月光編14 確証
待機を始めてから四半刻と経っただろうか。
ようやく、動きがあった。
(……やっと来た!)
スティリアム物理工学研究所正門に入っていく特殊装甲車がある。
流れ星を模したマークが入っている。間違いなくStar-lineであった。
が、大型キャリアを伴っていない。カレンはやや拍子抜けがした。
(やっとお出ましかと思ったら、装甲車だけ、か。あれは……ショーコ?)
ズーミングしてやると、ショーコが降りる姿を確認した。
何か待っているらしく、装甲車の傍に立ったまま、その場を離れようとしない。暗くて表情まではよく見えないが、そわそわと落ち着かない様子であった。
(相変わらず、制服ってものが着れない女ね。あんなに胸元開けちゃって、下品なんだから)
毒づいてから、ふと思った。
あともう少しすれば、ノイアが彼女を殺害するであろう。
ショーコを憎いとは思うが、かといって直接手を下す気にもならなければ、その瞬間を見たくもなかった。
(結局あたし、どうしたいんだろ……? 何であんなにショーコを憎んでいるのかしら?)
よくわからなくなってきた。
観察していると、ほどなく北側から一人の若い女性隊員がやってきた。
彼女はショーコと何事か話をしている。
モニタでその様子を目にしたカレンは、暗い予感がした。
(4C通りの方って、キャスとノイアがいなかったっけ? どうしてあのコ、あっちから来たのかしら?)
どちらかにでも見つかっていれば、すかさず殺害されていたであろう。
無事でいるということは、彼女らに見つかることがなかったか、あるいはキャスやノイアが緊急事態に見舞われているという可能性がある。
何となく、暗い予感がした。
まさしくその時である。
エラが発したエマージェンシーサインを受信した。
無線交信は禁じられているから、届けられたのは暗号変換されたメッセージである。
急いで解読すると
『――緊急事態。キャス機の稼働反応消失、MDP-0との接触後と思われる。SBPセカンドフェイズは中止する。カレン機とノイア機はただちにその場から離脱するように』
(うそっ!? キャスがやられた……?)
読み終えたカレンは顔色を変えていた。
(サイ君、大丈夫かなぁ……)
ショーコはかねてからの打ち合わせ通り、スティリアム物理工学研究所へとやってきた。
警備員は中へ入るように促してくれたが、様子を見るために途中で降りたナナ、そしてサイのことが心配でならない。好意を謝しつつも、正面入り口の辺りに陣取って事態が展開するのを待っていることにした。
が。
幾許もしないうちに、ナナが4C3Lの方角からすたすたと戻ってきた。
正門の灯りを浴びた彼女の姿をよく見ると、瓦礫が山積する廃墟の中を潜り抜けてきたせいで、全身埃をかぶっている。
「……お! お疲れ、ナナちゃん! どう? 何か動きはあった?」
急き込みながら尋ねてみると、
「……ミートしてました。4C2Lのあたりですね」
事も無げに答えた。
「ええっ!? 賊機とかち合ったの!? ……で、状況は――」
慌てかけて、ショーコは己の迂闊さに気付いた。
ナナが賊機とサイの遭遇を確認しておきながら涼しい顔で戻ってきたという事実をもって、すべてを察するべきであった。
ショーコは笑い出し
「わかった、そういうことね! サイ君がやられるはず、ないものね?」
「そうですよ。ショーコさんたら、サイのことを信用していたんじゃないんですか?」
言いながら、さっさと帰り支度を始めたナナ。
「ナナちゃんたら、まだ終わってないじゃないよ? 決着がつくところまで、見てないんでしょう?」
「……見るまでもないわ。サイの勝ちだから」
そう言ってナナはニヤリと笑った。
「もっとも、新しい機械を使っておきながら闇討ちしか出来ないような人達が何人こようと、サイの敵じゃないわ。使い方が全然なってない。機体が可哀相ですよ」
「じゃあ、何? そういう連中にやられたシェフィはもっと格下ってこと?」
軽くからかってやると
「そうですね。格闘戦が苦手だって、自分で決め付けてばかりいるから、ああいうことになるんです。ケガが治って帰ってきたら、みっちり特訓した方がいいですよ?」
容赦ない批判が返ってきた。
