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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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何も知らない

 部屋を出るとエドワードとイザベラが亜里沙たちを待っていた。


「話は聞けたか?」


 亜里沙は「はい」と答えたが、最後に言われた言葉を飲み込めなくて、顔が強張ったままだ。

 エドワードは亜里沙の顔を見て眉を顰めた。


「……ブラハドとの会話は全て話してもらうが、いいか?」


 亜里沙がそれを伝えると、翔は頷いた。


「話します」



 亜里沙と翔はエドワードに従って再び隣の部屋に入った。

 イザベラは指示されてヒューゴのもとへ向かう。


 亜里沙は先程の事を思い返しながらエドワードに話した。

 キョウコの事について、ロナンの名を出すのに後ろめたさを感じながらも、それでも話した。

 だが、最後に投げかけられた言葉だけは言えなかった。何も言い返せなかった事が悔しかったし、あんな事を言われたのも元はと言えば自分のせいだからだ。

 これ以上面倒をかけられない、と亜里沙は思った。


 黙って話を聞いていたエドワードは、亜里沙が話し終わると難しい顔で考え込んだ。


「キョウコの前に来た来訪者は、確かグスタフという名だ」


「グスタフ、さん……」


 噛み締めるように呟く。


「ああ。来訪者についての情報は四国間の協定により各国に共有される。彼の婚姻の事は記されていたが、覚えている限りではそこまで詳細な記録ではなかった……特にその、最後にグスタフがヒューゴに言った言葉だとか」


 それは、ヒューゴが王家の人間には黙っていたという事だろうか。

 エドワードが「愛欲、か」と呟く。


「……確かに、この世界の人間とそういう関係になったと、記録に残っている来訪者もいる」


「そうなんですか? でも……元の世界に帰ったら会えなくなるのに……」


 そう呟いた時、エドワードの視線を感じた。

 亜里沙は目を向けたが、気のせいだったのかエドワードは今は何事か考えている。


「そもそもこちらの世界から異界へ渡った者がいないというのも、考えてみればおかしな話だが、今の問題はそれではないな」


 そしてエドワードは、若干呆れが混じったような表情を浮かべた。


「少なくとも父上がそれを知らなかったとは思えない……記録に残さなかったのだろうが、ブラハドのその言い様では、マクベルドとキョウコの間に何かがあったようだ」


 エドワードは自分の父親がロナンを特別扱いする理由が分からないと言いたげだ。


 ここまで亜里沙の中で曖昧だったものが、エドワードの言葉ではっきりと形になる。


 亜里沙は、怒りなのか呆れなのか虚しさなのか分からない、このおかしな感情を持て余した。

 あの幻想的な空間で、脅迫のように伝えられたロナンの気持ちは、やはり嘘だったという事だろうか。

 それとも、キョウコとの間に何かがあったとして、それはもう過去の話なのだろうか。


「マクベルドに話を聞くのか?」


「あ……それは」


 亜里沙はどうしたらいいのか分からず、翔に意見を求めた。


「出来れば聞いてみたいけど、込み入った話になりそうだよね……あんまりロナンさんを困らせたくないな……」


「うん……」


「それに、ここまでで俺の考えは一応まとまったし。一度亜里沙ちゃんと話し合いたい。“彼”にも聞いてもらって、出来れば答え合わせをしたいんだ」


 亜里沙は胸の中のもやもやしたものを押さえ付けながら、エドワードに「翔と話し合いたい」とだけ伝えた。


「分かった。お前たちが具体的に何を知りたかったのか今は聞かないが、結論が出たら僕にも教えて欲しい」


 亜里沙はエドワードの要求に目を丸くして、翔を振り向いた。


「結論が出たら知りたいって。話してもいいのかな?」


「まあ、それを求められるとは思ってたけど……“彼”に聞かないと、話せるかは分からないよね」


 亜里沙は、エドワードを見た。


「あの、理に触れるかも知れなくて……確認してみないと、分からないです」


「そうか……それを言われると、この場は引き下がるしかないな」


「あ……す、すみません」


「謝るな。確認した後でいい、もし話せる内容があれば、聞かせてくれ」



 エドワードとの話が終わって部屋を出ると、イザベラが待機していた。

 エドワードと別れ、亜里沙の部屋まで移動する。


 見えて来たドアの前に、ロナンが立っている。


 亜里沙は一瞬緊張したが、ロナンはいつもの穏やかな表情だったので、ほんの少し安堵した。


 亜里沙が声をかける前に、ロナンがドアに向かってソフィーに呼びかける。


「アリサ様、カケル様、おかえりなさい」


 出て来たソフィーがホッとしたように笑みを浮かべる。


「大事な話があるので、ここで待たせてもらいました」


 ロナンがそう言うと、ソフィーは頷いて部屋の前から立ち去ろうとした。

 イザベラが咄嗟にソフィーを制止し、訝しげにロナンを見る。


「……ソフィーさんは同席出来ないのですか?」


 すると、ロナンは間を置いて、口を開いた。


「ランドストル卿。役目に忠実なのはいいが、少しは立場をわきまえてくれないか」


 一瞬、この場に緊張が走った。

 驚いた亜里沙はロナンを見つめた。

 浮かんだ穏やかな笑みも、柔和な物言いも、いつも通り。

 ただこんなに冷たい事を、幼い頃からの友人に言う人だっただろうか。


(私……ロナンの事、何も知らないんだ)


