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復讐編21 回想

 銃弾やら爆破によって、あれだけ立派だった都市統治機構本庁ロビーは、見るも無惨な状況になっていた。

 その様子を、WSSのコックピットから独り眺めているウィグ。

 特にすることもなくなってしまった今、彼は暇さえあれば愛機と共にいるようにしていた。

 レヴォスやケレナはじめジャック・フェインの面々はそんな彼のことを訝しげに思っているようであったが、特にうるさく言う者はなかった。ウィグが根っからのドライバーゆえ、できればCMDに触っていたいのだと皆思っているらしい。

 それももっともであったが、彼の胸中誰にも明かしていない隠された思いがある。

 もしそのことが公になれば誰もかも黙っていないだろうから、ひたすら秘密にしておくよりなかったのだが――。しかし、いずれは明かさなければならない瞬間がくるに違いない。

 いつまでも、こうして巨大なビルに立て篭もっている訳にはいかない。どういう形であれ、決着をつけなければならないのだ。

 そのタイミングはいつ訪れるかわからない。

 だから、できる限りウィグは皆の傍から離れて独り愛機の傍にいるのである。

「あーあーあー、勿体ないねぇ。これもいずれ、市民からむしり取った税金はたいて綺麗にするんだろうけれど……」

 都市統治機構本庁を占拠してから、すでに一週間が経過している。

 何しろ人質が人質だけに、国家統治機構所属の国軍も警察機構特殊部隊も手が出せないでいるようであった。治安維持機構の各隊はあらかた襲撃して足腰立たなくしてあるから、これは論外である。国軍が出てきたとなれば圧倒的な物量と訓練の成果によって、ジャック・フェインといえどもたかがこれだけの人数なら、あっけなく破られてしまったであろう。

 が、彼が国軍と戦いたくないのはそういう理由ではない。

(頭の悪い軍隊さんとはいっても、奴らは寝首を掻くような真似はしない。四年前、むしろ奴らはできるだけ双方の犠牲を少なくしようという作戦できていた――)

 ふと、過去のシーンが脳裏を過ぎっていった。

 彼の前に交渉人として単独かつ無腰で現れたのは、歳は五十を超えたばかりであろうかという陸団少将であった。国軍は陸海空、それぞれ陸団、海団、空団という区分になっている。

 怖じた風もなく堂々とやって来たその男は、ウィグの前で立ち止まると目の覚めるような見事な敬礼をして見せ

「……ゼノ・ディレッド国軍陸団少将です! 交渉の任によって、やってきました!」

 まるで、上官に対する礼である。

 これにはウィグも驚いた。

「あ、あなた、少将さん? なんだって、そんな偉い人がくるワケ?」彼はゼノの身なりに目をやって「……しかも、全くの無腰ときた。いやはや、剛毅だねぇ。独りなんだから、武装してても良かったのに」

 単独の交渉人なのだから、武装していようといまいと問題にはならないという意味である。

 が、ゼノは白く並びの良い歯を見せて笑い

「我々は、いかなる相手であれ、交渉においては礼を尽くすべきだという教育、それにいかなる状況でも狼狽えないという訓練を積んできています。話し合いをするというのに、自動小銃が必要だとお思いですか?」

 会って間もないというのに、ウィグはこの男が気に入った。

 というよりも、攻めるべきところは攻めながらも一転して礼を尽くすタイミングを疎かにしないというこの国の国軍の態度が何よりも痛快であった。一つ海向こうのカイレル・ヴァーレン国軍ならばこうはいかない。交渉を持ちかけておきながら、いきなり裏を掻くという真似を平気でやる。そのために、何人もの同志達が捕らえられ、あるいは殺されてきた。

「……で? 投降してもいいんだけど、こうも攻撃が激しいと、ね。どうにかしてくんない?」

「よろしいでしょう。こちらのカードを隠し立てなく申し上げると、この根拠地に立て篭もるジャック・フェイン構成員全員の身柄の保護と、国軍輸送機を使用した安全な国外退去をお約束します」

「はーっ……」

 驚いた。

 手の内を全てべらべらと喋ってしまうという方があったものだろうか。

 自分側に有利となるように、少しづつ手を変え品を変えながら話を進めていくのが交渉というもののあり方ではないのか。

(この男、ただの馬鹿正直者なのか? 政府は一体、何を考えてこいつを送ってきたんだ?)

