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うつりぎ  作者: 西季幽司
明治維新編
76/84

石州口の戦い①

第二部で追加した作品

 平九郎は農民の女となり、長州を目指していた。

 慶応二年(一八六六年)、幕府は長州藩を征伐する為に諸藩に動員をかけた。総勢、十五万の大軍が長州藩境に押し寄せた。

 守る長州藩は七千人、この兵力を以て、関門海峡近くの小倉口、瀬戸内海の大島口、広島に接している芸州口、島根に接している石州口の四か所を守らねばならなかった。

 長州藩は存亡の危機にあった。

 何故、長州藩は幕府の征伐を受ける羽目になったのか。そのきっかけは二年前に遡る。

 禁門の変だ。過激な尊王攘夷思想を掲げ、京の町を席捲していた長州藩は薩摩藩の追い落としを受け、京都から追放されてしまう。

 これに武力を以て抗議をしたのが禁門の変だ。武力衝突に敗れた長州藩は朝敵となり、幕府の征伐を受けることになってしまった。

 第一次長州征伐だ。


――幕府軍迫る!


 の報告を受けた長州藩は三家老の首を切って、幕府に恭順の意を表した。これにより討伐を免れた。だが、それを快しとしなかったのが高杉晋作たちだ。高杉たち長州藩内の過激派はクーデターを起こした。

 クーデターは成功し、長州藩は再び過激な尊王攘夷へと舵を切った。これを知った幕府は再度、長州藩征伐の兵を起こすことにした。

 第二次長州征伐だ。

 幕府が組織する大軍が長州を攻めると聞き、平九郎は居ても立ってもいられなくなった。戦だ。泰平の世に、平九郎のような戦人(いくさびと)は生きる目的を失ってしまっていた。京の町で繰り広げられていた暗殺に興味は無かったが、戦となると話は別だ。戦場に身を置きたかった。

 平九郎は走った。長州を目指した。


――判官びいき。


 とはかつての主、源義経に対する庶民の同情から生まれた言葉だ。弱き者、敗者への同情、哀惜の感情を指す。

 平九郎は多分に判官びいきだ。幕府が大軍を以て長州を滅ぼそうとするなら、長州の助太刀をしたいと考えた。

 山陽道には大軍がひしめいていた。比較的手薄な山陰街道を駆けた。

 長州軍は藩境を固めている。侍の身で藩境を越えることは容易ではない。そこで、百姓女へと成り変わり、長州藩に忍び込むことにした。藩境を固める長州兵は気が立っているに違いない。彼らに見つかれば、犯されるのは必定、長州兵と成り変わることができるはず――と考えた。

 平九郎は女の身となり、藩境を越えた。

 案の定、長州藩の斥候の兵に見つかった。揃って、妙な恰好をしていた。筒袖に小袴、韮山笠を被り、鉄砲を抱えていた。戦に臨むにしては軽装だ。

 二人組で敵情視察に出て来たのだろう。

「女!」と呼び止められた時、(来た!)と思った。だが、意外にも長州兵は「こんなところにいると危ない。さっさと逃げろ。ほれ、あそこに小山が見えるであろう。あの山の向こうまで行けば、弾は飛んで来ないはずだ」と近くに見える小山を指さした。

「・・・」

 何故だ。戦場で女がうろついているのだ。明日は戦が始まるかもしれない。明日をも知れない命だ。欲望に身をゆだねるのが雑兵の常だ。

 もう一人の兵が「今年の実りが心配で戻ってきたのだな」と優しく言った。

「・・・」

 黙っていると、「心配するな。我々も元をただせば百姓だ。あんたの気持ちはよく分かる。田畑を荒らすのは心苦しいが、あんたに変なことをしない。だから、早く逃げろ。戦に巻き込まれて命を落とすぞ」

「そうだ。命あっての物種だ。稲は来年も実る」

「あんたら、お侍ではないのか?」

「ただの百姓だ。お国の為に、長州の為に、戦っているのだ」と長州兵が胸を張って言った。


――農民が銃を手に戦うと言うのか⁉


 平九郎は驚いた。長州武士はどうした? 百姓を戦わせて、恥ずかしくないのか。武士の誇りは何処に行ったのだ!――と思った。

「さあ、早く行け!」

 追い立てられるようにして、平九郎は戦場から遠ざけられた。

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