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水道局のモモ  作者: 青嵐 瑠璃


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2/2

2 水道局のモモ(後編)

戦闘シーンを書く才能をください。



トビィは出かけたがらなくなったが、モモはお構いなしに会いに行った。変わらないモモに、リオネルもローランドも安堵していた。



今日はトビィの様子を聞きに、またラウラが騎士団を訪ねていた。

ラウラが訪れれば当たり前に客間に通され、誰かがローランドを呼びに行った。


行き違ったのか、ドアの前でリオネルとローランドの声が聞こえた。

「もう潮時だ」

「でも、トビィは未だに誰も襲ったりしていません」


リオネルはラウラの目が見えないのでなく、耳が聞こえないのだと思っていた。


「お前に出来ないなら、俺がやる」

「それはっ、俺だって」

「お前は、一突きで仲間の心臓に剣を刺せるか?迷えば余計に苦しませる。迷うやつには任せられない」


リオネルはドアを開けた。

目を閉じたラウラは、前を向いたままだった。


「っと、お嬢さんが来てたのか」

リオネルは、そういうことでトビィの死期は任せろと言った。



ラウラの手は、白くなるほど握られていた。

「ローランド!ちょっとこっちに来なさい!」


突然叫んだ女に、リオネルは身構えた。

待てずに立ち上がり踏み出そうとするバランスの悪いラウラの腕を、ローランドは転ばないように慌てて掴んだ。


「ラウラ、危な――」

「あんた、嫌だって言ったじゃない!」

どんっとラウラは、ローランドの胸を叩いた。


「なんでって言ったじゃない!バカ!バカ!」

罵って、バシバシと叩き続ける。


「モモを泣かせないでよ!トビィを取り上げないでよ!」

いい歳の女が、親友のために戦っていた。



「ラウラ、落ち着け」

「落ち着けるか!何で!」

妹より歳下の女に何度も言われなくたって、ローランドだってずっと思っていた。


なんで。


感覚のおかしくなりそうなローランドを、ラウラは何度も当たり前に連れ戻す。ただ当たり前の、ただの普通の感情を剥き出しにして。



ラウラはハッとした。

ローランドの胸に当てていた手を、そのまま頰まで伝わせた。


「あんたって、年上なのに泣いてるの?」

「歳とると皆、涙もろくなるんだ」

ローランドの頰は、涙に濡れていた。



「悪かったわ。怒って、ごめん」

すっかり大人しくなったラウラは、ローランドの肩を撫でた。


◆



地下水路の広場で、モモは湧き水に片手を浸していた。

フェンリルのトビィは、モモの膝に頭を乗せて目を閉じていた。時々、モモを見上げるので撫でた。


「伏流水は、一年中同じ温度。変わらない」

モモは、トビィを愛おしげに撫でた。

トビィは、昨日からずっとフェンリルだ。


トビィは変わらない。

モモも変わらないのに。



「少し遠いけど、今日はついにあそこまで行こうか」

顔を上げたトビィの鼻にキスをして、モモは立ち上がった。


トビィは、途中の闇で人に戻った。

トビィの背に当てていた手が握られて、モモは握り返した。喜びも悲しみもしない。


トビィはトビィだ。


「お腹すいた?」

「いや。モモは?」

私も、と返して、それから延々と歩いた。



モモは、水路の広場で立ち止まった。

「あの水柱は、ララ広場の泉に繋がってる」


広場の真ん中に大きな柱。透けて見える中に時折気泡が上がっていき、水が流れているのが分かった。


「ララ広場の光が、ここまで届いてる」

水柱は明るかった。

「地下水路には数カ所だけ、日の光が入る所がある」


モモは、トビィを見上げた。トビィは小さなモモに耳を寄せた。

「中央聖堂の下の広場もその一つ。今度の花祭の日に一緒に行こう。花祭の日に、見せたい」


もうすぐ、出会って一年が経とうとしていた。初めてのデートの日の約束を、モモは憶えていた。


「約束だったね」

「トビィも憶えてた?中央聖堂の地下は、花祭の日は特別なんだ」


水道局に会いに行った日と、変わらないモモ。友達になるだけでもよかったのに、寄り添って水柱を見ていた。

だけどもう、そろそろ限界だ。

トビィの思考は、時々おかしくなる。



