復讐編22 VSジャック・フェイン
それより少し前、M地区・ファー・レイメンティル州都市統治機構本庁前。
その前を走っている大通りに面した位置に、警察機構の前線対策本部は置かれていた。
が、本庁舎まではだだっ広い前庭を通っていかねばならず、そういう意味ではかなりの距離がある。高齢の市民に評判が悪いというのも、頷けるものがあった。
道路を封鎖していた職員の一人が、本部へと駆け込んで来た。
「来ました! Star-lineです! STRも一緒です!」
「来たか!」
報告を受けて、本部にいた人間達は皆一様に生気を取り戻していた。
州のシンボルともいうべき都市統治機構本庁があっけなくテロリスト達に占拠を許してから数夜。事態は膠着し続けていた。国軍はじめ治安維持機構部隊が接近すれば人質は殺害すると声明が出されていたからである。相手は世界中を震え上がらせている凶悪テロ組織、ジャック・フェイン。殺すと宣言した以上、約束を違えれば確実に人質の命はない。
しかし、彼等は声明の中に、妙な一条を入れていた。
Star-lineとの堂々たる決着を望む、という例の要求である。
誰しも「なぜStar-lineが?」という疑問を抱いたが、マスコミがそれ自体を大きく取り上げて追及するような動きはなかった。軽々しく騒ぎ立てることのないよう、ヘーゼルがマスコミに対して内々に手を回していたからである。
さらにいうならば、要求通りStar-lineが真っ向から殴り込みをかけてジャック・フェインを力でねじ伏せる以外に事態を打開する術が皆無であることは、誰の目にも明らかであった。Star-lineが相手をする限りにおいては人質に手を出さないと、ジャック・フェインは暗にほのめかしているからである。上手くいけば犠牲者を出すことなく彼等を撤退に追い込める。
しかし、あるまじき事態ではあるが、万が一Star-lineがジャック・フェインに沈められた場合――都市統治政府そのものがテロ組織に屈したという構図が成立し、各地に点在しているテロ組織は一斉に蜂起するであろう。そうなれば、国家の威信が地に堕ちるだけでなく、国内に収集のつかない混乱を招くことになる。もはや、統治機構組織の誰もがStar-lineの勝利を祈りたい気持ちになっていた。
ほどなく、流れ星を模したマークの入った特殊装甲車二台、それに大型トレーラー二台が猛スピードで走りこんできて、本部の傍で急停止した。
停まったとも思えないタイミングで装甲車から飛び降りたショーコは、レシーバーのマイクを口元に持っていくと
「ファースト、セカンド共に機体を起こして! シェフィちゃんは東側へ回りこんで! サイ君は南側正面にて配置完了を待つこと! DX-2が配置につき次第、突入を開始するわよ! いい!?」
口早に指示を下しながら、本部へと歩み寄っていく。
詰め掛けていた警察機構の上長達は驚いた。
突然、制服の胸元を乱暴に開けっ広げた若い女性がやってきたと思いきや、何の打ち合わせもせずに配置の指示を下しているからである。
ショーコは居並ぶ警察機構職員達の方を向くと
「はいはい、お待たせしました! Star-lineですよ! 状況はあらかた聞いてます。何か変更がありましたら、今のうちにどーぞ! さっさとケリつけちゃいますから」
「ショーコったら! 警察機構本庁の方なのよ? 敬礼の一つもしたらどうなの!」
後からやってきたサラは不行儀な彼女を嗜めつつ
「ど、どうもすみません。Star-line隊長、サラ・フレイザです。よろしくお願いいたします!」
敬礼した。
それに対し、警察機構の職員達も敬礼を返そうとしたが、ショーコは構わずにずけずけと乗り込んでいき
「ちょーっち、これの電源と周辺地理データもらうわよ! ……あ、あと広域ももらっとくかな? どこにあるの? これにつなげて!」
「は、はい!」
そんな具合に、これという打ち合わせもすることなく前線対策本部に紛れこんでしまった。
「やだ、もう……。それだけはやめてって言ったのに!」
顔に手を当ててがっくりしているサラ。
