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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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アウルマルク事件

 城壁都市アウルマルク。小さな城を丘の上に抱える都市。

 眼前に迫る灰色の城壁に、ここからは見えないが上から鉄格子でも落ちてきそうなアーチ型の門が街道を吸い込むように聳え立っている。


 初めて見る本格的な都市に言葉が出てこない。


「大きいね……!」


 何とか捻り出した言葉に、後ろの馬車を引いているベンが小声で答える。


「ナイグラードの方が大きいですよ」


 ナイグラードは確か、ロナンがそこのギルドを預かっていると言っていた。都市の名前だったのか、と頷く。



「マクベルド伯爵……?」


 門兵は驚きと少しの嫌悪が混じったような顔で荷台に座るロナンを凝視した。


「通過するだけだよ、そう警戒しないでくれ」


 荷台から降りたロナンが、穏やかな微笑を浮かべる。


「通過するだけ……いや、申し訳ありませんが、そういう訳には……」


 ロナンと門兵が話している間に、別の門兵がひとりその場を離れた。

 ロナンと話していた門兵も、荷馬車をどこかへ通そうとしたが、ロナンは穏やかな態度のまま頑として応じない。


「通過するだけだからどこかへ行く気はない。旅の予定を変える気もないから話なら手短に頼むよ」


 亜里沙はロナンを見た。その穏やかな横顔とは不釣り合いな圧を感じて驚く。

 極めつけに「組合長をここに呼ぶといい」と微笑むロナンは恐ろしささえ感じる。


 とうとう門兵は黙ってしまい、気まずい沈黙が辺りを包んだ。門兵から最も離れているベンがふうっとため息をつくと街道の後ろを確認する。


「往来が少なくて幸いでしたね」


 近くに立つキーランに声をかける。キーランはああ、と短く答えていた。


 どこかへ行っていた門兵が一度戻って来た。

 残っていた方と何やら耳打ち話を交わしていたが、「早くしてくれ」とロナンが微笑みかけると、焦ったようにまた走り去る。



 しばらく待たされた後。


「マクベルド伯爵」


 顔も体も厳つい大男が現れた。


 そこそこ高そうな服を着ているが、亜里沙の目にはその服は窮屈そうに見えた。筋肉のせいだろうか。

 “親方”と呼ばれるのが似合いそうなその中年の男は、顔があからさまにロナンを嫌いだと言っている。

 その男から一歩下がって、ボサボサの茶髪とそばかすが目立つ若い男が不安げにこちらを見る。

 ロナンよりは年上に見えるが、気の弱そうな態度から頼りなげな印象だ。


 亜里沙はどちらの男とも一瞬目が合ったが、一方からは睨まれ、一方からは驚かれた。

 厳つい男が引き連れて来た数人の兵は、どこか庶民のような装いで、厳つい男を守るというより遠巻きに出来始めた人だかりを払う事に躍起になる。あまり意味は無さそうだったが。



「無礼だな、エストラン」


 開口一番のロナンの言葉にエストランと呼ばれた親方風の男が思い切り顔を歪めた。


「無礼なのはそちらだろう。客の分際で主人を玄関口に呼び付けるとは」


「おや? ホストがゲストを出迎えるのは最低限の礼儀では?」


 亜里沙には街の偉い人物が通行客を出迎えるのが正解なのかは分からなかったが、エストランは平静ではないようだ。

 暗に礼儀がなってないと指摘されたと思ったのか、エストランの顔が上気する。対してロナンは穏やかな表情が崩れない。


「それで、用件は?」


「……フロースの件だ」


「またその話ですか? 一体どうしたら納得してくれるんでしょうね」


「納得する理由がどこにあるんだ? お前たちナイグラードの商人ギルドの独占を我々がいつまでも許しておくとでも?」


 黙したまま表情を変えないロナンに、エストランは舌打ちした。


「フロースについては何代も前から幾度もの話し合いを経てお互いの領分を決めたはずだ。それから一度だって我々はその取り決めに反した事はないぞ!」


「なるほど、私が一方的にその約束を破ったと考えているわけだ」


「少なくともお前の父親はまだ友好的だったからな」


 一度目線を落として思案した後、再びエストランを見たロナンは平然と言った。


「それで、それの何が問題なんです?」


「なっ……何だと……!?」


「国王陛下もこれに関しては介入しないと仰せです。我々はフロースの代替品をきちんと提示したし、取り引きにも配慮した。補填は充分にしたはずですが」


 うっと短い唸り声。

 エストランの側に控える男性の表情はとても申し訳なさそうだ。


「他のギルドも我々の意向に従っている。つまり、いつまでも子供みたいに駄々をこねているのは貴方だけですよ、組合長」


「この……守銭奴が……!」


「お互い様でしょう」


「俺は違う! 俺は組合の皆の権利と立場を守りたいだけだ! 俺たちの手が生み出した黄金を横から掠め取って行くくせに、そんな盗人どもが議会を牛耳って俺たちの自治を邪魔しているんだぞ!」


 エストランがそう怒鳴ると、ロナンは表情はそのままに、小さくため息をついた。


「まあ、本音はそれだよな」


「何っ? 今なんと……」


「いいでしょう。近いうちにナイグラードで席を設けます。貴方がこの街の()()()()になる方法について話し合おうじゃありませんか」


「俺にわざわざ出向けというのか!?」


「それが筋でしょう。私がわざわざ下手に出る理由がありませんし」


 沈黙が訪れた。

 用件は終わりだとばかりにルイに荷馬車を出すよう指示するロナンに歯噛みしたエストランは、ふいに亜里沙を見つめた。


「まだだ」


 ロナンがエストランを横目に見やる。


「来訪者だな? その女を置いていけ。そうすれば通してやる」


「へっ……?」


 突然騒ぎの中心に引き摺り出されて間の抜けた声が出る。


 訳が分からずついロナンを振り向いた亜里沙は肝を冷やした。ここに来て初めてロナンの表情が崩れた。穏やかさは鳴りをひそめ、軽蔑を含んだ冷たいものに変わる。


「来訪者がもうじき現れると西の聖王のお告げがあったな。確か二ヶ月前だ。さすが権力に溺れ金に汚いギルドマスター、自分が来訪者を迎え入れたと印象付ける為にこうして入念に準備をしていたわけだ」


 そうはさせるか、と言いたげなエストラン。

 ロナンの“遠征”がこの短期間で二度目である事を指摘するこの男に、さすがにルイが「ちょっと」と、不満の声を上げかけた時だった。


 いつの間にか馬車の側を通り過ぎたキーランが、亜里沙とエストランの間に立ち塞がるように前に出た。


 亜里沙の位置からでも、エストランが息を呑んだのが分かった。


「王命を受けて僕がアリサを迎えに行った。ロナンを付き合わせたのはギルドの視察を装うため。そうしたのは、陛下が騒ぎになる事を危惧したからだ」


 聖王が間違う事もあっただろ、とキーランが言うが、エストランは返事も出来ない様子だ。

 亜里沙の後ろではベンが困惑気味に「ええー?」と小さく声を上げる。振り返って亜里沙を見るルイの表情も困惑していた。

 どうやら二人はそんな事とは知らなかったらしい。亜里沙も知らなかった。


「それで」


 何も言えないエストランに、キーランが淡々と言葉を投げかける。


「通さないのか? それとも王命に逆らうという意思表示か?」



 こうして一行はアウルマルクを通過した。

 亜里沙にとって初めての都市の思い出は苦いものとなってしまった。

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