月光編9 歪んだ月影(後編)
一方、急遽出動を命じられたセカンドグループ。
W地区に到着したのは、日付が変わって間もない時刻であった。
ファー・レイメンティル州南側の地区は北部と比較してそれほど開発が進んでおらず、旧世代開発時のまま取り残された廃墟や空き地が多数目立つ。従って、深夜ともなれば南へ向かう高速規格道を通行する車両もほとんどない。セカンドグループの到着が早かったのは、そのためである。
W地区は最南端に位置する地域とあって、大手企業の事業所も工場も数える程しかない。
版図すれば、UからYの最南地区からさらに南側は開発に適さない山岳地帯が連なっており、遙か数百キロ南下してようやく辿り着くのはコーラル・サウスという小国家である。人口数万人規模のこの国は大した鉱物資源も産業もなく、市場としての発展は望むべくもなかった。自然、ヴィルフェイト合衆国国家統治機構としては多額の費用を投じて陸続きにする必要もないと判断したらしく、国家間を連結する道路も鉄道も存在しない。空路もしくは海路を利用する以外になかった。
「……何かしら、この地区。本当に、同じ都市の一部なのかしら?」
キャリアから降り立つなり、ティアが呻いた。
緊急発報発信地点として特定されたのは、W地区の最も南側、5C5Lという通りである。
都心部であればCやLのつく通りは主要幹線として少なくとも片側2車線の大通であるというのが常識だったが、彼女が立っているこの道路は片側1車線の道幅すらない。相当以前にアスファルトで舗装整備された形跡はあるものの、長い間メンテナンスされていないらしい。あちこちヒビ割れ、陥没すること甚だしい。
それ以上に三人を呆然とさせたのは――茫漠とした一面の闇であった。
街灯が皆無というほどではないが、設置されているのは百メートルおきに一つ程度、しかもろくに交換なんかされている筈もないから半分以上が切れてしまっている。満足な照度も得られていないという心細さである。周囲に何があるかということも、よくよく目を凝らさなければ見えたものではない。
北側のエリアはまだR地区に隣接していることもあって居住区も存在していたが、南地区にはそれもなく、民家どころか人影の一つすら見つけることは至難であった。
いかにも犯罪多発地域的な様相を目にしてシェフィも頷き
「これは危険なニオイがするわね。……隊長か副長にも、一緒に来てもらえば良かったかしら?」
実のところ、ショーコがセカンドグループに同行するところだったのである。深夜ということもあって、ブルーナについては宿舎棟に戻って休むようサラが指示をしていたためであった。
しかし、出動直前になって故障がでた。
G地区、スティケリア・アーヴィル重工セカンドファクトリーより、MDP-0とDX-2にFOP修正プログラムを至急インストールする必要がある旨連絡が入り、ショーコが出向いて行かなくてはならなくなった。日々の稼働データを解析中に初期設定上のバグが発見されたということなのだが、プロトタイプにはありがちな話である。とはいえ、放置しておけば重大な駆動障害を引き起こす可能性があるから、早急に対処しなければならない。
「ったくもう、こんな時に……。どうする、サラ? ファーストを追っかけで支援に向かわせる? セカンド三人娘だけじゃちょっと不安だわ」
それはサラも同感である。
どうせならリファでも同行させようかと思ったが、重大警戒レベルでの緊急発報が相次いでいるというのに本部舎で対応する人間が一人しかいないというのもまずい。
「……やむを得ないわね」
サラが断を下した。
「セカンドグループについては、シェフィ、ティア、ミサの三人で出動してもらいましょう。……ただし、現場到着後は早々に動くことのないように。まずは状況を確認した上で、必要かつ可能である場合はファーストグループの救援を待って、それから対処すること。いいかしら?」
「……OK。それしかなさそうね」
「了解いたしました! 現地での状況をみて、臨機に対応いたします!」
――そうした経緯があり、今W地区へと出動してきているのはセカンドの三人娘だけである。
「やっぱり、サイさん達の、到着を待った方が……よく、ありませんかぁ……? 何だか、真っ暗で、何も見えないですし……」
ミサがおっとりと意見を述べた。彼女は特殊装甲車の運転席に座ったまま降りようとしない。
正直、おっかなくて仕方がないティアもそれに賛成したくなったのだが、シェフィはかぶりを振った。