その背後に、ぬっと巨大な影がさした。
『ショーコさーん! 足許、大丈夫っすかねぇ? ずいぶん綺麗に舗装されてますけど、センサーが試算した強度だと、こいつの自重を支えられなさそうですよ?』
サイのMDP-0である。
通常であれば危険を避けるため、進路上にある車両や人間をどかしてから起動させるものだが、サイはお構いなしに動かしてしまっている。緊急事態だからいいものの、これが通常の出動なら即刻苦情になったであろう。ショーコのいい加減さが、すっかり伝染してしまっている。
「ああ、んなものいい、いい! どーせ税金使ってんだもの、舗装路面を割り込んだところで誰も文句言わないわよ」
『オッケーです! じゃ、遠慮なく』
ズン、とMDP-0が一歩踏み出した途端、歩道を敷き詰めていた美しいタイルがバリバリと音を立てて割れていった。周囲にいる警察機構職員達やマスコミの人々は、それを呆然と眺めている。
言いたい放題やりたい放題。
「ず、ずいぶん手際がよろしいですな……」
警察機構の上官が戸惑ったような顔で言った。
「は、はぁ……。恐れ入ります……」
サラは泣きたくなった。
そこへ、STRの部隊も次々とやってきて、たちまち本庁前庭へと通じている大きな道の脇に展開した。中央が開けられているが、それは事前に打ち合わされた事柄である。真ん中はサイの乗るMDP-0が通って行く。
「あと五分ほどで、東側と西側の部隊も配置を完了します。ジャック・フェイン殲滅作戦、七分後の開始ということでよろしいでしょうか?」
STRの指揮官がサラに確認した。
「え、ええ、こちらは……。ですが、警察機構との打ち合わせは……?」
「あらかじめ、作戦の概要は伝達してあります。今回の全ては我々STR・Star-line協同部隊に一任されてありますから、問題ないでしょう。何はともあれ、突入するのは警察機構ではなくて我々ですから!」
かなり年若い指揮官である。
以前何度か見かけたあの老練な指揮官はどこへ行ったのだろう。
ともかくも、作戦の立案をSTRに一任している以上、Star-lineとしてはそれに乗っかっていればよい。賊のCMDが襲ってきたら、その時は前面に出て行って守ってやらねばならないが。
そうして、前線対策本部で警察機構側と最後の確認をとっていると
『STR本部より各隊ならびにStar-lineへ! 本部警戒班、第二、三、四、六突撃班、第一、二、五狙撃班、展開を完了しました! 以降、前線をStar-lineに委託します! 各隊、賊CMDに十分警戒のうえ、Star-line機と協同して前線を進められたい! 以上!』
開放無線が入った。
素晴らしく手際が良い。
「いやはや……驚きましたな。到着から十分も経っていないというのに……」
警察機構の上官は嘆息している。
それを聞いたショーコは淡々と
「ま、今日の出動要請までさんざん待たされましたからね。用意周到にしていただけのことです」
言いながら、ちらとサラの方を見た。
ゆっくりと頷いたサラ。
するとショーコはすうっと大きく一つ息を吸い込むや
「よっしゃ! 突入を許可します! 何の遠慮も要らないわ! 暴れまくってきなさい! STRのおにーさん達だけ潰さないようにね! いい男がもったいないから!」
ぶち上げた。
『了解しました! シェフィ・ヴィルレーア! DX-2、突入します!』
『了解っす。MDP-0はサイ・クラッセル、行ってきます。隊長にショーコさん、あとよろしくっ!』
前線対策本部の傍ではキュイィン、とモーターが短く唸る音が轟き、MDP-0が地を蹴って走り出していた。
――サイとシェフィは突入を開始した。
『――レヴォス、ちょっといいかな?』
イヤホンの向こうから、ウィグの声が届いた。
「ウィグさん! そちらはどうですか!? ついさっき、Star-lineが突入を開始したらしいです。MDP-0が相当猛威を振るっているらしくて、既に我が同志は――」
レヴォスは平常心を欠いている。
『まあまあ、落ち着けよ。かかって来いって挑発したのはこっちなんだからさ。――それよか、俺の話を聞いてくれよ』
