Contact.5-1 おふらいん こみゅにけーしょん-1
ちょっと短め
この一週間、一日一日が妙に酷く長く感じるほど濃い毎日だった。昼は姉に連れ回されて、夜はゲームで遊ぶ。自分でもどうかと思うような日課だったけど、一人で悶々と部屋の中に居た時と比べれば随分と充実した日々を送れていた。今にして思えば、休暇中の姉が妙に僕に構ってきたのは姉なりに接し方を悩んでいたのかもしれない。
強引すぎる行動もあったのは悩みどころだけど、姉の矯正によって何とか自分の現状と向き合うことが出来たので感謝していなくもない。でも数年ぶりに迎えた姉弟の時間は、あっという間に終わってしまったのだ。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.05-1 『おふらいん こみゅにけーしょん』
「遊びに行きましょう」
姉は休暇の最終日、突然そんな事を言い出した。姉さんの突発的な行動はこの一週間で嫌というほど味わったので、僕もため息を吐きながら承諾する。幸いにも予定は何もないし、昨日やられた着せ替え人形で負った傷を癒すための気晴らしに行きたいという気持ちもある。姉さんはもう僕の格好に口をだすことはしないので気兼ね無く出掛けることが出来る。
とはいえ今の見た目なら中途半端にズボンを履く方が変に注目を集めることが分かってしまったので、基本的な格好はできるだけ丈の長いスカートとか、サマードレスを選ぶようにしていたりする。そのせいでだんだんワンピースやスカートに抵抗がなくなりつつある自分が怖い。
『で、どこに行くの?』
「それは着いてからのお楽しみ、ってね
準備はしておくから財布だけもってらっしゃい」
テーブルに突っ伏して麦茶を飲む僕が尋ねると、姉さんは楽しそうに笑って携帯を手にとった。少し気になる部分はあったけど、めったに取れない休みの最後だ、弟として黙って付き合うくらいはしてあげよう。
なんて事を考えていた僕は、自分がどれだけ愚かで危機感のない馬鹿だったのだろうか。
「たまたまここの無料招待券もらってたのよね」
「大和さん、お誘いありがとうございました」
「お世話になります」
電車に揺られて数十分、駅前で姉に誘われてきたという栄司、伊吹を加えてたどり着いたその場所の門前で愕然と震えていた。夏休み中で一番活気のある時期だけあって、仲のよさそうな男女や親子連れが出入りしている。姉が僕を連れ出した場所に付けられていた名は『オアシス』、都会で働く人達の憩いの場になる事を願って作られたという、都内随一の規模を誇るスパリゾート施設だった。
巨大なプール、日本最大と謳われるウォータースライダー、水上アスレチックは勿論のこと、合わせて20種類を超えるという温泉まで完備したこの『オアシス』は老若男女とわずに高い人気を誇っている、かく言う僕も小学生時代は両親に強請って夏休みに一度は遊びに来ていた。
全く持って懐かしい、栄司達とも子供の頃は良く来たものだ。泳ぎを教えて持った事もあるし、どっちがより早く滑れるかなんて事を競った事もある。あぁ、あの頃は本当に楽しかった。
『今日は楽しかった、ありがとう』
「まだ入ってすらいないでしょ」
ちっ。
笑顔でおつかれさまと唇の動きで伝えて去ろうとしたが見事に肩を掴まれて制止された。
『ほら、水着も持って着てないし』
「水着も下着の替えも準備してきたから安心しなさい」
渡されるのは水泳用品が一式詰まったビニールのトートバッグ。どうすればいい、僕はどうすればこの窮地を脱出できる!? というかピンチに陥ってるなんてレベルじゃないんだけど、運命とやらは僕に何か怨みでもあるのだろうか。
「俺を見るな」
伊吹は意識的に目をそらして今回の件に関わろうとしないし。
「はっはっは、ギルマスやらメイリやらが羨ましがるだろうな」
