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水道局のモモ  作者: 青嵐 瑠璃


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1/2

1 水道局のモモ(前編)

通勤途中に「〇〇水道局 モモ●」と書いたヘルメットを持っているマダムを見かけたので、書いてみました。

職権乱用してますが、お気になさらず。



「名乗るほどの者ではございませんっ」


彼女は名乗らずに逃げたが、肘にぶら下げたヘルメットにしっかり書いてあった。



『ガルデア水道局 モモ』




◆


「モモちゃーん、お迎え来てるわよー」

受付窓口のおばちゃんが、帰りに教えてくれた。

迎えって、何だ?


水道局の検査係モモは、作業服から着替え階下の出入り口に向かった。


「モモちゃんの彼氏、カッコイイな」

守衛のおじちゃんに言われて視線の先を追うと、見知らぬ青年が立っていた。

誰?


「モモさん!」

笑顔がかっこよすぎて怖い。


「人違いです!」

思わず口走る。


「いいえ、間違いありません」

ガッチリ腕を掴まれ、逃げ損ねた。

「貴女が僕の運命の人です」



拉致られた先は、騎士団だった。


「何卒」

何か偉そうな人が二人で頭を下げている。

何卒帰りたいのは、モモの方だ。



説明によれば、青年の恩人だと。

確かに、この間、モモは拾った子犬を詰所に連れて行った。角がある変わった犬だった。


「いじめられてた僕を助けてくれたんです!」

お目々キラキラ、大型犬っぽい青年。


「トビィ、落ち着けよ。お嬢さんが引いてる」

上司らしい二人が、トビィさんというイケメンの肩を叩いた。



ボンっ。


トビィは、角の生えた子犬になった。


◆



トビィは、数年前から呪われている。


「犬ではなく、フェンリルです」

イケメンが何かおかしなことを言っている。

フェンリルに角あったっけ?


