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月光編10 微かな星の瞬き

「ちょっとちょっと、一体どうしたっていうのよ!? 何があったの?」

 駆け込んでくるなり独り騒いでいるカレンをちらりと一瞥したキャスは

「……どうしたもこうしたもないわよ。これからって時に、ファーストの連中が来やがるんだもの。撤収するしかないでしょうが」

 機嫌が悪い。チェアの上で踏ん反り返りそっぽを向いている。

「ファーストグループが? なんで!? あたし、確かに彼等がE地区に向かうのを――」

「カレンさぁ、ほんっとーにそれ、ファーストグループだったのぉ? もしかして、治安機構とか他所の警備会社だったんじゃないの?」

 カレンが言いかけたのを遮ったノイア。

 彼女はまた例によって俯きながら枝毛を探していたが、急に手を停めてカレンの方へ視線を向けた。

 ギロリとしたその目は、可憐そうな全体の容姿からは想像もつかないほどに鋭く、殺気を帯びていた。彼女もまた、カレンを疑っているらしい。

 こうなると、カレンとしては自己弁護に躍起にならざるを得ない。

 事態が事態だから多少疑いをかけられてもやむを得ないとは思うのだが、かといって怠慢でいた覚えはない。間違いなく、高速規格道を駆け抜けていくファーストグループの一団を確認している。

 ふうっと大きく息をつくと、背筋を伸ばして胸を張り

「ま、疑いたくなるのは仕方がないでしょうね。あんた達の大好きな殺戮を途中で邪魔されたとあればね。――でも、あたしは間違いなくE地区の陽動を仕掛けて、ファーストの連中がそっちに向かうのを確認している。なんだったら、エラから写真見せてもらえば?」

 さらに彼女は「もう一つ言っておくけど――どうしても気に食わないって言うんなら、ボスに判定を依頼したって構わないのよ? あたしがサボっていたのかどうか、調べるんだったら調べてもらって結構。その代わり、もしあたしが潔白だったら今度はあんた達の腕前を疑われるでしょうね」

 付け加えておいた。

 この二人を黙らせるには、ボスの名を出すのが手っ取り早い。

 案の定、すかさずキャスが反応し

「ちょ、ちょっと待ちなって! あたしらだって、手ェ抜いてたワケじゃないんだよォ!? あんたも聞いてたでしょ、DX-2を停めるまでに2分かかってないって。あれは明らかにエマーよ、エマー! まっさか、ファーストがあんなに早く駆けつけるなんて……」

 緊急事態だったと言いたいらしい。

 それを耳にしたカレンはニヤリと笑い

「……なるほど。エマーであったことは認めるのね?」

「……」

 緊急事態であったと自ら口に出してしまったキャスは、それ以上何も言えなくなってしまった。

 諦めたように黙り込むと、ドサリとチェアに腰を下ろした。

「それにしてもさぁ」ノイアもまた、ころりと風向きを変え「どうしてファーストの連中、行く先を変えてきたんだろうねぇ。意味わかんなーい。もうちょっとで、セカンドの三人を始末できるところだったのに」

 あ、セカンドは三人だけだったのか。

 カレンは悟った。

 どうやら、ショーコは同行していなかったらしい。

「あたしは2342頃、第七パーキングでファーストの連中が通り過ぎるのを確認してから、上り線に入っている。ってことは、彼等はその後すぐに引き返したって話よね? その時限って、二人とも……」

「まだよ。だって、セカンドの連中がW地区に到着したのが2401頃だもの。ミッションスタートが2403。だから、2342の時点でファーストの連中が引き返さなくちゃならない事象は何も起きちゃいないんだよ」

 キャスは不思議そうな顔をした。

「……急に、合流指示が出たとか?」

 これはノイアの推測である。

 が、E地区にはわざわざ高レベルで緊急出動要請がかかるよう、仕掛けを施してあったのである。

 そちらを捨ててセカンドの支援に回るよう命令があったとは考えにくい。

 どのみち、あれこれ考えてみたところで答えは出なさそうであった。

「……ところで、エラは? まだ来てないの?」

 右手の親指を立て、くいっくいっと隣の部屋を指して見せたキャス。

「こもってるよ。SBPの見直しが必要だって。――カノジョなりにショックだったんじゃない? 自分の立案したプランがこうもあっさりひっくり返されちゃあ、さ」

「ふーん……」

 エラの計画に不備があったというよりも、Star-lineの内部によほど強運の持ち主か、あるいは直感の優れた人間がいたというセンは考えられないだろうか――カレンはふと思った。