これには苦笑しつつも、ショーコは意味ありげに人差し指を立てて
「帰るのは、ちょぉっと待ってもらえるかしら。本当の任務は、これからなのよ?」
片目を瞑って見せた。
右股関節にナイフを一突きしてあるから、歩走は完全に不能だと思っていい。
沈めた機体をとりあえず放っておき、サイはここで初めてセンサーのスイッチをオンにした。
動体感知センサーである。
CMDだけではなく、周辺で動きのある存在を徹底的にキャッチしておくためであった。MDP-0に備えられたこのセンサーは感度も精度も抜群だから、グラス・コーティングの圧着が上手くいってないMoon-lightsの機体も僅かながらキャッチしてくれるであろう。
少し待つと、センサーが反応を示した。
現在地より南側、それに東の方角に赤い点が一瞬点り、すぐに消えた。が、再び表示され、そして消えるということを繰り返しはじめ、そのうちセンサーはこれを完全動体と認識したらしくロックしてしまった。
ウェダンの説明に誤りがなければ、恐らくそういうことになるだろうと思って試してみたのである。
案の定であった。
これが対CMD感知センサーなら完全なロックにならないかもしれないが、動体を捉えるセンサーであれば、動くものなら多少怪しくとも感知しロックしてしまう。
まずセンサーロックされた動体は四つ。ややあってスティリアム研究所と思われる辺りにも動体認識があった。これはショーコとナナであろう。東側の離れた位置にも表示が出たが、恐らくリベルが乗ったキャリアと思われる。
最初にロックした四つのサインのうち三つは、やがて南側・F地区の方面へ移動をはじめ、ほどなく感知圏外へ出てしまった。
モニタを凝視し続けていたサイはなるほど、と頷いた。
ついさっき沈めた機体の仲間と思われるのは残り二機、ないし三機ではないかと考えたのだ。仲間が沈められたことに気が付き、慌てて退散していったに違いない。全滅するまで抵抗をやめないテリエラの連中とは違って慎重であるらしかった。
一点だけ、遅々としながら進んでいく影がある。
機体を失った賊ドライバーなのであろう。本当に歩いて帰って行くようであった。
どうやら、襲撃の危険は去ったと判断しても良さそうである。
サイは無線を入れた。
「――こちらMDP-0、サイ。ショーコさん、応答願います」
サイからの連絡を受けたショーコ。
その場で待機しているよう指示を出すと、装甲車の中を覗きこんだ。
「……どう? 怪しい機影はない?」
ナナもまた動体感知センサーを用いて周囲の状況を調べていた。
彼女はやれやれ、といった顔で
「賊と思われる影を四つばかりキャッチしました。うち、三つは急速にA地区を離脱しつつあります。数十メートル以内で感知している反応は多分、サイが沈めた機体のドライバーでしょう。尻尾を巻いて逃げ帰って行くってところかしら?」
「ざまぁないわね。最強のドライバーに喧嘩売ったりするからそういうことになるのよ」
とっつかまえて二、三発もどついてやりたいところだが、今やらねばならない任務はそれではない。
そもそもStar-lineに犯人の逮捕権限などはないから、放っておいても良いのである。
「そいじゃあ、こっからが大仕事よ」
ショーコはレシーバーのマイクをつまんで口元に持っていくと
「Star-line本部舎にA地区出動中のみんな、よく聞いて頂戴。――先ほど、サイ君が賊機と思われる機体と接触、一機を沈黙させることに成功したわ。残りは接触することなく逃走を図った模様」
『――ショーコ! それ、本当なのね!?』
急に嬉々としたサラの声が割り込んできた。
本部舎でファーストグループからの連絡を今や遅しと待っていた彼女は、やっと届いた吉報に躍り上がるようにして喜んでいるようであった。
「本当だってば。すぐに詳報を送るから、セレアさんへの報告をよろしくね? こっちはサイ君が仕留めた獲物をスティリアム研究所にお持ち帰りするから」
出動直前、セレアから出された指示というのはこのことである。
状況が許せば、Moon-lights機を一機捕獲し、スティリアム研究所へ回収されたい、と。