「僕と付き合うと、犬を飼ったみたいで一石二鳥です」

さあ、さあ、と皆で勧めてくるので、とりあえず一緒にご飯を食べに行った。



「モモさんのこと教えてください」

「トビィさんの方が年上なんで、呼び捨てで良いですよ」

「モモ…」

勝手に照れてる。


「ぼ、僕もトビィと呼んでください」

「トビィ」

呼ばれて照れてる。可愛い歳上イケメンだ。


「なんで私?」

「水道局のモモだから」

トビィは茶化したりしなかった。


「トビィは、なんで呪われたの?」

「黒騎士の討伐で、フェンリルの親子を殺したので」


彼は魔法騎士で、中途半端に自分で呪いを解こうとして失敗したのだとか。



「モモは、ずっと水道局で働いてるの?」

モモが頷けば、仕事は好きかと問う。


「好きなのは、暗闇と静寂、あとは迷路」

モモは、ニヤリと笑った。



モモの叔父は石工だった。叔父に連れられ、初めて古都ガルデアの地下水路に入った。

その暗闇は冷りとして、静寂で。


清涼な伏流水の湧く地底の石の道が、モモはとても気に入った。そして水道局の検査係になった。


「モモの好きな地下水路、見てみたい。迷路みたいなんて、面白そう」

そんな事を言う人は、初めてだった。

親友のラウラだって、行きたいとは言わなかった。


「モモ、デートしよう。その地下水路には僕も入れるの?」

トビィは行く気満々だ。

だけど、きっと気の迷い。すぐに冷めるだろう。


モモは一度だけだと決めて、トビィと地下水路デートすることにした。


◆



約束の日、待ち合わせの広場に本当にイケメンがいた。私服でベンチに座ってるだけで目立っていて、平凡なモモに興味を持ったのはやっぱり気の迷いだろう。


「モモ!」

フェンリルの見えない尻尾を振って、満面の笑みで寄ってきた。


「モモ、おはよう。逢いたかった」

キラキラしい笑顔で、そんなに覗き込まないで欲しい。


「おはよう、トビィ」

「今日はモモと一緒だから、すごく楽しみなんだ」


地下水路は、一度入ると出るのに時間がかかるので、腹ごしらえしてから向かうことにした。



カフェで軽食を食べながら、トビィにガルデアのどこに行きたいか聞いた。

「モモの連れて行ってくれるところなら、どこでも」

それは、典型的なダメなやつ。


「じゃあ、ガルデアの街に好きな所はある?」

黒騎士だから見回りなんかはしないのかと思ったけど、意外と街から離れるほうが少ないそうだ。



◆


士長リオネルと、副士長のローランドは、出かけていくトビィを事務室の窓から見ていた。


「あいつは、あとどれくらい保ちますか」

「保って、一年か」

トビィの呪いは、悪化している。


「なぜ、いい奴に限って」

「ああ。本当に」


「意識を保てなくなり始めたら、早目に留めを刺してやるのが俺達がしてやれることだ」

その前に恋をして、普通の幸せを。



「婚約者にはあっさり捨てられましたが、彼女はどうでしょう」


「どちらにしても、最後は事故死を装う」

ローランドは何とも複雑な顔をした。

リオネルとて、ローランドの言わんとすることはわかる。



「そんな日は、まだ先でいい」


どちらからともなく二人ともが顔の前に指で輪を作り、この古い都の女神様に祈りを捧げた。


「彼と彼女の天啓に祝福を」


◆



「魔法でも、火はつけないで。窒息するかもしれないから」


トビィは、鉄の門の鍵を開けたモモに続いた。暗闇に目が慣れるもなにも、モモが手を繋いで前を歩いていなければ、動くこともままならない闇。先を行くモモを、騎士とは違う勇気がある人だと思う。



モモは、トビィに希望をくれた。

いじめられていたフェンリルを沢山の人から、当たり前に庇って助けてくれた。


「この子が何をしたって言うの」

静かなモモの怒りに、大男たちも気圧されていたあの痛快な瞬間。魔物を庇って、自分も暴力を振るわれるかもしれなかったのに躊躇のなかったモモ。


あの時も今も、闇の中で手を引いてくれる彼女は小さくても偉大な女神。


モモが、自分を好きになってくれなくてもいい。だって、自分はモモをもっと好きになるって分かっている。



「もうすぐ」

モモの声が反響して、トビィはモモと繋いだ手に意識を集中していたことに気付いた。

先に、仄かな明かりが見えていた。



トビィは、息を呑んだ。

地下とは思えない明るい広場。


「噴水?」

「ではないけど、水が湧いてるの」


明るくなっても、モモは手を繋いでいた。トビィを広場の真ん中に引っ張っていく。


「すごく冷たくて、気持ちいいの」

一緒になって泉に手を入れた。水が湧いて底の砂があちこち動き、生きているかの様だった。


「驚いた。なんで明るいんだ?」

手を浸したまま、トビィはドーム状の天井を見上げた。日の光ではない。


「ここは西区の中心で、地上で言えば大通りと大通りの交わる広場。天光石の天井なんて、私も初めて見た時はびっくりした」


二人で並んで泉に手を入れたまま、トビィは上を向き、モモはトビィを見ていた。

トビィの表情は、きっと初めてここに来た時の自分と同じだろう。


「伏流水が常に一定に流れているかを確認するのも、私の仕事」

「素敵な仕事だね」

トビィは当たり前に言った。


キラキラしい笑顔に困ったと思いながら、モモもただトビィに笑顔を返して立ち上がった。


「さて、これからがお待ちかねの迷路よ」

きっとトビィにも楽しいだろうと確信して、モモは今度は、ニヤリと笑った。




水が流れる脇の、細い通路を歩く。壁には、等間隔に暗呑石が薄青く光っていた。勿論、トビィに石の種類を教えてくれたのはモモだ。時々、分かれ道の床に天光石が光る。


並んで歩けないので、モモに手を引かれて進むが、トビィは迷いなく歩くモモの後ろ姿を尊敬の眼差しで見ていた。


迷路のような地下水路。もうどちらを向いて歩いているのかさっぱり分からない薄闇。それでも繋いだモモの手はしっかりと握られており、不安はなかった。



二つ目の広場。先程より通路の枝分かれが多いのに狭い。真ん中の泉には水は湧いておらず、ただ流れているだけだった。


「もう、地下に入って三時間経ってる」

「えっ」

静寂は、時間の感覚さえ奪うらしい。


「中央聖堂が好きって言ってたでしょう。あそこは地下から行くのが、ちょっと複雑で」

ごめん、今日は行けないからこの辺りで帰ろうとモモは言った。


「いつか、連れて行ってくれる?」


どうして、一度きりだって決めてたのに、そんなにキラキラお目々で言うの。


いつも仕事で一人で歩く地下水路が、トビィと歩くととても楽しかった。モモの好きな地下水路を素敵と言ってくれた。


「うん」

モモも、トビィに中央聖堂の地下を見てほしいと思った。



◆


初デートから何度か普通のデートと、地下水路デートを重ねた。


トビィは、デートの最中に呪いが発動するのを恐れていた。口には出さなかったけど、モモと会えなくなったら、騎士の自分も意味をなさなく成る気がしていた。


トビィがフェンリルになっても、モモは淡々としていた。慌てることなく抱き上げて、モモのストールで包んだ。目立たない公園でトビィに戻ることもあれば、そのまま騎士団まで連れて行くこともあった。