 であるとするならば、だ。

(どんなに綿密なプランを立ててみても無駄よね。相手は神か仏の領域なんだから)



 オフィスの中を覗くと、中にはサイが一人いるだけだった。

 彼はデスクに向かい、真剣な表情でパソコンを操作していた。

「……サイ、お昼にしましょ? ウェラさんが色々と持ってきてくれたよ」

「あ? もう、そんな時間か。全然、気付かなかった」

 よほど集中していたらしい。

 近づいていって背後から彼の手元を覗き込んだナナは

「あら? 一昨日出動した時のNセンサーログじゃない。なんか、新しい発見でもあった?」

 何気ないつもりで、訊いてみた。

 するとサイはうむ、と頷き

「いやさ、例のR地区でもナナが機影を捉えただろ? あん時も一瞬だけ感知していたけど、今回もそうなんだよな。MDP-0のはちょっといいヤツだからもう少しマシかなと思って調べてみたんだけど」

 タンッとエンターキーを叩いた。

 黒い画面の中心に薄い赤丸が表示されたが、コンマ数秒の間に消えてしまった。

 画面左下には表示時間がカウントされているが、ほとんど1秒かかっていない。

「この通りさ。で、R地区のと今回の犯人が同じ機体であると仮定するなら」

 腕を組みながらじっとナナの顔を見つめた。

「――奴ら、機体に特殊な装甲を施していると思っていいんじゃないだろうか? ティアは確かに機体の稼働音を聞いたって証言していただろ?」

「そうね。ただ、センサーが何も反応していないから、何がなんだかわからなかった、って……」

 しかし、とサイは思うのである。

 警備システムにしろ自分達にしろ、機械の判断に頼りきっているから今の今まで相手の実態がつかめずにいた。というよりも、翻弄され続けてきたといっていい。

 だが、ティアは自分の感覚でCMDの存在をキャッチしており、現にMoon-lightsのダミー機やらセカンドのDX-2がこうして破壊されているのである。

 つまりは――センサーの裏をかくことのできる機体がこの都市のどこかに存在し、二つの事件ともそれらの仕業と考えた方がごく自然ではないのか。センサーの精度を検証するのも悪くはないが、ここは一つ、そういう怪奇な機体の生産ができたものかどうか、調べてみた方がいい。

 話は飛躍するかも知れないが、もしそれをStar-lineでも採用することが可能ならば――今度はこちらが相手の裏をかけるということになりはすまいか。

 ということを、くどくどと回りくどい表現で述べてみたサイ。

 もともと口が回る方ではないから、話をするのが下手なのである。

 彼の発言をうんうんと聴いていたナナは話が一区切りすると

「それ、何とかなるんじゃないかしら? そういうことに詳しい人達がいるじゃない! スティーレイングループの中にも」

 閃いたように手を叩いた。

 彼女が言う意味に気がついたサイ。彼女が賛同してくれたからには、渡りに船といっていい。

「おお、そうだ! そうだよな! んじゃ、早速ショーコさんに――って、今日はどっか行ってるんだっけ? そういや朝から隊長もショーコさんもいなかったな」

「警察機構じゃなかったかしら? 重機専任課の腰が重いって、ショーコさんが怒り狂っていたもの。だからって、いきなりアルテミスを調べてくれって言ってもね……」

 ナナはやれやれ、という仕草をした。  

 苦肉の策なのだろうが、そうも簡単に警察機構が動いてくれるとも思えない。



 サイとナナが警察機構は頼りにならんと話をしていた、その頃。 

 M地区・警察機構本庁十二階にある重機専任課のオフィスでは、サラの咆える声が轟いていた。

「そんな! 現に、うちの隊員が襲われて負傷しているんですよ! 何故、対応できないんですか!?」

 オフィスは他の部署と一続きになっており、壁も敷居もない。

 皆、何事かといった顔でこちらの方を見たが、必死なサラは意にも介していない。

「あーまー、仰ることは十分わかるんですが……。何かこう、Star-lineさんの方でも残っていないですかね? CMDのメインカメラ映像とか、何かのログデータでもいいですが。確かに、我々も現場へ出動してますし捜査には取り掛かっていますが、かといってアルテミスグループの犯行だと言われたところで、何の証拠もないんですよ」

