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復讐編23 決着の果てに

 都市統治機構本庁内部、エントランスホール。

 楽にCMD同士の模擬戦を演じられるほど広い造りとなっている。

 ただでさえ不必要に巨大なスペースを有しているのだが、ジャック・フェインが乱入する際にさんざん破壊したこともあり、元の広さがどれほどのものだったかはすでにわからなくなっていた。

 機体を制止させたサイは、コックピットハッチを開けて身を乗り出した。

 彼の正面、やや大きく間合いをとった位置に――WSSがいる。

 そのコックピットでは、やはりウィグが同じことをしている。彼はサイの姿を目にするや、白い歯を見せて笑顔をつくった。

「やっと、来てくれたなぁ。フラれたかと思ったよ。この前はしつこくしちゃったからな」

 対して、無愛想な表情のサイは

「……よう。来てやったぜ」

「我が儘を聞いてもらって、すまなかった。やっと、一対一になれたな。今なら、どこからも邪魔は入らない」

「まだ、一対一じゃねェよ。あんたの部下が、都市機構のお偉いさんを人質にとってるだろうが」

「ああ、それなら心配はない。――今頃、解放されている筈だ」

「はぁ? あんたんところの組織、死なばもろとも、がモットーじゃなかったのかね?」

 殺人集団の片割れが何を言う、と言わんばかりなサイの言い方に、ウィグは苦笑して

「我が同志には国外へ逃げるように指示をしてある。今残っているのは、この州で募ったテリエラとかいう末端組織の者達ばかりだ。根性が据わっていない連中だよ。何かあったら、投降するように指示しておいた。だから今頃は――な。それに、無駄に汚い血など見たくもない。カルメスなどというあんな男は、殺すにも値しないよ」

 カルメスという男を直に見たことのあるサイは、それには頷かざるを得ない。

「同感だ。俺でも、そう思う」

「ご理解いただけて、ありがたく思うよ」

「だが……」

 サイはウィグの言葉に引っかかっていた。「どうもわからんな。それがアミュード・チェインの自己犠牲ってヤツなのかね。まさか今回の一件、最初から、あんただけだったのか?」

「いや、いたさ。我が同志が。しかしさっき、海向こうへと帰るように指示した」

「さっき? なんで?」

「……このファー・レイメンティルには、君のようなドライバーと、そしてその仲間達がいる。そういう連帯意識の強固な奴らを相手にしたところで、障害が大きすぎる。我々の理想は果たせない。だから、俺一人が残った。わが同志には、他に活動すべき場所がある」

 心情としてわからなくはなかったが、単なる建前に過ぎないのではないかという気がした。

 心の奥底では、リファへの償いのため――それが本当の理由なのではあるまいか。

 あれだけウィグを恋い慕って止まない彼女を、このあとも生き別れ同然にしたまま捨て置くとは考えにくい。彼女に想いを断ち切らせ、かつウィグ自身が自分の行為の全てにケリをつけることができる方法となれば――選択肢など、幾つもないに決まっている。

 さもなくば、自分以外のメンバーを逃がしたりする筈がない。

 この状況をどういう角度から考えてみても、ウィグが自分のために最後のステージを整えたという見方にしかならないのだ。

「あんた……寂しい人だな」

 サイの言葉に、ウィグはふと哀しげな笑みを見せて

「そうかも知れん。今となっては、もはやどうにもなるまいが」

「……自分でそう決めちまうのかよ。道は、一つだって決め込むからだろう」

 ウィグは自分の信念に殉じる覚悟を口にした。

 しかし、サイはその言葉通りには受け取れなかった。

「で? 四年前の手前の何もかもに決着をつけるために、こんな騒ぎを起こしたってのかい?」

「……そうといえばそうなるが、違うといえば違う」

 やっぱりか、サイは思った。

 かといって、自分の説得などでは彼が翻意する筈などないと思っているから

「ま、あんたの信念云々、知ったことじゃねぇ。うちらにとっては、タダのクソ迷惑さ。……だけど、わざわざのご指名とあっちゃ、こっちも引っこんだら格落ちするってモンさ。――だから、来てやったよ。この通り」

