月光編12 剥がれゆく虚構
夕陽が地面に長く影を落としている。
時刻は間もなく十七時になろうとしていた。
コーノ達の来訪から二日後、サイは独りS地区にある市民公園のベンチに座っていた。
都市中央緑化計画によって造られたこの市民公園は、普通に散策すれば楽に三十分以上を要する程に巨大である。敷地のやや西寄りに大きな池があり、その周囲に散策路が設けられている。東側には広場が設けられており、市民が待ち合わせをするのによく利用されている。
どれくらい待ったであろう。
ゆっくりと、こちらに近寄ってくる人影がある。
「……よう。久しぶりだな」
髪の毛を短く刈上げた顔つきの鋭い青年が立っている。薄いシャツから伸びている両腕が逞しく、ややよれた迷彩柄のズボンを穿いていた。
彼の姿を認めたサイは立ち上がり、微笑を浮かべた。
「……元気か、ゼダス。いつから会ってないだろう」
「俺が軍に志願してからだな。だから、かれこれ三年は経っているだろう」
ゼダスといったその青年も、僅かに相好を崩した。
ゼダス・ボルグ。
サイの幼少の頃からの友人である。
ナナとは三人、よく遊びもしたしよく喧嘩もしたものだった。
彼もまた、サイやナナのように早い時期に両親と死別している。
元々身体が頑健だったこともあり、十六になった頃、彼は国軍へ入隊を志願した。軍に入れば少なくとも食うことには困らないからである。ほどなく彼は陸団第六師団に配属されたが、幸い激戦地には派遣されずに済んでいるらしい。
ゼダスはよっこらしょ、とサイの隣に腰を下ろしながら
「ナナは元気なのか? 多分、今もお前の近くにいるような気がするけど」
「ああ、元気さ。今、一緒に働いているよ。ガイト社長も元気だ」
彼はその昔、ナナを想っていたことがあったらしい。
しかしナナにその気はなかったようで、二人の間に何事も起こらぬまま、ゼダスはA地区を去った。聞いたところによると、今の彼には結婚を約束した相手がいるという。ナナのことを尋ねたのは、単に幼馴染みの消息が気になったからであろう。
「で? 今は何をして暮らしているんだ?」
「そう、そのことと関係があるんだが――」
サイはこれまでの身の上について話して聞かせた。
ふんふんと黙って聞いていたゼダスだったが
「ほぉ……お前、あのStar-lineにいるのか。なんとまぁ、すごい幸運だな」
大袈裟に感心している。
幸運と言われれば幸運なことかも知れない、サイは素直にそう思ったが
「ま、それ以前にお前、CMDの勉強を熱心にやってたからな。そういうのが役に立ったんじゃねェか? 何となく、そんな気がするぞ」
ゼダスはそうも言ってくれた。
親友にそっと褒められたサイは何となく照れくさかった。彼としてはこれといって学んでいる姿を見せたこともなければ大っぴらに誇示したこともない。それでもゼダスはサイの苦学ぶりに気が付き、傍からじっと見ていたのであろう。
上手いリアクションも取れずに頭を掻いていると
「……んで? お前とナナがStar-lineにいるのはわかったとして、俺に用件というのはそのことか? 言っとくけど、俺はただの兵隊だぜ。小難しいコトは何もわからんぞ?」
無駄メシを食って小銃をぶっ放すためだけに飼われているからな、と付け加えておいてゼダスは笑った。
いかにも自嘲びた言い草に、サイも苦笑して
「そいつは俺も大して変わらないよ。Star-lineって組織に入れてもらって無駄メシを食って、CMDを動かすだけの存在さ。……ま、そのせいであちこちのテロ屋から嫌われる羽目になっちまったんだけど」
「国軍もそうさ。びっくりするほど多くのテロ屋を殺しているからな。奴らにとっちゃあ、憎んでも憎みきれないだろうよ。けど、毎日身体を鍛えて小銃を撃ちまくって、それでもいつか俺が国を守ることにつながるんだと思ったら悪い気はしないな」
と言って、ゼダスは正面の噴水に目を向けた。
大きな円形のそれは、夕刻だというのになおも派手に水を噴き上げ続けている。風下にいる二人は、微風が流れる度にその飛沫を浴びねばならなかった。