 うんざりしたように答えているのは、一昨日現場で会った警部補の男である。

 いきなり乗り込んでくるなり「アルテミスグループとMoon-lightsを家宅捜索せよ」と強訴され、彼はほとほと弱り果てていた。そういう真似ができる筈がないではないか。そもそも、犯人がアルテミスの人間であることを立証するような手がかりは一つたりともないのだ。

 が、サラは退かない。

 警備干渉騒ぎにはじまり、数々のメディアによるデマ記事、誤報騒ぎなど多数の例を引き合いに出し

「アルテミスグループによる当社への嫌がらせであることは、向こうも認めているんですよ!? 今回だって、散々に嫌がらせを仕掛けてきた挙げ句、隊員を殺傷しようとした。放っておけば、都市の治安を根底から揺るがしかねないというのに、何故警察機構は動こうとなさらないのですか!?」

 今の彼女は、明らかに冷静さを欠いていた。

 大事な部下を殺されかけ、重傷を負わされたとあればそれも心情として頷けなくはないのだが――かといって、世間一般というのはそういう感情で動くようには出来ていない。

 結局警部補では埒が開かず、サラは課長まで引き摺り出して直談判に及んだ。

 しかし、三十代後半の重機専任課課長という男が一応同情の色は見せたものの、Moon-lightsへの家宅捜索については首を縦に振らなかった。

 決定的な証拠が取れない以上、アルテミスグループへの捜査に踏み切ることはできないというのである。話は堂々巡りせざるを得ない。

 サラとて、出せるものなら幾らでも提出したい。

 が――メインカメラを潰されている上にあの闇、そして不意打ちである。

 バックアップが役割のティアもミサも、相手を現認する前に負傷して意識を失っており、何も見ていないのであった。

 どうともしようがない。

 アルテミスを犯人呼ばわりしてみたところで、警察機構が動いてくれる筈もなかった。

「しかし、課長! 私達は――」

「……もう、いいわ。サラ、行くわよ?」

「ショーコ! でも、でも――」

 なおも食い下がろうとするサラを引っ張りつつ、

「いや、ご厄介をおかけしました。私達は、これにて。何かわかりましたら、お知らせください」

 ショーコは丁寧に頭を下げた。

 課長の男は、やっと解放されたという表情を隠さなかったが、それでもすぐに顔を引き締め

「いえ、すぐにご希望に沿うことができずに大変心苦しいと思います。……ですが、我々としても卑劣な犯人を野放しにしておくつもりはありませんので。全力で捜査を進めてまいります」

 重機専任課を辞したショーコのあとを、まるで親を慕う子供のようについていくサラ。

 歩きながら歯を食いしばって悔しさを堪えているのが見た目にわかったが、ショーコは何も言わなかった。。

 が、我慢がならなくなったのか、エレベーターに乗り込むなり

「私、みんなを守れなかった……隊長失格よ……」

 しゃがみ込んで泣き出してしまった。

「……」

 そんな彼女を、辛そうな表情で見下ろしているショーコ。

 まだ年若い上に、人一倍責任感の強いサラにしてみれば、今回負傷者を出してしまったことは痛恨事であったろう。犯人を憎む前に、自分を強く責めてしまっている。そんな心の内が手に取るようにわかるだけに、ショーコとしてもいたたまれない気持ちがある。