「感謝する。四年前の連中も君のようだったら、こんなことにはなってなかったんだがな」

「治安維持機構が、だろ? ――あんたが意味深な言葉を残すから、俺は俺で調べたさ。だから今回、あんたをはじめジャック・フェインは真っ先に治安維持機構をぶっ潰して、かつこの州の都市統治機構を襲った。確かに、この都市の役人どもは汚い真似をしたとは思う。だけど、だからといってあんた達が正しいことをしたとは思えないね。……俺達のような貧乏庶民は金持ち役人の気持ちなんざさらさらわからんが、あんたらテロリストの考えだってさっぱりわからんよ。今回のことだって、馬鹿げた暴力くらいにしか思っていないさ」

「ほう……。なら、多くは語るまい。四年前の件は君が知り得た事実に相違ないと思うが、俺達だって好きでこんなことをやった訳じゃないぜ? ――でも、こうする以外になかった。平気で相手の背中を刺すような奴らは、いつか自分が後ろから刺されるんだって、思い知らせる必要があったんだよ」

 気分としては、ウィグの言い分がわからなくもないサイ。

 彼とて、都市統治機構の貧困層民切捨て施策のためにさんざん苦しい思いをしながら生きてこなければならなかったからだ。

 しかし――暴力で全てが解決できるなら、何も苦労は要らないではないか。

「だからって、どうしてこんなことにならなくちゃいけなかったんだ? ……いや、動機はもうどうでもいい。それよか、今頃になってあんた達が報復なんぞにうって出るから、ようやく何もかも忘れようとしていたリファさんは――」

「……乗ってくれ。あんまり、時間もないようだ」

 あまりリファのことには触れられたくなかったのかも知れない。

 まだ喋っているサイを黙らせるように、ウィグはそう促してきた。

「……」

 二人はそれぞれ、コックピットに身を沈めた。

 もはや、言葉ではどうにもならない。

 ドライバー同士、CMDで決着をつけるより他はないのだ。

 ステータスモニタに一瞥をくれて機体の状態を確認したサイは、タッチパネルの駆動モードメニュー欄に表示されている「始動」キーに触れた。

 下部ハッチが閉まり、後れて上部ハッチが閉じる。

 同時に、目の前にメインモニタが自動で下りてきて、パッと点くなりメインカメラが捉えている前方の光景を高画質で映し出した。

 すっくと佇立しているWSSは、あたかもサイの準備が整うのを待っているかのようである。

 MDP-0のシステムを起動させたサイは、機体を立たせた。

 対峙しているWSSは、ガシャンと右腕の装甲部分が跳ね上がり、下から機関銃が現れた。

『格闘では、どうも分がない。ハンディをつけさせてもらったよ』

 無線通話は不可能だから、外部音声でことわりを入れてきたウィグ。

 向けられた者にとっては大いなる脅威である筈の機関銃を目にしても、サイはその表情を変えない。

 フッと短く息をつくと、彼もまた外部音声のスイッチをオンにした。

「……なってねぇよ」

『なってないって、何がだ?』

「あんたの覚悟ってヤツさ」

 言いながら、サイはコンソールのキーを数回叩いた。

 機体全体がキュウゥンと唸りを上げ、数秒してサブモニターに「Now System Limit Unrock」の文字が浮かび上がった。

 MDP-0に課せられていた、全ての制約は解除したのである。

 正真正銘、機体の性能は全開となった。機体稼動部の負荷耐性値がリセットされた以上、彼の指示は割引なしの百パーセント、機体に伝達されることになる。同時に、いつ稼動限界を迎えるかも知れないというリスクを背負いながら。

 しかし、サイは些かも疑ってはいない。

 この最新の技術と素材を駆使して完成された、MDP-0という最高の相棒を。

「……機関銃でも何でも、好きに使え。前にお前が言っていた『ドライバーの哲学』ってヤツを今、見せてやるよ」

「……来い」

 一瞬の気合いが、見えない火花となって散った途端である。

 ガガガガガッとWSSの機関銃が火を噴いた。

 が、その時にはもう、MDP-0はそこにいない。宙を裂いた無数の銃弾が、背後のコンクリートを激しく抉っていった。

 初弾こそ回避したものの、動けるフィールドは制限されている。建物の中なのである。

 素晴らしい運動性能で前後左右へ自在に動き回るMDP-0の後を、切れ間なく発射される機関銃弾の群れが追いかけていく。

 メインモニターとサブモニターの間を、忙しく目線を動かしながら、サイは相手に接近するタイミングをはかっている。

 センサーと連動しているコンピューターは、MCOSSという負荷を外しているだけに、処理が驚異的に早い。機関銃口の向きをロックオンしてその弾道を計測し、サブモニターに表示するという早業をやってのけていた。それをいちいち確認するサイの方が大変である。