もう、お互いの好きなことも知っているし、お互いの仕事のきっかけも知っている。


トビィはコーヒーより紅茶派で、砂糖が必須。

モモは酒ならケールが大好きで、実は呑兵衛。



トビィが呪われていることなんてモモには些細なことで、今日のモモは、気分が乗っていて地下水路を歩きながら鼻歌を歌っていた。


「誇れるぅー、我らがガルデアぁぁー」

少し外れたそれは、もはや鼻歌でなくノリノリになって。トビィにとっても、モモが少し音痴なことは些細なことだった。


トビィも一緒に歌った。慣れた薄闇はモモと歌えば怖くなく、寧ろ、いつフェンリルになってもモモに迷惑をかけない。地下水路はトビィにとっても、居心地の良い場所になっていた。


「モモもガルデアの生まれ育ちだっけ。ガルデアの建歌好き?」

「三番が好き」

「三番って、どんなだっけ?」


「水の恵みガルデアぁー、北の峰の冷たき護りぃぃー」

「ああ、原っぱ戦争の歌詞だね」

「この地下水路は、原っぱ戦争の時代より前からあって、先住の人達が作ったんだって話もあるの」


モモは、いたずらっ子の顔で続けた。


「いつも歩いているのは上水道。一度だけ、下水道に落ちたことがある」

「下水道?」

「街の雨水を逃がす道。雨の後には水が流れる」


通路の石が外れて、モモは下水道に落ちた。落ちた穴に戻れず、いつもの地下水路よりずっと細くて背の低い通路の水の中を歩き続けた。広く明るいところで水から上がると、沢山の喰い鼠が落ち葉やゴミを食べていた。


