運命との対面
「………………は?」
応接間の扉をノックし、『お待たせして申し訳ございません』と出るはずだった口から出たのは淑女らしからぬ、なんとも間抜けな声だった。
「先日は転びそうなところを助けていただきありがとうございました」
そう言って私が固まる原因となった張本人は優雅にお辞儀をした。
その人物は昨夜私が見た美しい空色の瞳の持ち主で、どう見ても濃い青のドレスに身を包んだ男性である。
確かに顔立ちは綺麗に整っており、中性的な印象ではある。
細身だが筋肉のついた腕。彼の口から出ている声もこの間転んだ時に聞いた時よりも低い。
……いや、もしかしたら声は記憶の中で美化しているかもしれないが。
「流石にこの格好は混乱しますよね。少々お待ちいただけますか? 今着替えてまいります」
記憶と目の前にある現実に頭の回らなくなっている私を置いて彼は別室へと消えていった。
数分で騎士隊の服を纏って出てきた彼はやはり男性である。
情報過多で混乱している中、話を聞いて分かったこと。
彼--ジルギール・ウォルデシアは妹に付きまとう迷惑な男性を懲らしめるために、姉と称して女装し例の夜会についてきたのだという。
確かに綺麗な顔立ちだし、化粧をしたら分からないと思う。
……実際に私は分からなかったわけだが。
そして普段絶対に履くことのないヒールを履いていたことで、足元が不安定になり転んだという。あとはご存知の通り私が受け止めきれず、後ろに倒れるという事態になったわけだ。
「妹の為にと、少しやり過ぎてしまったようで。その結果あんなことになってしまって、申し訳ございませんでした」
「いえ。兄にもそのように申し伝えておきますわ」
「……いえ、ユリウス・アルデギズ様ではなくカタリーナ・アルデギズ様にお伝えするために本日訪問させていただいたのです」
バレている。
私がお兄様としてあの場にいた事を分かっている目だ。
真っ直ぐと見つめるその目は真剣で、冗談やカマをかけているような雰囲気は感じられない。
もしかしたらお母様から全て聞いたのかもしれないが、とにかく目の前のこの人は全てを知っている。
「貴女のお母上から伺ったわけではございません。先日受け止められた際に男性としては柔らか……ええと、これだと語弊がありますね」
なんて言えば失礼がなく伝わるのだろうと呟きながら言葉を選んでいる彼は真面目なのだろうなと思う。
「いえ、何となく仰りたいことは分かります。男性である兄と比べても筋肉がないので……」
「そう言っていただけて良かったです。あの日凄い音がしましたけど、頭の方は大丈夫でしたか?」
「ええ、まあ……。少し腫れましたけれど今はもう痛みもございませんので」
「そうですか」
「同じような経験を母も兄もしましたので、その場合の心得もございましたし。なのでそこまで気になさらないでください」
そう伝えると、彼は良かったとこれまでずっと張っていた肩の力を少しだけ抜いた。
緊張していたのだろう。今まで手を付けなかった紅茶へとやっと手を伸ばし、既に冷めてしまっている紅茶をかわいた喉を潤すように一気に飲み干した。
「……あの、ですね。今日はお礼だけではなく貴女にお話がありまして」
「なんでしょうか?」
「あの日、貴女の瞳を見た時から運命だと感じていて。……運命だなんておかしい、馬鹿だと笑っていただいて構いません」
笑えない。笑えるはずがない。
私の家系はもれなく全員運命と出逢う。
そして私はあの日、女性姿の彼に運命を感じたのだから。
もちろんそんなことを知らない彼は、何かの物語のように語る自分を馬鹿だと笑ってもいいと言う。
「でもそれでも貴女に運命を感じた。だから……私は貴女と結婚し、夫婦になりたい。そう強く思うのです。……私と結婚してくださいませんか」
そう言って彼が取り出したのは、澄んだ空のような石が中央に煌めく、白銀の指輪。
結婚を申し込む時に自分の色を相手へと送るこの国では珍しくはない。
が、初対面で既に用意されているのは珍しいだろう。
私が見惚れた色の指輪は部屋の証明の光を浴びて、あの時みた煌めきのようにキラキラと輝いている。あの日、あの衝撃の中でみたあの出逢いを思い起こさせるようだ。
そして、私をみる熱の籠った彼の眼差し。
だからこそ返事の前に、私にもあの日の運命を語らせて欲しい。私の想いを全て乗せて。
それから彼に返事をしよう。
『私も貴方と結婚したい』と。
短いお話でしたがお付き合いいただきありがとうございます。
このお話はこれにて終了です。