Moon-lightsあるいはアルテミスの所業を刑事事件として告発するには、決定的な証拠を握る以外にない。そこでヴォルデとセレアは、Moon-lightsが隠密行動をとっている点に目をつけた。沈めておいて鹵獲したところで、彼等はどこにも苦情を持ち込むことができない。その存在自体が非合法だからである。
ショーコは閃いたようにニヤリと笑い
「……今宵はみんなで豪華な晩餐よ。メインディッシュはMoon-lights機の姿造り!」
『ショーコさん、おどけてないでキャリアを寄越してくださいよ! 早くしないと朝になっちゃいますよ?』
サイから真っ先に苦情が飛んできた。
「ごめんごめん、今そっちに向かわせるから。――リベルさん、頼みます。4C2Lね?」
『――了解。すぐ行くからな』
ショーコとナナもまた、スティリアム研究所の職員へ事態の収束を伝えて回収作業の補助を依頼しつつ、サイが賊機を静めた地点へ向かうことにした。4C2L通りはここからは目と鼻の先である。
正門から出て行こうとすると、そこへ一台の車がやってきた。
乗っていたのはなんとセレアである。
「あ、あれ? セレアさん、どうしてこちらへ?」
「ファーストグループが出動したと聞いて、いても立ってもいられなくなったのですよ」
彼女はやや疲れた様子を隠せないながらも
「厳しい状況下で、よくやってくれました。こちらから急に指示なんか出して申し訳なかったですが」
いかにも嬉しそうに微笑んだ。
ここまで安堵しているセレアを、ショーコはかつて見たことがなかった。彼女なりに、相当な不安があったのだろう。
「いえ、今回の出動は言ってみれば私闘ということになります。ドライバーをとっ捕まえて警察に突き出したところで、あたし達もタダでは済まなかったと思います。機体を潰してドライバーは泳がせておく。向こうも仕掛けてきた以上、訴え出る訳にはいかないでしょう。あたしもその判断を支持します」
「ありがとう。ショーコさんにそう言ってもらえると、私は本当に安心できます」
彼女をスティリアム研究所に残し、ショーコとナナは現場へ急いだ。
4C2Lに到着すると、なるほど暗がりに人型機が倒れている。
その横に膝を付いて停止しているのは、我らが英雄・MDP-0であった。
二人がやってきたことに気がついたらしく
『ショーコさーん! 指示通り、片腕一本にしておきましたよー』
サイから通信が入った。
装甲車の窓から見てみると、賊機は確かに右腕一本を喪っていたが、あとは至って綺麗な状態で停められている。この悪条件下でそういう技をやってのけたサイの腕前に舌を巻きながら
「サンキュー、サイ君! ホントは、ボコボコにしてやりたかったでしょ?」
『いや、これでいいんですよ』
サイはへへ、と短く笑ってから
『……Moon-lightsの連中に、美しい制止の手本を見せてやろうと思っていたんです』
「悔しい! 手も足も出なかったなんて……」
さんざん蹂躙された挙げ句、機体から放り出されてほうほうの体で撤退してきたキャス。
余りの悔しさに、しばらくの間荒れ狂っていた。
一方、ノイアはアジトに戻ってくるなり無言で枝毛探しに興じていたが、
「ちょっとぉ、キャス! 静かにしてくんない? なんでここで暴れるのよぉ!?」
うるささに耐え切れなくなり、苦情を言った。
するとキャスは
「暴れられずにいられるかっての! このあたしが、Star-lineなんかにやられるなんて……ありえない! ありえない! あたしは信じないよ!」
そんな彼女に冷ややかな視線を送っているノイアは
「それでぇ? 機体はどうしたってぇ?」
「そんなヒマはないわよ! 顔を見られないように撤収してくるだけで精一杯だったもの!」
「あれぇ、黙って逃がされたのぉ? キャスったら、それでノコノコ逃げ帰ってきた訳? Gシャドゥ、一機で幾らするか知ってるのぉ?」
恐れというものを知らないらしい。
ノイアの罵倒はエスカレートし、ついには
「あんたも口先だけだったんだねぇ。この際、ドライバー、やめれば?」とまでぶちまけた。
「んだとォ!? このアマ! ぶっ殺してやる!」
キャスは激昂している。当然であろう。
今まさに、ノイアに飛びかかろうとした。
しかし、そこへカレンが戻ってきた。
ドアの向こうで諍いの声を聞いていたらしく、部屋に入ってくるなり