「……サラ、何度も言うけど、そういうことじゃないわ。泣きたくなるのはわかるけれども」

 声をかけながら、自分も泣きたくなってくる。

 しかしショーコのそれはサラの心情を酌んでのことであり、この現状を悲嘆する意味ではない。

 彼女には、一つの信念があった。

 実はさっき、サラが咆えているその背後で、彼女の携帯端末にサイからメールが届いていたのである。

 それに目を通したショーコは思わずニヤリとしかけたが、とりあえず無表情を取り繕っておいた。

 これからすぐにでもその件に取り掛かりたいのだが、すっかり自信を喪失して泣きじゃくっているサラを放っておく訳にもいかない。

「……とりあえず、帰りましょ? この件については、あたしに少し考えがある。だから、あなたはサイ君とかナナちゃんとか、元気に頑張っているコ達を支えてあげて」

 まだ泣き止まない彼女を抱き抱えるようにして、ショーコは警察機構本庁を後にした。

 Star-lineの制服を着た女性が、泣きながら警察機構本庁を去って行く。

 途中、二人とすれ違った警察機構職員達は、何事かといった目で振り返ったりした。

 恥かしいやら情けないやら腹が立つやら、ショーコはいたたまれない気持ちになったが、すでに腹の奥では決意を固めている。

(Moon-lightsの連中、絶対に許さないんだから。全員まとめて引っ括って、警察機構に突き出してやるんだから!)

 


「――そうか。わかったよ。……いや、忙しいところ、済まなかったね」

 電話を切ったヴォルデの表情はすぐれない。

「お爺様、警察機構の方はなんと……?」

 問うたセレアの方へ目線をやりつつ、小さく微笑したヴォルデは

「……結論からいって、動きようがない、という感じだな。いやはや、企業犯罪というのも、実に性質が悪いものだよ」

 彼は企業犯罪、という大層な表現を用いたが、あるいはそうであろう。

 系列のメディアが尻馬にのって動いているからには、Moon-lights単独というには当たるまい。

 この手の企てにやられるのが初めてではないヴォルデ。

 組織ぐるみの謀略がいかに悪質極まりないものであるかということは、身に沁みて知っていた。

 明確な企業間抗争であれば、まだ報復手段を講じる方途がなくもない。

 しかし、アルテミスの連中は巧妙にも、世間に公にならないように水面下で事を運んでいるのである。それは、スティーレイングループとしてどういう社会的報復にも出られないよう、仔細な計算によって裏打ちされているに違いない。ヴォルデ以下スティーレイン側がアルテミスの犯罪性を立証できなければ、どういう報復措置に及ぼうとも、世間の目にはスティーレインの一方的な逆恨みとしか映らない。そうなってしまえば、スティーレイングループは一切の対外的な信用を失い、やがては瓦解に至るであろう。

 例え最悪の事態に直面しようとも、決して「困った」とは言わないヴォルデ。

 その彼をしても、ほとほと途方に暮れる思いがせぬでもなかった。

 まして、まだ若いセレアなどは彼の傍で一緒に困り果てているよりないのであった。

 ふと、ヴォルデは思い出したように

「そういえば、Star-lineの皆は大丈夫かね? 片グループだけの運用になってしまって、さぞかし大変なことになっているだろう。至急、手を打たねばなるまい」

「ええ、実はそうなのですが……。今日の今では、急なグループ編成の拡充というのも……」

 セレアはそのことで頭を痛めている。

 いかにSTRの組織体制が充実しているといえども、肝心な部分ではStar-lineの代用にはなりえない。

「ふむ……」

 少しの間、じっとデスクの上の一点を見つめていたヴォルデ。

 やがて受話器に手を伸ばし

「ここは一つ、やむを得ないが先輩のお力を貸していただくことにしよう。――極左組織と対抗し続けてきた老舗企業グループだから、我々よりも警備陣営ははるかに充実しているからね」

