働いた分だけ金になるとなれば、アーク灯やガス灯で夜中まで明るくなった工場で、労働者たちは際限なく働き続けた。結果、発生したのが『過労死』である。
これに危機感を抱いたのは、労働者ではなく『雇い主(資本家)』の側であった。熟練工に死なれては工場が回らない。
彼らは「頼むから国で一日の労働時間の上限と、休日の規定を作ってくれ。罰則がなければ、この国の人間は死ぬまで働き続けてしまう!」と、国に法規制を求めたのである。
第二の争点:『鉱山開発による水質汚染』
急速な工業化に伴い、民間に払い下げられた鉱山から有害な濁流が流れ出し、下流の川や畑を汚染し始めた。
史実であれば、貧しい農民は泣き寝入りするしかなかった問題だ。しかし、この世界線の農民たちは『中額納税者』として選挙権を持つほどに豊かで、政治的発言力を持っていた。彼らは結束して議員を突き上げ、「国の発展も結構だが、我々の飯の種(魚と野菜)を毒まみれにする企業は許さん!」と、環境保護と補償を強烈に要求したのである。新興産業と、力を持った農業層の真っ向からの政治対決であった。
第三の争点:『不平等条約の改正』
これは主に、士族階級や知識人たちからの強烈な要求であった。欧米列強に握られている関税自主権の回復と、領事裁判権(治外法権)の撤廃。大日本帝国が真の独立国家として列強と肩を並べるための、避けては通れない外交課題である。
「……労働時間の制限に、環境問題、そして条約改正。どれも、国が豊かになり、国民が自立し始めたからこそ出てきた『前向きな悩み』ですわね」
梅子が選挙の争点を分析し、満足げに頷く。
「ところでメジャー(少佐)。貴方は誰に投票するおつもりで?」
梅子が振り返って問いかけると、私服姿の慶家は、懐中時計の蓋をパチンと閉じて、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「私に投票権などない。……日本の法律では、『現役の軍人および警察官は、選挙権を持たない』と定められているからな」
「えっ……? 軍の中枢にいる貴方が、ですか?」
「当然だ。暴力装置である軍隊が政治(選挙)に介入すれば、国は一瞬で武官の独裁に陥る。軍人は政治的につんぼ桟敷であるべきなのだ。だからこそ私は、議会という『シビリアン・コントロール(文民統制)』の首輪を、自分たちの首に嵌めたのだからな」
慶家は、群衆の熱気を冷ややかな目で見下ろしながら言った。
「見てみろ、あの熱狂を。あれが、国家に新しい血を巡らせる『換気扇』だ。……民衆が自らの頭で考え、政治を動かしているという実感。それこそが、やがて来るべき総力戦において、彼らが喜んで国のために血を流すための『最強の兵站』となる」
この男は、民主主義という崇高な理念すらも、国家総力戦を勝ち抜くための「装置」として冷徹に計算し尽くしている。
梅子は、夫のその底知れぬ合理主義に呆れつつも、同時に、この国の形が確実に、そして驚異的な速度で近代化へ向かって組み上がっていくのを、肌で感じていた。
「ええ。貴方の恐ろしい盤面操作のおかげで、この国は確実に前へ進んでいますわ。……さあ、帰りましょう。今夜は、列強の公使たちが集まるお茶会に顔を出さねばならないのでしょう?
私の『情報官』としての仕事も、これからが本番ですもの」
明治16年、春。
熱狂の下局員選挙を眺める最強の諜報夫婦の眼差しは、すでに国内の政治闘争を通り越し、海を隔てた巨大な敵(清国)、そして列強との過酷な外交戦へと向けられていた。
―――
明治16年(1883年)、夏。
春の熱狂に包まれた第一回下局員選挙が終わり、その民意の審判を経て誕生したのは、新興国・日本の底力を内外に見せつける強力な「新政権」であった。
かつて西郷隆盛と共に政争に敗れて下野し、政治の表舞台から姿を消していた男。
比類なき野心と、誰よりも強烈な「国を想う心(愛国心)」を併せ持つ冷徹なる官僚政治家――大久保利通の帰還である。
下局員選挙に立候補し、圧倒的な支持を得て難なく当選を果たした大久保は、すぐさま議会内での多数派工作を完了させた。下局での首相指名選挙を勝ち抜いた彼は、堂々たる足取りで皇居へと参内し、明治天皇の御前にて大命を拝受した。
「臣・大久保利通。粉骨砕身、この大日本帝国を列強と肩を並べる一等国へと押し上げてご覧に入れます」
ここに、民意という強固な基盤を背にした『大日本帝国・第二代内閣総理大臣 大久保利通』が誕生したのである。
