第8話:桜華国の転生者たち
「私が【桜華国の女王様】の生まれ変わり……!?」
言葉に出しても、やっぱり意味が分からない。
桜華国。メアリーが御伽噺として聞かせてくる国王と姫のラブロマンスの舞台となった国。そんな国が実在していたということにも驚きなのに、私がその国の女王様の生まれ変わりだというの?
ということは、メアリーがいつも話してるあの話って、もしかして昔の私の話だったり……?
訳が分からなくて混乱する私。そんな私を見て苦笑するルーティ。
「私はおかしくなった当事者本人に会ったことはないので推測になりますが」
その言葉にハッとする。そうだ、ルーティの話はまだ終わっていないんだった。
「アリシア様を狙う人たちは、大体が女王様の生まれ変わりであるアリシア様を求めて、暴走してる人たちだと思うんですよね」
「私を求めて暴走してる人……?」
「アリシア様が【桜華国女王】の生まれ変わりだからこそ、過去の栄光を忘れられない人たちが執着するんですよ。アリシア様を女王に据えて、再び桜華国の繁栄をと望む者は少なくありません」
それがアリシア様誘拐を企てる者たちの正体ですと言われて、私はどきりとした。
私を知らない名前で呼ぶ人たち。
私を見て、連れ去ろうとする人たち。
あの人たちは前世の私を知っていたというの……?
私が話してとお願いして聞き出したのだから、ルーティが嘘を言っているとは思わない。
けれど、そんな突拍子もない言葉を信じろと言われても、混乱した頭はなかなかそれを受け入れられない。
桜華国なんて、メアリーの話してくれる御伽噺としか思っていなかったのに。
「……その話を私はどこまで信じればいいの? なにか証拠とかは……」
『証拠なら、この言葉がありますよ。アリシア様には通じるでしょう?』
ルーティの言葉を否定しようと声を掛ける私に、ルーティはまた不思議な言葉で話しかけてくる。
知らないはずの発音。なのに、私の耳はちゃんとその言葉を聞き取っていく。
知らない発音なのに、言葉の意味が理解できる。その音を聞いて、不思議と混乱していた頭が落ち着いていく。
確かに私はルーティの話す言葉も、誘拐犯たちが話していた言葉も聞き取れてはいた。
懐かしいとすら感じる音を聞いて、私はこくりと頷いた。
私が頷いたのを見て、ルーティが笑う。
『この発音、桜華国語なんですよ。どうしてか、桜華国からの転生者は皆、前世の記憶を持って生まれてきてるみたいなんですよね』
桜華国語で説明を続けるルーティ。落ち着くようなその言葉を聞いていたら、不意打ちで投げられた二度目の衝撃に、私は再び思考が止まる。
「記憶を持って生まれてきた……?」
待って、本当に意味が分からない。
桜華国転生者がいるというだけでなく、転生者は全員、記憶を持って生まれてきた?
……本当に何を言われているのかが頭に入ってこないのだけれど……。
そこまで考えて、ふと我に返る。
あれ……ルーティ、今、なんて言った? 【皆】と言わなかった? つまりルーティ以外にも、桜華国という国からの転生者がいるというの……?
「ねえ、ルーティ……今、【皆】と言わなかった? ルーティ以外にも他の転生者がいるの?」
転生者が記憶を持って生まれてきていると言うだけでも衝撃なのに、ルーティの言い方では、他にもいそうな感じがしたのだけれど……。
「いますよ。正確に何人いるかまでは把握してませんが」
「ど、どれだけいるの……?」
あっさりと告げられた言葉に、つい聞いてみたくなった。
私を狙う転生者、それからルーティの味方。その規模を把握してみたくなった。
……でも、次の瞬間、聞かなければ良かったと後悔することになる。
「私たちが把握してるだけで三桁。他国を含めたらかなりの数になるでしょうね。桜華国で生きた人全てが転生してるとしたら、それこそ何十万、何百万という人がこの世界の何処かに転生してることになりますよ」
……聞かなければ良かった……。
告げられた数に、気が遠くなりそうだった。王国の中で把握しているだけでも三桁。そのなかのどれだけの人が私を、「女王」を狙っているのか分からないのに。
王国内だけでなく他国にもいるって、桜華国の転生者って、どれだけいるのよ!?
「王国だけで何百人の転生者って……この国の中に、そんなにいるの?」
ルーティが把握してるだけでも三桁。そんなにいるなんて思っても見なかった。
「アリシア様のご両親は違いますけれど、この屋敷の中にもいますよ」
「え……?」
この屋敷の中にも桜華国転生者がいる……?
