表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前後不覚  作者: 天ヶ森雀
2/2

不覚

やや下品。

 目覚めたら、全然知らない部屋だった。

 どこだ、ここ?

 起き上がろうとしたら激しい頭痛に襲われる。

「ぐはっ!」

「ダメですよ、急に起き上がっちゃ。昨日何杯飲んだと思ってるんですか」

 呆れた声が上から降ってくる。

「…一真…?」

「はい、お水」

 白いTシャツを着て、何故か眼鏡を外している一真が、ペットボトルを差し出した。

「お―…」

 そぉっと起き上がったら、肌掛けが捲れて、何も着てない身体があらわになった。


 …え?

 …えーと?

 ………………。

 

 …これはきっとアレだな、酔って吐くかなんかして、汚れた服を一真が脱がせてくれたりとかなんとか。…でも、ぱんつまで脱がす必要はないと思うんだが…。とりあえず、水を少し飲んで気持ちを落ち着ける。出した声が必要以上に低姿勢になったのは、記憶がないから仕方ない。

「…えーと、あのですね、一真さん…?」

「ヤっちゃいましたね」

「どわっ! なななななな何を!?」

「覚えていないんですか?」

「ちょ、ちょっと待て! 何かの間違いだ! 今思い出すから! …っつーっ!」

「あーあ、急に大声なんか出すから」

「嘘だろ? 嘘だって言ってくれよ~」

「…意外と良かったですよ?」

 慰めてるのかさらりと言うのが、却って痛かった。

「意外ゆうなぁ!」

「ハイハイ」

 腋の下をだらだらと嫌な脂汗が流れる。

 だって一真だよ? ヤッたって何? 有り得ないだろうが!

「責任取れなんて言いませんから」

「責任て!」

「…まぁまぁ良かったですよ?」

「まぁまぁゆーな!」

「大体ねぇ、何でもいいから慰めろって言ったのは古市先輩ですからね?」

「だからって」

「大変だったんですから! ぐでんぐでんの先輩をここまで運ぶの!」

「無理やりタクシー乗せてうちの住所言っちまえば良かったろうが」

「給料日前で金ないからってあの居酒屋にしたのは誰ですか!」

「そうだった。思い出した」

「言っとくけど財布の中身なんかうちの部署は筒抜けですからね」

 確かに俺の家はK市だから遠かった。電車で送ったら一真が帰れなくなる。180センチ以上のでかい男を担ぐなら、近場の自宅の方がそりゃ良かったんだろう。

 だがしかし。

「とにかく! お互い大人なんですから、不慮の事故って事で」

「………」

「とりあえず、今日は先輩、遅番でしょ? そろそろ用意した方が」

「あ」

 枕元にあった目覚まし時計を見たら、勤務開始まであと一時間だった。一真のアパートから会社は歩いて15分と言ってたから、シャワーを借りて着替えたらちょうど良いだろう。

「はい、アイロンかけときましたから」

「…サンキュー、シャワー借りるわ」

 ソッポを向いて渡されたシャツは、きっちり皺が伸びている。嫌な気の使い方だなあ、おい。こちらも目をそらしたから、期せず手が重なって慌てて払った。

 手のひらの感触から、不意に、ゆうべの一真の低い喘ぎ声が蘇る。

 うわ! 嘘だろ、俺! やや前屈みになりながら、肌掛けを身体に巻いて風呂場に向かった。

 浴室に入る直前、ふと思いついて俺は尋ねた。

「一真」

「何ですか?」

「お前…下の名前、なんだっけ?」

 コーヒーを飲もうとしていた一真が急に吹き出す。

「チョイ待てこら。3年も一緒に仕事してて、後輩の名前も知らんのか、あんたは!!」

「だって、苗字でしか呼ばないから覚える必要なかったし!!」

 何でこんなに怒るんだよ、こいつ。

「…響子、です」

 恐ろしく低い声が、ぶすったれて答えた。

「キョウコ」

 無意識に口に出して呼んだら、何故か一真は真っ赤になった。

 えーと、…あれ?

「いいから早くシャワー浴びて来い!!」

 先輩に対する言葉遣いと思えぬ乱暴さで、一真は俺に向かって枕を投げつける。

 慌てて俺は、浴室へと飛び込んだ。

 きちっと片付いたユニットバスと、いい匂いのするボディソープ。なるほど、意識した事なかったけど、そういやこれが奴の匂いだったな。

 徐々に昨夜の記憶が甦りそうになって、思わず頭を振ったら、二日酔いの頭痛でまた死にそうになった。

 えーと、おれ、失恋したばかりだったよな?

 一真はただの後輩で同僚だったよな?

(お互い、不慮の事故と言う事で)

 奴の台詞が甦る。

 それが一番だと、頭の中で説得する俺がいる。

 しかし―。

 覚えてないぞ、俺は。

 思いのほか柔かかった肌とか、泣きそうな声とか。

 ああ、覚えていないとも!

 もちろん、さっきの真っ赤になったうなじだって見てないしな!

 頭の中で頭痛と混乱がタップダンスを踏んでいる。

 …嘘だろう?

 勘弁してくれよ。

 不覚を取ったとはこういう事を言うのだろうか。


(この不覚は高価く付きそうだ…)


 そんなことを考えながら、俺は熱いお湯を思いっきりシャワーから頭に叩きつけていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