 そして、リミッターが外れたMDP-0の稼動速度は、彼の予測を軽く超えていた。

 うっかり気を抜こうものなら、機体が制御を外れて壁にでも突っ込んでしまいそうになる。

(まだだ……まだ、待てよ。タイミングは必ず巡ってくるからな)

 一方、機関銃の嵐を起こしつつも、一発たりとも相手に影響しないという現実に

「何という動きだ……。あの機体を乗りこなしているというのか!?」

 WSSのコックピットで、ウィグは呻いた。

 が、彼は悟っている。

 MDP-0は、負荷耐性リミッターを解除したのだと。

 時間が経過すれば、やがて自滅していくことは間違いない。

 しかしながら――WSSもまた、銃弾を無限に搭載しているという訳でもないのだ。

(我慢比べ、かい。あいつ、俺の性格を見抜いてきやがったな……)



 やや膠着していた事態が破られたのは、突入開始から三十分余り経った頃であった。

「――都市統治機構本庁より緊急通信です! 上層階占拠中のテロリスト工作員より、投降する旨連絡がありました! 」

 特殊無線装置で前線部隊からの報告を受けていた警察機構職員が、振り向きざま叫んだ。

 あたりに緊張がはしった。

「それで、状況は!?」

「状況ですが――人質は全員無事の模様! 工作員より申告ありました!」

「投降だと!? そんなバカな話があるか! 奴らはあのジャック・フェインだぞ!」

 信じられない、といった様子の警察機構職員達。

 が、通信担当者の報告には続きがあった。

「待ってください! ……工作員はテリエラを名乗っています! 連絡によると、ジャック・フェインの人間は下の階に一人いるだけだと」

「何故そういうことになる? 残りのジャック・フェインはどうしたんだ!?」

「……Star-lineの突入とほぼ時を同じくして、逃走に及んだようです。経路は不明!」

「何ィ!? 逃げただと! ここまで追い詰めたというのに!」

 近くでそのやりとりを聞いていたサラ。

 そういえば、と思い出した。

 ジャック・フェインの連中は地下高速軌道交通の遺構を巧みに利用して各都市機構施設への襲撃を敢行したのではなかったか。

 すかさず叫んでいた。

「――地下です、地下! 地下高速軌道交通の工事坑をすぐに封鎖してください! ジャック・フェインはそこから出入りしていたんです!」

 が、故障が出た。

 すかさずショーコが振り返り

「駄目よ、サラ! 本庁下層は今、サイ君が交戦中なんだから! 特殊部隊は庁内に突入できないわ!」

「だったら裏口よ! サイ君は正面から突入したんだから、裏口からなら――」

「そうもいかないのよ。耐衝撃強度を上回る量の爆薬が下層階に仕掛けられているんだもの、迂闊に生身の人間を飛び込ませるわけにはいかないわ! A地区の二の舞になるわよ!」

 あとちょっとだというのに――悔しさの余り、サラは唇を噛んでいた。

 その時である。

「……あれ! あれを見てください!」

 警察機構職員の一人が、上空を指して叫んだ。

 都市統治機構本庁屋上から、二機のヘリが飛び立つのが見えた。

「そうか! 奴ら、州全土封鎖令に伴う飛行制限を逆手にとっていたというのか! 地下に目を向けさせておいて、まんまと空から逃げやがった……」

 警察機構の人間は地団太を踏んだが、特殊部隊の指揮官は諦めていなかったらしく

「おい! 国軍空団に至急要請を! 戦闘機をスクランブル発進させて、あれを撃墜させるんだ!」

 叫んだ。

 だが、警察機構本庁からやってきていた副総監がそれを制止し

「待て! こちらから攻撃など仕掛けたら、統治機構本庁を遠隔操作で爆破されないとも限らん! まずは何よりも、人質の安全を確保するんだ! いいな!?」

 彼はふと、傍らで呆然としているサラに笑い掛け

「……空へ逃げたところで、どうせ足取りはつかめるんです。それに向かう先は海向こうでしょうからな。放っておいても降りる位置は特定できるというものです」

 アミュード・チェインの武装勢力が展開されている地域であろう。

 サラには、副総監の言葉裏が理解できていた。

 逃走中のジャック・フェインを撃墜などすれば、リン・ゼール本体が黙ってはいない。一大決心をしてその挙に及ぶとしても、海向こうに到達した時点でカイレル・ヴァーレン共和国の空団が手を下せば、ヴィルフェイト合衆国としてはリン・ゼールから恨まれる何物もないのだ。要するに、これ以上火中に手を突っ込むことは止そうという判断であるらしい。