 やや軽侮したい気持ちがなくもない。

 が、少し違った。

 ゼノはそこで一旦姿勢を改め

「その代わり、お約束願いたいのです。今後、ヴィルフェイト合衆国国内において、ジャック・フェインは活動を行わないものとする、と」

 急転直下ときた。

 虫のよさという点では、天下一品の要求といってもいい。

「ちょ、ちょっと待ってくれる? それはこちらが呑む条件としては大きすぎない? そもそも、アミュード・チェインに侵攻してきたのはカイレル・ヴァーレンの方だし、それを手助けしているヴィルフェイトもちょっと酷いと思うけど?

「歴史的経緯は私も多少なりとも勉強しているつもりです。しかし、過去のいきさつをここで論じ合っていても埒が開かない。お互いに死人が増える一方です。ですから、ここへやってくるにあたり、私は確認をとってきました。我が軍もジャック・フェイン側にも、これ以上死人が出ないようにするがそれでよろしいか、と。私に一任していただけるか、と」

「……大統領に?」多少冗談を交えて尋ねてみたつもりだったが

「そうです」 

 ゼノは大真面目に頷いた。

 重要なのは、真実かどうか判断する材料はないにせよ、大統領がこの男に交渉を一任したという一事である。万が一これをヴィルフェイト合衆国側で違えたとなれば、アミュード・チェインに散在している幾多のテロ組織に活動の口実を自ら与えるのと同義であるのだ。

 しかし翻って考えれば、今後はこちらから海向こうの紛争に関しては手を出さない、といっているにも等しい。ウィグらが敵視しているのはあくまでもカイレル・ヴァーレン共和国であり、ヴィルフェイト合衆国に戦意がないということであれば、無理に戦う必要もない。その分だけ、カイレル・ヴァーレンの撹乱に全力を注げばいいだけのことになる。

「いやはや」驚き入った、という表情を隠せないウィグは「あんた、すごい人だねぇ。そこまで言われちゃ、こっちも言うことはないよ。――よし、その条件、のもうじゃないの! 交渉成立だ!」

 大袈裟なリアクションを交えて同意を示した。

 すると、ゼノはその顔ににっこりと満面の笑みを浮かべて

「平和的な解決へのご決断、誠に感謝いたします! 国軍を代表して、篤く御礼を申し上げたいと思います!」

 立ち上がるなり、がくっと直角にお辞儀をした。

 ウィグは何となく照れくさくなり

「や、やめなって! 戦闘がヤメになって助かるのはこっちも同じなんだからさ。……ゼノさんだっけ? 何でもっと早く来てくれなかったのさ? あなたみたいな人だったら、幾らでも交渉に応じたのに」

 からかい気味に言った彼に、ゼノは悪戯っぽい笑みで

「私もそう思います。しかしながら、あなた達があまりにも多くの銃弾を撃ってくるものですから、近づくに近づけなかったのです!」

「……違いない」

 二人は大笑いし、友好的とも思える雰囲気のうちに停戦会談は終了した。

 彼が去ってからすぐに国軍の攻撃は中止され、凄惨な戦闘は終わった。これで生きて国外へ出られるものと、ウィグをはじめジャック・フェインの面々はほっと胸を撫で下ろした。

 が――忌まわしいのはその後のことである。

「どういうことですか!? 国軍との停戦交渉は合意だった筈では!?」

「知るものか! 文句を言っている暇なんかないんだ! とにかく迎え撃て! こうなれば、戦いまくって死ぬだけだ!」

 叫びつつも、次第に自責の念が膨らんでいく。

 もしかして俺は、国軍にハメられたのか? 

 同志達を、みすみす敵の手に委ねてしまったのか?

 停戦交渉などに心を動かさずにいれば、こんなことには――。

 たまたま階下へ降りた数名のメンバーが、突然どこからともなく発砲を受けて即死した。危うく銃弾から逃れた者が目にしたのは、大挙して押し寄せてくるCMD部隊、それに特殊工作員の一団であった。