「いえ、緊急発報を受けている以上、ただじっとしている訳にはいかないわ。――ミサ、投光機を点けてみてくれる? あっちの方に」東の方を指し「何かあるみたいなんだけど、暗くてよくわからない。もしかしたら、あれが襲撃された運搬車かも知れない」
彼女だけは職務に忠実であろうとした。元々、あとの二人とは違って責任感が強くできている。
「はい……投光機、点けますよ……」
特殊装甲車後部に取り付けられた投光機がピカリと点灯し、照射された光が暗闇を一直線に切り裂いていった。
照らし出されたその先では、なるほど中型の車両が横倒しに転がっているではないか。
が、そこに人の動く気配はなかった。
「やっぱりね……。ティア、Nセンサーでこの付近に不審なCMDが潜んでいないかどうか、確認をお願い。私はDX-2を起こしてあの運搬車を調べてみるから」
「ええっ!? 危ないよぉ! サイさん達の救援を呼んでからにした方がいいって!」
「そうもいかないでしょう。あの車の中に、負傷者がいるかもしれないのよ? ――いざとなったら救急搬送車を呼べるようにしておいて頂戴。いいわね?」
年長であるシェフィの現場判断である。従わない訳にもいかない。
「わ、わかったよぉ。あんま、無理しないでよ?」
不承不承頷きつつ、キャリアの運転台に戻っていくティア。
シェフィはDX-2のコックピットに潜り込むと
「……DX-2、起こすわよ! 二人とも、機体動線上に入らないようにね!」
『了解っす』
『は、はい……』
機体を立ち上がらせたシェフィは、前方に転がっている廃棄物運搬車に高感度センサーでスキャニングを試みた。
モニタには熱源も生体反応も表示されていない。
「変ね。車はいいとしても、乗っていた作業員はどこへ行ったのかしら? もしかして、連れ去られたりしてないかしら?」
呟きながら、DX-2に前進を命じた。
闇に閉ざされた廃墟街に、チュイィンッ、という小型モーター音がこだましていく。
ズシャリ、ズシャリと一歩づつゆっくり歩み寄って行くDX-2。
キャリアと運搬車との隔たりは、ざっと百メートル近くある。
その中間点あたりまで歩を進めた時、
『シェフィ、気をつけてよね? ヘンなヤツがいるかも知れないんだから!』
珍しくティアが注意を促してきた。よほど不安でならないらしい。
「了解よ。十分に気をつけるわ。――ところで、周辺の状況はどう? 機影は?」
『今のところ、反応なし。気持ち悪いくらい、誰もいやしないわ。……あれぇ?』
ティアが妙な声を上げた。
その、ほとんど直後である。
ガッシャアァン――
突然、機体センサーが、何かが派手に砕かれた音をキャッチしていた。
同時に、大破した運搬車を照らし出していたサーチライトが消え、辺りは再び闇に包まれた。
「……!? 何、今の!?」
後方を振り返ろうと試みた瞬間である。
バゴォン、と機体に大きな衝撃を感じた。
「!?」
咄嗟のことで、何が起きたのかわからない。
衝撃は思いのほか大きく、バランスを失ったDX-2は尻餅をつくようにして後方へと倒れた。
「ああっ!」
コックピットを揺さぶる振動をもろに受けつつも、シェフィは反射的にモニタを確認しようと試みた。
「あ……あれ? 何で、前が見えてないの……?」
有視界メインモニタが消えている。
ステータスモニタには『NO SIGN』の表示。
つまりはメインカメラ、頭部をやられたらしい。前が見えなくなる筈である。
「な、何よいきなり!? 何がどうなっている訳!?」
焦りを隠せないシェフィ。
と、間髪を容れずズン、ズンと激しい衝撃が連続して機体を襲う。
慌ててステータスモニタを見やれば、左下腕部、右上腕部と、次々に稼働不可部位が増えていく。
警告サインは「Out of parts」、つまり部位そのものが失われているという意味である。格闘戦に持ち込まれていないというのに、機体が損傷していくという法があったものだろうか。
そもそも、周囲には機影など一体も確認できない。
にも関わらず、DX-2は瞬く間に砕かれていく。
「ティア、ティア! 聞こえてる!? DX-2が何かにやられたみたいなの! 周辺に機影はないの!?」
『機影なんて、こっちでも見えてないよォ! ……でも、すぐそばで機体の駆動音がする! 一体、どうなっているのよ!? こんなバカな事ってある!? ミサ! ミサ! 聞こえてる!?』
あたかも怪物に襲われているかのごとくティアは完全にパニックに陥っている。ほとんど泣き叫ぶようにして同僚の名を呼び続けていた。
しかも、投光機の光が消えてからというもの、ミサが応答しない。
言いしれぬ恐怖に襲われつつも、何とか冷静さを保とうとシェフィは自分に言い聞かせながら
