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思いつき放り込み所。  作者: くもま
顔無し聖女は塩対応。
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顔無し聖女は塩対応。4


 ――風の術を使って、自分とトバリを浮かせようと思っていた。その為の文言を唱えようともしていた。

 しかしそれらを実行するまでもなく、クリストファー達は無事である。間抜けにもぽかんと、空を眺めてしまった。


(……ここには、たしかに、コニファーなどが植えられていたが)


 あくまで観賞用のもので、それほど量はなかった。城を囲う飾り程度。人を受け止められるほどに茂ってなどいなかった。しかも、こんなに高く。

 手をついて、上体を起こす。まるで森か林のように木々が生い茂り、青々とした大きな葉がトバリとクリストファーを軽々と抱きとめていた。

 植物系の術を上位の者が使ったとしても、一瞬でこれほど成長させる事は難しい。術式を組む技術力、保持する魔力量、根源から与えられる加護、どれも特級でなくては成し得ないだろう。少なくとも、攻撃特化型のクリストファーには無理だ。


「……トバリ様」


 ガサガサと木々の上を移動して、彼女へと近寄る。トバリはまだ仰向けに寝転がったまま、微動だにしない。怪我をした様子はないけれど、不安になった。


「トバリ様」


 もう一度、声を掛ける。なるべく優しい声が出るように、意識をして。

 肩を揺すろうと思ったが、すぐにやめた。多分、厭がられる。


「……夢なら、覚めると、思ったんだ、けど」

「……夢では、御座いません」

「そう……」


 ゆっくりと、トバリは起き上がった。布越しに顔を押さえて、頭を左右に振る。それから深く深く、大きなため息をついた。


「……私、帰れますよね、すぐに」

「……」

「大事な用が、あるんです」

「……」

「絶対に、破れない、約束、が……」

「申し訳、ありません」


 不安定な場所で三つ指をつき、頭を下げる。誠意を伝えるためにする行為、土下座だ。異世界では自身の気持ちや謝意を伝えたい時に行うと聞いた。


「我々の力では、貴方様をお呼びする事は出来ても、お帰しする事が出来ず……」

「何で」

「これまでお帰りになれた方は、一人も」

「――何で?!」


 肩に大きな力が掛かる。ミシッと骨が軋んだ。無理矢理体を起こされれば、目の前には相変わらず黒い布に包まれたトバリが居た。

 顔が見えなくとも分かる。彼女は今、憔悴しきった表情をしていると。

 胸倉を勢いよく掴まれ、一瞬息が詰まった。


「……っ」

「私が悪い事をした罰だって云うなら分かる! 分かるよ! だって取り返しがつかない事をした! 謝っても謝ってもどうしようもない! 償い切れない! “あの人”は許してくれない! だから、ここに呼ばれたのが罰なら理解するよ! 強制労働しろとか、罪を償えとか、魔王の生贄になれとか、無意味に惨たらしく死ねとかっ! それなら分かる、分かるよ! 幾らでもする、何でもするよ! でも違うんでしょう? 貴方が云う通りなら、私は聖女で、この世界で偉い立場になるんでしょう?! おかしいじゃないか! 何で、何で私がっ! どうして“こんな私”が聖女になるって云うんだッ?! それで帰れないって、なんでっ、何でさ、何でっ?!」

「トバリ様……」

「帰せ、帰して、元の場所に、私を、帰してよ、あの子が、あの子が、待ってる、待ってる、のに……」


 クリストファーの胸倉を掴んだまま、トバリは俯いてしまう。うわ言のように「帰して」と繰り返す声が、あまりにも憐れだった。

 けれどクリストファーにはどうする事も出来ない。自分に出来る事は、闘う事、護る事だけだ。彼の望みを叶える力は持っていなかった。

 ただ、今思う事は。


(あの子って、誰だろう……)


 あれほど凛々しく自分の足で立っていた人を、ここまで憐れにしてしまう存在が、気になった。

 彼女が深く嘆き、絶望するほどに帰りたいと願う先にある存在を、クリストファーは確かに――


(……“ズルイ”なぁ)


 ――確かに、“妬んだ”のだ。


「……――閣下! 閣下ぁ!」

「ご、ご、ご無事ですか?!」

「閣下、どうかお返事を!」


 バタバタと喧しい足音と共に、部下達の声が聞こえて来る。思わず舌打ちしたくなったが耐えた。トバリに「態度が悪い」と思われたくない。

 そのトバリはこちらの胸倉から手を放し、肩を落として俯いていた。分かりやすく落ち込んでいる。良心が激しく痛み、自分にそのような心があった事に驚いた。自分は一体、今日だけで何度驚いたのだろう。


「トバリ様……」


 落ちた肩が痛々しくて伸ばした手は、パシリと叩き落される。どうあっても、クリストファーにふれられるのは厭なようだ。悲しくなって眉が下がってしまう。

 いっそ、先ほどのように胸倉を掴んでくれないだろうか。この方にふれられるなら、殴られたっていい。そんな事を考えているうちに、近くのバルコニーから部下達が顔を出した。


「か、閣下!」

「ご無事でっ……!」

「この木々は何事ですか?!」

「もしや、閣下のお力で……!」

「――うるさい」


 ピタリと、部下達が口を噤んだ。それは、クリストファーが命じたからではない。

 トバリがとんでもない怒りと共に口にした言葉に、恐れ戦いたからだ。


「頭に響く。黙って」


 部下達は己の口を両手で押えながら、ぎこちなく頷く。顔色が青くなり、冷や汗までかいていた。いわゆる「くそ度胸」を持つ部下達にしては珍しい態度だ。

 けれど、気持ちは分かる。

 クリストファーも今、背中にじっとり汗をかいていた。“冷や汗”をかくなど、生まれて初めてである。それほどまでに、トバリから――より正確に云うならば彼女の“周りから”滲み出始めた何かは得体が知れなかった。

 魔力の流れではない。もっと根本的な部分から違う、何かが。


 ――パキパキ、ピシリ、ヒビが走る音がする。


「ふざけやがって」


 ――ギシギシギシリ、軋む音が鼓膜を撫でた。


「帰れないだと?」


 ――ギチギチギチリ、“何か”が引きずり出される音がして。


「勝手に連れてきておいて――」


 ――バキンッ、と、大きく、砕けた音、が。



「帰せないだと?! 馬鹿にするのも大概にしろクソったれがぁ――ッッッ!」



 咄嗟に張った防壁は、どこまで役に立つだろうか。

 トバリの怒りに満ち満ちた絶叫と共に迸った力は、クリストファーと部下達をふっ飛ばし、近くの城壁と窓ガラスを粉砕した。


 ――ただし。

 それだけの力の奔流を受けながら、“彼女が座り込んだ木々だけは、無事だった”。


 召喚された人が「何を犠牲にしてでも絶対に元の世界へ戻りたい」タイプの人だったらメチャクチャ可哀想だよな……、って考えて書き始めた話でした。

 そう云う人が主役の異世界召喚大好き。でも沢山の経験と出会いを経て、帰還を惜しむようになるのも好きだし、初志貫徹で帰る方を選ぶのはもっと好き!

 サモ■ナイトの影響はあると思います。ガハハ。

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