「モモ」

モモを苦しませたくない。


「トビィ、いいよ。それでも。そのつもりだった」

どうして痛いほど気持ちが伝わるんだろう。


「どうして」

「いつかその日に、一緒にいないことの方が後悔する」

モモは、もうずっと前に決めていた。



「花祭の日、楽しみだね」


トビィだから、そう思える。

トビィが運命の人に出会った日、モモも運命の人に出会っていた。


◆



このところ、魔獣がガルデアの近くに現れていた。リオネルは、トビィも連れて討伐に行こうと準備の書類を書きながら考えていた。


何度も、あの女の声が蘇る。


「モモを泣かせないでよ!トビィを取り上げないでよ!」


ローランドが泣いていた。分かってはいるのだ。だが、分かってはいけない。余計にトビィとモモを苦しませるだけだ。

本当は、自分だって迷いなくトビィに手をかけられるかなんて分からない。



トビィはあの日、モモに抱かれた子犬のままモモをずっとずっと見ていた。人に戻って、どうしても水道局のモモに会いたいと言った。

婚約者も家族も去って、それには何の反応も無かったのに、呪われて以来、何かしたいと言ったのは初めてだった。



一番いいのは、魔物と戦って逝ってくれることだ。


「俺は、弱いな」

巻き込まれたモモの方が、よっぽど強い。モモならきっと巻き込まれたなんて言わずに、選んだのは自分だと言うだろう。



リオネルの手は止まったまま、心は迷ったままだった。


◆



花祭の数日前、ガルデアの街の中にフェンリルが現れた。慌てて駆けつけたリオネルとローランドは、トビィでは無かったことにホッとした。

二人がかりで、角のないフェンリルを拘束し倒した。


別の日はまた、数匹のフェンリルが現れた。

今度は、黒騎士団もトビィも戦った。

トビィは、倒れたフェンリルをしばらく見ていた。


リオネルが、トビィの肩を叩いた。

「大丈夫です」

リオネルもローランドも、上手く言葉をかけられなかった。


「団長、いつか僕が狂ったら」

お前は大丈夫だと言ってやりたい。


「いつか、僕が狂ったらモモの歌を聴かせてください。モモが危なくないように、僕から守ってください」

トビィは、じっとフェンリルを見ていた。


「時々、自分が何者か分からなくなります。だけどモモの声は僕を引き戻して、ガルデアの騎士だってことを思い出すんです」

「ああ、約束する。モモには擦り傷一つさせない」

「ありがとうございます」


あの日自分のために戦ってくれたモモのように、戦いたい。



「ローランド、モモを好きになったりしませんか」

「お前を好きで、お前が好きな女なんて無理だ」


トビィを厳しく甘やかしてくれる、兄の様なローランド。ローランドなら、きっとずっとモモを気にかけてくれるだろう。


「俺、きっとラウラを凄く怒らせるから、後はよろしくお願いします」




夜の街に、フェンリルは群れで現れた。

人々は逃げ惑い、騎士団も戦った。人と魔物では、劣勢だった。


騎士団の誰も、死んでいい者はいない。自分を除いては。トビィはそのために、自分は呪いを受けたのだと思った。


「リオネル!僕がやるので退いてください!」

リオネル達がが広場から退かぬうちに、トビィはフェンリルになった。


一回り大きなトビィが、フェンリルを跳ね除けた。伸びた角で、不意を突かれたフェンリルの腹を裂く。トビィは喉を噛み切り、頭を踏みつけ、フェンリルの群れと戦った。



騎士団と共に人々を避難させながら、リオネルがローランドに言った。

「行くぞ」


リオネルの声が震えていた。


「そんなっ」

「置いて行くぞ!」

足が動かなかった。


「トビィっ!!」

声に振り返れば、すぐそこにラウラと手を繋いだモモがいた。モモは、トビィだけを見ていた。


「騎士のくせにコソコソと、あんたたち大っきらいよ!」

ラウラに怒鳴られて、リオネルもローランドも、慌てて動き出した。二人はモモとラウラから離れて、隠れ損ねた者の避難を手伝い始めた。



トビィから離れようが、リオネルに約束が蘇る。

『モモを守ってください』


ああ、畜生。

約束くらい、俺だって守れる。畜生!

俺は騎士だ!


リオネルが駆け出して、ローランドも駆け出した。


なんで、見えもしないくせに。

何やってんだよ。

馬鹿ってなんだよ。そうだよ、馬鹿だ!