「ティア! 本部舎に救援要請を! 発報次第、ミサと一緒にそこから逃げなさい! いいわね!?」
『救援!? 救援って、どうすればいいのよォ!? あたし、何がなんだかわかんないよぉ! ミサが返事しないの!』
「落ち着きなさい、ティア! 慌ててたら命を落とすわよ! まずは隊長に――」
動顛しているティアを必死に宥めている、その最中。
ズドォン、という衝撃とともに、ティアへの通信はぷつりと途絶えた。イヤホンからは「ザーッ」という回線不通時の雑音しか聞こえてこない。
「ティア! ティア! 応答して! ティア! どうしたの!?」
必死に呼びかけてみるが、ティアの声が返ってくる気配はなかった。
その間、シェフィの手、そしてDX-2は停止し続けている。
ほんの1分に満たない時間とはいえ、彼女はティアの安否を気にする余り、自らのおかれている状況を放置しすぎていたかも知れない。
不意に、機体にズン、という鈍い衝撃が走った。
「……!?」
あっと思う間もなかった。
ステータスモニタに一瞬『emergency! need refuge!』とエマージェンシーサインが走ったが、そのメッセージをシェフィが目にすることはなかった。
操縦席で彼女をぐるりと取り囲んでいる操縦系機器が、瞬間的にスパークを散らしざま一斉に「パァン!」と爆発して弾け飛んだのである。
こうなると、機器の破片は生身の人間にとって細密な凶器でしかない。
シェフィに無数の刃が襲い掛かっていく。
狭い操縦席では、それらを避ける術などあろう筈もない。
「……わあっ!!」
短い悲鳴を発しつつ、もうもうと立ち籠める煙の中で彼女は意識を失った。
「――所詮は銃火器特化仕様機よね。近接戦に持ち込まれた場合のケアってものがなってないじゃん」
DX-2の主要稼働部へ次々と弾丸を叩き込んだGシャドゥ。
物陰に潜んでいたその機体のコックピットには、キャスがいた。
電装品が集中する部位を狙って狙撃しているから、被弾後の操縦席では間違いなく内爆が起こっているに違いない。内爆とは電導系部位にダメージを受けたCMDがしばしば起こしうる現象で、リバースした強圧電流が操縦系機器を爆発させることである。これに見舞われたが最後、機体そのものが稼働不能に陥るだけでなく、ドライバーもまた吹っ飛んだ機器の破片をもろに浴びてしまうことになる。運が良くても重症、悪ければ死に至るという恐るべき事態である。
「さてと、子猫ちゃん。生け贄になる準備はいいかしら……? ってか、もう少し泣き叫んでみて欲しかったわぁ」
キャスはGシャドゥに大型震刃ナイフを抜かせた。
前方カメラが映し出しているメインモニタに視線を走らせれば、DX-2をはじめ、後方支援の車両も沈黙している。
ノイア機が一撃の下、黙らせたようであった。
「相変わらず、無抵抗な連中を蟻んこみたいに潰すのが好きよねぇ、ノイアも。――さて、トドメよ」
闇からスッと吐き出された、巨大なCMDの影。
完全人型仕様のそれはまるで生き物のように澱みない動きでDX-2へと接近していくと、駆け寄りざま、左肩から体当たりするようにした。
間髪を容れずして、DX-2の腹部に深々とナイフが突き立てられている。
刺されたDX-2は一瞬前のめりになり、機体全体が「ブゥン」と震え、そのまま沈黙した。
数秒ののち機体のあちこちから煙が噴出し始めた。主要電導部が完全に絶たれたのであろう。もはやDX-2は完全に息絶えたといっていい。
最初の銃弾を送り込んでから二分と経っていない。
銃火器を用いているとはいえ、この闇である。それだけの短時間で新鋭機でもあるDX-2を沈めたキャスの腕前は、相当なものである。
「……ふん。どきなさいよ!」
振り払うようにして突き飛ばすと、稼働停止しているDX-2の機体はゴロリと地面に横倒しに転がった。
すっくと傍らに立つGシャドゥ。
頭部、目の位置にあたる横長のメインカメラがピンク色に鈍く発光した。あたかも冷酷に見下ろしているような観がある。光を浴びた装甲の表面が一瞬、キラリと虹色に輝いた。が、すぐに機体本体の漆黒に飲まれて消えた。
キャスは抜いたナイフを腰部ホルダーに収納させつつ
「さて……と。ついでだから、お嬢ちゃんのその可愛いカオを、二度と見られないザマにしてやろうかしらね。お楽しみはここからよぉ」
残忍そのものの表情で上唇をペロリと舐めた。
コックピットを潰してドライバーの生命を奪っておこうというのである。
機体を動かすべく操縦レバーを握り締めた刹那であった。
『――こちらエラよ! 各機、聞いて!』
通信モニターに緊急メッセージ受信の旨が表示された。