「無駄メシ、いつかは国を守る、と」
「そうだ。お前の無駄メシだってそうなんだぜ? サイ。Star-lineのお偉いさんに言ってやれよ」
二人はゲラゲラと笑った。
三年という時間の隔たりが、一気に縮まっていくようである。
ふと、噴水がぴたりと止んだ。
ゼダスは腕時計に目をやってから
「おお、こりゃまずい。帰隊時刻が迫ってるわな。途中で寄り道しすぎたぜ。――こんなことなら、さっさと来るんだった。俺の予想以上に友情は固かったようだ」
国軍の一般兵は訓練を終えれば一定の自由時間が与えられるのだが、夜間は当然基地に戻らなければならない。
「と、これでさよならって訳にゃいかないんだよな。お前の用件を聴かずに帰るところだった」
「それは困る。一瞬で済むから、聴いてくれ」
一瞬、という言葉にゼダスは
「何ィ? 一瞬で済むなら、電話でもメールでもいいだろう?」
苦情を言った。が、本気ではない証拠に顔が可笑しそうに笑っている。
だが、サイはつと真面目な表情になって
「電話とかメールだと、都合が悪かったんだ。隊の業務に関わる話だし、ゼダスにとっても後々に残らない方がいいかも知れない。だから、申し訳ないが直接会ってもらった」
公園を散策している人影はない。
シンと静まった夕暮れの園内に、木々のざわめきだけが響いていく。
ゼダスはその引き締まった相好をサイの方へ向け、声を落として言った。
「……とりあえず、聴いておこうか。今なら、誰の邪魔も入らない」
「実はさ――」
サイは、現在Star-lineが見舞われている一連の状況について手短に語り、
「と、いうことなんだ。俺達としては、草の根をかき分けてでも犯人を突き止めたい。そうでもしないと警察機構も動いてくれないし、場合によっては犠牲者を出してしまうことになるかもしれない。何としても、Moon-lightsにCMDや装備を提供している業者について知りたいんだ」
半ば懇願するようにした。
すると、ゼダスはうーんと唸り、さらに数回唸り声を上げてから
「あー……そいつは俺の口から喋っちゃなんねぇかも知らん。迂闊にヘンな事をお前に吹き込んで、万が一のことがあったら、俺にゃあどういう責任も取れないからなあ」
確かに、無理に頼み込むことはできない。
やっぱり難しいか、と諦めかけたサイ。
が、ゼダスの言葉には続きがあった。
彼は背筋を伸ばして腕を組み、済んだ夕焼け空を見つめながら
「……とはいえ、昔からのダチの頼みとあっちゃあ、無碍に断るってのは寝覚めが悪いわな。それに」 じっとサイの顔を見つめた。「――お前が相手なら、俺としては信用すべきだという気がする」
「じゃあ……」
「ああ。一度しか言わないからな。よく聴けよ」
「――アルテミスグループ傘下にアルフォーラっていう商社があるそうでして、ここが軍用物資の納入を一手に引き受けているんですが、中にはCMDやその関係の部品なんかもあるそうです。CMDの新規導入については国家機構の審査なんか必要な筈なんですが、その実態たるやチェック機能は全くなし。ほとんどアルフォーラの独壇場だとか」
Star-line本部舎に帰隊したサイは、ゼダスから聞いた話を報告した。
彼いわく、
「国家機構の役人もうちの上層部も、何だかおかしいんだよな。公開入札が鉄則だってのに、ここしばらくそれが行われたためしもないし。いつだって競争不成立、単独落札、さ。裏で何をやっているかは、誰の目にも明らかだ。といっても、その辺りの下級公的機関ならすぐに露顕するだろうが、国家機構レベルまでいくとガードも根回しも厳重だしな。勘付いているヤツは多いだろうが、みんな自分の首は惜しいから、恐れて垂れ込むヤツもいない。――ここまで話せば、わかるだろ? 多分、お前らの推測通りだ。アルフォーラは、軍用品を裏で横流している。どこのどいつに、とまではわからんが」
「よく、そんな事を知っているな」
感心したようにサイが言うと