「止めなさい、ノイア!」
いきなり鋭く言い放った。
「今日の一件は明確にエマーでしょ!? キャスはただ力負けして逃げてきた訳じゃないのよ。いちいちミスに難癖つけたりなんかして、チームに波風立てないで! そういうあなただって、キャスを救援できなかったでしょう? 後方支援を潰すって、息巻いていたんじゃなかったの!?」
キャスのように暴力的ではないから、侵し難い威厳がある。
今日の事態を重く見ていたカレンとしては、大至急状況の分析と今後の対策を打ち合わせねばなるまいと思っている。それを、ノイアのように口さがなくメンバー批判などやられてはたまったものではない。つい怒り心頭に達し、怒鳴ってしまったのである。
「だって……」
不服そうにノイアは黙りこんでしまった。
思わぬカレンの援護を得て、キャスも振り上げていた拳をゆっくりと下ろした。
「あんたに加勢してもらうとは、ね。……一応、礼は言っとくわ」
「お互い様、よ。あなたの失敗はチームの失敗でもあるのよ」
空いているチェアにゆっくりと腰を下ろし
「今回のStar-line、何だか様子が違っていたのよね。あなたも何か不思議に思わなかった?」
やや気持ちを落ち着けたキャスは腕組みをして天井を睨みながら
「そう言えば……一回だけセンサー立ち上げてみたんだけど、何の反応もなかったんだよね。変に思いながら進んで行ったら、いきなり目の前にMDP-0がいた。向こうは多分、こっちの動きがわかっていたんだと思う」
「やっぱりか……」
カレンは、敗因がわかったような気がした。
エラの作戦ミス、というよりも、完全に裏をかかれたのだ。
(やってくれるわね、ショーコ。前回の襲撃からこっちの手口を推測していち早く手を打ったのね。さすがは治安維持機構に抜擢されるだけの天才ってことか……)
「――みんな、いる!? ちょっと、まずいことになったわ」
慌しくエラが駆け込んで来た。
「確認してみたらStar-lineの連中、どうやらキャスのGシャドゥをスティリアム研究所に運び込んだ形跡がある。バラして徹底的に調べ上げるつもりね。――これは拙いことになったわよ。なにもかも、露顕してしまうかも知れない」
「ええっ!? それって、秘密裏に鹵獲されたってことぉ? 警察機構にも知らせないでぇ?」
声を上げたノイア。
エラは首を縦に振って見せ
「うまくやられたわ。連中、いきなり警察機構にタレ込まないで、全部調べて証拠を握った上で喋ろうっていうんだから。下手をすれば私達だけじゃない、アルテミスグループまで一網打尽に捕まってしまう可能性がある」
「どうする!? これからあたし達、どうしたらいいのよ!?」
キャスは泣きそうになりながら騒ぎ出した。
が、ふと思いついたように「……ああ! いい考えがあるわ! スティリアム研究所に、あたしの機体を奪い返しにいけばいいのよ! 伝導系はやられてないし、今すぐいけば――」
「……無理ね。あそこのセキュリティは生半可なものじゃない。迂闊に忍び込んだが最後よ。リン・ゼールの工作員が集団で奇襲をしかけて、全員捕まったってこともあったでしょ?」
苦い顔をしているカレン。
「じゃあ、じゃあ! いったい、どうすんのよォ!?」
またもキャスは騒ぎ出し、答えを求めるようにエラにすがりついたが、彼女は静かにかぶりを振って見せた。
「わからない。こうなったからには、ボスの指示を待つしか……」
それきり、四人は沈黙してしまった。
言い知れぬ不安が胸中、暗雲のように立ち込めてくるのを、どうにも押さえることができない。
夜陰に紛れてこっそり回収されたGシャドゥ。
機体が運び込まれたスティリアム物理工学研究所では、明け方だというのに俄かに人の動きが活発になっていた。
最初にSTR危険物対応班が機体をくまなくチェックし、内蔵されていた自爆装置を発見した。一時間ほどかけてそれを撤去したのち、調査は開始された。
「なんだこいつ? FLVZ2式とユニット組織が似てやがるじゃないか」
「カイレル・ヴァーレン共和国国軍西方第一師団所属の機体にも、こんなのがいますよね? あれって七十七式FPY仕様機じゃなかったっけ?」
「なんだぁ、お前? 隠れミリタリーマニアだったのか?」
