プロローグ
雪が解け、暖かい日が増えてきた冬の終わり。
草木が徐々に色づきを増し、庭には色とりどりの花が咲き始める。
私の部屋のバルコニーから見える景色も、一面の白から多様な色へと変わっていった。
ようやく訪れた春めいた陽気に、屋敷の人々の表情も明るい。
でも、私はそんな気分にはなれない。
だって、私の世界は何も変わらないから。
私の名前はアリシア・フロイライン。
数日前に誕生日を迎えたばかりの十六歳。
私が住むのはアーランド大陸南部にある、シャルディア王国の王都・シャルディという場所。
そして我がフロイライン家は、王都に居を構える伯爵位の貴族……ということになっているわ。
え? どうして言い切らないのかって?
仕方がないでしょう。それを確認する術を私は持っていないのだから。
幼い頃からずっと私は家を出ることを禁止されている。会う人すらも制限されていて、聞かされている話の真偽を確かめることすらできない。
だって私は……呪われた子供だから。
何故かは分からないけれど、昔から私を見ておかしくなる人が何人もいた。
最初におかしくなったのは乳母だと聞いた。それから雇った侍女や家庭教師、母がお茶会に招いた客人たち。そんな風におかしくなる人たちはこぞって私を見ると、意味の分からない言葉を呟き、知らない名前で私を呼んで、私をどこかに連れ去ろうとする。
もちろん出会った人全員がそうなった訳ではない。両親はもとより、今我が家で働いてくれている人たちは、その人たちみたいなそぶりを見せたことがないもの。
そもそも母のお茶会に数十人が参加して、一人か二人が狂うかどうかという確率でしかないのに。
けれど、私を見ておかしくなった人が何人もいたのは事実。
そして当時五歳だった私が、おかしくなった人に拐われたのも。
……だから、私の自由は奪われた。
私は「人を惑わす呪われた子供」として屋敷に閉じ込められた。
両親は私を家の外に出さず、おかしくならないことが分かっている屋敷の使用人以外の誰にも会わせないことを徹底した。もちろん、新しく入る屋敷の使用人にも私は会わせてもらえない。
私が屋敷に閉じ込められるようになってから直接会って話せるのは、私の専属侍女のメアリーだけ。
食事の時に両親に会えるけれど、それでも挨拶以外で私から話しかけることは許されないし、両親が私に話しかけてくることもない。
私の狭い世界は、自室のバルコニーから見える屋敷の庭と、メアリーが話してくれることだけで作られている。
それが良いことなのか、悪いことなのか、正しいことなのか、間違ってるのかなんて私には分からない。メアリーの話を肯定する人も、否定する人も、私の周囲にはいない。
……でも、家から出られない私には、その話が正しいか間違ってるかなんてどうでもいいのかもしれない。誰にも会わない、誰とも話ができないのなら、たとえそれが間違っていても、誰に迷惑をかけるわけでもないのだから。
外の世界なんて、知らなくていい……。
誰が狂うのか、誰が私を拐さらおうとするのか。誰なら安全で、誰なら信用していいのか。
外に出ないで屋敷の中にいれば……両親やメアリーの言うままに誰にも会わなければ、そんなことは考えなくて済むのだから。
そう思う気持ちとは裏腹に、外の世界に惹かれてしまう自分には、そっと目を閉じて。
私は今日も、閉ざされた箱庭の中でいつもと変わらない日々を送るのだろう。
今日とは違う明日を渇望しながら。