すぐに小型イヤホンの奥からエラの声が届き
『たった今、急速にこちらへ接近する一団を確認。恐らく、Star-lineのファーストグループね。作戦は中断します。直ちに離脱すること! いい?』
「はあっ!? 何でェ!? ファーストの連中、E地区に陽動したんじゃないのぉ?」
納得いかない、というように苦情をぶつけると、ほんの数秒後
『わからない! ファーストグループがE地区へ出動したのはカレンが間違いなく確認している! とにかく、今は離脱して! いいわね!』
エラもまた、明らかに混乱している。
ここは彼女の指示通り、退散しておくよりない。
「……ちっ。ムカつく連中だわ。カレンもカレンよ、寝てたんじゃないの?」
やり場のない怒りが込み上げているキャス。
やむなくその場から立ち去ろうとして、ふと大破したDX-2の姿がメインモニタに飛び込んできた。
「……」
Gシャドゥが彼女の怒りを代弁した。
グゥワンッ
最後に一度、大きな金属音が反響し――DX-2の本体搭乗部にGシャドゥがタメ蹴りをかましていた。
Gシャドゥが闇に紛れて退散してから程もない。
ファーストグループの一団が到着したのはその直後だった。
「サイ! あれ……!」
装甲車のヘッドライトをアッパーにして前方を注視していたナナが短く叫んだ。
何か異変を発見したらしい。
「停めろ、ナナ! MDP-0で先行する! 周囲の状況を確認してくれ!」
「了解!」
サイは後続していたキャリアを停めさせると、直ちに機体を始動させた。
MDP-0は機体全体にハリネズミのようにセンサ-を纏っている。
ありとあらゆる機体の五感をフルに働かせつつ
「頼むぞ……お前だけが、頼りなんだからな」
MDP-0に搭載されている対物ならびに対CMD感知センサーの性能は並みのそれとは格段に異なっている。いかなる暗闇であろうと、ネズミ一匹走ってもその存在を的確に捉えることが可能なのである。
センサー連動モニタがピピピと短く唸りを発し、数秒と経たずしてスキャン結果をサイに示した。
前方数十メートル、稼働停止に陥っているCMDが一機、それに小型車両とキャリアらしい大型車両が一台づつ確認された。
それがセカンドグループのものであると直感した時、サイは背筋に冷たいものが流れていくのを感じた。各機、各車両の内部に生体反応があるのだが――動いていない。
「ナナ! 接近するからな!」
言い捨てておいて、サイはMDP-0に前進を命じた。
増速歩行をかけながら、機体肩部に内蔵されたサーチライトを点灯させた。たちまち行く手に、僅かながらも視界を確保できる程度の照度が生まれた。
「なんてこった……」
その光景を人目みて、言葉を失ったサイ。
MDP-0のサーチライトが照らし出したのは、原型を失ったセカンドグループの特殊装甲車、そしてキャリアであった。さらにその先では、DX-2が原型を喪った姿で転がっていた。
白く精悍なスタイルをもっていたDX-2はといえば、頭部を砕かれ両腕が喪われ、もはや見るに忍びない姿と変わり果てている。胴体からはケーブル類が飛び出し、時々短くスパークが散った。
キャリアから飛び降りて駆け寄って行ったユイは
「うそ……」
絶句している。
そんな彼女を尻目に、後ろから追ってきたナナは反射的に処置を始めていく。
「サイ! 3DスキャナーでDX-2の様子を確認して欲しいの! 可能なら、ハッチをこじ開けて頂戴! リベルさん! 隊長へ連絡を!」
『おうよ! 警察機構にも一報入れるからな! 無茶するなよ!』
「了解した。そっちの確認は頼んだぜ?」
MDP-0のメインカメラが赤く発光し、機体がゆっくりと動き始めた。
今までにない凄惨な光景に呆然としているユイ。
「ユイちゃん! ボヤボヤしている余裕はないわ! 装甲車の方を見て! ミサを探して!」
「あ? え? う、うん!」
Nセンサーの子機で周辺の状況を確認しつつ、大破したキャリアに駆け寄って行くナナ。
潰された運転台を覗き込むと、中にはティアがいた。
幸運なことに、屋根とシートの間にできた隙間に挟まれているような恰好になっている。あと一押しされていたら、ティアの肉体は四散していたであろう。
「ティア、しっかりして! あたしよ!」
声を励ましつつティアの全身を確認したナナは「……大丈夫ね。傷は大したことないわ」ほっとしたように呟いた。
すると、すぐ近くの装甲車を調べていたユイが
「ナナさん! ミサさんが路上に倒れています! 息はあります!」
動顚している彼女は、わざわざ無線で報告してきた。が、いちいちツッコミを入れている余裕はない。
ナナは踵を返した。