「なに、造作もないって。アルフォーラから買っている携帯食糧は口が曲がるほど不味いのさ。奴ら、安物のレーションを売りつけておいて、帳簿には高級レーションの値段をつけてやがるんだ。だから、これくらいの事情は下っ端の兵士でも知っているよ」
事も無げに言ってのけたゼダス。
上層部の腐敗はそういった形で、下層の兵士達にすら見抜かれていくようであった。
ミーティングルームには、サラ、ショーコ、ナナ、ユイ、リベルがいて、サイの報告に耳を傾けていた。
「アルフォーラ、だっけ? そりゃあ、儲かるでしょうね。カイレル・ヴァーレン紛争とかノースレム内戦なんかあったから、ここんとこ軍隊さんも色々物入りでしょうし。ましてや、そんな汚い真似が堂々とまかり通るとあれば」
恐るべき国家機構と国軍の実態に、呆れかえっているショーコ。
「そっか。ゼダスも元気だったのね」
旧友のつつがない消息を聞き、ナナはちょっと懐かしそうな顔をした。冷静に食事の味の良し悪しを嗅ぎ分けているくらいだから相変わらずだと思ったりした。
「じゃあじゃあ、ですよ?」
しきりと前髪を気にしていたユイが口を開いた。
「アルフォーラが怪しいコトをやってるとして、そこから流れ出た軍用品がMoon-lightsの手に渡った。ということは、つまり……あれ?」
混乱している。
すると「あれだ、今回の一件はアルテミスの奴らがこぞって仕組んだ悪巧みだと思っていいってコトだろ? ボーズが仕入れてきた話が本当なら、組織ぐるみじゃねェか。間違いねェよ」
リベルが断言した。
ほぼ、そう思っていいであろう。
が、サイには懸念が一つ、なくもない。
「ただ、残念ながらゼダスのヤツもアルフォーラがSSSDを扱っているかどうかというのは、確証を持てないって言ってました。あいつ、陸団歩兵だからCMDの事までは詳しく知らなかったんですよ」
SSSDとアルフォーラの関係がはっきりしなければ、決定的な証拠とはならない。
「そっかぁ……。上手くいかないですねぇ……」
少しがっかりしているユイ。
そんな一同のやり取りを、サラはニヤニヤしながら聞いていたが
「実はね、サイ君。先日、ヴォルデさんも軍の統括指令部にお邪魔して、たまたまその話を聞いたらしいのよ」
「なーんだ。じゃ俺、ゼダスに会わなくても良かったじゃないですか」
笑いながら抗議すると
「でもないのよ。ヴォルデさんはアルフォーラ内部の話までは聞けてないみたいだし。サイ君が教えてもらったその話、かなり有効だと思うわ。それに」どこから手に入れたのか、SSSDに関する資料を皆に示して見せ「ゼダス君の言う通り、残念ながらSSSDの納入についてはアルフォーラといえども刺さり込む余地はなかった。……ではあるんだけど」
資料をめくり、何枚目かにさっと目を通したサラは
「SSSD、暗時高感度狙撃照準システム。このとんでもない機械の開発に成功したのが海向こう、カイレル・ヴァーレン共和国に籍を置く『ゴズナーバ』とかいう精密機器のメーカーね。SSSDは開発後、カイレル・ヴァーレン国軍の重大機密として秘匿されていたんだけど――」
四年前、カイレル・ヴァーレン共和国の北方に位置するノースレムなる小国で政治的混乱から内戦が勃発した。第一次ノースレム内戦と呼ばれる紛争で、クーデター軍側にテロ組織アミュード・ダンが加勢する気配を見せた。これの長期化とテロ組織の跳梁を恐れたノースレムの隣国カイレル・ヴァーレンは軍事介入を決断、同盟国ヴィルフェイト合衆国にも協力を要請した。
「どうも、この時よ。シェルヴァール州に駐屯する国軍陸団CMD特殊部隊、通称『SMS』にSSSDを搭載した機体が導入されたのは。ヴィルフェイト国軍は軍事介入に協力する見返りとして、幾つかの技術供与を受けている。その一つがSSSDね」
「あ、なるほど。コーノさんの話がそれだったんですね」
納得がいったサイはポンと手を打った。
「で、興味深いのはここからなんだけど」
サラはまだそれ以上の事実をつかんでいるらしい。
