粛清①
時は幕末の京都。明治維新編の新作が登場!
面白い女と出会った。
平九郎は京を目指して歩いていた。
この頃、京は尊王攘夷を声高に叫ぶ浪士たちが集まり、佐幕派を衝撃、暗殺が繰り返され、さながら戦場のようだ――という噂だった。
腕に覚えのある平九郎は、戦場に身をおいておきたかった。
石清水八幡を過ぎた辺りで、若い女が二人の浪士のような男どもに絡まれているのを見た。人垣が出来ており、その中では、二人の浪士が女を前に、刀の柄に手を掛けている。女は、そんな二人を睨みつけながら、「やれるものなら、やってみな! この腰抜け侍」と豪胆にも悪態を吐いていた。
――難儀をしておろう。人助けでもするか。
と平九郎は人込みをかき分けながら女に近づいて行った。
「これこれ」と仲裁を試みようと前に出たところ、女は「やっ!」と掛け声を上げると、いきなり一人の浪士に掴みかかると、くるりと体を回転させ、浪士を腰に乗せると、やっと投げ飛ばした。浪士は地面に背中から叩きつけられ、「うぐっ!ううう・・・」と呼吸が出来なくなった。
「おおっ!」と観衆が湧く。
残った浪士が呆気に取られている間に、女は間を詰めると、「えいっ!」と拳を浪士の鳩尾に叩き込んだ。
「うげっ!」と浪士が体を丸めて蹲った。
「おおっ~!」
見物していた観衆が手を打って喜んだ。
女は着物の裾を治すと、「これに懲りたら、白昼堂々、若い娘に狼藉を働こうなんて考えるんじゃないよ!」と路上でうめき声を上げる浪士たちに怒鳴った。
女に浪士たちが狼藉を働いたのかと思ったが、観衆の中にいた若い娘が女に駆け寄ると、「お助けいただき、ありがとうございました」と頭を下げた。
線の細い、見るからにか弱そうな娘だ。たおやかで美しい。娘を前に、女が顔を赤らめていた。
どうやら若い娘を助けたようだ。
女は、顔立ちは悪くないが、手足が長く、背が高く、骨太で体格が良い。正直、浪士たちが路上で血道を上げるような女ではない。
とにもかくにも、何事もなさそうだったので、平九郎は人込みを離れると、先を急いだ。
すると、「お武家様」と背後から声をかけられた。
あの女だった。「わたくしを助けようとなさっておいでのようで、ありがとうござました」と頭を下げられた。
何て女だ。周囲を見回す余裕まであったようだ。
「いえいえ。何のお役にも立てなかったようです」
「お気持ちだけで、嬉しゅうございました」
「はは」
「どちらへ参られます?」
「京まで。そなたは?」
「京に住んでおります。八幡様にお参りをして、家に帰る途中です」
成り行きで女と同道する形になった。
女は「時尾と申します」と名乗った。
「今川信郎と申します」
この頃、平九郎は今川信郎という幕臣に成り代わっていた。剣は明鏡流剣術の漆原健吉道場に学び、免許皆伝の腕前で練武所の師範代を勤めていると告げると、「お武家様、お強いんですね」と時尾は興味を持った様子だった。
「そなたほどではない」と言うと、「私のは見様見真似です」と時尾が答えた。
時尾が言うには、昔、住んでいた長屋に浪人がおり、子供の頃、その浪人に剣術を教えてもらった。浪人は女子に剣は必要なかろうと、護身用の体術を教えてくれたそうだった。
「よほど腕の立つ御仁だったようですな」
「ええ」と時尾が笑う。
笑うと、えくぼが出来て、途端に愛らしい顔立ちになる。
時尾は料理屋で働いていると言う。
「して、石清水八幡へは何を祈願しに行かれたのか?」と尋ねると、「それは・・・」と時尾は口籠った。
平九郎は時尾が口を開くのを辛抱強く待った。
「石清水八幡様は武運長久の神様ですから・・・」と時尾が語ったことによれば、近々、果たし合いを行うと言う。
「果たし合い?」
「はい」
「何故に、そなたのような女子が・・・」
流石の平九郎も絶句する。
時尾が働く料理屋は高級料亭ではないものの、一膳飯屋とは程遠い、ちゃんとした料理屋だ。そこに来た客と口論になったそうだ。
最近、京の町では、尊王攘夷を叫ぶ浪士たちが傍若無人に振舞い、治安が悪くなっている。侍でもないのに、尊王攘夷の旗の元、浪士に成りすまし、狼藉を行う輩が少なくない。先ほどの二人もそうだ。
料亭の客も、そんな狼藉者だったようだ。四人の仲間を引き連れて料亭にやって来て、酒を飲んで大騒ぎをした。
「うちの看板娘のお仙ちゃんのお尻を触りやがったから、ひっぱたいてやったんだ」
どうやら若い娘を助けるのが好きらしい。
「うちはその辺の色茶屋でもないのに。売り言葉に買い言葉で、果し合いをすることになっちゃって・・・」と時尾がはにかむ。
「しかし、いい男が若い娘と果し合いをするなど・・・世も末よ・・・」
平九郎が嘆く。時尾は無言で苦笑いを浮かべただけだった。
「それで石清水八幡に武運を祈りに行くとは、さてまた、そなたも剛毅な女子よな」
「そうでしょうか。腕に自信があるとは申せ、女の身。神様にお祈りしたくなります」
「分からんでもない」
「お侍様」
「何だ?」
「私に武芸を教えて頂けませぬか?」
「そなたに・・・武芸を」
「果し合いまでに腕を磨いておきたいのです」
「そうさの・・・」と平九郎が考え込む。
時尾と入れ替わり、自分が果し合いに向かっても良いと思った。平九郎の腕ならば、女の身でも、ごろつき相手に遅れを取ることなどありえないだろう。
「何のお礼もできませぬが、京で落ち着き先が決まっていないようでしたら、好きなだけ、うちにいてもらって構いません。私、殿方は嫌いなのですが、褥を共にしても構いません」
男嫌いのようだ。若い娘を助けてばかりいるのは、それが原因のかもしれない。
「そうですか。京での落ち着き先が決まっておりませぬ。どうしようかと思案しておったところ。褥を共にせよなどと申しませぬが、暫く、厄介になっても構いませぬか?」
「勿論。武芸を教えて頂けるのなら」
「お教えいたそう」
「良かった」と時尾が笑顔を弾けさせた。
こうして奇妙な同居が決まった。




