命令には従順に
数週間が経ち、シーナは街に向かいながら、フィフラティエに言われたことを思い出していた。
今回は少し特殊な『おつかい』で、自分はしばらくフィフラティエから離れないといけないらしい、とシーナはしょんぼりと肩を落とす。
フィフラティエの指示というのは、街に行き、『光明戦団』という名の組織に所属する、というものだ。
光明戦団は人外と戦う人間の組織のようで、フィフラティエもその標的となっている。
だから、シーナはその組織に入って、フィフラティエのために色々としないといけない、ということらしい。
具体的な話は聞いていないが、シーナの体内にはフィフラティエの影が仕込まれているので、逐一指示をしてくれるようだ。
フィフラティエのサポートがあるなら大丈夫だろう、なんてことを思ったその時、シーナの視界の隅に影がチラついた。
フードを被っているせいで視界が悪いが、あれは確かにフィフラティエが操るような、不思議な影に見えた。
「……フー様?」
呼びかけながらも、シーナはなんだか様子が変だったような、と考える。
影はフィフラティエと過ごしていればよく見かけるものだが、なんだか少し、いつもと違う気がしたのだ。
そもそも、フィフラティエだとしたら、直接話しかければ済むだけの話だ。
フィフラティエはそんな回りくどいことを好まないから、そんなことをするはずがない。
だったらなんで、とシーナが不思議に思った時、その視界に突然影が現れた。
その影は無警戒なシーナの足を掴み、思い切り引っ張る。
シーナの小さな身体は咄嗟に踏ん張ることもできずに、転んで影に引き摺られていく。
「な、なに!? ふ、フー様じゃない……? や、やだっ、どこ行くのっ……!」
ずるずると影に引き摺られて、シーナがフードの下で泣きそうになりながら、少しでも抵抗しようと傍にあった頑丈そうな雑草を握り締めた。
しかし、雑草は引き摺られるシーナの手に引っ張られて、数秒で既に根元から抜けてしまいそうになっていた。
すぐには抜けなくても、このままではその内千切れてしまいそうだ。
だが、近くに木や建物など、掴まれるような頑丈なものは無いので、シーナが今頼れるのは地面に生える雑草だけ。
シーナは土に塗れながら、必死になって雑草を握り締める。
やがて、雑草の根が見え始め、ブチブチと細いものから千切れていく。
このままでは、抵抗虚しくどこかへと連れ去られてしまうだろう。
「やだっ、やだぁっ……たすけて、フーさっ――ひゃあ!?」
フィフラティエに助けを求めようとしていたところで、突然掴まれていた足首がふっと軽くなり、シーナの足は重力に任せて土の上に落下した。
シーナが恐る恐る振り返ると、影のようなものが消え掛かっている。
その傍には見知らぬ男性が立っていて、冷たい目で影を見つめていた。
男性はふっと影からシーナへと視線を移すと、優しい表情になり、シーナと目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「大丈夫だったかい、お嬢さん? 駆け付けるのが遅れてすまない、足首を掴まれていたよね。少し見せてもらえるかな?」
「……え、……え……っ? ……あ……えっと、まず、助けてくれてありがとうございます……あの、お名前はなんですか? 私、シーナです! はじめまして!」
「ふむ……怪我は無さそうかな。……すまない。自己紹介が遅れたね。私はエクス、光明戦団、『光』の一人だ」
「……ひかり?」
光、というワードにシーナが首を傾げると、エクスと名乗った青年はハッとして、申し訳なさそうに微笑を浮かべた。
そして、軽く頭を振ると、丁寧に説明をしてくれる。
「すまない、君にはまだわからなくて当然だったね。つまり……光明戦団という組織に所属している、凄いことをした人……という証だ。わかるかな?」
「すごいこと! それは……、……それは……すごいということ、ですねっ」
シーナはそう言ってふにゃりと微笑むと、きょろきょろと周囲を見回した。
影は既に霧散してしまって、痕跡すらも残っていない。
フィフラティエに似た、違う影――幸先が悪いように感じて、シーナは不安そうに俯く。
「お嬢さんは、街に行くところだったのかい? どこから来たのかな?」
「あっ……は、はいっ。えっと……どこから……森の奥? やることがあって、街に行くところだったんです!」
「へぇ……それなら、私も一緒に行こう。まだ危ないかもしれないからね。……いいだろうか?」
「は、はいっ……えっと、お兄さん……エクスさんは、こーみょー……せんだん? の、すごい人、なんですよね! さっきみたいなことがあっても……大丈夫ってこと、ですよ……ね?」
少し不安そうにシーナが尋ねると、エクスは微笑みながら頷いて、そっと手を差し出した。
シーナは恐る恐るその手を取り、エクスとともに街へと向かう。
シーナの目的は、元より光明戦団への潜入だ。
この邂逅は、幸運で、好都合なものとは言える。
――なんて打算がシーナにあるはずもなく、シーナはこれから向かう先に、不安を覚えながら質問をしてみる。
「光明戦団? って、どんなところ……ですか?」
「おや、興味があるのかい? そうだねぇ……君には少し、殺伐としすぎているかもしれない。……ああ……ええと……空気がピリピリしてるって意味だよ」
「……こ、こわいところ……?」
「はは、君にはそうかもしれないな。だが、悪いところではないよ。悪い奴らを倒す組織だからね、どうやればたくさんの人を守れるかって、みんな真剣なものだから自然とそうなってしまうんだ」
「……あ、あのっ、えっと……エクスさんっ、光明戦団ってところ、見学してみたいです……!!」
シーナは意を決して、エクスにそんなお願いをした。
フィフラティエに命じられたからには、光明戦団に潜入をしなければならないから。
ただし、『これでいいんですよね、フー様……!?』なんて、とても、とてもとても不安がりながら。