スティリアムの研究員が、各々好き勝手なことを喋りながら調査を進めていく。
専門チームに依頼したからには手を出す限りではないと思っているショーコ。手持ち無沙汰になってしまったので、例の水族館応接室を借りてごろりと横になっていることにした。あとは、彼等からの詳細な報告を待っていればいい。他のStar-lineメンバーは本部舎に帰した。研究所に残っているのはショーコ一人である。
ここ数日、神経をすり減らすような苦労が続いた。
やっと一休みできる時間を得られたと思った途端、爆睡してしまっていた。
柔らかなアクアブルーの光と魚達に囲まれているうちに、どっと疲れが出てきたらしい。
どれくらい眠ったであろう。
「――ショーコさん、お休みのところ、申し訳ないですが」
揺り起こされた。
目を覚ますと、そこにはコーノの柔和な笑顔があった。
「まだ機体の全ての部位について調査を終えられた訳ではないんですが、大分わかってきましたので、お知らせにきました」
目をこすりながら上体を起こし
「あ、ああ、すみません。こんな気持ちのいい部屋で休憩したことなんかなかったもので、ついつい」
多少不行儀だったように思い、軽く詫びた。
するとコーノは
「ええ、よろしければいつでもお越しください。私も時々」ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべ「研究や業務に疲れた時は、この部屋でひと眠りすることにしております。考えた本人が言うのもなんですが、実に快適な睡眠ができますね。貴隊の仮眠室にもこの水槽を設置されてはいかがでしょう」
冗談だったのか、どうか。
悪い意見ではないが、そうなると、明けても暮れても寝てばかりいる馬鹿が続出するであろう。
やはり、現状の無愛想な仮眠室にしておいた方が賢明かも知れなかった。
彼はショーコのためにコーヒーを煎れてくれた。
「どうぞ。モーニング、とはいきませんが」
「ありがとうございます。ところで……今、何時でしたか?」
窓がないから、外の様子がわからない。
コーヒーを一口啜ったコーノは「午後一時を過ぎました。部品の照合やシステムの解析に思いのほか時間を要してしまいましてね。海外の機体だったもので、やや手間取りました」
あっちゃー、とショーコは内心で舌打ちした。
かれこれ七時間以上もここで眠っていたことになる。
が、コーノは別にそのことには触れようとはせず、
「さて、鹵獲したMoon-lights所属と思われる機体の調査結果について、若干お話しさせていただきましょう。まだ完全に終わった訳ではありませんので、あくまでも途中経過ですが」
再度そのように断りをいれつつ、解析結果の資料を卓の上に並べてながら説明を始めた。
「まず、機体の形式からですが、カイレル・ヴァーレン製CQPの系譜を引くCQS七式のカスタムタイプであると断言できます。主要装甲なんか大分いじってあって見た目の判別がつきにくくされていましたけれども、ボディフレームやら伝達系、あるいはFOP連動制御機構など、重要な部分がことごとくデータベースにあるスペック概要と一致します」
生産ラインに乗ったばかりの機体だから、国内外に出回っている数は今のところ決して多くないのだと、コーノは付け加えた。
「それはつまり」ショーコが口を開いた。「確か、数ヶ月前リン・ゼールのヴィオとかいう殺人ドライバーがスティケリアのセカンドファクトリーを襲撃した際に搭乗していた機体がCQPだったかと思います。そのことと関連付けて考えてもいいということでしょうか?」
そうです、と頷いたコーノ。
「断言はできませんが、供出元が同じという可能性があります。つまりはテロ組織だ。――ヴィルフェイト国内ではCQPもといCQSなんて、恐らくお目にかかることは不可能でしょう。カイレル・ヴァーレンが誇る最新鋭軍用CMDだからです。――これは実に興味深い話でして、大規模なテロ組織といえども、国軍からCMDを強奪するなどという大それたことは不可能でしょう。即ち、彼等が軍用機を所持しているということは、供給している連中がいるからだといっていいのですよ。状況からみて、CQPを生産しているメーカー以外に横流しなんかしようがないと思いますがね」