 電話をかけ始めた。

 ああ、と頓悟したセレア。

 ヴォルデはミネアノス重工の会長へ直々に、警備面での支援を依頼するつもりらしい。



 自力で立っているのも難しくなっているサラを本部舎まで送り届けてから、ショーコはその足でA地区へと向かった。行く先はスティリアム物理工学研究所である。

 サイやナナを伴って行きたかったが、セカンドグループが潰滅している以上、ファーストグループのメンバーを留守にさせる訳にはいかなかった。

 A地区にたどり着いた頃には、すでに夕刻となっていた。

 リファの友人らしいイリスとかいう女性は不在らしかったが、それは別にどうでも良い。

 入り口でStar-lineの社員証を提示し、技術創造室の人間は誰かいないかと訊いてみた。

「お待ちください。ただ今、確認をとってみますので……」

 警備員が内線で連絡している間、ショーコは入り口傍の応接ソファに腰掛けて踏ん反りかえっていた。見回せば、玄関ホールは至ってコンパクトで、これといって愛想のない造りになっている。研究開発が専門の機関だから、そういうことには一切気を遣わないのかと勝手に想像していると

「……お待たせいたしました。当研究所で副所長をしております、コーノ・ビレッドと申します」

 奥のセキュリティドアが開いて、一人の男性が近づいてきた。

 背が高く、口数の少なそうな中年男性である。眼鏡をかけていて学究肌といった印象を受けるものの、レンズの奥の眼差しが殊の他柔らかかった。

 ショーコは立ち上がって名刺を差し出し

「Star-line副長、ショーコ・サクです。アポもなしにお邪魔してしまって、申し訳ありません」

「いえいえ。とても大変な状況であることは存じ上げております。きっと、その件でお越しになられたのでしょう? こんなところではなんですので、どうぞこちらへ」

 奥へ案内してくれた。

 なんと直感のいい人物だろうと驚きつつ、ショーコは後に従った。

 通された応接室には窓一つなかったが、その代わり応接セットをぐるりと取り囲むようにして巨大なドーナツ状の水槽が設置されている。アクアブルーの水槽の中では、色とりどりの熱帯魚達がのびのびと泳ぎまわっていた。来客はあたかも、水族館でも訪問している気分になるであろう。

 決して不愉快ではないのだが、その発想に度肝を抜かれてしまったショーコ。

 呆然としていると

「……セキュリティ上の都合で窓を設けることができないものですから。色々考えてみたんですが、恐らくこれが一番良かろうと思いまして……」

 思いまして?

「これ……副所長が発案されたんですか?」

「はい、私でございます」

 にこやかに答えたコーノ。

 もはや、突っ込むことは憚られた。センスの良し悪しを論じても半ば無意味としか思われない。

 その魚達に囲まれたソファに腰掛けると、卓を挟んでコーノも正面に座った。

 スティリアム物理工学研究所とStar-line、双方の副長同士が対面しているという構図になる。

「さて、伺いましょう。ここなら、どんな機密事項でもお話いただいて結構です。よほどの方しかお通ししない部屋なんですよ」

 ああ、とショーコは納得した。

 ここへは何度か遊びにきている筈のリファは、この水族館応接室について喋ったことがなかった。だが、なんのことはない、それだけの重要人物として扱われていないだけの話である。

「いえ、本日お邪魔したのはですね――」   

 辞儀をあらため、つい先日の惨劇について詳しく語った。

 彼女が喋っている間、コーノは一言も口を挟むことなくふんふんと黙って聞いていた。

 話が一区切りすると

「なるほど。現場は宇宙のように暗い場所、と。そんなところでいきなり襲われては、どういう高性能なCMDでも反撃することは難しいでしょう」何度も何度も頷き「……よく、死人が出なかったものです。これはとても幸運なことでした」

 寡黙そうな割に意外と聞き上手なコーノ。ただし表現がかなり大袈裟過ぎで、ショーコは可笑しくなった。

 ちょっと気をよくした彼女は最も聞きたいことを切り出した。

「わからないのは、うちのDX-2は高感度の暗視対応カメラを積んでいたこと、そしてCMDが潜んでいたのであれば、少なくとも対機体感知センサーに引っかかった筈なんです。それなのに、ほとんど不意打ちをくって叩きのめされ、隊員が三人も負傷させられ、ついでに相手がわからないときた。……いや、見当はついているんです。しかし、証明できる手立てが何一つない」

