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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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偽善

 しばらくして、眠るキーランのベッドの端に腰掛けたまま、亜里沙はエドワードに質問した。


「どうして、クルスは死体に群がるって言われてるんですか?」


「ああ……」


 エドワードは読んでいた羊皮紙を机に置いた。


「これまで何度か亡霊……クルスが目撃されていて、そのほとんどが死体の側での事だったからだ」


「え……」


「クルスは目撃した者に襲いかかった事が一度もなく、だが死体に取り憑こうとしている様子が見られた事から、死体に群がる亡霊として知られるようになった。死体に取り憑くと言っても、あくまで見た者が“そう感じた”という話でしかないが」


(どうして、内容がこんなに違うの? クルスは体が欲しいはずなのに……そう言えば来訪者の体にしか興味がないって言うのも、何でなの?)


『それは……』


「……アリサ、キーランはもう大丈夫そうだから、戻って休め」


「あっ、はい」


 亜里沙は立ち上がって、ふと気になった。


「エドワード様はどこに寝てるんですか?」


 何を聞いてるんだろう、と亜里沙は自分に呆れた。翔はひとりでベッドを使わせて貰っていると話していた。普通に考えたらキーランの隣だろうな、と質問を取り消そうとした時、何故そんな事を聞くのかと呆れつつ、意外にもエドワードは答えてくれた。


「椅子に座って寝ている」


「……えっ」


 それはとても体に悪いと思うのだが、さも当然のような顔をしているエドワード。


「体は大丈夫なんですか?」


 亜里沙の質問にエドワードは目を丸くした。

 不意に見せられたその無防備な表情に思わず視線が釘付けになると、エドワードは小さく笑った。


「まさかお前に心配されるとは思わなかった」


 よくよく考えるとエドワードは王子でありながら自分自身も戦う軍人のような人だ。亜里沙は余計な心配をした自分が恥ずかしくなった。その羞恥は思ったより後を引いて、胸の奥がざわつくようだった。



 エドワードに挨拶をしてテントを出る。近くにある程よい大きさの石に腰掛ける翔とソフィー、その側に立つイザベラとエンリクが見える。


 亜里沙が近付くと、エンリクは亜里沙の体調を確認してエドワードのテントへ向かった。


「翔くん、大丈夫?」


「うん……」


 まだ動揺が残る表情だが、翔は頷いた。


「あれは何?」


 翔に質問されて、亜里沙は後回しにしようと思っていた事を話して聞かせた。

 クルスの事、先程起きた事、エドワードから聞いた話。


 翔の顔はこれまでにない程強張っている。



「それ……」


 無意識といった様子で手で口を覆う翔。

 亜里沙が声をかけるとハッとして、翔は振り向いた。


「これまでの来訪者の事を詳しく知りたい」


 翔はそう言うと、エドワードのテントに足早に向かう。

 亜里沙は驚いて翔の後を追った。



 翔は我を忘れたように勢いよくテントに入る。亜里沙も一瞬躊躇ったものの、翔の為にテントに入った。

 エドワードとエンリクが振り向いて、たじろいだ様子の翔の代わりに、亜里沙は翔が言っていた事を話した。


「他の来訪者の事?」


 エドワードが眉を顰める。


「ある程度の事なら話せるが、詳細な事となると王都にある記録を読まないと教えられないぞ」


 だが、とエドワードは思案する。


「キョウコの事なら……当時キョウコの護衛として同行した騎士は四人いたが、現在生きているのはマクベルドとブラハドのふたりだ」


「ヒューゴが良いかも知れませんね」


 エンリクがそう提案する。


「ヒューゴはキョウコ様の前にいらっしゃった来訪者様とも面識がありますから」


「ああ……確かアルデスペランの伯爵領で……」


 エンリクがはい、と言うとエドワードは亜里沙を見た。


「アルデスペランは北の国の事だ。来訪者はほとんどこの国に現れるが、稀に他の三国に現れる事がある。その場合は該当の国が来訪者の管理をする。そして、キョウコの前に来た来訪者は北の国の管理下にあった」