二人して広場に駆け戻り、モモとラウラを掻っ攫う。


「モモも来い!」

「ラウラ、騒ぐなっ」

「触らないで!聞こえてたわよ!あんたたち、大っ嫌っ!卑怯者!」

ラウラが大声で叫んで、離せと暴れる二人をリオネルとローランドは担いで広場から退いた。


◆



人々は隠れていた。

誰も見えない街で、トビィはただフェンリルと戦い続けていた。もう身体が重いし、痛いし、よく分からない。


俺は、何だ?

俺は、何をしている?


フェンリルを喰らいたくなった。

骨を砕き、血肉を啜りたい。



トビィは一層荒々しく、魔物たちを屠り始めた。



◆


モモもラウラも、逃げ出さないようにリオネルとローランドが抱え込んだが、二人とも噛みついた。


「トビィっ!!トビィ!!」

騎士が抑え込むのも大変なほど暴れながら、モモは呼んだ。


フェンリルの殺気だった吠え声に、モモの叫びはかき消され、遠いトビィに聞こえない。そんなに抗い続けられるわけもなく、疲れ切ったモモはリオネルに抱えられ、やがて大人しくなった。



「誇れる、我らが、ガルデア」

モモが、震える涙声で小さく歌い出した。


「「地の護り、日の光」」

ラウラも、騒ぐのを止めて歌い出した。


『赤い花祭、聖獣の羽』

近くに身を隠していた夫婦が、歌い出した。



歌は、恐怖をかき消す。

隠れていた人々は、次々と歌い出した。


『水の恵みガルデア、北の峰の冷たき護り』

人々を避難させていた、リオネルの騎士たちも歌っていた。


誰の姿もないのに、街中に歌が聞こえた。

この街の始まりの、戦いの歌。

北の峰の冷たき護りよ。今、目覚め、その翼で闇を切開かん。誇り高きガルデアの民よ、吠えよ。



トビィの背に翼が生えた。大きく広げフェンリルを切り裂く。フェンリルは翼に噛みつき、トビィは振り払い、爪を立てた。



トビィは血の海に立っていた。

累々と積み重なる死体に、喰い鼠が群がり始めていた。


濃い血の匂いと、原始の様な群れる鼠。今までが夢だった。やっと目覚めた翼と角を持つ力の漲る獣体で、トビィは吠えた。


トビィの声に、フェンリルたちは慄き黙った。



『…の恵みガルデ…、北の峰の…き護り』


誰か、遠くで歌っていた。

聞き慣れた調子っ外れでない。


誰なのか、音痴な歌声を思い出し、トビィは少し可笑しくなった。



いつも音痴に歌っていたのは、誰だっけ。

背を撫でて、暗闇で手を引いてくれたのは誰だっけ。

ああ。


トビィは、こちら側の現実に呼び戻された。


そうだ、キラキラしたモモ。

水道局のモモ。

泣かせたりなんて、したくない。


モモ。


それだけを唱えながら、トビィは最後の力を振り絞った。



◆


ローランドの腕の中で、ラウラがまだ足掻いていた。

「馬鹿。トビィはどうなったのよ」


リオネルが何かに気を取られた隙に、モモは逃げ出した。リオネルは、モモを止めなかった。

止められなかった。


だって、トビィを心配して当たり前だ。

無事を知りたくて普通だろう。

どうして、誰が止められる?



「モモが―――」

ローランドには責任がある。


「ああ、俺は馬鹿だ。俺は、見届けなきゃいけない。トビィが庇ったのは、俺の義弟だ」

モモでなくローランドの双子の妹が、夫が呪われたら泣いていたはずだ。


「そうだ、あんただって、見届けるべきだ」

だから連れて行くと言って、ローランドは徐にラウラを肩に担いだ。


◆



あれほどいたフェンリルが、唸り声は消え、吠えるものももう居ない。トビィの足下はどす黒く染まり、静かな朝焼けの街の石畳。どこからともなく現れた喰い鼠が、血を舐め、敗者を喰らい、街を掃除して、やがてどこかへ少しずつ姿を消していこうとしていた。


