粛清③
今川信郎となった時尾が町屋を去って十日が過ぎようとしていた。
時尾は男となり、大喜びであった。体に慣れるまでは暫く、一緒に過ごした後、意気揚々と町屋を出て行った。
「もとに戻りたければ、何時でも戻って来るが良い」と時尾に伝えたが、「気が向けば様子を見に参りますが、二度と女には戻りません」と時尾はかつて自分であった平九郎の顔を見つめながら答えた。
男となってからは剣術の稽古に余念がなく、めきめきと上達しているようだった。一度、様子を見て尋ねて来たが、京都見廻組へ入隊し、御所の警護に当たっていると言っていた。
侍としての生活を堪能している様子だった。
ある夜、戸を叩くものがあった。
てっきり時尾が戻って来たと思い、平九郎が戸を開けると一人の男が家の前に倒れていた。傷を負っているようで、血まみれだった。
意識はあるようで、平九郎に向かって手を差し伸べ、「た、助けてくれ・・・」と声を振り絞った。助ければ面倒ごとに巻き込まれることは分かっていたが、「武士の情けよ」と平九郎は男を部屋に引きずり込んだ。
背中に刀傷があった。背後から斬られたようだ。
「いかがなされました?」と聞くと、「自分は新選組の隊士、平間重助と申す」と名乗った。そして、「近藤らにやられ申した」と言った。
「近藤?」
新選組の組長、近藤勇のことだろうか? 新選組の隊士である平間が新選組に襲われたというのだろうか?
「隊はふたつに分かれておって・・・」と平間が言う。
新選組は近藤勇、土方歳三を中心とする試衛館派と芹沢鴨を中心とする水戸派に分かれていた。近藤たち試衛館派の隊士が、芹沢たち水戸派を襲撃したのだ。
芹沢鴨は路上で力士と乱闘を行ったり、廓で狼藉を働いたり、問題の多い人物であったようだ。朝廷より芹沢に対する逮捕令が出ており、芹沢の逮捕に向かったというのが表向きの理由のようだが、要は新選組内部の権力闘争に過ぎない。
夜陰、芹沢たちが寝静まった頃を見計らって、近藤たちは屋敷に押し入った。
寝込みを襲われ、奥座敷で寝ていた芹沢は同衾していた愛妾と共に斬られた。平間は奥座敷から離れた玄関口の部屋で寝ていた為に、難を逃れた。
騒ぎを知って、屋敷を抜け出る際に、屋敷を囲んでいた隊士に斬られた。
背中傷なので、逃げるところを斬られたと言うことだ。
「やつらが追って来る」と平間は言った。
ほどなく、町屋前の路上が騒がしくなった。
やがて、どんどんと戸を叩くものがあった。
「来たか!」
縁も所縁も無い男だ。平間を差し出しても良かったが、
――ここで、この男を見捨てては、男が廃る・・・いや、今は女か。
と平九郎は思った。
戸のつっかえ棒を外して手に持つと、路上に出た。
路上には三人の男がいた。袖口にダンダラ模様のある羽織を着ている。新選組の隊士だ。
「夜分、すまぬな。この辺りで傷を負った武士を見なかったか?」と一人の隊士が尋ねた。
「存じませぬ」
「左様か。血の跡を追って参ったところ、ここで消えておる。ほら、ここに何か引きずった跡がある。部屋に匿っているのではないか?」
「存じませぬ」
「平間の女か? それにしては、大きな女よな」
「・・・」
「中を調べさせてもらうぞ」と隊士がずいと前に出る。
平九郎はつっかえ棒を構えると、「通す訳には参りませぬ」と言った。
「小生意気な女子よ」
二人の隊士が刀を抜いた。一人の隊士は一歩、下がって腕組みをし、成り行きを見守っていた。
一人の隊士が無造作に斬り込んで来た。女だと思って、侮っているようだ。隊士が刀を振りかぶり、前に出た、その瞬間、つっかえ棒を素早く突き出し、隊士の喉を突いた。
「うげぇ!」と隊士は悲鳴を上げると、一間も後ろにふっ飛んだ。
大柄ではあるが、時尾は所詮、女性だ。男に比べ、筋肉量が圧倒的に少ない。その力量の差を、平九郎は相手の力を利用することで補おうとしていた。
「おのれ!」と二人目の隊士が横から斬り込んで来た。この位置では突きは繰り出せない。
平九郎は切っ先をぎりぎりで交わすと、何と、斬り込んできた隊士に足を絡めて、足払いをした。隊士がどうと路上に転げた。
慌てて起き上がった隊士の脳天めがけて、平九郎がつっかえ棒が振り下ろした。
――かーん!
と乾いた音がして、隊士は気を失った。
さて、残るは一人。成り行きを見守っていた隊士だけだ。
――三人の中では、こいつが一番、腕が立つ
と平九郎は見ていた。
女の身では苦戦するだろう。平九郎がつっかえ棒を構える。
だが、三人目の隊士は、「いやあ~お見事」と言うと、ぱちぱちと平九郎に拍手を送った。そして、「夜分、お騒がせ申した。いやあ~お主、面白き女子でござるな。女の身で見事な腕前。立ち会ってみたい気がすれど、勝っても自慢になりませぬので止めておきましょう。平間など、頭取が襲われたことを知りながら、逃げ去ったような卑怯者。この先、何も出来ぬであろう。放っておいて害は無し。追えと言われて追ったが、気乗りはしませんでした。さあ、部屋に戻りなさい。このものどもは、片づけて置くように、うちの隊士に命じておきましょう」と言った。
花も実もある男のようだ。
立ち去ろうとする男の背中に、「御名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」と声をかけた。
男はくるりと振り向くと、にっと笑って、「沖田総司と申します」と答えた。