 一報を受けたウィグは訳がわからなかったが、ともかくも迎撃を命じた。

 自らも愛用のCMDを駆って前線に赴こうとした時である。

「ねぇ、ウィグ……」

 はっと振り返ると、そこにはリリアが佇んでいた。

 大きくなった腹部を庇うようにそっと両手をあて、不安そうな表情でこちらを見ている。

「リリア! 奥に下がっていろ! すぐにここにも敵がくる」

 怒鳴ると、彼女は悲しげな顔をして二、三歩前に進み出てきて

「あのね、あのね」

 何か聞いて欲しいことがあるらしい。

「何だ!?」

「今攻撃してきているのは、国軍じゃないわ。治安機構みたい……」

「……!? なんだと!? リリア、どうしてそれを?」

「これ……」彼女は、ポケットから小さな携帯端末を取り出してウィグに手渡した。

 液晶画面が一面のほとんどを占めているその端末が何であるかはすぐにわかった。

 国軍の下士官が持たされている作戦命令受領用の端末で、おいそれと手に入るような代物ではない。

 スイッチを入れてみると、画面には緊急伝達が繰り返し流れていく。

『異常事態発生につき全員警戒を要する。治安維持機構部隊、無通告にてテロ組織根拠地へ突入せり。国軍陸団各隊は波及被害を回避すべく、直ちに交戦現場付近から撤退せよ。集合は――』

「違う……?」

「いや、間違いないな。治安機構が国軍にも通告なしに突撃を始めたらしい。――それにしても、これをどこで?」

「さっき、水を汲みに下へ降りたの。そうしたら、国軍の兵隊さんが倒れていて、その傍でチカチカ光って落ちていたの。何かなぁと思って……」

「その身体で、危ないことを! 階下には国軍やら特殊部隊が充満しているというのに」

 思わず怒鳴りそうになったが、そこでふと気がついた。

「リリア、俺はいつもお前に助けられているな……」

「?」

 フッ、と思わず笑みを漏らしたウィグ。

 この惨状は、自分が敵の作戦にまんまとハマってしまったからではない。どころか、国軍は忠実に停戦交渉を守るつもりでいたのだ。

 殺してやりたいほどに許せないのは――治安維持機構、元を辿ればその管掌組織である都市統治機構ということになる。

 黙っていればそんな事情は判らずじまいであったろうが、リリアがこの端末を見つけてきてくれたお陰で、憂いなく戦い続けることができる。

 ウィグは優しくリリアの身体を抱き締め

「……ありがとな。俺はもしや、同志を売ってしまったのかと思って気が気じゃなかった。でも、国軍は忠実に約束を守ったんだ。卑劣なのは治安機構の連中だ。俺は今から、奴らを叩きのめしてくる。お前は奥に入っているんだ。向こうの区画はちょっと頑丈になっているから、多少の砲撃をくらってもびくともしない筈だからな」

 が、リリアは彼から離れようとしない。

「ほら、行け! 俺は同志達を援護しに行かなくちゃならない。こうしている間にも、みんなやられていっているかも知れないんだ」

 突き放すのは忍びなかったが、ウィグはぐいっとリリアの身体を自分から遠ざけるようにした。

 彼女は観念したらしく抗うことはなかった。しかし、ほとんど泣きながら

「絶対に、死なないでね? 捕まってでもいいから――死んだらイヤだからね?」

「ああ、約束する。俺は死なない。……だから、安全なところへ避難していてくれ。逆に俺だって、お前に死なれたら生きていけないよ」

 涙をこぼしながらもリリアは微笑み、こっくりと頷いて見せた。

 ウィグもまた、ニッと強気な笑顔をつくってやった。

 そうしてリリアは奥の方へと姿を消したのだが――それが、二人の別れになってしまった。

 ウィグは愛機に飛び乗ると、治安機構が攻め寄せてきている建物正面の区画へと急いだ。

 前線ではジャック・フェインのメンバー達がバリケードを盾にしながら、懸命に応戦している。彼等はやってきたウィグの姿を一目見るなり狂喜し

「ウィグさん! 来てくれたんですか!」

「おう! お前らだけを危ない目に遭わせてられないからな! ――耳、塞げや!」

 大声で怒鳴っておいて、彼は愛機に機関銃を撃たせた。

 ガガガガガッと廃墟を揺るがすような轟音と共に、無数の銃弾が撃ち出されていく。

 闇の向こう側から悲鳴とも破砕音ともつかない騒音が聞こえてきて、一瞬銃弾の嵐が止んだ。

 ウィグは行く手に目を凝らしつつ

「みんな! 押し出すぞ! 相手は国軍じゃない、治安機構の連中だ! 停戦合意を聞かなかったフリで攻めてきやがったんだ! 奴らに目にモノ見せてやれ!」

「何ですと!? くそっ、卑劣な連中め!」

 そうしてウィグが先陣をきって前に進もうとした時である。

 ふと、治安機構の人数が数名で大きな砲を担いで飛び出してきた。

(対CMD用ロケットランチャーだと? 奴ら、そんなものをここで使えばどういうことになるのか、理解していないのか!?)