トビィの身体も限界だった。

翼が消え、角が縮み、血を浴びた子犬の姿で立っていた。その足首を、突然痛みが襲った。


飛び出したのは、死体に混ざっていた瀕死のフェンリル。最後の悪あがきで、トビィの後ろ足を噛んだまま下水道に引きずり込んだ。


ローランドが、止めようと大声を上げた。

モモは、叫びながらただ駆けていた。

「トビィ!トビィッ!」



モモ。会いたい。


濁る水にもみくちゃにされながら、トビィが祈ったのは、それだけだった。ずっと一緒にいるどころか、中央聖堂の地下にいく約束すら守れそうにない。



小さなモモは、迷わず下水道に飛び込んだ。


◆



「どうなったの?ねえ!」

「奴が、トビィを引きずって行った。ちきしょう!追いかける」

ローランドは諦めずに、石を何度も魔法で砕いた。崩れた穴からラウラを担いで、追いかけた。



下水道でモモが見つけた時には、フェンリルには喰い鼠が群がっていた。


「トビィ!」

少し広い所に、トビィが打ち上げられていた。




夜は明けて、花祭の日になっていた。

明るくなった中央聖堂の下の水路広場で、モモはただフェンリルのトビィを抱いていた。

何もトビィにできることはなく、スカーフに包まれて、腕の中のトビィは重く冷たくなっていく。


約束を果たそうと、モモは広場の真ん中でただ頭上から指す光を見ていた。赤い石を通して日の光が差し始めた。この赤い光を、トビィに見せたかった。



追いかけてきたリオネルとローランドは、立ち尽くした。モモは、今はトビィを抱いて泣いていた。

モモに抱かれたトビィから、粉のような金色の光が立ち上っていた。


降ろされたラウラは、ただ明るい方へ這い出した。モモはラウラとトビィの光だから。明るい方がモモの居場所だから。



やがて静寂の中、天から振り注ぐ真っ赤な光に、広場中が真っ赤に染まった。


リオネルは、まるで血の海に佇む女神と聖獣だと思った。ただの娘たちは騎士より強く、トビィだってよっぽど自分より強かった。


トビィからは、まだ金色の光が立ち上っていた。



誰も身じろぎもしなかった。

赤い光が、ただ降り注いでいた。



◆


トビィから金の光が昇り終えた。

日の光は差す角度を変え、赤色が消えた後、広場の天井が一部崩れた。


「モモ!」

崩落からモモは庇われて、トビィがあの日のようにすぐ側で広場の天井を見ていた。


今度はモモが、トビィに抱かれて子犬のような顔でずっとずっとトビィを見ていた。



「大丈夫?あのさ、綺麗だった。花祭の花みたいに広場が真っ赤だった」

こちらを向いて、ちゃんと見れたと言ったトビィは元に戻っていた。


「あのさ、次は北の広場まで、行ってみたい」

涙声でトビィが言ったのは、前にモモが冬には水から湯気が上がると言った所。


「呪いは?」

モモは、眉を下げた。次の約束があるならば。


「多分、解けた―――」


感覚で、呪いは消えた。

今のトビィに、現実はしっかりとした現実で。呪われた時よりも、呪われる前よりも、鮮やかなモモで。



トビィは、モモを抱き抱えた。

嬉しくて、モモを抱いたまま浮かれまくるトビィに、モモは泣き笑いだった。ただぎゅっと抱きついていた。



◆


ラウラは座ったまま、呆然としていた。


前はこうだったと、不思議な感覚だった。

ぼんやりとした明かりでなく、学校の頃と全然変わっていないモモが笑っていた。やたらと浮かれている青年は、どう考えてもトビィだ。


モモもトビィも無事で、自分も何の拍子か目が見える。あの、赤い光が自分に何かしたらしい。


「女神様、ありがとうございます」

きっと女神様のご加護だろう。顔の前で指で輪を作り、ラウラは女神様に祈った。



すすり泣きに振り向けば、向こうに二人の騎士がいた。ここまで運んでくれたローランドにも、礼を言わねばとラウラは近づいた。


騎士の一人は、膝をついて両手で顔を覆って泣いていた。


初めて見る二人は、声を聞かないとどちらがローランドからないはずだった。それなのに、迷いなく分かったのは、ローランドが泣き虫だからだ。


「君、目が。どうして、歩いて」

ラウラが迷わず歩み寄るのを見て、壮年の騎士が話しかけた。