――ノースレム内戦沈静化ののち、SSSDの驚異的な効果を知ったヴィルフェイト国軍は、直ちに国産化して量産を急ぐべくシェルヴァール州にある国軍総合研究所にて解析に着手した。
機構そのものはほぼ把握されたが、これを製品化するには業者に委託しなければならない。
紆余曲折を経て、SSSDの生産は「シェドライン精機」なるメーカーの手に委ねられた。
軍用の特注品を生産する権利を得た同社、収入面では安泰を約束された筈であった。
「ところが、よ。つい最近の話ね」
突如、買収されたという。
「シェルヴァール州を本拠として急成長を遂げた精密機器メーカー……って言ったら、もうわかるわよね?」
「ええっ!? アルテミスに!?」
一同、驚いている。
予想以上のリアクションに、サラはちょっと苦笑して
「ま、あくまでも買収よ。M&Aじゃないから、シェドライン精機そのものがアルテミスになってしまったということじゃないの。――それでも、アルテミス傘下となったのは事実ね。ちなみに、シェドラインはアレティノ・スル精密機器工業と名称を変えたみたい」
つまり、現在はそこでSSSDが生産され、ヴィルフェイト国軍に納入されているということになる。
軍事機密に関わる装備品ゆえ、特定商社を介する納入品目からは外れて当然である。アルフォーラとしては喉から手が出るほど欲しくとも、扱わせてもらえなかったのであろう。
「ほおーっ……」
皆、驚いた顔でサラを見つめている。
いつの間に、そういうことを調べ上げたのであろう。
彼等の無言の疑問に答えるように、サラは
「みんな、誤解しないでね? 私個人じゃあ、ここまで調べるなんて無理よ。――ヴォルデさん、ね。昨日国軍統括指令部でアルフォーラの話を聞いて、それで調べたみたい。ヴォルデさんほどの方なら、幾らでも伝手なんてあるでしょうしね」
あっさりとタネを割った。
が、もはや誰が調べたにせよ、それはもう一同の関心事ではない。
いよいよ事件の核心が見えてきたことに、皆目の前が明るくなっていく思いがした。
ヴォルデが調べ上げた事実は、何もMoon-lightsの騒ぎだけに関連しているのではなかった。
「……ってことは、ここ最近のリン・ゼールが妙にいいモノ持っていたってのも、何か関係あるのかしら? CMDとかジャミング装置とか、海向こうに軍用っていうキーワードと合致するじゃない。あのCQPたらいうCMD、カイレル・ヴァーレン製の軍用機だったっていうじゃないよ」
ショーコが思い出したように言うと、サイは同意したように頷き
「ああ、海外にパイプを持つアルフォーラなら、それくらいのことはやれそうですね。アルテミスなら、傘下に海運会社も持っている。上手いことやれば、国内にテロ組織が欲しがっている物を何でも持ち込むのが可能じゃないですか」
ああだこうだと活発な議論を始めたStar-lineの面々。
セカンドグループ潰滅の報を受けた時点ではすっかり生気を失ったサラも、敵を追い詰めてゆく手応えを感じて元気を取り戻してきたようである。
気がつけば、夜も更けている。
なおも続こうとする議論を取りまとめるように、ショーコは立ち上がり
「ようやく、あたし達が望む方向性が見えてきたわね。セカンドグループを強襲したのがMoon-lightsの連中で、そしてその元締めであるアルテミスはグループ会社を通じて闇でテロ組織とつながっている可能性がある。いや、むしろグループそのものがテロ組織と関連している、っていう可能性が出てきた。あとは、ヴォルデさんとセレアさんとどうやって詰めていくかを相談するから、もう少しだけ辛抱して頂戴」
「了解です」
サイ、ナナ、ユイ、リベルがそこここで頷いて見せた。
その翌日のことである。
「――ねぇねぇショーコちゃん、ちょおっと、相談があるんだけど……」
オフィスで事務作業に勤しんでいると、ひょっこりとリファがやってきた。
猫がすり寄るような彼女の態度が気に入らないショーコは
「はん?」
