石州口の戦い①
第二部で追加した作品
平九郎は農民の女となり、長州を目指していた。
慶応二年(一八六六年)、幕府は長州藩を征伐する為に諸藩に動員をかけた。総勢、十五万の大軍が長州藩境に押し寄せた。
守る長州藩は七千人、この兵力を以て、関門海峡近くの小倉口、瀬戸内海の大島口、広島に接している芸州口、島根に接している石州口の四か所を守らねばならなかった。
長州藩は存亡の危機にあった。
何故、長州藩は幕府の征伐を受ける羽目になったのか。そのきっかけは二年前に遡る。
禁門の変だ。過激な尊王攘夷思想を掲げ、京の町を席捲していた長州藩は薩摩藩の追い落としを受け、京都から追放されてしまう。
これに武力を以て抗議をしたのが禁門の変だ。武力衝突に敗れた長州藩は朝敵となり、幕府の征伐を受けることになってしまった。
第一次長州征伐だ。
――幕府軍迫る!
の報告を受けた長州藩は三家老の首を切って、幕府に恭順の意を表した。これにより討伐を免れた。だが、それを快しとしなかったのが高杉晋作たちだ。高杉たち長州藩内の過激派はクーデターを起こした。
クーデターは成功し、長州藩は再び過激な尊王攘夷へと舵を切った。これを知った幕府は再度、長州藩征伐の兵を起こすことにした。
第二次長州征伐だ。
幕府が組織する大軍が長州を攻めると聞き、平九郎は居ても立ってもいられなくなった。戦だ。泰平の世に、平九郎のような戦人は生きる目的を失ってしまっていた。京の町で繰り広げられていた暗殺に興味は無かったが、戦となると話は別だ。戦場に身を置きたかった。
平九郎は走った。長州を目指した。
――判官びいき。
とはかつての主、源義経に対する庶民の同情から生まれた言葉だ。弱き者、敗者への同情、哀惜の感情を指す。
平九郎は多分に判官びいきだ。幕府が大軍を以て長州を滅ぼそうとするなら、長州の助太刀をしたいと考えた。
山陽道には大軍がひしめいていた。比較的手薄な山陰街道を駆けた。
長州軍は藩境を固めている。侍の身で藩境を越えることは容易ではない。そこで、百姓女へと成り変わり、長州藩に忍び込むことにした。藩境を固める長州兵は気が立っているに違いない。彼らに見つかれば、犯されるのは必定、長州兵と成り変わることができるはず――と考えた。
平九郎は女の身となり、藩境を越えた。
案の定、長州藩の斥候の兵に見つかった。揃って、妙な恰好をしていた。筒袖に小袴、韮山笠を被り、鉄砲を抱えていた。戦に臨むにしては軽装だ。
二人組で敵情視察に出て来たのだろう。
「女!」と呼び止められた時、(来た!)と思った。だが、意外にも長州兵は「こんなところにいると危ない。さっさと逃げろ。ほれ、あそこに小山が見えるであろう。あの山の向こうまで行けば、弾は飛んで来ないはずだ」と近くに見える小山を指さした。
「・・・」
何故だ。戦場で女がうろついているのだ。明日は戦が始まるかもしれない。明日をも知れない命だ。欲望に身をゆだねるのが雑兵の常だ。
もう一人の兵が「今年の実りが心配で戻ってきたのだな」と優しく言った。
「・・・」
黙っていると、「心配するな。我々も元をただせば百姓だ。あんたの気持ちはよく分かる。田畑を荒らすのは心苦しいが、あんたに変なことをしない。だから、早く逃げろ。戦に巻き込まれて命を落とすぞ」
「そうだ。命あっての物種だ。稲は来年も実る」
「あんたら、お侍ではないのか?」
「ただの百姓だ。お国の為に、長州の為に、戦っているのだ」と長州兵が胸を張って言った。
――農民が銃を手に戦うと言うのか⁉
平九郎は驚いた。長州武士はどうした? 百姓を戦わせて、恥ずかしくないのか。武士の誇りは何処に行ったのだ!――と思った。
「さあ、早く行け!」
追い立てられるようにして、平九郎は戦場から遠ざけられた。