 その強烈な破壊力は、廃墟そのものにも大ダメージを与えるであろう。

 そうなれば――倒れている負傷者や味方の部隊をも犠牲にしてしまう。

(バカな! 誰がそういう作戦を命令したというのだ!? 人命というものを無視しているのか!)

 このままでは、リリアの身が――脳裏を掠めた次の瞬間。

「!!」

 胴体部分の右半分がごっそりと吹き飛んでいた。

 バランスを保てなくなった機体は右側へずしゃりと沈み込んだ。

 露になったコックピットから放り出されるようにして、ウィグの身体は床に叩きつけられた。

「くぅっ!」

 咄嗟に身を起こそうと試みたが、意外にも身体が言う事を聞かなかった。

 ややあって、空洞の向こう側から駆けて来る足音が幾つかある。

 治安維持機構の工作部隊であった。

 彼等は倒れているウィグの姿を発見すると、すぐさま散開して自動小銃を構えた。

 訓練の浅い若者ばかりで、しかも気が立っているだろうから、投降を喚起するような真似をするとは思われない。数秒もしないうちに、こちらを向いている銃口が火を噴くであろう。

 彼の背後にいた筈のメンバー達が動く気配はない。皆、ロケットランチャーの爆発を浴びて吹き飛ばされてしまったに違いなかった。

(これまでか……)

 ウィグは半ば観念しかけた。

 タタタタタタッ

 タタタタッ 

 タタタタタタッ

 突然頭上で機関銃の射撃音がした。

「うわあぁっ!」

 悲鳴を上げながら次々と倒れていく治安維持機構工作部隊。

「……?」

 ゆっくりと首を動かして何事が起こったのか確認しようとすると

「ウィグさん! 大丈夫ですか! しっかりしてください!」

「君は……」目の前が霞んで、相手の顔がよく見えない。

「俺です、マディスです! しっかりしてください! 傷は浅いですよ!」

 言いつつも彼は銃撃をやめない。寄せてきていた治安機構の工作部隊は、あらかた彼の機関銃によって斃されてしまったようであった。

「……ふん。薄汚い連中め。地獄で我が同志に詫びるがいいさ」

 マディスは傷ついたウィグの身体を物陰へ運ぶと、ポケットから包帯を取り出して手当てを始めた。

「俺の弟も、今頃海向こうで訓練を受けていると思うんですがねぇ。何せ、人付き合いの下手くそなヤツだから、組織の中で上手くやっていけるかどうか……」

 こんな時に呑気に弟の心配を始めた彼にどこか滑稽なものを感じ、思わず笑ってしまったウィグ。

「そうかそうか。マディス君には弟さんがいたのか。始めて聞いたよ」

「レヴォス、っていうんですよ。俺の真似をして、ジャック・フェインに選ばれるんだとか言ってましたけどね。――ま、生きて戻ったら、一つよろしくお願いしますよ。俺よりずっと頭が良くて優秀な弟です。兄弟贔屓する訳じゃないですがね」

 その後数時間ばかり、攻撃はなかった。

 暗い物陰でウィグは、あれこれマディスの話を聞いた。

 両親はカイレル・ヴァーレン紛争の際に無差別空爆を受けて死亡し、レヴォスと共に孤児になってしまったこと、親切だと思っていた遠い親戚が実は自分達を売り飛ばしたこと、絶望して兄弟二人死に場所を探している時にアミュード・チェインの青年達に出会い、組織に加盟する決意をしたことなど――あたかも、ウィグに向かって遺言するかのように、彼は止め処なく喋り続けた。

 ウィグもまた、若い連中のそういうひたむきさを愛していたから、云々と聞き役に徹しつつ

「実に頼もしい弟さんじゃないか。将来が楽しみだな」

 心底感心した面持ちで頷いてやると、マディスは照れくさそうに頭を掻いた。

「いやぁ……優秀なアミュード・チェインの先輩達に出会えたからですよ。その影響です。兄貴がこの通り、頼りないヤツですからね。そのうち愛想尽かされるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしている訳なんですが……」