真上から一撃されたらしく、特殊装甲車の高さは半分になっている。
普通なら搭乗者の生命は喪われていてもおかしくない状態なのだが――なぜかミサは装甲車の外に倒れていた。ふと気がつけば、運転席側のドアが道路のあちら側まで吹っ飛んでいるではないか。要するに、ミサは身の危険を感じて間一髪のところで装甲車から飛び出したのだ。普段おっとりし過ぎている彼女にしては上出来な行動である。意外にも端っこい一面もあったらしい。
「ミサさん! ミサさん! しっかりしてください! 死んじゃダメですよぉ!」
がくがくと揺さぶり起こしているユイに、ナナは
「ユイちゃんったら、負傷者を揺すっては駄目よ! そっと寝かしておくのよ? 多少の掠り傷はあるみたいだけど、命に別状はなさそうだから安心して」
「は、はい!」
――一方、MDP-0。
周囲に不審な機影がいないことを確認したサイは
「ナナ! 近くにCMDはいないようだ。……それよかDX-2、えらいことになってるぜ? 外から一撃くらっているから、自力じゃ無理だな。こじ開けるぞ!」
『了解。あたしのセンサーにもCMDの反応はないわ。ティアとミサは幸い軽傷よ。今、そっちに行くから!』
MDP-0は大破したDX-2の傍で肩膝ついた状態で停止した。
すぐにでもコックピットハッチをこじ開けたいところだが、迂闊に手をかけようものならば内部の負傷者にダメージを与えてしまう可能性がある。傍から目視・確認してもらいながら作業を進めなければならない。
モニタを通さない目視での作業を行うため、コックピットハッチを開けたサイ。
サーチライトに照らされたDX-2は見るも無残な姿であった。
「……」
その様子を、サイは無言で仔細に眺めている。
腰部にナイフで一撃されているのは別としても、その他は格闘戦による損傷とは思われなかった。破損の具合からして、銃器によってやられたと断言していい。本体搭乗部を撃ち抜かれなかったのは不幸中の幸いなのだが――彼はふと思った。
(犯人は機体を停めることを目的とはしていない。どう見たって、嬲り殺すつもりのやり方だ)
脳裏に、Moon-lightsにやられたテロリストの機体や、R地区で破壊された黄色い機体の光景がある。あれらもみな、機体に無用なダメージばかり与えていて、簡潔に停めようとした形跡はまったくなかった。
しかも、この闇だというのに、犯人はDX-2の装甲劣弱箇所ばかりを的確に撃ち抜いている。
単純にシェフィを殺すつもりなら、そういう部位を狙わずに本体搭乗部に一発撃ち込めばそれでお終いなのだ。死んだヴィオ・ハイキシンがそうであったように、DX-2を襲った人間が猟奇的な性向の持ち主であったという推測は十分に成立する。
(畜生……)
込み上げてくる、言い知れぬ怒り。
だが今は、この状況を処理する以外にない。
そうこうしているうちに、ナナが特殊装甲車ごとやって来た。
彼女は車から降りてDX-2の状態をざっと調べてから
『サイ、いいわ。下部ハッチを剥がして頂戴。非常ロックもかかってないし、緊急開閉装置も作動しそうにないわ』
「よし、わかった。外すぞ。……ゆっくりいくから、タイミングを見ていてくれ」
サイは機体の両腕を直接操作するためのマニピュレート・コントローラーを握りしめ、そろりそろりと操作していく。
そんな彼の意思と連動したように、MDP-0の各部モーターが断続的に小さな唸りをあげ、DX-2のコックピットハッチに十本の指をかけた。
「お前のパワーは普通じゃないからな……そーっといくぞ、そーっと」
自分の目で確認しながら、慎重にコントローラーを引いていくサイ。
ギギギギ――と軋みをあげながら、ハッチが少しづつ胴体から引き剥がされていく。
衝撃を受けて歪んではいるものの、MDP-0の驚異的なパワーの前にはなんの支障もない。
やがてハッチは機体から完全に離れきった。
すかさずナナが駆け寄り、コックピットを覗き込んだ。
「……シェフィ! どうして、こんな……」
息をのんだ。
シートの上でぐったりとしているシェフィ。
制服の白いブラウスが、あちこち赤く染まっていた。額や顔にも傷があり、血が流れている。
彼女を取り囲んでいるモニターや機器は割れたり損傷しており、しかもいたるところに血痕が飛んでいる。状況からみて内爆を起こしたことは、誰の目にも明らかである。
無惨というよりも凄惨であった。
「シェフィは!? 大丈夫な――」
「来ちゃ駄目よ!」
駆け寄って来ようとしたユイに、ナナが鋭く叫んだ。
「……あなたが見たら、卒倒するわ。こっちはいいから、ティアとミサを看てあげていて頂戴」