「……」

 複雑な思いで遠ざかっていくヘリを見つめているサラ。

 それというのは結局――穿った見方をするならば、ヴィルフェイト合衆国としてはジャック・フェインに翻弄されっぱなしで終わるということになりはすまいか。

 否、たった一つだけ、そうならずに済む可能性が残されている。

(頼んだわよ、サイ君。どうか、ウィグ・ベーズマンに打ち勝って頂戴……)  



 不幸にも、逸れた銃弾が額のあたりに備えられているサポートカメラに突き刺さった。

「Head FC damaged - No Conect」

 機関銃の弾道が計測不能になった。

 しかし、サイはそもそも計算済みであった。

 そのために――可能な限り超強化シールドを庇い続けてきたのである。

 そろそろ、WSSの腕部もくたびれてきている筈である。仕込み武装というのは、相手の不意を衝くには申し分ない。しかし、継続して使用できるほどの強度などは備えていないのである。

 銃撃を受けながらも攻撃を仕掛けなかったのは、それをじっと待っていたからであった。前にStar-line本部舎で襲撃を受けた際、ウィグは機体に銃器を使用させた。今回もそうなるであろうと、サイは予測していたのである。恐らくウィグは――MDP-0の機体性能とサイの腕を恐れ、まともな格闘戦には持ち込みたがらないであろうと思っていた。ベテランのCMD乗りだけに、自分の得手不得手を心得ていればこそ、無謀な格闘戦などは本能的に避けようとするであろう、と。

(……弾道がふやけてきているな。そろそろ、か。こっちも長くは保たない)

 一瞬腹に力を込めると、サイは一気にフットペダルを踏み込んだ。

 途端に、繰り出される機関銃に向かって突進するMDP-0。

 左腕に装着されたシールドが、銃弾の嵐からボディをブロックしている。

「バカな! そんな真似を――」

 絶え間なく撃ち出される弾丸が劣化したシールドの一部を弾き飛ばし、頭部センサーの片方をえぐり取ったが、サイは動じない。

 反れ弾らしいが、ボディにも命中がある。衝撃がきた。

 このまま続けば耐衝撃緩衝シートを貫き、機体に深刻なダメージを与えるであろうが――既にサイは間合いを詰め切っていた。腕をひと伸ばしさえすれば、WSSに十分届く。僅かの躊躇いすらなく一直線に突き進んだ結果であろう。