ルーティの言葉にぞっとした。だってそれは、私を誘拐しようとした人たちと同じような人が、私の側に……屋敷にいるということでしょう?
私の近くに、私を狙う可能性のある人がいる……。それを考えると背筋を冷たいものが伝う。
「だ、誰が転生者なのかを聞いてもいい?」
不安からルーティにそう聞くも、ルーティは苦笑するだけ。
「お答えするのは構いませんが、私も前世が誰だったのかを知らない人のほうが多いですよ」
「ルーティも知らない人ってこと?」
「はい。さすがに全員を知ってるわけではないですから。私が前世でどんな人だったのかを知ってるのは、アリシア様の母君の専属で、私を呼び出した屋敷の統括をしているミリア様だけですし」
「ミリアが……」
ルーティの口からミリアの名前が出てきて胸が軽くなる。そういえばルーティはミリアに招かれて我が家に来たと言っていた。
ミリアがルーティをどういう経緯で連れてきたのかが気になっていたけれど、そういう関係があったのね。
「ミリアがルーティを連れてきたのは、桜華国の転生者で前世の知り合いだったから?」
「そうですよ。と言っても、私たちと直接関係がある人ではないんですけどね。昔のミリアはしぃ兄の保護者だったと聞いてますから。その縁でしぃ兄から紹介されたことがあるだけです」
しぃ兄……時雨の保護者。その名前を聞くだけで心臓が跳ねる。意外な所から繋がりが出てきて驚いた。
……ミリアも、時雨と繋がっているのね。そう思うだけで心が温かくなっていく。
「そして、私の貸し出しを許してくれたサーシャお嬢様も桜華国からの転生者です。私とサーシャお嬢様は前世のアリシア様の側近でしたから会う機会も多く、ミリア様も私たちのことを覚えていたのでしょうね」
ルーティのお嬢様も、桜華国からの転生者で私の側近だった人。
そう言われてもまだ実感が湧かない。どこか空想の話を聞いてるみたいに現実味がなくて……。
もしかしたら、先程ルーティに名前を聞かれた『沙霧』と言う子が、そのサーシャお嬢様の前世の名前なのかしら?
「アリシア様」
そんな風に考えていた私に、ルーティが声を掛けてくる。
その声が、表情が、先程よりも険しくなっているように見えた。
「なに?」
「ここから告げるのは私の知らない人……つまり敵か味方か判断できない人たちの名前を上げますね。数が多いので、アリシア様に近い人だけにしておきますけど」
ルーティの知らない人。私の近くにいて私を拐おうと画策する可能性のある人……。
そう言われて、思わず息を呑む。
「立場的に特に警戒が必要なのは二人。一人はお父君の専属で、屋敷の統括執事のバルト様。そして、アリシア様の専属侍女のメアリー様」
「え!?」
ルーティの告げた名前におもわず声を上げてしまう。父の専属執事が転生者だということにも驚いたけれど、それよりもずっと強くその名前が私の胸に刺さった。
私が幼い頃から私に仕えてくれていたメアリー。私が誘拐された時にも、酷い怪我を負ってまで私を助けてくれたメアリー。
そのメアリーが……桜華国の転生者だというの?
「他には料理長を始め、屋敷の使用人にも桜華国からの転生者が多く見受けられます。屋敷の使用人の半数以上が桜華国の転生者で固められていますから」
「どうしてそんなに……」
屋敷の使用人の半数以上が、桜華国転生者。
メアリーが転生者だと言うだけでもショックなのに、屋敷の中にそんなにいるなんて……。
「屋敷の統括をしているバルト様とミリア様の二人が、揃って桜華国からの転生者ですからね。過去の縁故採用をしているのだと思います」
縁故採用。
もしもバルトが敵だとしたら。
前世からの繋がりで使用人を雇っているのなら、家に入り込んでいる使用人たちもまとめて敵だということではないの?
それにメアリーも転生者だというのなら、メアリーはどんな意図をもって、私に桜華国物語の話を聞かせ続けてきたの?
メアリーがお茶会のたびに聞かせてきた「桜華国物語」。国王と姫の恋物語。拐われた姫が、国王に救われて幸せになるという話。
(話の最後に出てくる迎えに来る国王って……あれはもしかして比喩とかではなく、本当に国王が、それもメアリーの言い方だと、桜華国時代の国王が迎えに来ると思って言っていたの?)
寒気がする。
話を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど分からなくなっていく。
メアリーとの思い出が黒く塗りつぶされていくような気がして、それが何よりも怖かった。