可笑しみを含んでいたウィグの声のトーンが、急に落ちた。
『レヴォス、今すぐそこを脱出しろ。テリエラの連中には、降伏するように指示してくれ』
「は!? 今、何と……?」
殺気立っている時である。
レヴォスの口調は明らかにキレかかっていた。
が、ウィグの調子はどこまでも冷静である。宥めるように穏やかな声で
『思い出してほしい。我々の目的は、この都市の破壊じゃない。四年前の同志の苦しみを、都市統治機構の連中に思い知らせてやるためだった筈だ。すでに国家機構は事実関係を公にした。都市統治機構も治安維持機構も、このあとはタダでは済まないだろう。――目的が達せられようとしている今、もはや君達はここに用はない。それよりも、警察機構以上に腕のいいSTRに突入されてみろ。犬死にするだけだ』
「しかし! 我々は故国を出る時すでに、そのことは覚悟してきたじゃありませんか! アミュード・チェインの同胞達のために、命は捧げるのだと。それをあなたは――」
『レヴォス、間違っている。死ぬだけがすべてじゃない。大事なことは、遺志を継ぐことだ。あたら有能な人材を喪ってばかりいては、我々はいつまで経っても目的を達することなどできない』
「……」
鬼気迫るウィグの語調に、圧倒されているレヴォス。
『頼む、レヴォス! こんな下らない連中のために、死ぬな! どうか生きて、俺と、四年前に斃れた同志達の思いを、つないでくれ! 生き残ることは、何よりも苦しいと思うが』
無線通話とはいえ、ここまで必死なウィグを、レヴォスは知らなかった。
「あなたは……ウィグさんは、どうなさるおつもりですか!? まさか、独り残って討ち死にしようなどと言い出したりしませんよね!?」
一瞬、沈黙がきた。
しかしすぐにウィグは
『……俺は、止せばいいのに、やっと平和に暮らし始めたリリアの前にわざわざ姿を晒すなんていう馬鹿を仕出かしちまった。結局、彼女の心をかき乱してしまっただけの最低な男さ。もしも、このまま迂闊に生き残ってしまえば、リリアは一生辛い気持ちを抱いたまま暮らしていかねばならなくなるだろう。心が直ぐで、純真な子だからね。彼女を愛し愛してもらった男として、それだけは避けねばならないんだよ。そのためにも、ここでケリをつけたいんだ。――頼む。どうかわかってくれ、レヴォス。頼むよ!』
哀しい男の叫びが、イヤホンの奥から痛みのように響いてきた。
「……」
重ねて頼み込まれてしまっては、返す言葉がない。
それから数秒、無言を続けたのち、
『レヴォス、君には本当に世話になったな。こんな俺だもの、えらく迷惑かけたよな』ちょっと区切ってから『……ケレナを、幸せにしてやれよ。俺の二の舞にはなるな。いいか?』
ウィグの声が届いた。どこまでも労るような、優しい口調であった。
レヴォスには、彼を引き止めることなどもはや出来はしなかった。
「ウィグさん……どうか、ご無事で……」
そう告げるのがやっとであった。
『ああ、ありがとよ。……じゃあな』
通信はそこで途絶えた。
「……」
涙があとからあとから溢れ出てきて、どうすることもできなかった。
(ウィグさん……)
下を向いて落涙している彼の様子に、覆面の工作員達は怪訝に思った。
「ツー、どうかしましたか?」
ケレナが近寄ってきた。レヴォスは慌ててそっぽを向き
「いや、何でもない。それより、重要な指示がある。このフロアにいる全員、集まってくれ」
こぶしで涙を拭き払った。
「わ、わかりました……」
顔を上げるとちょうど、目線の先にカルメスの姿があった。
「……」
つかつかと歩み寄っていくレヴォス。
椅子に縛り付けられているカルメスは、そのただならぬ様子に怯えた相をしている。
傍に立つと、いきなり額に機関銃を突きつけた。
「ツー!? そいつ、殺すんですか!?」
それには答えず、レヴォスは黙って見下ろしている。
殺す、という言葉に反応して「んー! んー!」と必死の相で叫んでいるカルメス。命乞いでもしているのであろう。恐怖のあまり目が飛びださんばかりに見開かれ、全身が細かく震えている。