 唐突に亜里沙は、その事実に気が付いた。


 亜里沙はイザベラの様子が気になって見上げたが、イザベラは鋭い目でロナンを見返していた。


「……出過ぎた事を申しました」


 伯爵、と静かに口にして、イザベラは目線を下げた。


 ロナンはそれ以上イザベラに何か言う事もなく、さあ、と亜里沙を促した。


 イザベラの事が気掛かりだったが、促されるまま、亜里沙は部屋に足を踏み入れた。


 その直後。


「伯爵!」


 突然、少し痛いくらいの力で腕を掴まれた。同時にイザベラの驚愕の声が上がる。亜里沙が振り返る間もなく、部屋の中に追いやられる。強めにドアが閉まって、ドアを押さえるように立つロナンを、亜里沙は見上げた。


「貴女というひとは」


 低く囁かれた言葉に、息が詰まる。

 腕を掴まれたまま、暗い表情のロナンから目が離せない。亜里沙は初めて、ロナンに恐怖を感じた。


「何故大人しく出来ないんですか? 他の来訪者の事を聞きたい、だって? 私に聞くならまだしも、よりにもよって何故あの男に」


 静かだがはっきりと怒気がこもる声に身震いする。

 「あの男」が、一瞬誰なのか混乱した。

 すぐにヒューゴの事だと思い至った亜里沙は必死に言い返した。


「そ、それは、ヒューゴが、ふたりの来訪者と知り合いだって聞いて」


 ロナンは眉を顰めた。外からイザベラが「伯爵、開けてください」と声を上げている。


「キョウコと、確かグスタフか……記録を読んだ事があります」


「そう、そのふたり。だから」


「キョウコやその他の来訪者とそう大差ない内容だったはず。わざわざ聞く事もなかったのでは?」


 実際は、記録になかったという部分まで聞けた。だけどそれを今言ってみる勇気は、亜里沙にはなかった。


「キョウコの事ならいくらでも話してあげますから、ヒューゴとは関わらないようにしてください」


 そう言って、ロナンは亜里沙の腕を離した。


 亜里沙は目を丸くした。

 てっきり、知られたくなかったから、ロナンは怒ってこんな事をしたと思ったのだ。


「話したくないんじゃないの……?」


「ええ、話したくありません。ですが、アリサさんに聞かれれば教えて差し上げますよ。それであの男を貴女から遠ざけられるのなら、いくらでも」


 ロナンとヒューゴは仲が悪いのだと思っていた。

 だが、きっと認識が甘かった。仲が悪いにとどまらない何かがあったのだ。

 ふたりの因縁が気になって、亜里沙がそれを知りたいと思った時、ロナンはドアを開けた。


 イザベラのこれ以上ないくらい緊張した顔と、驚愕して口を手で覆うソフィーが見える。

 イザベラの隣をすり抜けるように、翔が足早に部屋に入った。


「亜里沙ちゃん! 大丈夫?」


 焦った様子の翔に、亜里沙は頷く。


 翔はロナンを振り向いた。咎めるような視線を受けてなお、ロナンはいつものように微笑んだ。


「アリサさん。これでも貴女を心配しているんです。あまり無茶をしないでください」


 亜里沙が何も言えずロナンを見つめると、ロナンは僅かに顔を曇らせた。


「……腕、強く掴んでしまいましたね。ソフィーに診てもらってください」


 その言葉を聞いて、ソフィーが我に返った。

 翔よりもイザベラよりも強い目付きでロナンを一瞥し、ソフィーは亜里沙のもとへ駆け寄る。


 イザベラが何か言いかけたが、ロナンは無視して立ち去った。



 それから亜里沙はソフィーとイザベラから謝罪を受けた。何も悪くないふたりに謝られて逆に申し訳なくなる。

 ソフィーに腕を診てもらう間、翔は亜里沙に配慮してか、少し離れた位置から心配そうに見ていた。

 亜里沙は、呆然とロナンの事を考えた。


 また脅されたようなものだし、怖かったのは確かだ。だが、どこか苦しそうだと感じたのは亜里沙の思い違いなのだろうか。


「……良かった、跡にはなっていないようです」


 ソフィーは呟いて、そして怒りで声を震わせた。


「まさか旦那様があんな事をなさるなんて! 今度アリサ様を怖い目に遭わせたら私が旦那様を倒します!」


 目を潤ませて顔を歪めるソフィー。

 亜里沙の為に本気で怒ってくれるソフィーに、申し訳なく思いながらも、冷えた心がほんの少し温まるのを感じた。

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