承久の乱
宇治、瀬田での敗戦を受け、後鳥羽上皇は鎌倉方に使者を送り、北条義時追討の院宣を取り消した。
鎌倉方は大挙して入京した。
後鳥羽上皇に見捨てられた形の武将たちの抵抗が続いていたが、大勢は決していた。反乱は直ぐに鎮圧されるだろう。
「終わりましたな」と平九郎。
平九郎たちには京で宿舎が割り振られていた。平九郎は宿舎で清子と向かい合っていた。
「残党狩りが残っておりますが、大戦は終わりでしょう」
「矢傷は癒えましたか?」
「ええ、もうすっかり」
「それは良かった」
「全て平九郎殿のお陰です」
「なあに。私はただ戦を楽しんだだけです。清子殿、いや、忠光殿はこれから、大変になりましょう」
「何故?」
「此度の戦で、今後、忠光殿と一緒に戦いたいというものが増えるかもしれませぬ」
「三郎は病弱にて、とても各々方の期待に沿うことはできますまい。平九郎殿」と清子は平九郎を見つめる。
平九郎の胸が騒いだ。
案の定、「此度の戦の恩賞として加増を受けましたなら、全て平九郎殿に差し上げて構いませぬ。どうか我が所領に留まって、忠光を一人前の武士に育ててはいただけませんか?」と言い出した。
「私などが忠光殿を育てるなど・・・」
「平九郎殿にお傍にいて頂ければ、心強う思います」
「されど、私は足利殿に陣を借りている身・・・」
「陣を借りているだけであれば、是非、我が家に――」
「然れども・・・」
平九郎は迷っていた。このまま清子の誘いに乗り、深津家の所領で過ごすのも悪くないと思った。病弱な弟に成り代わって、女の身で、男装をして戦場へやって来た清子を守ってやりたいと思っている内に、それが愛情に変わっていたのかもしれない。
清子の傍にいたいと思った。だが、平九郎は逃れられぬ宿命を背負っている。好いた女子と仲睦まじく暮らすことなど望むべくもないことだった。
煮え切らぬ平九郎に業を煮やしたのか、清子が言った。「平九郎殿。女子の身ではしたなく存じますが、平九郎殿さえよろしければ・・・我が・・・夫となって・・・我が家にお留まりいただけたらと存じます」
恥ずかしさのあまり清子は俯いてしまった。
「それが・・・ならぬのです・・・」
「私がお嫌いなのですね。殿方の格好をして戦に出るような女子ですから、嫌われるのも当然・・・忘れてください」
「いえ、そんな。そういうことではありませぬ。私が清子殿のことを嫌っているなど、そのようなことは決してありませぬ。いや、むしろ、好ましく思っております!」
平九郎の言葉に清子が真っ赤になる。
「されば・・・何故?」
「それは・・・」
いっそのこと、清子にうつりぎの術のことを打ち明けてしまおうかと考えた。男装して戦に出るような女だ。男となっても、さして気にしないのではないかと思った。入れ替わりながら生きて行くのも悪くはないかもしれない。そう思った。
「私を・・・抱いてくださりませ・・・」
消え入りそうな声で清子が言う。その可憐な様子に、平九郎の感情が堰を切って溢れ出してしまった。
「清子殿。そなたを抱くと、大変なことになります・・・」と言いながらも、平九郎は清子を抱き寄せていた。
「ああ・・・」清子が喘ぎ声を上げた。
説明する暇も無かった。
入れ替わった平九郎と清子のもとに、出陣の触れが出されたのだ。
「これは、一体・・・」と戸惑う清子に甲冑を着せると、平九郎は出陣した。
「私の側から離れますな」
平九郎に成り代わった清子は混乱していた。
「しかし、平九郎殿になったからには・・・」
戦では忠光よりの指示であると平九郎は戦場を駆け回り、軍勢を指揮していた。
「所詮は残党狩りです。小競り合いにしかなりませぬ」
上皇方の残党が嵯峨の般若寺に逃げ込んで、籠城しているという話だった。
「速やかに討ち取って参れ!」と執権殿よりの指示が忠光に出されていた。
般若寺に向かうと、敵の武将たちが門の上に立ち、寄せ手の姿を見かけると矢を射かけて来た。
忠光と成り変わった平九郎が矢で応戦する。だが、女の身だ。成り変わったばかりで、体に慣れていない。弓勢が弱くて、矢は敵将に届かなかった。
「うぬぬ・・・」
平九郎は馬を進める。
「あれが大将よ。それ、討ち取れ!」
敵将が叫ぶ。
「危ない!」
平九郎となった清子が馬を寄せる。
そこに敵将が放った矢が降り注ぐ。清子は針鼠のようになって落馬した。
「清子殿!」
平九郎は馬から降りると、清子の体を抱え上げようとした。重い。女の身の、今の平九郎では引きずることしか出来なかった。
ずるずると清子の体を矢の射程圏内より引きずって行った。
「平九郎様・・・忠光を・・・忠光をよろしくお願いいたします・・・平九郎殿・・・わたくしは幸せでした・・・」
苦しい息のもと、そう言って清子は息絶えた。
「うぬぬぬ・・・!」
平九郎は馬に乗ると、「力攻めだ!いざ、勝負、勝負」と敵陣目掛けて駆け出した。