素っ気なく鼻で返事をしてやった。
「何か用? 忙しいから、急ぎじゃないなら後にして」
視線はコンピュータの画面に注がれたままである。指はカタカタと小気味よくキーボードを叩き続けている。まったく、リファが持ってくる用事などどういう意味もないものだとショーコは思っている。
が、リファは甘えたように、胸の前で両手をもじもじとさせながら
「冷たいなぁ、ショーコちゃんたら。あのね、急ぎってば急ぎだし、違うってば違うし……」
「じゃ、後でね」即答。
すると、リファは悲しそうな顔をして
「でもでも、大事な話なのよぉ。聞いて聞いて、ショーコちゃん!」
やっぱり、すぐにでも聞いて欲しいらしい。
「うっさいなぁ。後にして。これ全部、打ち終わってからね」
「さっき、イリスちゃんから電話があったのね」
許可もしていないのに、勝手に喋り始めた。
「前に提供してくれた何とかシートってあるでしょ? あれをもっと改良したから、試しに使ってみて欲しいっていうのよ」
ショーコが全身でぴくりと反応した。
「対衝撃緩衝シート? 何だって、今さら?」
「何でもねぇ、イリスちゃんが言ってたんだけど」
リファは人差し指を顎に当て、会話の内容を思い出しているようだったが
「この間、副所長さんがここに来たんでしょ? で、そのあとイリスちゃんを呼んで『裏のルートで新しい素材を手に入れたから、これを使って大至急装甲シートの試作品を完成させてくれ』って頼んできたんだって。それでイリスちゃん、徹夜して頑張って、あたし達のために作ってくれたのよぉ? 彼女が言うにはぁ、グラスなんとかっていう素材にとっても近い品質でぇ、センサーの反射光がなんだかかんだかだって――」
ガシッ
言い終わらぬうちに、ショーコがリファの腕をしっかりとつかんでいた。
首がぐりっと機械的に動き、視線がまっすぐにリファをとらえている。
「――OK。一秒でも早いトコ、持ってこいって言っときなさい」
それだけ言うと、彼女は再び自分の作業に没頭し始めた。
「へ……? あ、うん、そう? いいのね?」
また怒られるものと思っていたにも関わらず、ショーコの意外な反応に気を良くしたリファ。
ぴょんぴょんと跳ねながら傍を離れていこうとした彼女に、ショーコの声が追いかけてきた。
「……ああ、今回も費用はあっち持ちでね」
午後、サラとショーコはシェフィを見舞ったあと、スティーレイン財団のビルへと向かった。
ヴォルデ本人に相談があり、連絡をつけておいたのである。セレアも一緒に待ってくれているであろう。
財団ビル四十五階にある応接室に通されると、ヴォルデとセレアが出迎えてくれた。
「まずは、近況を聞こうじゃないか。あの日以来、本部舎に顔も出せていなくて本当に申し訳ない」
ヴォルデが聞きたがったので、サラは隊の現状について簡潔に説明した。サイやショーコが積極的に事実の解明に動いてくれていること、リベルやブルーナも本部舎に泊り込みで変事に備えてくれていることなどなど――。
うんうんと聞いていたヴォルデは、一頻りの報告が終わると相好を崩し二人に微笑みかけ
「――チームが大変な時に、よくここまで頑張ってくれたね。本当に、ご苦労でした。感謝の言葉もないと思っている。ありがとう。本当に、ありがとう」
優しくそう言葉をかけられた瞬間、サラは急に下を向いた。
ショーコが横から覗き込むと、俯いてぼろぽろと涙をこぼしていたが、やがて泣き始めた。
ちょっと切なそうに微笑みながら、その様子をじっと見守っているセレア。
サラの気持ちが痛いほどわかっているショーコもちょっとばかりぐっときたが、そこは堪えた。いくら心の底から激励されたからといっても、隊長と副長が二人揃って泣くのはどうにも格好悪いと思った。
それに、今日は大事な相談を持ってきている。
泣いているサラの代わりにそれを言わねばなるまいと、ショーコは口を開き