栄司は何か開き直ったというか、全てを諦めたような顔で乾いた笑いをあげているし。どいつもこいつも役に立ちそうにない。
「日向が小学生の時以来、久し振りに遊びに来たいと思ってきたのに……」
そしてちょっと悲しそうな顔をして俯く馬鹿姉を睨み付ける、残念だが"そういう手段"に関してだけならば今の僕の方が有利だ。自らの教育によって僕が"女の武器"を行使出来るようになってしまった事を後悔するが良い。
『お姉ちゃん、僕かえりたい』
基本は俯きがちな上目遣い、両手は軽く拳を作って胸元にもっていく。ちょっともじもじしながら、甘えたような仕草をするのがコツらしい、かなり媚びた動作で自分に帰ってくるダメージも尋常じゃなくて自己嫌悪で押入れの中に引き篭もりたくなるが、メイリやギルマスなら確実にお願いを聞いてくれるだろう。
「じゃあ入りましょうか」
姉は完全なノーリアクションで頭を撫でるとそのまま肩を押して入り口へ押して行き、手際よく受け付けで招待券と一日パスポートを交換してもらっている。どうやら僕の努力は無駄に終わったようだ。ICチップが入ったリストバンド型のパスポートを左腕に巻き付けて、ドナドナされる牛の気分を味わいながらゲートを潜って施設の中へ入る。
「――っと、ごめんね、ちょっと電話、先に更衣室入ってて」
更衣室まで後一歩のところまで来て、姉さんのバッグの中から軽快な音楽が聞こえてきた、携帯を取り出してディスプレイを確認した後、少し離れた場所にある日陰まで行くと電話に出る。完全にこちらから意識が逸れたようだ。と言ってもここまで来て逃げる気はない、堂々と踏み入ってやろうじゃないか。
『じゃあ、行こうか』
僕は溜息一つついて、更衣室へと入る。
「「待てい」」
身体が急に浮き上がる、どうやら親友コンビに両腕を抱えられたせいらしい、いきなり何をするのか。
「何ナチュラルに男子更衣室入ろうとしてるんだよお前は!?」
『いや、だって僕男だし?』
「その台詞を吐く前に一度鏡を見てくれるとありがたいのだが……」
それを言われると返答しづらいが、これでも中身は男の子なのを解ってもらいたい。
『いくらなんでも女子更衣室はきついって! 自分が見られるだけならまだしも!!』
「気持ちは解らなくもない、でも男子更衣室はやばいだろ」
言っている事はわかるが、女子更衣室に堂々と入ったらただの変態じゃないか。今の容姿になってしまったのは完全な不可抗力だし、それを利用して覗き行為なんて最低の行動だと思うのだ。複雑ではあるが今の僕の見た目は高くて10歳、低く見れば6歳か7歳にすら見える、つまり単騎で入るには辛いが栄司に付いて行けば『お兄さんについてきた小さな妹ポジション』に収まる事も可能なのだ!!
どうしよう死にたくなってきた!!
「だからお前は何で泣きそうな顔で俺を見るんだよ!?」
「俺は他人、無関係……」
泣いてねーし! 何故か視界が滲んだので目元を腕で擦りながら、他人を装おうとする伊吹と周囲の様子を伺う栄司の背中を押して男子更衣室へ続く道を歩く。さぁ、このまま鬼が戻る前に奴の不可侵地域へ逃れるのだ。
「何やってるのよ」
聞きなれた声と共に頭に指の握力がかかった、どうやらタイムアップのようだ。多数のファンを抱える声優として歌手として、何より乙女として弟の頭を鷲掴みにする蛮行はどうかと思うのだが。
「私はこの子連れてくから、中にあるアイスの出店前で待ち合わせしましょ
…………たぶんちょっと手間取ると思うから」
というか姉さんってば何時の間にこんなパワーアップを果たしていたんだ、全然振り解けないんだけど。いやむしろ僕が弱くなっているのか?
「りょ、了解……生きろよ、日向」
「では、また後ほど」
同情するなら助けてほしい、僕をそっち側に連れ出してほしい。見捨てないでお願いだから! 手を伸ばす僕から意識的に目をそらした二人は早足で更衣室の中へと消えていった、あいつら本気で覚えとけよ!?