いかに権力を握っている人間であろうと、自分の死の恐怖からは逃れることができない。
彼は我が身をもって、その様を体現しているようであった。
(情けない。こんな男に、我が同志達は――)
ややそのまま銃を擬していたが、つと離すや否や
「――貴様のようなヤツがいるから!」
力任せに右から左へ、腕を振り抜いた。鈍い音がして、頭が大きく左へ揺れた。
「んー!」
顔面を強打されたカルメスの、情けない悲鳴がフロアに響き渡った。
レヴォスの目に、またも涙が浮かんでいる。
突入開始から五分が経過した。
本庁前には数機のジャック・フェイン機が散開していたが、まさかサイが単独で突撃してくるとは予想もしていなかったらしい。
慌てたようにして銃火器を構え、めいめい発砲してきた。
が、撃ち出されてくる銃弾は一発としてMDP-0に影響しない。チュン、チュンッと軽い金属音をたてるだけで、片っ端から弾かれていく。
MDP-0の運動性能をもってしても、当然それらを避けきることは不可能である。機体にダメージを受けずに済んでいるのは耐衝撃緩衝シートのためなのだが――あたかも、リファの親友であるイリスの想いがこもっているからではないかと、サイはふとコックピットで思った。彼女の強い祈りがバリアとなって銃弾から自分を守ってくれているのではないか、そんな気がした。
どうか、どうか、リファのこと、よろしくお願いします――
そう言って、地に頭がつくくらいに礼をした彼女の姿が、忘れられない。
肉親ではなくても、想い人ではなくても、そうやって彼女を心の底から案じてくれている人がいる。
(そりゃあ、すっげぇ幸せなことなんだぜ?)
心で呟きながら、巧みにレバーを操作するサイ。
彼の意志が憑依したかのように、驚異的な速力をもって賊機へと突進していくMDP-0。
先のウィグとの一戦で負傷こそしたものの、機体はメーカーへ里帰りしたことでほぼ新品同様か、それ以上にリカバーされて戻ってきた。駆動部が格段に強化されているから、従来はオーバーアクションだった動作が難なくこなせるのである。
賊は銃火器を用いて攻撃してくるものの、サイはあたまから接近戦しか考慮していない。
その割り切りがあるゆえに、MDP-0の突進はまるで疾風のようである。ジャック・フェイン側にとっては脅威というよりも、ほとんど恐怖でしかなかった。気が付いた瞬間にはもう、間合いを奪われているのである。
『何だと!? こんな動きをするなんて――』
叫んだまま、賊機は腰部を貫かれて稼動停止していた。
左腕を突っ込んだままの状態で、すかさず賊機を持ち上げて右側へ持っていく。
間髪を容れずして、背部に数発の銃弾がめり込んでいた。
「悪く――思うなよ!」
銃撃が止んだ瞬間、MDP-0は空いた右手で賊機の頭部を引きちぎるや、全力でオーバースローした。
その先には、銃器を構えた別の賊機がいる。
『うわぁっ!!』
ひるんだ隙を、サイは見逃さない。
頭部を投げつけたのは、単に隙を作るためである。当たろうと当たるまいと、知ったことではない。
数秒後、その賊機は応戦する間もなく沈んでいた。
「エリアA、C、F、G、賊機停止の模様! 今なら、中央、左方から前線展開できます!」
画面を注視していたSTR隊員が、やや興奮気味に叫んだ。
「うっひゃー! さっすがサイさん! 六機いたヤツ、10分で沈めちゃった!」
ユイの歓声を聞いてどよめきが起こった。
信じられない、という風に顔を見合わせているSTR隊員や、周囲の人々。
「ちょい待ち! ――シェフィちゃん! BとEはどう!? 賊機は!?」
『あたし、一発だって、外してません!! あと二機ばかり――このおぉ!!』
ガアァン、と向こう側で銃声が轟いた。
すかさずショーコは顔をあげ
「オッケー! おにーさん方、展開どうぞ! 残りの賊機はうちの妹が食い止めてます!」
その言い方に、STRの指揮官はやや不思議そうにしたが、すぐに
「第二、三、四、六突撃班、第一、二、五狙撃班、直ちに前面へ! 都市統治機構本庁百メートル手前まで展開を開始しろ!!」
Star-lineとSTRの一糸乱れぬ迅速な行動で、たちまち前線が詰められていく。