「あの赤い光は、女神様の加護だったみたい。今は、前みたいに普通に見える。あの、ローランド、連れてきてくれてありがとう」

泣いていたローランドは、ガバリと顔を上げた。


「見える、のかラウラ?見える?見える!ああ、女神様!」

ローランドは、指で丸を作って祈りを捧げた。



祈り終ると、ローランドは立ち上がった。


ラウラがひゅっと息を呑み、一歩後退さろうとするのを、ローランドが捕まえた。


「ラウラ?後急に後退ったら危ない。大丈夫か」

急に表情を変えたラウラを心配して、ローランドが抱えると、ラウラの視線が狼狽えた。


「どうした、やっぱり具合が悪いのか?」

「違う、違うのよ」


どうしよう。ローランドってもっとおじさんだと思ってた。


「あ、あなた、全然おじさんじゃ無いじゃない」

「五つや六つ、歳が違うだけだろう?おじさんは心外だ。本当に、具合は大丈夫か」

訳が分からなくて、ローランドはラウラの肘を掴んだまま覗き込んだ。


どうして。


人を担いで運ぶような戦闘特化型の魔法騎士なんて、盛り盛りに男らしい顔を想像していた。けれど、顔だけなら双子の妹と間違われるくらいの優しげで麗しい顔がラウラを覗き込んでいた。



「ちょっと顔引っ込めて。優しくて顔も好みなんて反則だわ」

ラウラは、我慢できずに押し返しながら目をつぶる。


「そうやって、君はまた思いもよらないことを言う」

そうかと言ったローランドは、ラウラをがっちり捕まえていた。



「俺の顔が気に入ってもらえたと、自惚れてもいいか」

「好みだけど、気に入ったとは言ってない」

「可能性はあるな」

「何の可能性か、ちょっとよくわかんない」

「では、分かってもらえるよう努力する」


ローランドは、腕で囲ったラウラを黙ってまた覗き込んだ。静かになったローランドを不審に思って、目を開けてしまったラウラが、完全に恋に落ちる五秒前。



「愛しいラウラ」

ローランドは、破顔した。


◆



トビィは、二度とフェンリルになることは無かった。ガルデアの黒騎士団には女神様がついていて、魔物との戦いを恐れないと言われるようになるのは、少し先の話。


モモは変わらず水道局に勤めているが、変わったのは地下水路だ。

迷路には、暗呑石と天光石が増やされた。天井の崩れた中央聖堂下の広場は、聖堂から降りてこられるように修復された。もう、花祭の日に赤く染まることはないが、沢山の人の祈りの場の一部分になった。

他の地下広場にも、地上からの階段が作られた。一部の広場と広場を繋ぐ通路は整備され、観光名所となりガルデアの地下水路は有名になった。



「お母さん、あの人、何してるの?」

娘の指さした先では、お洒落な花柄の作業服を着た女性が鉄の門の鍵を開けていた。


「水道局のお仕事よ。この街の地下を守ってるの」

ピンク色のパッチワークの、作業服の女性がやって来た。


「あの帽子可愛い。耳がついてる」

一人は白色、もう一人はピンク色の三角耳の付いたヘルメットを被っていた。


母親は、ふふっと笑った。

「帽子じゃなくて、ヘルメットよ。ガルデア水道局のヘルメットは、聖獣様の耳が付いてるの」


門の向こうへ入った二人は、手を振って別々の方向へ歩いていった。



『我らがぁー、都ぉガルデアぁぁー』


どこからから、少し外れた古都ガルデアの建歌が聞こえた。娘も口ずさみ始めた。母親も一緒に小声で歌う。ほほ笑ましそうに母娘を見た、聖堂の係も小さく歌う。

気づけば、音痴な建歌が聞こえないほど、歌の輪が広がっていた。歌い終わった頃には、拍手が起きて笑顔の輪が出来た。


肝心の歌い出した本人は、既に地下水路のずっと奥で熱唱していて何も気づいていないのだけれど、度々そんな事があったらしい。



地上と繋がって、風通しの変わったガルデアの地下水路からは、時々女神様の歌声が聞こえると言われる。

風の通り抜ける音だと言われる少し音痴な女神様の歌声は、今もガルデアでは聴けたらご加護があるそうだ。






なぜか、違う二人が甘くなりました。

耳付きヘルメットは、標準装備になったのです。

お仕事お疲れ様!


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