――間もなく、近隣の地区から緊急搬送車と警察機構が駆けつけてきた。
W地区5C5L通りを支配していた漆黒の闇は、赤い回転灯の光と物音によって俄かに切り裂かれていった。
その一報を受けた途端、
「何だと――」
ヴォルデは一言呻くなり、手から受話器を落としてしまった。
ただならぬ異変に気がついたセレア。
「お爺様? どうかなさいましたか?」
「セレア、Star-lineが……襲撃された……」
一瞬、何を言っているのかと思ったセレアだったが、ヴォルデの言葉の意味を悟って顔色を変えた。
「襲撃されたとは……お爺様、それで、状況はどのような……?」
どさりと倒れこむようにしてチェアに腰掛けたヴォルデ。
よほど動揺しているらしく、彼の視線は焦点が定まっていなかった。
「例の緊急発報だ。W地区で廃棄物管理センター所属車両からの受信を得てセカンドグループが出動していったらしい。そこで何者かの襲撃を受けて三人が負傷したと……」
「負傷……!? あの子達が……!?」
セレアは口に両手を当て、絶句している。
そのまま二人は身じろぎをすることすら忘れて呆然としていたが
「……セレア、後を頼む」
思いついたように、ヴォルデが急に立ち上がった。
「お爺様、どちらへ?」
「決まっている。三人が収容された病院だ。私はそのままStar-line本部舎へ向かう。――悪いがセレア、明日のスケジュールは全てキャンセルしておいて欲しい。皆のことが心配でならない」
ちらりと見せたその表情は、彼女がかつて見たことがないほど険しいものだった。
セカンドグループ潰滅の凶報に接したサラは無我夢中でStar-line本部舎を飛び出し、三人が収容されたというR地区緊急医療センターへと急いだ。
正面玄関で車を乗り捨て、センター内へと駆け込んでいく。
一階奥の緊急搬送対応口に辿り着くと、丁度手術室へと搬送されていくシェフィにぶつかった。
うっすらと意識を取り戻したらしく、駆け付けてきたサラを目にしたシェフィは
「……隊長」
弱々しく声を出した。
搬送用キャリアに取り付いたサラは
「シェフィ! サラよ! しっかりして頂戴! シェフィ!」
呼びかけながらも、ほとんどその声は泣いていた。
シェフィの肩から下は医療用の毛布をかけられていて状態がわからないが、額や顔には無数の傷が見えている。若い女性だけに、余りにも哀れであった。
「Star-lineの方ですね!? これから処置に入りますから、落ち着いてこちらで待っていてください!」
女性看護士が制したが、サラの耳には届いていない。
「シェフィ! しっかりして! あなたにもしものことがあったら、私、私……」
何度も叫んだ。
その声が廊下に殷々と響き渡っていく。
が、すっかり動顚しきっているサラとは対照的に、負傷しているシェフィは至って静かな口調で
「あたし、ドライバーとして、まだまだ、でした。機体も壊されちゃって……。――でも、怪我が治ったら、もっと訓練しますから、隊長、どうか、降ろさないんでください……」
弱々しく微笑んで見せた。
「わかってる、わかってるわよ! 今のこの状況は、あなたのせいじゃない! 私が、もっと、しっかりしていれば――」
そのままサラは力なく廊下にへたり込んでしまった。
そんな彼女に、男性医師が近寄り
「彼女は身体中に破片を浴びてますので、これからそれらの除去を行います。どうか、安心なさってください。命に別状はないと思われますから」
言い含め、手術室の方へと立ち去っていった。
蹲ったまま、動かないサラ。
と、後ろからゆっくりと歩み寄ってきた影がある。
ショーコであった。
彼女もまた、G地区のセカンドファクトリーで変事を知るや、高速規格道を猛スピードで飛ばして駆けつけて来たのであった。
「……」
サラの背後でじっと佇んでいる。
シェフィを載せたキャリアは、真っ直ぐ手術室へと消えていった。扉がしまり、すぐに赤いランプが点灯した。
ややしばらく、二人はそこから動かなかった。
背後にショーコがいることには気付いている筈だが、サラは顔を上げようともしない。
肩が、小さく小刻みに震えている。
泣き出しそうになっているのを、懸命に堪えているようであった。
「……」
何とも言えない表情でその後姿を見つめているショーコ。
やがて、大きく一つ溜息をつき
「……しっかりなさい。あんたが動揺してたら、残されたメンバーはどうするのよ?」
優しい口調で言った。
「でも、でも、あたし……隊長、失格よ……」
早くも思い詰めてしまっている。
こういうことになったのも、全て自分のせいだと思っているのであろう。
