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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
35/69

本能寺①

 旅籠で遊女を買った。

 百姓娘にしては、品のある女で、聞けば武家の娘だと言う。

 時に欲望を押さえきれなくなる。かと言って、抱けば女と入れ替わることになる。少々、面倒だが、女に入れ替わった後、体を売って男に成り代わり、旅籠を出て行けば良い。今はとにかく女を抱きたい――と平九郎は女を買った。だが、(武家の子女が何故?)と女の身の上に興味を持ってしまった。

 女を抱く前に身の上話に耳を傾けた。

 女は平九郎のことをいっぱしの武士だと思ったようで、とつとつと話を始めた。

「わらわは波多野秀治の娘でございます」と女は言った。

 側女の子だということで、父の顔すら知らずに育ったと言う。波多野秀治は細川京兆家に仕え、丹波国多紀郡の八上城を根城に勢を張った武士だ。織田信長が怒涛の勢いで尾張からやって来て、京に旗を立てると、傘下に馳せ参じた。

 だが、信長の命を受けた明智光秀が丹波に侵攻すると、秀治は信長に背いた。信長は激怒し、光秀に八上城を攻めさせた。秀治は一年半もの間、籠城戦を展開し、抵抗を続けたが、やがて力尽き、光秀に降伏した。光秀は波多野秀治らの助命を約束し、矢上城を開城させた。だが、信長は許さず、秀治を磔に処した。

「この世に、許すまじきは信長と光秀よ」と女は恨み言を言った。

 側女の子といえ、波多野秀治が存命であれば、女は旅籠で身を売ってなどいないだろう。然るべき武家の妻女となっていたはずだ。わが身の不幸は全て信長と光秀がもたらしたものだと女が思い込むのも無理はなかった。

 平九郎はこの手の話に弱い。女の身の上話を聞くと、居ても立っても居られなくなってしまった。

「そなた、名は何という?」と尋ねると、「身を捨てた時に、名も捨てました」と女は答えた。

「そなたの願いを叶えてやろう!」

 平九郎は女を抱いた。

 若武者に成り代わった女を旅籠から逃がすと、部屋に置いていかせた太刀を握った。二度、三度、太刀を振って、体の動きを確かめる。女に成り代わるのにも慣れて来たが、人により、筋肉の付き具合によって体の動きが変わって来る。人の何倍も生きている。武芸は極め尽くしたと言える。だが、成り代わったばかりの女の体だと、思い通りに動かないことが多い。

 旅籠は遊女の足抜けを警戒して、腕の立つ博徒を雇っていた。武士ではないが、人を殺すのを生きがいとしているようなろくでなしだと言う。斬り合いになると、慣れぬ女の体では後れを取ってしまうかもしれない。

(まあ、大丈夫だろう。一の太刀だな)

 果たし合いは最初の一太刀で決まる。平九郎はすらりと刀を抜いた。抜き身を下げたまま、ゆったりとした足取りで旅籠の廊下を歩いて行った。

「これ、初野、どこに行く」と声をかけられた。

 女は初野という名前らしい。どうせ妓名だろう。

 目付きの悪い男が廊下を塞ぐように立っていた。旅籠で用心棒として雇われている博徒だ。懐手なのは、懐の中で匕首を握りしめているからだ。これから女を刺し殺す――ということに、興奮を覚えているようだ。

(下郎めが)ふつふつと怒りが湧いて来た。

 平九郎は無言で抜き身を一閃させた。

 男の首が独楽のように回りながら飛んで行った。

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