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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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異世界転移

 呆ける亜里沙に、先ほどの声が語りかけてくる。


『おい、しっかりしろ。大丈夫か? おい?』


「あの……ここはどこ」


『ここはカンドルヴィア王国だ』


「……ええっ……どこ……」


 聞いた事もない国の名前に足の力が抜け、ふらついたら踵が何かに躓いて、ペタンと綺麗に座る形になった。


 改めて周囲を見ると、自分が来た方向にはあの空間はなく、石造りの建物の跡地のような所に亜里沙は座っているようだった。数段の階段の一番上に腰掛けている。

 この感じ、古代の神殿跡として小さな写真をチラッと見た時のあの感じに似ている。


『おい』


「わあっ!? ていうか頭の中で声がする! 誰!?」


 今更ながらの疑問だが仕方ない。

 この状況を理解したいのにちっとも頭が追いついて来ていないのだ。


「トカゲ!? もしかしてあのトカゲが喋ってんの!? どこに行ったの!? 何で頭で喋ってんの!?」


『少し落ち着け。まず我はトカゲではない。お前も見たと思うが我はドラゴンだ』


 ドラゴン、と噛み締めるように呟く。

 確かトカゲの種類にそんなのがいなかっただろうか?


『念のためもう一度言うがトカゲではないぞ。なぜお前の頭の中で声がするかという問いだが、それは』


「現実なわけない……そんなわけない……! だってトカゲは喋らないし、夢だよね、これは夢だ……!」


 醒めろ、醒めろ、と頭を抱えて呪文のように繰り返す亜里沙に、少し同情的な声が語りかける。


『我はドラゴンであって、トカゲではない。我が喋るのはドラゴンだからだ。

……そして、これは夢ではない』


「勝手に疑問に答えないでぇ……!」


 むう、と唸るような声がして、頭の中は亜里沙自身のパニックを除いて静かになった。




 どれくらいそうしていたのか、亜里沙はハッと顔を上げると、どこを見ていいか分からず視線を宙に彷徨わせた。


「あの、夢じゃないのは分かったんで、帰りたいんですけど」


『それは出来ない』


「即答しないでぇ……!」


 再び頭を抱えて、亜里沙は何度か深呼吸を繰り返した。


「えっと……そうですね……まず、あなたはドラゴンで」


『ああ』


「ここは日本じゃない」


『ああ、大陸の東に位置する、カンドルヴィア王国だ』


「それで、なぜ私はここに……?」


『お前が選ばれた者だからだ』


「え……選ばれた……?」


『この世界では“異界からの来訪者”と呼ばれる存在だ。来訪者はみなこの世界を救う役目を持ってやって来る』


「いや、待って? この世界では、って何?

“この世界では”って。

何……? ここ、異世界……?」


『ああ、そうなるな。お前は選ばれた』


もう一度選ばれたと繰り返す声。

亜里沙は小さく歯噛みした。


「誰がそれに私を選んだの……? あなた……?

私を連れて来たのもあなただし……」


 自慢じゃないが割とどこでも寝られる事と、そこそこある体力以外で秀でたものなどない、と亜里沙は自分で思ってほんの少し情けなくなった。


 自称ドラゴンは、あなたが選んだのか、という問いには答えなかった。沈黙はもはや肯定だろう。このドラゴンのせいで、こんな訳の分からない事になっている。


 亜里沙は齧った程度にならファンタジー作品を知っている。これは、そう、異世界転移というやつなのだ。



「あの……、私、ちゃんと帰れるんですか……?」


 襲いかかってきた諦めと絶望で声が震える。


『役目を果たせば』


 それは肯定のはずで、希望であるはずだったが、果てしなく重い言葉だった。

 そうして再び亜里沙が脱力した時だった。




「おい、あれ……」



 亜里沙が顔を上げると、ファンタジー作品でしか見た事のないようなデザインの、マントと服を着たふたりの中年男性が少し離れた位置からこちらを窺っていた。

 髪の色も瞳の色も顔付きも、西洋の外国人のそれだった。


「どこの人間だ? この森には立ち入れないようにしてあったはずだが……」


「……なあ、あの風貌、もしかして……」


 警戒と緊張で少しも動けない亜里沙に、ふたりの男はおずおずと近寄って来る。


「ああ……やっぱりそうだ!」


 左の男に笑みが浮かぶ。


「もしかして、来訪者様か? 珍しいお召し物だというのは本当だったんだな」


 右の男の顔も明るくなった。


「ああ! 十年前、遠くからだったがお姿を見た事があるんだ! お召し物もだが、お顔立ちがその時の来訪者様と似ているよ!」


「なんと……イーリス様に感謝申し上げねば!」


 硬直する亜里沙の様子など気付かないとばかりに嬉々とするふたりの男。亜里沙は視線だけでふたりの男を交互に見ていたが、すぐに亜里沙の剥き出しの膝が擦りむけている事に気付いた左の男が亜里沙の目前に跪いた。


「ああ、怪我をされたのか。手当しましょう」


「いやっ……」


 反射的に出た拒絶だった。

 男たちは目を丸くし、顔を見合わせた後、気遣わしげな表情になった。


「こちらへ来られたばかりなのでしょう? 混乱されるのも無理はない」


「春先とは言えまだ冷えますし、このままここに居ては風邪を引きます。我々の野営地へお越しください」


 我々はけして来訪者様に危害は加えません、と言われ、亜里沙は恐る恐る立ち上がった。

 まだ上手く力が入らなかったが、人の良さそうなふたりに、ひとまず従ってみることにする。


『我は少し寝る。我のことは他言するな。お前の命にも関わる事だから、くれぐれも話すなよ』


 そもそもそんな余裕など無かったが、威圧的な声でそんな恐ろしい事を言われては従うしかない。

 亜里沙は黙って頷いた。

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