「言っただろ? 銃器なんかに頼るなって」

 怯んだWSSの隙を衝き、繰り出した右手が左肘から下をもぎ取った。

 それを無造作に放り投げ、サッと相手の方を向くMDP-0。

 恐るべきサイの執念を感じ取り、ウィグは初めて背筋に冷たいものを感じた。

「お前、自分のやっていることがわかっているのか!? 銃弾に向かって突っ込むなど――」

 WSSは残った右手で背部から震刃ナイフを抜き取るや、MDP-0に向けて突き出した。

 しかし、その動きをすでにサイは見切っている。

「動揺しまくっているあんたにゃ無理だろうさ。俺は何がなんでもあんたを止める。だから機関銃くらいでじたばたしねぇよ。―それに」

 振り抜かれた震刃ナイフをすれすれに回避しつつ、その右腕をつかみ止めたMDP-0。

「何が覚悟だ、バカ野郎。……覚悟キメたとか抜かしてる人間が」

 WSSの右腕を破砕するが、肩口に仕込まれた機関銃が火を噴いていた。

 至近距離だけに銃弾の直撃を受けてしまったらしく、MDP-0の右腕関節部に動作支障が生じた。

 それでもサイは一向に気にする風もなく

「中途半端に他人に愛情なんか振りまくなっての!」

 素早く機体を回避させると、左手で機関砲を粉砕した。

「まだだ! まだ負けてはいないぞ!」

 WSSの左肩パーツが跳ね上がり、単発式の銃火器が現れた。

 それがどういう銃なのか、サイにはよく見えていない。が、そういう気配だけは十分に察知している。

 振り向けられた銃口が火を噴くのと、MDP-0が素早く左手を差し向けるのと、ほとんど同時であった。

 ガアァン、と銃声が鳴り響き――薄れていく硝煙の中で、MDP-0の先手部強化装甲がパラパラと砕け散っていた。

 が、その瞬間、装甲と引き替えに、MDP-0は絶対優勢を握った。

 WSSの左肩部を力任せに引き千切りつつ、機体をスライドさせて懐へと飛び込んでいく。両腕はじめあらゆる武装を失ったWSSは、もはや格闘戦はおろかMDP-0の攻撃に応じられる筈がなかった。

「何ィ!?」

「……だから言ってんだよ。最後は機体とドライバーの信頼関係なのさ」

 WSSの喉元をつかむや否や、一気に前進をかけていく。MDP-0は並みのパワーではない。その状態で全速をかけられてしまえば、もはや逃れる術はなかった。

 勝負はあった。

「血迷ったか! この建物には、同志が仕掛けた爆薬が――」

「やかましい。覚悟ってのはなぁ」

 ドッ――

 躊躇なく、柱にWSSを背中から叩き付けた。

 一瞬おいて、たちまち爆発が起こる。もつれあった二機は爆炎に包まれた。

 それでも退こうとはしないサイ。

「――何があろうと、後ろを振り返らないのが覚悟ってモンだろう?」

「な、ならば、お前には……その覚悟があると、いうのか?」

「ねぇよ、そんなものは」

 柱に仕込まれた爆薬が、次々と誘爆していく。

 衝撃でコックピットが激しく揺れた。

「……死んでもいいなんて、くっだらない覚悟がないから、本気でナナのことが好きになれるんだ! 一緒にいられんだよ!」

 爆薬は連動式に設置されていたらしく、空間のあちこちで爆発が始まった。

 もはや、爆炎やら煙で、メインカメラの視界は失われている。

 爆破の振動で建物が大きく揺れ、天井や壁からコンクリート片が次々と落下し始めた。

 電装部に著しい損害を受けたWSS。ショートによって電流がケーブルを伝わって逆流し、コックピット内部で爆発が起こった。

「うわぁっ!!」

 爆発によってコックピットコンソールが飛び散った。

 その破片を身体中に受け、たちまち左腕から胸、脇腹を赤く染めたウィグ。

「ぐぅ……やはり……こうなる運命だったんだな……」

 苦痛に顔を歪めつつも、口元には自嘲的な笑みが浮かんでいる。

 背部に爆発の直撃をくったWSS。もはや稼働不能に陥っていた。両肩や頭部が吹き飛び、それでも頑丈な装甲を鎧っているコックピットブロックだけは辛うじて持ちこたえているようであった。WSSを盾にしているとはいえ、MDP-0もダメージが深く、動作しない箇所がある。強度を失いつつあるこのビルの中にいれば、いずれ生き埋めになるであろう。

 顔を上げたウィグは、立ち籠める埃の中に、なおもその場に踏み留まっているMDP-0の姿を見た。

 一向に退避しようとしない。

 多少破損しつつも原型が維持されているMDP-0の頭部。その目にあたる部分、メインカメラがじっとウィグの方を冷たく見つめていた。

「おい、聞こえているか……? 何故、逃げない? このままでは……お前も、死ぬんだぜ?」

『……死なねェよ、俺は』

「強がるなよ、逃げろ。このまま、俺に付き合っていたら、本当に、命は……ないぞ」

『あんたを捨てて逃げられるモンかよ。独りで逃げ帰ったりしたら、リファさんに合わせる顔がねェ』

 スピーカーから響くサイの声はどこまでも冷静だった。

 サイはナナの直感を僅かも疑っていない。

(大丈夫。絶対に、サイは負けないから。必ず、あたしの元へ帰ってくるわ――)

 ふと、彼女の言葉が脳裏を過ぎっていった。

 程なく、天井が一気に崩落し、無数のコンクリート片が二機を呑み込んでいった。



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