 笑わずに「――お手上げです」

 さらに、数々の誤報騒ぎ、そしてR地区での事件を挙げて、Star-lineがいかに不可解な事件に巻き込まれているかという状況を説明した。

 少しの間、コーノはじっと卓の上を見つめていた。

「ふむ……」

 ややあって彼は目線を上げてショーコを見、そして口を開いた。

「それはつまり」にこと微笑を浮かべ「最新の対CMD感知センサーが見過ごしてしまうような性能を持った機体、いや、技術と申し上げた方がよいでしょう、そういったものが市中で入手できたものかどうか、と」

 カンのいい男である。

 ずばり要点をまとめて把握してしまっている。

 ショーコは頷き

「ええ、そうです。正直、この話は市中のありとあらゆる警備システムと治安に関わってくるといってよろしいかと思っています。私達のように、誤報騒ぎに振り回された挙げ句、一昨日みたいに突然実機で襲われようものなら、隊員が何人いても足りたものではない。一刻も早く、究明しなければならない事象であると認識しています。ヴォルデ会長も、R地区の件を持ち出されて都市治安委員会からされでもの指摘を受けてしまったようですから」

 昨日、本部舎を訪れてきた彼自身から聞いた話である。

「なるほど。お話はよーくわかりました」

 コーノはそれから、ややしばらく沈黙してのけた。

 手持ち無沙汰のショーコは水槽の中の魚達を眺めつつ、数を数えている。

「……ふむ、よろしいでしょう」

 ようやく、コーノが口を開いた。

 が、意外にも、その表情は決して暗くなかった。

「……それでここへ相談に来られたというのは、ショーコ副長さん、いいセンスをお持ちのようです。今あなたがされたお話、実はかなりのヒントが含まれていますね。我々としても、CMD開発関係については出来るだけ新しい情報をつかむようにしていますから、どこまでご参考になるかわかりませんが、あるいはお力になれるかも知れません」

「え……? といいますと?」

 コーノは微笑した。笑うと、殊更に柔和な印象をあたえる人物である。

「ポイントは一点に絞られるかと思います。要は、どうして警備システムの根幹を揺るがすような特徴を具えた機体が市中に存在しているのかということです。あなたは一昨日の襲撃事件についても疑問をお持ちのようだが、そちらに関しては大して小難しい話ではありません。――それよりも、透明人間のようにセンサーを擦り抜ける機体、そちらの方が問題としては厄介でしょうね。ですが、そのために用いられた技術がどこで造られたものか、あるいはどうやって入手したのか、今それを積んでいる機体がどれだけあるのか、遡って調べていけば、特定するための大きな手がかりとなります。――違いますか?」

 的確な洞察である。言われてみれば、その通りだという気がする。

 なおもコーノは続ける。

「今回の一件で幸いだったのは、通常のCMDであればとても作動できないような条件下でありながら、何の支障もなく目的を遂行していることなのです。これが一般の殺人事件なら完全犯罪にもなり得たでしょうが、CMDにあっては逆なのですよ。犯人は自ら特定してくれといっているようなものです。そのことを検証するための材料が私達の研究施設にはたくさんある。だから最初に、ここへ来られたのはいいセンスをお持ちだと申し上げたのですよ」

 思いのほかの反応に、蘇生の思いがしたショーコ。

「では……」

「はい。少しだけ、お時間をいただきましょう。取り寄せたい資料もありますし、もし可能であればあなた方を苦しめる役割を果たした賊機の像についても検討してみたい」

「深く、感謝します」

 こういう言葉がショーコの口から出てくるのは珍しい。

 ――スティリアム物理工学研究所を辞した彼女は、駐車場から車を発信させようとして、ふと携帯端末を手に取った。

 サイとナナに教えてやらねばならない。

『例の一件、なんとかなりそうよ。スティリアムは協力を快諾してくれた。もうちょい、辛抱よ』

 メールを送ると、本部舎へ戻るべくアクセルを踏んだ。

 空はすっかり茜色に染まり、気持ちがいいほどの夕暮れであった。

 上手くもない鼻歌を歌いながら、ショーコはL地区へ向けて高速規格道をひた走っていく。

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