「隊の現状は今、サラが申し上げた通りです。対峙する敵の正体が判明したことで、士気も大いに高まっています。正直なところ、大きな問題はありません。――ただし、ひとつだけ気になることですが、Moon-lightsの攻撃がこれだけに留まるとは思えません。今後、第二波、あるいは第三波があると予想されます。あたし達としては、出来る限りCMDの乱闘などは望みませんし、穏便に済ませたいとは思います。しかし――」
「……ショーコ君。一つだけ、我々の間で認識をはっきりさせておこうと思うのだが」
ヴォルデの眼差しが、まっすぐにショーコをとらえている。
彼は居住まいを正してから
「Moon-lightsは、テロ組織またはテロ組織幇助団体であると考え、行動してよろしい」
お墨付きが出た。
つまり、迎撃して構わないのである。
あるいは、目的が明確な――即ち、この前のような破壊行為、警備妨害行為のことだが――行動を探知した場合、こちらから阻止に動いてもいいという意味合いを含んでいる。それを遠まわしに言ったのは、あくまでも責任は自分がとるというニュアンスである。示唆した、といえば的確かも知れない。
ヴォルデは静かに微笑している。まるで、二人の思惑をよんでいるかのようである。
言いたいことを先回りされ、ちょっと呆気にとられたショーコだったが、すぐにいつもの彼女に戻り
「……了解いたしました。今後、そのようにいたします」
きっぱりと返答した。
「理由については、先日サラ君に渡した資料の通りだ。もはや、疑いを容れる余地はない。彼等アルテミスは傘下組織Moon-lightsを使って我々に凶悪な攻撃を仕掛けてきている。事実関係についてはもう少し調査が必要だが、適当な事実が把握でき次第、スティーレイングループとして正式に国家公安機構に刑事告発するつもりでいる。……もっとも」
ヴォルデは小さく笑みを浮かべた。
「アルテミスは国家権力に取り入っている。その手先たる公安が素直に聞いてくれるとも思えん。まずは、我々が直々にお仕置きしてやるよりなさそうだがね」
と言ってから、彼はふと思い出したように
「そういえば、サイ君の調子はどうかね? もし、何か不足があるようなら、出来る限りの相談にはのろうと思っているのだが。機体のことでも体制のことでも何でもいい、彼は何か言っていないのかな」
言い換えれば、MDP-0とサイだけで問題ないかと問うている。
実のところ、サラはショーコとその点を議論していた。
二人の結論として、念のために予備機を借りようということになり、わざわざヴォルデの元を訪れたのである。予備機を借りたとしても、搭乗できるのは現状ではサラしかいない。彼女は、自らCMDを駆ってMoon-lightsと対決する腹を固めていた。
であるから、サラはそのことを切り出そうとした。
ところが、隣のショーコはここへ来て何を思ったか
「あのコンビとナナちゃんがいる限り、もうStar-lineが負けることはありません。どうか、ご安心ください。必ず、あのMoon-lightsを沈黙させてやります」
何の躊躇いもなく言い切った。
その放言に、サラは驚いてしまった。事前の打ち合わせも何もないではないか。
が、ショーコの発言を聞いたヴォルデは、嬉しそうに何度も頷き
「そうかそうか、何よりだよ。……聞けば、サイ君もナナ君もまだ隊務に慣れないセカンドグループを扶けて、よく働いてくれているそうじゃないかね。頼もしい。実に頼もしい。彼等には、感謝しても感謝しきれないほどだよ。私は愉快でならないんだ」
手放しで喜んでいる。
その様を見たサラは、それ以上何も言えなくなってしまった。
そうして何点か細かい打ち合わせを済ませたのち、辞去しようとした二人を、ヴォルデは急に呼び止めた。
「そうそう、忘れていたよ。スティリアム研究所の方から、話は届いただろうか? 電話で指示だけ出してあったものだから、ついつい確認を取っていなかった」
……話?
何も聞いていないサラは訝しげな顔をしたが、ショーコはぴっと敬礼をして
「ありがとうございます。何より心強いご支援です。立派に活用してご覧に入れます!」