新首相となった大久保の行動は、文字通り電光石火であった。
彼は選挙公約に則り、直ちに調査団を編成して各地の工場や鉱山へと派遣。労働時間の上限設定や水質汚染への罰則規定など、資本家と労働者・農民の双方の利益を調整する近代的な法整備に猛烈な勢いで着手した。
そして同時に、外務大臣に盟友である伊藤博文を据え、積年の悲願である『不平等条約(関税自主権の回復と領事裁判権の撤廃)』に向け、列強に対して力強く舵を切り出したのである。
一方、この熱狂の選挙戦を上局(上院)議長の席から静かに見下ろしていた徳川慶喜は、執務室で一人、膨大な書類に向かってペンを走らせていた。
「……金による買収の形跡、三件。地方警察と名士の癒着未遂、五件。群衆の暴徒化の兆候、二件」
慶喜が書き出していたのは、選挙の成功という華々しい成果ではなく、このシステムが抱える『良い点と悪い点』の徹底的な洗い出しであった。
二年後には、華族や有名士族、知識層による「上局の選挙」が控えている。
慶喜の思想の根底にあるのは、家康(滝脇慶家)と同じく「人間への不信」、とりわけ「一人の天才に依存する国家は、その天才が死ねば必ず滅びる」という冷徹な歴史の真理であった。
「木戸や大久保、そして私がいなくなっても機能しなければ、真の近代国家とは呼べん。……天才ではなく、『凡人』がマニュアル通りに舵取りをしても、絶対に沈まない強固な船(国)を造らねばならない」
慶喜は、日本の議会制民主主義というシステムを、数百年先まで駆動させるための「完全なる法治の歯車」へと修整していく作業を、孤独に、しかし確かな情熱をもって続けていた。
大久保・伊藤ラインが不平等条約の撤廃に向けて動き出す中、条約改正の最大の壁となる「関税交渉」の場において、列強の外交官たちを驚愕させる事態が起きていた。
フランス、アメリカ、ドイツとの激しい交渉のテーブル。
そこに、外務省の役人たちに混じって、陸軍の軍服に身を包んだ滝脇慶家少佐が『武官(随行員)』として同席していたのである。
「――Non, c'est inacceptable.(いいえ、それは受け入れられませんね、公使閣下)」
慶家は、通訳を介することなく、時に流暢なフランス語で、時に研ぎ澄まされた英語で、交渉の間に割って入り、同時通訳と折衝を完璧にこなしてみせた。
妻である梅子との日常的な舌戦で鍛え上げられた語学力と、欧米の論理を完全に読み切った彼の交渉術は、百戦錬磨の列強の外交官たちを大いに翻弄した。
また同時に、イギリス、ロシア、オランダを相手とする交渉の場には、海軍から選りすぐりの武官たちが派遣され、堂々たる態度で折衝にあたっていた。
「……なんという国だ。あれほど血気盛んだった武士(軍人)たちが、完全に文民のコントロール下に置かれ、外交官の手足として知的な交渉を行っている」
列強の公使たちは、強烈なインパクト(脅威)を受けていた。
民主主義の選挙によって選ばれた、国民の絶対的な支持を持つ強力な首相。その下で一枚岩となった有能な外交官たち。そして、暴走する気配すら見せず、高度な知性をもって交渉のテーブルに着く軍人たち。
もはや日本は、砲艦外交で脅せば言うことを聞くような「アジアの小国」ではなく、欧米と同じルールで盤面を動かしてくる『近代国家の怪物』へと変貌を遂げていたのである。
表舞台で正々堂々とした近代外交を展開し、列強の目を釘付けにしているその裏で。
総理大臣・大久保利通は、日本のさらなる生存戦略のために、国家の「暗部」を容赦なく起動させていた。
「――『警察庁保安部』の諜報網を、最大出力で展開せよ。標的は、イギリスとアメリカだ」
大久保の極秘の号令のもと、最強の海洋帝国であるイギリスと、巨大な工業力を持つアメリカの心臓部へ向け、日本から多数の『草(工作員)』が放たれた。
彼らの表向きの顔は、「帝大を出た優秀な留学生」や「最新の機械工学を学ぶために派遣された若き技師」であった。
しかし、彼らの真の任務は学問ではない。その卓越した語学力と技術的知識を武器にして、英米の政財界の要人、巨大資本の経営者、そして最先端の軍事工廠の中枢へと深く食い込むことであった。
「相手の腹の中を知らずして、真の独立は勝ち取れん。彼らの技術、資金の流れ、そして政治の裏側の思惑……すべてを吸い上げろ」
大日本帝国は、ただ欧米の真似をして文明開化を喜ぶだけの国ではない。
列強の喉元に静かに毒牙を突き立てながら、世界覇権という過酷な生存競争のテーブルへと、確かなる一歩を踏み出していた。