サラの心の動きがわからなくもないショーコとしては、隊を立て直す前に、まず彼女を励ますところから始めなければならなかった。
「悔やむ気持ちはわかるけどさ、あんたが悪いとか何とか、それ以前に」
ちょっと表情を緩めた。
「――相手が、悪すぎたのよ。こればっかりは、あんたのせいでも何でもないわ」
警察機構との打ち合わせやら現場での処理を終えて本部舎へ戻ってくると、すでに東の空は白ばみ始めていた。
どうも天気はよくないらしく、どんよりとした重たい雲が空一面にかかっている。
昼を待たずして、街は雨に見舞われるであろう。
――が、曇っているのは空だけではなかった。
「――ボーズ、キャリアの収容はOKな。電源の交換はあとにしようぜ。まずは一眠りするんだぜ? 俺も眠くてしゃあないからよ」
声をかけてきたリベルに、サイは
「了解です! ありがとうございました!」
礼を言い、彼の後姿がオフィスへ消えていくのを見送っていた。
自らもオフィスへ戻りたいところだが、特殊装甲車からデータやら何やら、降ろしておかねばならない物がある。あるいは、物だけでなく――
「……ナナ。降りようぜ?」
本部舎に着いたというのに、ナナはシートに身を沈めたまま、装甲車から降りようとしない。
悲しそうな表情でうな垂れている。
「……」
何故彼女がそんな風にしているのか、サイにはわかっている。
時々彼女に襲い掛かる、やり場のない悲しみ。
そして、その悲しみの発生源は――
「……あたしって、いっつもこうよね。誰かが傷ついたり、誰かの死を予感したり、そんなことばっかりで嫌になっちゃう。時々、消滅していなくなってしまいたいと思ったりするの」
力なく呟いたナナ。
以前もそうだった。
サイの母の異変を予知した時、そして自らの母の死を直感した時。
必ずナナは、あたかも全ての生きるエネルギーを喪ってしまったかのように暗く沈んでゆく。放っておいても、彼女の心が復旧されることはない。
たった一つだけ、ある。
――ナナを悲しみの淵から甦らせることのできる、希望の光。
「……そいつは違うなァ」
サイはきっぱりと言った。
「俺はナナの予感のお陰で、間一髪母さんを病院に連れて行くことが出来た。今日だって、ナナが気付かなかったら、間違いなく三人とも命はなかったぜ? Moon-lightsの奴等、俺達が急に駆けつけてくるのに気が付いて退却しやがったのさ。みんな、少しでもいい方向に役だっている。だから、一人でそんなに疲れるなよ」
建前ではない。
実のところ、MDP-0はサイにそっと教えていた。
退散していこうとしている、狂気達の影。
例の、サブジャミングなどではない。センサーが捉えたそれらは間違いなく、セカンドグループの三人を傷つけた連中であるとみて良かった。追っていけなかったのは、ともかくも負傷者達の救護が優先されたからである。
理由はもう一つあったが――それはこれから、ショーコやナナの力を借りて突き止めてやろうとサイは思っている。
運転席側に乗り込んだサイ。
彼は助手席にいる彼女の頭にそっと腕を回して抱き寄せ
「例え世界が滅びる予感だったとしても、俺はナナを支持するから。そう、独りで考え込むなよ。まだまだ、やることはあるんだぜ? 俺に力を貸して欲しいんだ、ナナの」
ナナは彼の胸に顔をうずめ
「……ありがと、サイ。サイがいてくれるから、あたしは生きていけるのよね、きっと」
小さく言った。
Star-line襲撃のニュースは、ファー・レイメンティルでもひときわ大きな話題となった。
各メディアは様々に犯人像を推測したが、何しろその特定につながる手がかりが全くといっていい位に残されていなかったのである。
警察機構本庁からは重機犯罪専門チームが出張してきて現場検証にあたったが、有力な証拠を得られないまま引き上げていった。
シェフィの手術が終わるのを待って現場へ出向いたサラに、警察機構重機専任課の警部補は渋い顔で
「これはかなり厄介ですな。目撃証言もなければ、装甲塗料の欠片すら落としていない。しかも、悪い事に監視ネットワークシステムの未整備地域ときた。よほど巧妙に仕組まれた襲撃だと言わざるを得ません。我々としても全力で捜査にはあたりますが、一筋縄でいかないことだけはご承知おきください」
と、どこか言い訳に聞こえなくもない説明を聞かせてくれた。