「さすがですな、Star-lineは。マニュアル通りの動きしかできない治安維持機構部隊などとは比較の対象にもならない。感服するばかりです」
感に耐えない、といった面持ちで呟いた警察機構特殊部隊の指揮官。
ショーコは小型端末のディスプレイを注視したまま
「いえいえ……CMD稼働に関する小うるさい規則がないんで、やりやすいってのがあるでしょう。うちのドライバーは超優秀ですけど、彼等だって治安維持機構並みの制約をかけられたら、ああやって水を得た魚にはなれませんよ」
謙遜しつつも、さりげなく隊員自慢をしている彼女に、指揮官は
「はぁ……」
次に返す言葉が見つからないようであった。
二人の傍では、STRの指揮官がそのやり取りを聞いていたが
「しかし、大丈夫でしょうか?」
「はん? 何が?」
「我々の突撃班が前進したとして、賊機の正確な数は把握されていません。もし、賊のCMDが隠れているようなことがあれば――」
「ああ。そんなコトでしたら、ご心配なく」
背後を親指で指したショーコ。
いつやってきたのか、ミネアノス重工警備部のCMD部隊が、続々と到着していた。
「あそこの頑固社長、四年前の件で相当ご立腹ですの。今度こそやりかえしてやるって、二つ返事で」
ウインクして見せた。
D-ブレイク作戦で大損害を出した治安維持機構。
事後に会見を行った当時の都市統治機構は、その原因があたかも、治安維持機構部隊に配備されていたミネアノス重工製CMDにあるかのような発言をした。程なく、配備機が一斉にハドレッタ社製に一斉転換されてしまったのだが、ミネアノス重工の社長はそれを根に持っていたらしい。
ヴォルデからStar-line出動の一報を聞いた彼は、ミネアノスが誇る機動警備部隊もありったけ出張って手を貸す旨、申し出たのであった。
さすがにもう賊機はいないはずだが、もしいるとすれば――ミネアノス重工社長の積年の恨みを真っ向から叩きつけられるであろう。この会社もスティーレインとよく似ており、下っ端の社員に至るまで頑固一徹親父の社長を慕っている。社長の恨みは自分達の恨み、という訳である。
「よし!」
STRの指揮官が決断を下した。
「全隊員に告ぐ! これより我がSTR警戒部隊は本庁へ向けて前線を進める! 前庭、本庁を目視できる位置まで出るから、そのように覚悟されたい! なお、賊の不審な動きを発見した者は、直ちに報告せよ!」
えっ、という顔をした警察機構の職員達。
さらに本部を前へと出せば、万が一賊からの銃撃や奇襲を受けた場合に大きな損害を出しかねない。
しかし、ショーコはすでに携帯端末をレストランのウエイトレスよろしく担ぎ上げて
「オッケーです! さ、行きましょうか!」
私設警備会社の一隊員に過ぎない若い女性が自ら行くといっているのである。
国家保安組織たる警察機構としても、同調せざるを得ない。
時を措かずして、前線対策本部は一気に本庁がすぐ目の前に確認できる前庭のあたりまで詰められた。
本庁舎から銃撃でもされればひとたまりもないほどに、その位置は近い。
バラバラになった賊機のパーツが一面に累々と転がっている。
五体満足な機体は一機もない。
戦場そのものの悽愴な状況を呈している都市統治機構本庁前庭にはたった一機、MDP-0だけが無傷な姿で佇んでいる。
巨大な庁舎の方にカメラを向けると、丁度横っ腹に大きな風穴が開いている。
1階から3階くらいまでの大きさのそれは、明らかにCMDでぶち抜かれたものであった。
「この中だな、あいつは……」
サイは穴の傍までMDP-0を進めると、無線のスイッチを入れ
「サラ隊長、聞こえますか。サイです。A、C、F、Gエリアの賊機は停めました。これから、本庁内に突入します」
『ありがとう、サイ君。――じゃ、ちょっとだけ、いいかしら』
実は突入前、サラと内緒で打ち合わせておいたことがある。
本庁内部にこもっているウィグに、リファから呼びかけをする。もちろん、彼女が「うん」と言えばの話だが。
別に投降を促せという意味ではない。