喰い鼠は、森で群れる雑食の魔物だ。だけど、モモは理解した。喰い鼠達は、ガルデアの掃除屋だと。


「害獣って言う人もいるけど、下水道だけを見れば益獣よ」

立場が変われば、見方も変わる。


「下水道は上水道と複雑に絡み合ってるのに、干渉しない。とても不思議なの」

検査のために木槌で壁や床を叩けば、その存在に気付いた。耳を当てれば、雨の後には水の流れが聞こえた。



モモは、生き生きとした顔で話していた。

出会ったのは偶然だけど、トビィにとってモモは救いで、友達だって何だってよかった。どんどん好きになって、とにかくモモの側に居たかった。


「誰にも言わないで。水道局の人が怖がって、検査に入れなくなると困るから」

モモは、ニヤリと笑った。


◆



騎士団の人達は、トビィを待っているとモモに話しかけてきた。


「トビィ待ってるの?もうすぐ来るよ。モモちゃん、相変わらず可愛いね!」

モモはトビィ以外には、興味がないのでどうでもいい。


「モモちゃんの塩対応最高!」

騎士団の人達は、騎士というだけで結構モテるという。

「トビィやめて、俺と付き合わない?」

だから、塩対応なのだ。



向こうから、トビィが来るのが見えた。

後ろにいるのはレースのワンピースの儚げな女性で、追いかけてきてトビィの腕に手をかけた。二人は顔を近づけて、何か話して笑った。



モモは仕事中で。

作業服にヘルメットを下げて。

モモの入れない、受付より向こうの出来事で。



モモは、トビィと話さずに仕事に戻った。



◆


親友のラウラが、トビィに会いたいと言った。

モモは、二人を会わせた。


ラウラは、学校を卒業する頃から病気で殆ど目が見えない。

カフェのケーキは、どれも美味しそうにショーケースに並んでいた。


「モモ、私の好きそうなの頼んできてよ」

「トビィは?」

「ラウラさん一人で待つのも何だから、僕もここにいるよ。僕のもお願い」


残ったトビィに、ラウラは話しかけた。


「トビィさん、七日後の同じ時間にここに来れる?モモには内緒で話したいことがあるの」

「それは、内緒じゃないといけないのか?」

「モモを驚かせたいから」

「分かった」



そして七日後。ラウラは先に待っていた。


「モモが最近ちょっと変。原因はきっと貴方。だから、話しておきたかったの」


それは、数年前のモモの話。



モモには、学校を卒業する時には彼がいた。ラウラも含めて、仲が良かった。


「でもね、モモが働き始めてすぐ彼は言ったの」

その格好、恥ずかしいから何とかならないか。

作業服にヘルメットを持った、水道局のモモ。


「トビィさんは、地下水路に入ったって聞いてる」

「ああ、もう何度か入ってる」

「あの水路で、過去に何人か死んでるの。モモは一人で入るけど、水道局の人は二人一組で入る」

モモは、いつもトビィの手を離さなかった。


「いざという時のために、食料と天光石を持って。あんな軽装で一人で行くのは、モモだけ」

それでもモモは、他の人よりずっと早く時々木槌を打って、地下水路の端まで歩いていく。


「私はモモの彼に、モモの心配をして欲しかった。貴方は、私もモモも落胆させないで」


◆



モモは、二人が会っている頃、地下水路を歩いていた。時々木槌を打って、壁に耳を当てて。


地上より鋭くなった感覚で、考えていた。

結局、モモはすぐにトビィを好きになってしまった。見た目も仕事も関係なく、トビィはとても素直に気持ちを教えてくれる人だった。


モモが好きなものを、トビィもいいと言った。トビィが好きなものは、モモもいいと思った。


だけどトビィは、段々フェンリルになることが多くなった。

騎士団に行く度に、トビィの上司が困った顔で自分を見ていた。時々、騎士たちの視線に憐れみが混じる。


騎士団の誰もトビィの呪いのことを話さないけど、モモだってどんな呪いか聞く気がない。呪われていたって、トビィはトビィだ。


もしも、トビィが望むなら、地下水路に住んでもいい。誰も彼を哀れまず、恐れない。彼の平穏が一番だ。

もしもモモを取って喰うのなら、喜んで彼の腹に入ろう。



水道局のモモを、好きになってくれたトビィ。そのままのモモを、好きになってくれたトビィ。


だから、私は私のままでいい。

モモだって、そのままのトビィが好きだ。



「水の恵みガルデアぁー、北の峰の冷たき護りぃぃー」


お腹が空いたので、モモは地上に戻った。


◆



ラウラには、トビィの表情は見えない。

トビィは、しばらく沈黙していた。


「忠告痛み入ります。僕の話も聞いてもらえますか」

今度は、ラウラが黙っていた。



仲間を庇ってフェンリルの親子を殺したのは、もう五年前だ。トビィが呪いをくらって昏睡していた数カ月のうちに、婚約破棄され、家族に縁を切られた。


「僕は、生きるのに疲れていました。毎晩と言っていいほど、フェンリルと対峙する夢をみました」


庇った隊員は、妻も子どもも母親もいた。だから隊員は、フェンリルの親子を殺すことに躊躇した。

トビィに迷いは無かった。自分は魔法騎士で、他の人はきっとフェンリルを倒せなかった。


「後悔はしていません」



そうして月日が過ぎた。弟が結婚し家を継いだらしい。元婚約者が結婚し母親になったらしい。トビィは、何も思わなかった。


「ふとした瞬間に、意識が醒めるんです。魔物と対峙しているのに、何しているんだろうって。現実も夢も、全部遠いことのようで」


魔獣と戦っている最中に動かなくなったトビィを、士長が何度も呼び戻してくれた。副士長が、何度も生きろと叫んでくれた。



「モモは、僕の光です」

暗闇から、手を引いて救い出してくれた。


「初めて会った日に、モモは僕を助けてくれました。モモよりずっと大きな男も、ずっと歳上のおばさんも、沢山の子どもも気にせずに。ヘルメットに水道局のモモって書いてあって、会いに行ったんです」