ただし、廃棄物総合処理管理センターの運搬車が緊急発報を発した一件だけは事実が判明したらしい。この車両は実際に同施設所有のものであり、夜間作業中何者かに襲われたのである。作業員は得体の知れないガスを吸わされて意識を失ったあと、両手足を縛られた上V地区の廃墟に放置されたのだという。彼は警察機構によって無事保護されたが、襲撃された経緯についてはよく認識していなかった。犯人は運搬車に搭載された緊急通報装置を使って発報し、Star-lineを誘い出したのである。これならば警戒レベルフォースの緊急発報など、造作もない。
そうして彼女が本部舎へ戻ってきたのは、午後も三時近くなってからである。
オフィスへ戻るなり、すっかりくたびれ果ててソファに座り込んでいた。
このあと大破させられたDX-2やら車両の修理を打ち合わせするためにメーカーへ出向かねばならないが、とてもそういう気力が起こらなかった。
ショーコは
『相手が、悪すぎたのよ。こればっかりは、あんたのせいでも何でもないわ』
そんな表現で、彼女を励ましてくれた。
しかし、とサラは思うのである。
もしも自分なりショーコが同行していれば、あるいはセカンドグループはこういう目に遭わずに済んだかも知れない。今それを考えたところでどうにもならないのだが、沈みきった気持ちは過ぎ去ったことになおもぐずぐず拘ろうとしてしまうのであった。
(はあっ……。私、隊長失格だわ……)
こんな時にショーコが傍にいてくれれば、まだ心が落ち込まずにいられるかも知れないのだが、その彼女はまだR地区の緊急医療センターから戻っていない。
黙ってうな垂れていると
「……隊長」
オフィスにナナが入ってきた。
「あら、ナナちゃん。どうかしたの?」
彼女はサラの前へ来て直立の姿勢をとるや、ゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
何を謝られているのか理解していないサラは
「え? な、何が? ナナちゃん、何かしたの?」
ナナは頭を起こすと、沈痛な顔で
「今日の一件です。ファーストグループは指示された現場を捨てて、セカンドグループの元へ向かいました。――これは誰の判断でもありません。あたしの直感です。だから、あたしの責任です」
そんなことか、と頓悟したサラ。その表情は暗くない。
確かにファーストグループの行動は命令違反である。
しかしながら、彼等がとんぼ返りして急遽駆け付けたために、襲撃者は不意を衝かれて逃走したという見方が十分に成立するのである。スティケリア・アーヴィル重工の技術者が呼ばれて現場へ来たのだが、大破したDX-2を検証するなり「コックピットのボディフレームに相当な衝撃を受けた形跡があります。あと数撃受けていたら、ドライバーの命はなかったでしょう」と証言した。
搭乗者の安全性を考慮して設計されたボディフレームが歪むということ自体、異常といっていい。つまり、襲撃者は最初からシェフィを潰すつもりでいたといっても決しておかしくはないのである。
サラは疲れたその顔をゆっくりと緩め
「……今日のファーストグループの行動は、形式上は命令違反。でも、あなた達が急行してくれなかったら、間違いなくセカンドグループの三人は殉職だったわ。むしろ、私としては」
立ち上がり、ナナの肩に手をかけた。「――ありがとう。本当に、助かった」
しばらく、じっと彼女の顔を見つめていたナナ。
やがて、しっとりと溶け入るような柔らかい笑みを浮かべて
「……はい」
小さく返事をした。
ああ、と思い出したようにサラは付け加え
「E地区の方はね、結局何事もなかったのよ。Star-lineはグループ会社を守らないのかって、現地警備員から苦情を言われたけど、なんだかんだでCMDなんかいなかったのよね。どうやって警戒レベルフォースの誤報が引き起こされたのかはこれから調べなくちゃならないんだけど、STRの見解では、より強力なセンサー撹乱機器が使われたんじゃないか、って。これも仕組まれた罠だったのかも知れないわね」
もしも実際にCMDで襲撃を受けていたとしたら、間違いなくサラは管理責任を問われてStar-lineから追放されていたであろう。
それを思うと、ナナとしては素直に「はいそうですか」とは言えない。
が、サラはそれ以上E地区の一件には触れようとせず
「さ、今日のところは休んで頂戴。明日以降、どういうことになるかわからないし、あるいはファーストのみんなに無理をお願いしなくちゃならないかも知れないの。ヴォルデさんとセレアさんにも相談してみるけど」
「隊長こそ。あんまり、思い詰めないでくださいね?」
そう言い残し、ナナはオフィスを出て行った。
決して晴れることのない胸中に、少しだけ明るさが射したような気がしたサラであった。
ふと、窓の外を見やると――大粒の雨が都市を濡らし始めていた。