「そうでもないさ。レヴォス君はきっと、マディス君のことを最上の兄貴だと思っているよ。どれだけ優れた他人が周囲にいようと、やっぱり最後は自分の肉親を尊く思うものさ」

「だといいんですが――」

 タタタッ、タタタンと、閉鎖された空間に突然銃声が轟いた。

 この区画には今、味方は彼等二人しかいない。

 治安維持機構の工作部隊が侵入してきて、恐怖のあまり発砲に及んだのであろう。

「ちっ! 新手かよ! 懲りない奴らだ」

 舌打ちをしたマディス。

 機関銃を構えつつ立ち上がりかけた瞬間である。

 ぐらりと彼の身体がよろめいた。

「うわっ! 畜生が!」

 パッと血飛沫が舞った。

 彼の腕を、銃弾が掠っていったらしい。

 雰囲気からするに、さっき退けた時よりも更に人数を加えた上で押し寄せてきているようだと、ウィグは察していた。

「退くぞ、マディス君! 人数が増えているようだ。俺達だけじゃ相手にならん!」

 促したが、マディスはそこから動こうとせず

「行ってください、ウィグさん! 国軍が撤退を始めたせいで、E地区北ブロック側が手薄になっている筈です。今なら、そこから海向こうへ渡れると思います」

「バカなことを! 君を置いていったら、弟さんに合わせる顔がない! いいから、君も来るんだ!」

 が、マディスは立ち上がると

「……俺よりもしっかりした弟ですから。よろしく、頼みます」

 微笑した。

 余りにも清らかな笑顔に、ウィグは魂を抜かれたように口が利けなくなった。

 前に向き直ったマディスは自動小銃に残っている弾数を確認すると、そのまま物陰から飛び出していった。

「お前らァ――」

「おい! ダメだ! すぐに逃げろ! 逃げるんだ! 無駄に命を捨てるんじゃねェ!!」

 ウィグの絶叫が轟いた。

 這いずりながらも前へ行こうとしたその時、何者かがぐっと彼をつかみ止めた。

「ウィグさん! 行きますよ! 俺がお連れします!」

 まだ生き残っていた部下の一人で、イオッソという若者であった。

「おい! あいつを、マディスを、助けるんだ! あいつが死んじまったら、あいつの――」

「堪えてください! 頼みますから堪えてください! ここで全滅してしまったら、誰がみんなの無念を晴らすっていうんですか!?」

 イオッソは思わず怒鳴ったが、ウィグはウィグで意固地になっていた。

「あいつを見殺しになんか、できるものか! 俺達はここで死ぬ覚悟を――」

『――死んだらイヤだからね?』

 ふと、リリアの声が聞こえたような気がした。

 彼女の無邪気な笑顔が脳裏に浮かんできたその一瞬、死にたくないと思った自分を発見したウィグ。

 動きを停めた彼に、イオッソは促すように

「さぁ、行きますよ。生きていればこそ、無念を晴らすこともできるんですから」

 言いかけたその時。

 治安維持機構工作部隊の一人が物陰から現れた。

 咄嗟にイオッソが前に踏み出すのと、銃声とが同時であったように、ウィグには思われた。

 呆然とする彼の眼前で、ゆっくりと崩れ落ちるように倒れていくイオッソ。

「逃げてください、ウィグさぁ――」

『……グさん! ウィグさん! 聞こえていますか!?』

 部下の声で回想からはっと我に戻ったウィグ。

 散っていったかつての部下の声と、今の部下の声とが頭の中で重なってしまったらしい。

『ウィグさん! こちらC3!』

「お? どうした?」

『Star-lineです! 連中、いきなり突入を開始しました! 正面から一機、東側から一機です! こちらはすでにC1とC5、C9が停められました! このままでは――』

 とまで言って、通信はそこでプツリと途絶えた。彼もまた、やられてしまったらしい。

「あららら、やるモンだねぇ、Star-line。治安大学の機械的な秀才とはやっぱり違うわ」

 ウィグは驚いた風もなく、ぼそりと小さく呟いた。

 が、すぐにその顔に愉快そうな笑みを浮かべ

「そうこなくっちゃ! やっぱり、最後まで分かり合えるのは同類しかいないんだよな」

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