抗議も虚しく姉は僕の腕を掴むと逆らえない力でもって処刑場へと連行していく、単騎同士の戦いではあまりにも戦力差は絶望的で、泣き落としも姉には通用しないだろう。もはや打つ手のはないのだろうか。
必死で逃れる術を探るも大口を開けた悪魔の牙は眼前に迫っていく、心のなかに広がる絶望を抱き、僕はついに死を覚悟した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは紛れもなく天国だった。左を見れば、高校生くらいの女の子たちがお互いの水着を見せ合いながら、恥ずかしげもなく下着を晒して笑いあっている、目のやり場に困って右を見れば、小学校低学年くらいの女の子が母親に手伝ってもらいながら水着に着替えている。
視線が落ち着ける場所がなくて、結局足元を見ながら硬直するしか無い。隣では姉がロッカーを開け、髪の毛を後頭部で結んでいる。逃げることも出来ないがこのまま固まっていても事態は何も好転しないだろう、姉の監視を潜り抜けてこの修羅場を脱出する方法はただひとつ、さっさと着替えて更衣室を出る事だけだ。
なけなしの覚悟を胸に、意を決して抱えていたビニールトートの口を開き姉が用意していた水着を取り出す。取り出した右手に掴んだ紺色の布切れを見た瞬間、折角固めた覚悟にヒビが入る音が聞こえた。
姉さんや、君は一体何を考えてこの水着を用意したのだろうか、趣味に走ると言っても限度があるんじゃないかね?
手に持った紺色のいわゆるスクール水着を手に姉を見上げると、視線に気付いた姉が少し言葉を選んだ様子で口を開いた。
「……あの子たちみたいな水着が良かった?」
姉の視線を追って見ると、色とりどりの華やかな水着を着た小学生くらいの女の子達が着替えを終えてプール側の扉から出て行く所だった。一人は腰回りに小さなフリルスカートのついたピンクのワンピース水着、一人はちょっと大人っぽいブルーのビキニ、一人はたくさんのフリルがついた、ハート柄のセパレート。
手元にあるシンプル極まる紺色のスクール水着を見る、胸から股下にかけて両サイドにラインの入る少しだぼっとした印象の、かなり古いタイプの水着らしい。どこで手に入れたのかは気になるがきゃぴきゃぴしてる訳でもなく、無闇に身体のラインを出す形じゃない辺りがマシに思えた。
「あっちがいいなら今からでも併設されてる水着ショップで買いに行こうか?」
これはこれでかなりクるものはあるが、自分が着ることを前提に考えれば普通の女性が好んで来そうな可愛らしいデザインの水着よりはかなりマシに思えてくるのは何のトリックだろうか。去来する敗北感にやるせない感傷を抱きながら力なく首を振ると、トートをロッカーの中に押し込んで、肩紐をずらしサマードレスを脱ぎはじめる。
肩紐をずらして足元から脱いだ服をロッカーに備え付けられたハンガーにかけると、一瞬だけ周囲を確認して注目を受けていないことを確認してから一気にパンツを脱いで水着を手に取る。
……これは、普通にパンツとかを履く感じで着ればいいんだろうか?
両脚を通して引き上げるとヘソの上あたりまで水着を引き上げて、左肩から肩紐を通して位置を調整する。お尻あたりに指を差し込んでズレや食い込みを直し、肩紐を調整して着替え完了。
ふぅ、思い切ってやってみれば案外大したことはなかった。
「日向、顔真っ赤よ?」
姉さんや、そこに突っ込むのは無粋ってレベルじゃないのだが。取り敢えず無視をしてトートから念の為に持って来てくれていたらしい替えの下着を出してロッカー内の台の上に置くと、財布と携帯を突っ込んで肩にかける。
ハンドタオル二つと少し大きめのタオルは入れておいてくれたようなので準備が楽で助かった、リストバンドが電子キーにもなっているため、扉を閉めたロッカーの取って付近の電子パネルに触れさせて鍵を閉める。
「…………」
「あ、ちょっと待って」
プール側の出入り口を指さして先に行ってるという意思を伝えようとしたところ、白いビキニに着替え終えた姉が両肩に手を置いて静止してきた。何かと思いながらも大人しくしていると、姉さんは背後に回ると僕の髪の毛を手早くまとめて首の後ろで一纏めにしてくれた。
「はい、行っていいよ」
「……っ」
お礼代わりに頷くとサンダルを履いてそのまま更衣室を後にする、シャワールームを横目にバッグを濡らさないように注意しながら洗浄用の水槽を突っ切り、プールサイドへ出た。
透明な屋根から太陽の強烈な日差しが容赦なく降り注ぎぐ。目を開けていられないので手庇を作って内部を眺める、流石に夏休みまっただ中とあって人でごった返していた。人の多さに酔いそうになるものの、何とか堪える。
と言っても精神的なブレーキとして動作するには十分過ぎる人込みに慄いていたのか、無意識に後退ってしまった。背中というか後頭部に柔らかい物が当たる。誰かにぶつかってしまったらしい。
「日向、大丈夫?」
謝ろうと振り向いた時、僕のことを心配そうに見つめる見慣れた顔が目に入った。「やってしまった」と言いたげな顔。
「ごめん、ちょっと焦りすぎたね……やっぱり今日は帰ろうか」
そう言って羽織っていた半袖のパーカーを僕の肩に掛けると、頭を撫でてくる。僕の顔色は結構悪いことになっていたらしい、何だか自分が情けない。
『何とか、大丈夫』
バッグから携帯を取り出して、ちょっと震える指で大丈夫なことを伝えるための文章を打ち込んで姉に見せると、待ち合わせの場所に向かって歩き出す。ゲームで見る他のプレイヤーやNPCだと思えばこのくらい!