トビィは思い出していた。


作業服で手にしていたのは木槌で、ヘルメットを下げて。だけど作業服は騎士の鎧、木槌は騎士の剣、ヘルメットは騎士の兜。



「モモがいいんです。僕は、僕よりモモが大切です。モモが許してくれる限り、側にいたい」


ラウラは、見えない目で宙を見ていた。



「貴方も私と一緒ね。私にも、モモは光なの」


病気が伝染るのを恐れて誰も居なくなったのに、モモだけが変わらずにいてくれた。



「モモって、ちょっと音痴なの知ってる?」

「それはもう」

ラウラはくすくすと笑って、手を差し出した。

トビィも、慌ててラウラの手を握る。


「よろしく、トビィ」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ、まずはモモを驚かせたいんだけど」

ラウラは笑えば、とても美しい人だった。


「なるほど。騎士団の誰かにも、協力してもらおう」



そして、副士長のローランドは巻き込まれた。


「俺に可愛いを求めないでくれ」

「だって私見えないんだもの、協力してちょうだい。本人がセンスがないって言うんだから」


「すみません、ローランド」

「トビィ、お前は姉さんいるだろ」

「ローランドだって、妹がいるはずです」

「あら、じゃあ二人とも呼んでちょうだい」


◆



モモは、昨日も今日も地下水路を歩いた。今日は地上に戻ると、よりによってトビィがあの儚げ美人と歩いていた。


作業服にヘルメット。

今日はおまけの木槌付き。

完全装備の水道局のモモ。


トビィは、モモを見つけるなり笑顔になった。見えないフェンリルの尻尾を振るように、駆けてくるのは出会った頃と変わらなかった。


「モモ、逢いたかった!」

儚げ美人は、置いてけぼりだった。

儚げ美人も、水道局のモモを気にしなかった。


「ちょっと、トビィ!あんた彼女をちゃんと紹介しなさいよ!」

姉さん、煩いんだよと言うトビィにモモは力が抜けた。


「モモ!」

膝カックンしたモモを、トビィは抱きとめた。


「ちょっと歩きすぎて、疲れちゃった」

「水道局まで送る。先に何か飲む!?」


ワタワタとするトビィに、モモは眉毛を下げて掴まった。

「お腹が空いた」

「魚のフライを挟んだバーガーはどう?」

モモの好きなお魚バーガー。


トビィは、当たり前にモモのヘルメットと木槌を大切に持った。


◆



ラウラはローランドに連れられて、モモに内緒で出来上がったプレゼントを受け取った。


「モモにどう?似合いそう?」

「これは、我ながらいいと思う」

「よかった。貴方じゃなくて、主に妹さんのおかげね」

「君は、なかなか手厳しいな」

「でも、ありがとう」


ローランドは遠慮がちに腕に添えられていたラウラの手を、しっかりと押さえた。


「トビィが渡すのか?君か?」

「一緒に渡せばいいのよ」

ローランドは、自分を見ないラウラを覗き込んだ。間近で見られていることにも、気づけないラウラ。


「君は」

「私?君とか言われても、本当にピンと来ないんだけど」

「ラウラは、俺が思いつかないことばかり言う」

あはは、とラウラは笑った。


「さぞ、生意気でしょう。貴方に連れられなければ、プレゼントの受け取りにも来れないのに」

ラウラは、楽しげな顔で前を向いていた。


「私、根性あるのよ。同情は結構」

「いや。ラウラは面白い」

「面白いじゃなくて、美人と言って」

ラウラは、本当に美人だった。


「ああ、また騎士団に顔を出してくれ。褒めちぎろう」

「言われなくたって、トビィがモモを泣かしてないか確かめに行くわ。それに、すぐに会うことになるわよ。だって、貴方も一緒にプレゼントを渡せばいいんだから」


君は、やっぱり俺が思いもしないことばかり考える。


ローランドは、自分を見ないラウラを見ていた。


◆



ラウラに一緒に出かけたいと言われて、行った先のレストランに、トビィといつもの騎士団のローランドが待っていた。


きょとんとしたモモに、トビィがプレゼントを差し出した。

「誕生日おめでとう」


トビィに、誕生日を教えた覚えが無かった。

ラウラに聞いたと言われて、納得してプレゼントを開けた。


青の小花柄と無地の布を使った、可愛らしい作業服だった。ローランドの妹と、トビィの姉まで巻き込んで作ったと言うラウラに、モモは笑うしかなかった。

嬉しい。


「それじゃ、ごゆっくり」

「え、ラウラ帰っちゃうの?」

「俺がエスコートするから、ご心配なく」

「ありがとうございます、ローランド」

「じゃ、二人ともまたね」


ローランドとラウラは、トビィとモモを残して店を出た。


◆



リオネルとローランドは、日々、複雑な気持ちでモモを見ていた。


トビィが会いたいと言った水道局のモモは、飾らないトビィと同じで飾らない娘だった。雄々しいトビィでも、騎士のトビィでもなく、フェンリルになり無力なトビィを当たり前に大切にしてくれた。