サラやサイがリファにしてやれる、いわば最後の――思いやりである。
突入してしまえば、どうであれ全てが終わってしまう。リファとウィグ、二人の関係もまた、決して例外ではない。リファとてそのことを予感していたからこそ、この現場へ来る気になったのであろう。
「どうぞ。音声を外部スピーカーに切り替えますんで、周囲の報道機関にも聞こえるかも知れません。それだけは、了解してもらってください」
『了解よ。それじゃ――』
――都市統治機構本庁前庭、最前線にまで進出した前線対策本部。
多すぎる人数の中にいるサラは、つとレシーバーのマイクを握って集音を遮断し
「リファ、どうする? 彼に直接呼びかけるなら、これが最後のチャンスよ。サイ君と交戦状態に入ってしまえば、もう為す術はないわ」
「え……でも――」
「残酷なようだけど、迷っている時間はない。人質の体力も限界だし、ここで決着をつけなくちゃいつまでも都市に平和はやってこないのよ。ごめんねリファ、こんな悲しい判断を迫ったりして。それでも私は訊かなくちゃいけない。――どうする?」
リファは俯いたまま、少しの間というもの黙り込んでいた。
が、やがて――ふるふると首を横に振った。
悲しげな目で彼女を見つめているサラ。
「……いいのね? サイ君に、突入の許可を出すわよ?」
「……うん」
「もう、何があっても止められないわ。結果を受け止める覚悟は、よくって?」
念のため、サラはもう一度繰り返して訊いた。
「……」
返事がない。
もしかしたら、という何事かを微かに期待したが――彼女に返事を求めること自体、どだい無理だろうとサラは思った。
どこの世界に、愛する人を討つ承諾を出せる人間がいるだろうか。
だが、出すしかない――突入の命令――を。
放っておいても、円満な結末を望むことなど百パーセント不可能なのだ。例えこの後リファが悲しみのどん底に沈まなければならないとしても、Star-lineとしては手をこまねいて傍観している訳にはいかない。ケリをつけなければ、この都市の誰もが、将来へ向かって進むことができない。
意を決すると、サラはゆっくり立ち上がった。
「サイ君、聞こえる? リファからは、特に伝えることはないみたい。従って、本庁内部への突入を許可します」
『……いいんですか? 隊長』
一瞬サラはうっと詰まったが、それには答えずに
「都市統治機構本庁舎内部には爆薬が仕掛けられているといいますから、センサーの感度を最大限に上げて十分に注意してね。――それから」
『はい』
「……必ず、生きて戻るのよ? 相手は凄腕のドライバーだから、妙な気を使って油断なんかしないように。約束してね?」
母親のように諭しているサラに、思わず苦笑したサイ。
彼女はもはや、何よりも使命を優先している。今の言葉が、そのことを強く象徴していた。
『隊長。誰が反対しようとも、俺は全力でやりますよ。それが、リファさんやあいつのためですから。手抜きなんか、出来るモンじゃありませんよ』
「そう……。安心した」
無線機を握っている手に、ぐっと力がこもった。
自分の気持ちをしっかりと受け止めてくれている、サイの心が嬉しかった。
『んじゃ、通信切ります。この間に引き続いて申し訳ないですが、メーカー修理の手配、よろしく!』
プツッと音がして、回線が途絶えた。
(今日という今日は間違いなく本気ね。いつもは、機体のことを気にして乗っているのに)
本庁の内部へと消えていったMDP-0を遠くから見つめていたナナ。
傍らでは、リファが小さくなって俯いている。
ふと、その彼女に向かって
「……ねぇ。サイがあそこへ何をしにいったのか、わかってる?」
「……」
「伝えに行ったのよ、あの、ジャック・フェインのウィグって人に」
おそるおそる、ゆっくりと、リファはその顔を上げた。
「ウィグに……?」
「そう。同じドライバーとして誇りをもっているんだって、伝えるために。全力で、命を張ってね。――そこまでしてサイは、ウィグという人を認めているのよ。さもなくば、こんな危険な突入を引き受けたりなんかしない。それだけはわかって欲しいの」
「……」