ショーコはもっとも、と同意するように頷いた。
実は、そのあたりの事情についてはある程度の調べはついている。以前、警察機構のディットが内密に教えてくれたのである。
死んだヴィオ・ハイキシンが乗っていたCQPを生産していたのは、カイレル・ヴァーレン共和国を拠点とする『ウルヴァス・インダストリー社』なるメーカーである。優秀な軍用機を開発して次々と国軍に制式採用されたため、一代で莫大な利益を上げたことで知られている。一方、多種の民族や宗教が混在する地域性から同社内部にテロ組織の構成員あるいは内通者も少なくないとされており、稀に摘発される者もいた。が、拝金主義的な社風の元、社員の思想信条はあまり関心事とはならないらしく、国家警察からマークされようともどこ吹く風であった。剛毅な会社である。
ただ、このウルヴァス社はアルテミス系商社アルフォーラと大口契約を結んでいるという。
カイレル・ヴァーレン国家警察からもたらされた確かな情報のようで、アルフォーラは大量のCMD機器を同社から輸入し、関係はかなり緊密なものとなっているようである。
確証はないにせよ、ウルヴァス社がその気になれば軍用CMD・CQPを秘かに回したとしてもおかしくはあるまい。金さえ積めば、同社は簡単に応じるであろう。
本来は輸出さるべきではないCQPをテロ組織リン・ゼール、それにMoon-lightsが入手していたという事実をもって、アルフォーラの疑惑はほぼ決定的なものになったといっていい。警察機構の捜査が手詰まりになってしまっていたのは、容疑者のヴィオとグロッドが不審死を遂げたからである。テロリストが軍用機を携えていたからといってアルフォーラを捜査する理由にはならないが、アルフォーラとMoon-lightsはアルテミスグループという同じ系列下の会社である。取り調べを行う十分な理由が成立する。
今回、仮にサイがMoon-lightsの連中をことごとく沈めて警察機構に突き出したとしても、それはそれで同じ結果に行き着いたかも知れなかった。
しかし、ヴォルデとセレアは極秘に鹵獲するように指示した。
そのまま警察機構に引き渡してしまっては、W地区で闇討ちされたセカンドグループの無念を晴らせなくなってしまう。あくまでもヴォルデは、W地区襲撃事件の犯人がMoon-lightsの連中であると立証した上で、事を公にしようと考えていたのである。恐るべき執念であった。
そして、そのためにもう一点、確認しておかねばならない肝心な点がある。
「それで……鹵獲したMoon-lights機にSSSDは搭載されていたんですか? ずっと気になっていたんですが」
コーノはポンと膝を打った。
顔を明るくしながら
「いや、私の拙い説明を覚えていてくださって嬉しい限りです。――我々が仮定した通り、あの機体はSSSDを搭載していました。これで、W地区襲撃事件も一歩真相に近づいたといってよろしいでしょう。R地区で潰されたあの派手に黄色い機体はアルテミス社製の国産機だったそうですが、あの黄色い機体ではスペック的にちょっと無理だったかも知れません。今回わざわざCQS七式をもってきたというのは、確実にSSSDに連動しうる機体性能を必要としたからでしょうね。もしかすると、R地区で黄色い機体を葬ったのも彼等だと思っていいかも知れませんよ?」
彼はグラス・コーティングについても、こちらの想定通り使用されていたと告げた。
ただし、と言ってからコーノは可笑しそうに
「やっぱり、作業が粗かったんですよ。ところどころにムラがありましてね。――ウェダンも笑っていましたよ。これじゃあ、頭隠して尻隠さずじゃないかって」
意外な事実の判明に、ショーコも思わず笑ってしまった。
とりあえず、一定の成果は得られたといっていい。
彼女はずずっと冷めたコーヒーをすすりながら
「やっと、ここまできたわね。アルテミスグループとリン・ゼールをつなぐセンにはなりきれないけれど、少なくともMoon-lightsは海向こうのテロ組織と、何らかの因果関係をもっている。――これなら、警察機構も動く理由になるじゃない」
不敵な笑みを浮かべた。
「その前に、あたし達がきっちりお仕置きしてあげるけど」