 ヒューゴの名が聞こえたからか、翔の視線を感じる。


 エドワードは様子を観察するように亜里沙をじっと見た。


「……もし話をする事になっても、手は出させないからその点については心配要らない。どうするかはアリサ次第だが」


「翔くんと相談してもいいですか?」


 エドワードが頷くと、亜里沙は翔にこの事を伝えた。翔は深刻な表情だ。


「本当ならロナンさんがいいのかも知れないけど……ふたりの来訪者と接触してるなら、ヒューゴから話が聞きたい」


 そして、ごめん、と呟く。


「俺が聞きたいって言ってるのに、俺自身が何も出来ないね……だからせめて、きみの安全が保証されるなら、だけど……」


「そんな事いいんだよ。私だって知りたい事なんだし」


 亜里沙はエドワードに向き直り、話を聞きたい事を伝えた。


「分かった。だが今日はもう休め。明日の夜に時間を取ろう」




 翌朝、目が覚めた亜里沙は若干残る疲れを何とかしようといつもより気合を入れて体操をした。


 ニーズは今は眠っている気配がする。結局あれから、話しかけても曖昧な返事しかなく、やはり理に触れる内容なのだと亜里沙は確信した。

 だがそれにしてはニーズには亜里沙を止める様子もなかった。亜里沙が感じたのはニーズがひどく迷っている、という事だ。



 出発の時刻となった。


 キーランの顔色は良くなっており亜里沙は安心したが、問題は翔だった。


 翔の表情はどこか暗く、声をかけてみても大丈夫だと言うばかり。

 あまりしつこくも出来ないと思った亜里沙は様子見するしかなかった。


 一つ良かったと思えたのは、周りにいた兵士の何人かが翔に声をかけていて、それに対して翔も一言二言返していた事だ。

 亜里沙の耳には全部日本語にしか聞こえない。だが、翔のぎこちない言い方と、兵士がぱっと明るい表情をした事から、翔がこの世界の言葉で返事をしたのだと分かる。

 そうやって意思疎通出来た後、翔の表情が安堵したように和らぐ。それを見た亜里沙もほっとする思いだった。




 休憩を挟んで歩き続け、亜里沙たちは今日休む予定の砦の一つに到着した。

 亜里沙たちが到着した時、砦のすぐ側では小さな巣が発生しており、それにより亜里沙と翔は真っ先に砦の中に避難する事になった。


 騎士や兵士が行き交う中で、亜里沙の目の前を、ふたりの兵士が足早に通り過ぎる。

 ひとりが支え、ふらつく足元で歩くもうひとりの顔に小さな痣のようなものが見える。


(侵食……!)


 衝動的に駆け寄ろうとした亜里沙の腕を、誰かが掴む。立ち止まって振り向くといつ側に来たのかエドワードが厳しい顔で亜里沙を見ていた。

 遮られた瞬間は苛立ちが勝ったのに、エドワードの目を見た途端それは後ろめたさに変わる。


「やめろ」


 強くも大きくもない声で言われたその言葉は、亜里沙の気を簡単に挫いた。

 エドワードはすぐに亜里沙の腕を離して、すまない、と呟く。


「また倒れられたら困る。トランティアに着くまでは、力を使う際には僕に確認を取れ」


「……はい」


 エドワードの言葉は亜里沙に、自分がまだ足手纏いでしかない事実を突き付けてくる。

 本当に今更、あのまま追い付いても何も出来なかった結果しか想像出来ないことに、気付いてしまった。

 すると、隣で黙って見ていたキーランがあの兵士を追うかのように歩き出した。エドワードはすぐに「兄上」と声をかける。キーランは足を止め、振り向いた。


「……あの程度、僕なら何ともない」


「では“あの程度”が百人いた場合はどうするんです」


 キーランの顔が曇る。無言を返すキーランにエドワードは小さくため息を吐いた。


「それに、まだ完全に回復した訳でもないでしょう。アリサを助けたいなら勝手な行動は慎んでください」


 キーランの申し訳なさそうな顔がこちらに向いて、亜里沙は居た堪れずに視線を下に逃がした。




 結局、亜里沙は小さな食堂のような部屋で巣が潰されるまで待った。

 翔とソフィーが側に座り、イザベラは亜里沙の少し後方に立つ。ロナンは時々出入りしたが、キーランはエドワードに止められて、手持ち無沙汰のようだ。少し離れた場所に座り、剣の状態を確認している。

 そうして待つ、戦いが終わるまでの時間は、とても長く、ただひたすらに重かった。

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