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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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アストラム

 ロナンが亜里沙を呼んで宿内に戻った時、食堂は先程より賑わいを見せていた。

 大声で騒ぐような者はいなかったが、亜里沙が降りて来た時とは違って人が出入りしても目立たないほどには音に溢れている。


 それでも目を丸くして振り向く人は数人いる。ロナンはさり気なく亜里沙を隠すように移動してくれた。


 隅に近い方のテーブルに着席すると、キーランが宿に現れた。


「早かったですね。巣はどうなりました?」


「巣は潰した。それとさっき助けた農家から駄馬を貰ったんだ」


 目深にフードを被った状態でやって来たキーランは空いている席、亜里沙の向かいに座る。


「あ……、お、お帰りなさい」


 目が合って、どういう反応をすべきか分からず口をついて出た言葉がそれだった。


 キーランは目を丸くして、そして嬉しそうに微笑んだ。


「ただいま」


「キーラン、駄馬は農家にとっては大事な労働力ですよ」


 ロナンは小さくため息をついた。


「元の主人にお返ししましょう。それともう何度も言っていますが、私から報酬を受け取っている間は誰かに何かを貰う時は差し障りない物を選んでください」


 どこの家から馬を貰ったのかキーランに問いただすロナンとあまり気に留めていない様子のキーラン。

 このふたりのやり取りなどお構いなしといった風に、ルイとベンはアリサに美味しいメニューをお勧めしてくれた。




 見た目にも美味しい料理がテーブルに所狭しと並ぶ。


 温かいスープを飲んで気持ちが少し落ち着いた亜里沙は、遠慮がちにキーランを見た。


「あの、キーラン? さっきの、どうやったの?」


 亜里沙を見て、かすかに首を傾げるキーラン。


「えっと……その、イドルを倒したでしょ……あの時の、あれはあなたの力だよね? それとも、剣に何か特別な力があったりする?」


「ああ……」


 と言ったきり、キーランは黙り込んだ。


 そんなに言いにくい事かと思いきや、考え込んだような顔を見る限り、どう話すか迷っているようだ。

 ロナンが「私が話しますか?」と助け舟を出すが、キーランは首を横に振った。


「僕の母は人間じゃない。この力は母から受け継いだものだ。剣は普通のものだけど……力を流す媒介にしている。表面から力を放つのより効率がいい。生物の急所を狙うんだ」


 頭とか、首とか、とキーラン。


 あの戦いを見てしまっているからか、自分でも驚くくらいすんなり納得出来た。


 でもさすがに人外だとは思わなかった。この常人離れした美貌から考えると、妖精やエルフみたいなものだろうか。


「母はアストラムと言われる種族で、アストラムは女神が直接産んだ子であるという伝説も残ってる」


「アストラム……」


 亜里沙は小さくその言葉を繰り返した。


「僕の外見がこうなのも、母の血を濃く受け継いだからだ」


 食事中もフードを外さず、それについてロナンが何も言わない理由はそれに関係するだろうか?

 隠している様子はなかったが、人が多い場所では気が引けるのかも知れない。


「……アストラム以外に、そういう力を持っている人はいないの?」


 キーランがチラとロナンを見やる。ロナンはその視線を受けて、キーランの代わりに答えた。


「残念ながら、我々人間にはあのような力は備わっていません。小型のイドルであれば何度も攻撃すればひとりでも倒せますが、大きい個体となると、今となってはキーラン以外で単独で倒せるのは、異界からの来訪者様しか……ああ、もうひとりいらっしゃいますが、あの方は……」


 亜里沙はその言い方が引っかかった。

 今の言い方だとまるで──


「あの……もしかして、アストラムって、あまり居ないの?」


 まるで、残っているアストラムがほとんどいないという話に聞こえた。


「僕の母は死んだから、純粋なアストラムはもういないんだ」


「えっ…………」


 母親の死だけでもどう反応していいか分からないのに、種族が一つ絶えてしまったと言うのか。

 キーランの母親が、最後のひとりだった。


「子供の頃の事だから気にしなくていい」


 うん、と力なく頷く。少しの沈黙の後、ロナンが口を開いた。


「アストラムの血を引いている方なら、キーランを含めてふたりいますけどね。あくまで確認出来ている情報では、ですけど」


 亜里沙が目を向けると、ロナンは続けた。


「キーランと、もうひとりは西の国、聖国アドアストラの、現聖王猊下(げいか)です。もっともかのお方は、系譜をたどると七代前が純粋なアストラムであるという、そこまで力のあるお方ではないのですが」


「ちょっとマスター!」


 ベンが焦って声を上げる。


「おっと」とロナンは笑う。


「西の国は、この大陸()()()宗教に従事する聖職者たちだけが暮らす国で、聖王はその最高指導者に当たる方なんですよ」


「つまり我々の宗教のトップにいる方なんです!教義では女神様の次に偉い方ですよ。そんな方に無礼な事は冗談でも言えませんよ……」


 ルイがロナンを咎めるように言った。


 ちなみに宗教の名前はリシュアストラ教なのだとベンが教えてくれた。


 宗教の事は分からないが、ふと、歴史で戦争や反乱の原因として習ったものがしばしば宗教であった事を思い出す。


 キーランも宗教にはあまり興味がないようで、西の国の話が出た辺りから食事に集中していた。



 亜里沙はその後、今日また新たに分かった事を思い返しながら食事をした。

 談笑とまではいかないし、頭の中がいっぱいであまり会話に参加もできなかったが、ロナンたちの穏やかなやり取りは聞いていて心地良かった。


 亜里沙にはまだ聞きたい事があったが、タイミングを逃してしまい、この心地良さを壊したくなくて黙っていた。




 慣れない生活でヘトヘトになりながらベッドに倒れ込む。ずっと着っぱなしの制服がそろそろ気になって仕方ないが、これ以上迷惑をかけるような事は言えない。


「イドルの巣ってどんななんだろ……」


 ポツリと呟く。


(鳥の巣みたいな……?)


 さすがにそれはないか、と内心で自分にツッコミを入れた時、亜里沙以外にもそれに突っ込む声があった。


『さすがにあんな見た目ではないぞ』


「わあっ!!」


 驚きすぎて飛び起きる。ハッと口に手を当てたが今更遅いだろう。どうか聞こえていませんように、と祈る。


「ニーズ、いつ起きたの? っていうか、今、私の考えを読んだの?」


 そうだったらとてつもなく嫌だが、幸いそれはすぐに否定された。


『今起きた。考えが読めるわけではなく、お前が声に出した言葉と、強く意識した言葉が聞こえるのだ』


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