「私が言うのもなんだけど、無理しちゃダメよ」
背中からかけられた声にはまだ心配が滲んでいた、しかし姉さんは気持ちを切り替えたのか僕の肩を支えるように抱いて並んで歩き始める。
擦れ違う人達が何か微笑ましい視線を向けてくるのを意識しないように頑張りつつ、待ち合わせをしていた出店があるフードコートへとやってきた。プールを見下ろせる高台にあるオープンカフェのような場所で、時間的に食事時から離れている為か所々に空いている席が見える。
壁際にはハンバーガーやオムライス、ケバブなどを中心に定番の焼きそばやたこ焼き、デザートのクレープやアイスなどのテナントがずらりと立ち並んでいる。男ならば着替えに時間なんて殆ど掛からないので先に来て待ち惚けしているだろう。
友人二人は探すまでもなく見付かった、アイスクリームチェーンのテナントの眼前にある丸テーブルを囲んで誰かと話しているようだった。
話している見知らぬ人物は三人、女性二人と男性一人。女性の一人は背が高く黒髪を背中まで伸ばした、委員長やお嬢様といった単語が似合いそうな人、均整の取れた身体を包む黒のビキニが妙に似合っている。更にその横顔だけを見ても美少女である事が窺い知れた。もう一人は金髪を肩口で切りそろえたショートカットの女性、外国人だろうか肌も白く、動く度にリボンタイプのビキニに包まれた大きな胸が揺れていた。
もう一人はウェーブのかかった茶色がかった髪を総髪のように頭の後ろで纏めた、栄司と同じくらいの背丈の男性で、トランクスタイプの水着の上に柄つきのTシャツを着ている。
栄司と伊吹も水着はどっちもトランクスタイプで方やパーカーを、片やシャツを着て楽しげに話している。その様子から知り合いとでもバッタリ遭遇したと言う所だろう。
近付いていく僕に気付いた栄司が、一瞬だけ表情を強張らせると、視線だけをこちらに向けて声を出す訳でもなく口を大きく動かした。
『に・げ・ろ』
何となくだが読み取れたその言葉の意味を僕が理解する前に、栄司と話していた黒髪の女性が不審そうな顔をしながらこちらを向いて、大きく目を見開いた。多少離れてるとは言え正面から見るとやっぱり綺麗な人だと思う。黒髪さんは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、なにやら酷く動揺した様子で僕と隣に居る姉の顔を交互に見て、口をパクパク開いている。
状況が解らない、どうすればいいのかと隣の姉と顔を見合わせる。伊吹は顔を覆っているし、栄司は遠い目をしはじめる。見知らぬ男性の方も黒髪さんと同じように驚きのまま立ち上がっているし、金髪さんは口元に手を当てて驚いたような顔をしてる。
「え、え!? まさか、本当にサンちゃん!?」
動揺のままに放たれた黒髪さんの声は、僕も良く知っている人物の声と酷く似通っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何故かバッタリ出会ってしまった変態どもと同じテーブルを囲む事になった僕だったが、あまりの居心地の悪さに萎縮するしか出来ないで居た。どうやら黒髪の女性がメイリ、金髪さんがミィ、そしてもう一人の男性がギルマスさんだったらしい。
ミィとギルマスさんはまだ何となく面影があるので解らなくもない、自分の見た目そのままでゲームキャラを作る人間は滅多に居ないのだ。栄司や伊吹だって何だかんだでそれなりに弄っているくらいだ。
