顔無し聖女は塩対応。3
王城自慢の空中庭園へ案内すれば、トバリは周りに生い茂る植物には目もくれず空を見上げていた。
ここにも複数の貴族たちがおり、クリストファーの所へ挨拶に来ようとしていたが、視線でその場へ押しとどめる。今はトバリに集中していたかった。挨拶などしている場合ではない。
今、トバリとクリストファーの間には物理的に距離があった。出来る限り側に居たいと思うのだが、彼女から「近すぎて邪魔です。離れて下さい」と心底鬱陶しそうに云われてしまったのだから仕方ない。しつこく追いすがり、これ以上厭われる事は避けたかった。
「あの、閣下」
「なんだ?」
「閣下の本能を疑う訳ではありませんが……本当にあの方が?」
周囲の貴族たちに聞こえないように、次席が小声で云う。何を今更と次席を見下ろしてクリストファーは眉根を寄せた。
「むしろ何故、お前には分からないんだ? あれほど異質な力をお持ちだと云うのに」
「確かに奇妙な程に聡いと云うか、気配が希薄だとは思いますが……」
「聖地の方々が持つ、『聖別の水晶』があれば我々にも理解できますけれど……」
「あぁ……異世界に縁のある方がふれると輝くとか云う」
聖女、勇者、賢者など意図的に召喚された者、偶発的な理由でこの世界へ落ちてしまった者、異世界で生きた記憶を保持したままこの世界へ転生した者などがふれると、特殊な光を放つと云う水晶の事はクリストファーも知っている。と云うか、昨日見た。
聖女様のお力を測る事も出来ると云うので、聖地から持ち込まれた不思議な色合いの水晶だ。残念ながら輝くところは見ていないが。あの水晶が光ったら綺麗だろうな、とは思った。
「トバリ様がふれれば、さぞ美しく輝く事だろうな…………トバリ様?!」
「えっ?!」
「んなっ」
「うわ、何してっ……!」
突然トバリが、空中庭園を囲む石の柵を乗り越えだす。女性の胸元くらいの高さまでしかないのでやろうと思えば出来るだろうが、行動が唐突すぎる。感情の動きが鈍いと云われるクリストファーも慌ててしまった。転落防止のため柵の向こうも二メートルほど足場が存在しているが、危険な事に変わりない。
貴族たちのどよめきと悲鳴を無視して、トバリへと駆け寄った。服装の割りに動きが素早い。止めるより早く彼女は柵の向こう側へ行ってしまった。
クリストファーも焦りと共に柵を飛び越える。危なげなく着地し視線を上げれば、トバリはもう足場の縁近くに立っていた。
「トバリ様! そちらは危ないです、お戻りを!」
声を掛けながら駆け寄る。彼女は何も答えない。冷や汗が出た。初めての事である。
誤って転落でもしたら、などと考えるだけで血の気が引いた。強引にでも連れ戻そうと、腕を掴むため手を伸ばしたけれど。
「触るな」
「っ!」
明確な拒絶に、思わず手を引っ込めてしまった。それでもこのまま戻る訳に行かないと、側へ侍る。
トバリは何も云わず、そこから景色を眺めているようだった。ここは城の三階、通常の建物で云えば五階分くらいに当たるだろうか。城は丘の上に建っているので、この場所からでも城下町と城壁、さらにその向こうの平原まで見渡せた。
クリストファーにはいつもの見慣れた景色だが、トバリにとっては初めて見るものだ。何を考えているのだろうと気になってしまう。
異世界から来た彼女に、この世界はどう映るのだろうか。
「――本当に」
小さく、トバリが呟く。
「本当に、世界が、違う……」
「……」
もしや今まで、信じていなかったのだろうか。この世界が、彼女の生まれ育った世界と違う世界だと云う事を。それを自分の目で見て、確信したかったのか。
ならば彼女は、とても慎重な人間なのだろう。他人――この場合クリストファーか――の言葉を鵜呑みにせず、自分の目と足で確認すべく動いた。しかし考えてみれば当たり前の事かも知れない。
(確かに。突然異世界です、と云われて信じる方も信じる方だ)
クリストファーがもしココとは違う世界へ意図せず行ってしまったら、まずは現状確認のために動くだろう。少なくとも周りの人間に云われて「はいそうですか」とはならないはずだ。
(しっかりした方だなぁ……)
最初は彼女の行動の意図が読めず、困ったクリストファーだったが。現金なもので、今は彼女の人となりを一つ知る事が出来て嬉しくなった。軽薄な人間より思慮深い人間の方が好きだ。
けれど、次のトバリの行動で一気に感情が冷えた。
「――トバリ様ッッ!」
悲鳴のような声で、彼女の名を呼ぶ。背後でも悲鳴が上がった。
トバリがまるで、何でもない事のように、前へ足を踏み出したからだ。
手を伸ばす。ほんの数センチ、足りない。届かない。
歯を喰いしばり、地を蹴った。反動で一気に距離を詰める。それでも間に合わず、先に落ちた彼女を追って、クリストファーもまた、空中庭園から転落した。