トビィの呪いのことを一つも聞いてこないから、トビィが話したのかと思っていた。まさか、何も知らないなんて。


リオネルとローランドは、モモを見ると、いつもどちらからともなく女神様に祈りを捧げた。騎士団のトップふたりが、ただの娘に祈る姿を見たら他の者は笑うかもしれない。


ふたりがどんなに尽くしても、トビィの心は救えなかった。それなのに、モモは何でもないことのように、再びトビィの瞳を輝かせた。



ああ、女神様。

彼と彼女に祝福を。


◆



「私、これトビィにつけるの好きよ」

デートの最中に、またフェンリルになったトビィ。モモはスカーフを取り出すと、トビィの頭に巻いた。


黒地に銀と白の蔦、真赤な星を刺繍したスカーフは、ラウラと相談して黒騎士の騎士服をイメージして作った。

耳まで一緒に包んだ方が、落ち着くって知っている。トビィはラウラの胸まで背があって、出会った頃の子犬ではない。


貴方が鎧をくれたから、私は兜を贈る。


「似合ってる。格好いい」

ニヤリと笑ったモモは、本音だとトビィは知っている。



「走れるように、地下水路に行こっか」

モモはトビィの背に手を乗せて、二人は寄り添って歩き始めた。


◆



モモは、何も言わない。

そんなのはおかしい。だから、ラウラは騎士団を訪ねた。



受付が騒がしかった。


「何事だ」

ローランドが顔を出せば、トビィに文句をつけにきた女がいると突き出してきた。


「ラウラ、すまない」

他の騎士から奪い取るように、ローランドはラウラを抱えた。


「えっと、ローランド?」

「ああ俺だ。隊員がすまない。もう大丈夫だ」

ラウラは、肘も膝もすりむいていた。

ラウラの手が、ローランドの腕を掴む。


「トビィとモモの友人だ。丁重に扱え」

ざわついていた隊員達が、静まっていた。


「魔法をかけても?」

「ローランド、魔法を使えるの?」

「戦闘特化型の魔法騎士だ」

「私を爆破する気?」

笑い声で聞くラウラに、ローランドも笑って冷静さを取り戻した。彼女はもう、怯えていない。


「擦り傷が出来てるから治す。隊員がすまない」

「騎士団に来るのが初めてだったから、転んじゃっただけ。騎士には何もされてない。もう次からは大丈夫」


怯えていたくせに、ラウラはローランドが思いもしないことばかり言う。


「次からは、すぐ俺を呼べ」

「偉い人を呼びつけるわけにはいかない」

「俺は、別に偉くない」

「嘘ね。貴方の言葉で皆静まった」

見えないラウラには、事更に雰囲気が変わるのが分かった。


「いいから、俺を呼べ」

顔を近づけても、気づけないラウラ。


「どうやってここまで来た」

「勿論、歩いて」

全く思いもしないことばかりする。

どれだけ危なっかしくここまで来たんだ。



ローランドは、腕を貸してラウラを客間に通した。ソファに並んで座ったのは、その方が安心だったからだ。


「ローランド、トビィの呪いが強くなったって、どういう事?」

さっき、隊員が言っていた。

あいつはもうすぐ、居なくなるかもしれない。最後まで平穏に過ごさせてやりたいって。


前を向いたまま、ローランドを問い詰めるラウラは美しかった。



「トビィは自分で魔法を使ったから、自業自得だって庇ったんだ」


もしあの場にいたとして、フェンリルと戦えたのは、トビィの他はローランドか士長のリオネルだった。トビィはリオネルが育てた魔法騎士。ローランドが鍛えた弟弟子。

あの場にトビィしかいなかったことが、生涯悔やまれる。


ラウラは、黙って聞いていた。

いずれ人の心を失って、トビィはモモさえ食らうだろう。



「なあ、真面目で優しい奴ほど報われない世界って何だ?そんな事が許されて良いのか?俺は認めない。ガルデアの女神様も聖獣も、これっぽっちの慈悲もないのか」


静かに苦しんでいる人はモモとトビィだけでなく、ここにもいた。





長くなったので、分けました。後編に続く。


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