ただメイリに関してはこのお嬢様チックというか、クラスの憧れの委員長を見て、何故か詐欺にあった時のような感情を覚えてしまうのは何故だろうか。因みに彼女は栄司達の通う学校の生徒会長で、ギルマスさんは生徒会の書記をしているらしい。
学校では面倒見の良い先輩として色んな人から慕われていて、男子生徒の憧れの的らしい。そんな人物が「り、リアルサンちゃん……しかもスク水!?」何て言葉を口走りながら目を血走らせているとは、彼女を慕う生徒達は夢にも思っていないだろう。
そんな彼女を宥めながら、ミィは手を軽く叩いて僕に笑顔を向けてくる。
「えーっと、改めて自己紹介しなきゃね、
ミィこと清瀬 ミリア、栄司君たちのクラスメートでハーフだよ、よろしくね
リアルでもミィってあだなで呼ばれてるから、サンちゃんも気軽に呼んでね?」
どうやら金髪は自前のものらしい、ハーフな事にも驚いたけどリアルで見る本物の胸の迫力にも驚いた。動揺している僕を尻目に「確かにそうね」と頷いたメイリも姿勢を正す。
「んっ、こほん、それじゃあ私も、
メイリこと、名里 遥よ、よろしくねサンちゃん」
そういうメイリに頷いて返す、握手のために手を出したらその場で引きずり込まれて食われかねない恐怖がある。ゲームなら保護機能が働くが現実ではそうもいかないのだ、注意するに越した事はない。まぁメイリは僕だけじゃなく姉のことも気になって仕方がないみたいだったが。
「次は俺だね、えーゲーム内ではアストロって名前でウィザードやってる、
牧田 信、よろしくねサンちゃん」
ギルマスさんのキャラクター名ってアストロだったんだ。全く認識していなかったという衝撃の事実。とりあえず僕も自己紹介しないといけない空気だ。緊張を抑えながら携帯を両手に持つ。
『サンこと、木崎 日向です、改めてよろしく』
見えるように携帯を置いて、小さく一礼する。
「それにしても、驚いたよ、ほんとにゲームで見たままなんだもん」
うずうずと手を伸ばしては引っ込めているメイリを警戒しつつ、頷く。
『キャラメイクの時に、認識用の写真データそのまま使っちゃったから』
そうなんだーとミィが笑っているが、メイリとギルマスさんはどうにも上の空でちらちらと僕の隣を気にしているようだった。
「と、ところで、そちらは?」
まさか、いやでも、というメイリの心の声が聞こえた気がする。水を向けられた姉さんはちょっと苦笑しつつ僕を見ると、メイリ達の方を向いた。
「この子の姉の大和です、いつも妹がお世話になってます」
妹扱いに物申したい気持ちはいくらでもあるが、この格好で男である事を主張するのは自爆に等しいので甘受するしかない。姉の名前を聞いた変態二人は明らかに動揺した様子でどぎまぎしはじめた。
「あ、あの、まさかとは思いますけど」
「声優のやまとさんですか?」
恐る恐ると言った様子で尋ねる二人に少し悩んだらしい姉は僕の表情を確認して、何かを諦めたように頷いた。
「あー、一応そんな仕事をしてますね」
少し歯切れが悪いが、必要以上に有名人扱いされる事をあまり好まない姉からすると仕方の無いことかもしれない。僕の様子を確認したのはおそらく姉弟という事が知られれば何か不都合がないかと気を使ったのだろう。
最初の反応を見る限り、歌手として多少は顔出しもしてるので二人は姉の顔を知っていたようだ。考えが合っていた事を知った彼等はより動揺を激しくしはじめた。
「ど、どうしよう、サンちゃんは本当に天使だったの!?」
とりあえず、おかしな事を言い始めたメイリを宥める作業からはじめないといけないようだ。




