第45話 捜索
サクが東雲兵によって攫われたと聞いて、朱雀の兵たちは殺気だった。長城の外で待機している東雲兵たちと一触即発の空気になったが、慮淵が早々に兵を引き上げたために衝突は避けられた。
蒼月は数名ずつの兵に隊を組ませて、方々へと捜索隊を送る。悠遊を長城に残し、蒼月自身もただちに捜索へと出立した。
長城から東へと馬が駆けた足跡が残っていたことから、こちらが本命と見て蒼月は東を目指す。普段は姿を現さない蒼月の影が斥候の役割を果たす。彼は些細な印を見逃さない。サクが連れ去られ通った道を、かなり正確にたどっていく。
土煙を立てて駆け抜けていく一隊を見かけた者がいたとしたら、何事かと耳目をひいたかもしれない。しかし、人など滅多に通らぬ辺境の山間の道、蒼月たちは誰に見とがめられることなく、着き進んで行く。
数刻駆け、先方に寒村が見えてきたところで、蒼月は合図を送り馬の足を止めた。人目に付かぬよう近くの木立の中に降り立つと、駆け通しだった馬がどうと倒れこんだ。蒼月は馬の首を叩いてねぎらった。
「すまんな。よく頑張ってくれた。ここで休んでいてくれ」
影が先方の村から情報を掴んでくるまでの間、しばし一行も休息をとることとなったが、蒼月は己の内側から憎悪の感情が突き上げて来るのを収めきれずにいた。呪いの発作に似ている。サクを奪われたと思うだけで、怒りと絶望に胸がつぶされそうになる。
村の方角を睨みつけ、立ち尽くす蒼月を背後から見た兵たちは恐れをなした。蒼月の長い髪が風もないのにふわりと浮き上がりたなびいている。目には見えないが、ピリピリとした肌を刺すような痛みが、蒼月から発せられる気に乗って兵の皮膚に伝わって来る。
そう時を置かず、陰が一人の男を肩に担いで戻って来た。影は男を蒼月の前にゴロンと転がした。男は猿ぐつわを付け、恐怖に目を見開いている。目の前に立つ、蒼月の相貌に慄いている。
「この男は?」
「咲弥様を攫った犯人でございます」
蒼月が問うと、影は手短に返答した。途端に蒼月の目がカッと光り、蒼月は腰に下げていた剣を抜き放ち、男の顔面すれすれに振り落とし地面に突き刺した。ズザッと大きな音を立てて剣が突き立つ。躊躇なく振り下ろされた剣筋に、転がされた男だけでなく、その場にいた全員が蒼月の怒りの大きさを感じた。
「猿ぐつわをはずせ」
真冬に凍った湖よりも冷たい声で、蒼月が命じると、影がするするっとはずした。男は口が自由になると、蒼月が何かを尋ねるより先に、ペラペラとしゃべり始めた。
「お、おれは命じられてやっただけだ!ただの下っ端なんだ。口を塞ぐの手伝っただけだ。仕方ないだろう?高貴なお方の命令なんだ、断れるわけがねえ。だから許してくれ!」
蒼月は温度を感じさせない声音で尋問する。
「高貴なお方はとは誰だ」
「へっへ、それを言っちゃおれの命はねえってもんだ。口が裂けても言えねえよ」
「そうか。では、望み通り口を裂いてしまおうか」
蒼月は地面から剣を勢いよく抜いて、容赦なく男の口の中に切っ先を突っ込んだ。
「わっ!待ってくれ、言う!言うから!」
胡乱気に男を見てから、蒼月は剣を引いた。唇の脇が少し切れながらも、剣先に付いていた土を口からぺっぺと吐き出し、男は慌てて言った。
「ひー、殺さないでくれ!」
「さっさと高貴なお方とやらの名を言え」
「上皇様だ!」
「なに?」
蒼月は思いのほか上位の人間の名が飛び出したことに驚いた。
「なぜ上皇が一介の村娘を攫うのだ」
「し、知らねえ。俺は本当に命じられてやっただけなんだ。おおかた上皇好みの別嬪だから献上しようってもんだろう?一緒にいた兵士の一人が、あの娘を上皇様の許へ連れて行かねばならないと言い出して、報酬も弾むと言うから手伝ったのさ」
「報酬とは?」
「そりゃ、金さ。それにあの娘っ子はべっぴんだったから、上皇に引き渡す前に俺たちで味見をさせてもらおうって言うんで乗ったのさ」
それを聞いて、蒼月の体から黒い靄のような煙がメラメラと立ち上り始めた。ついに蒼月は怒りを押しとどめることに失敗したのだ。呪いの発作と同時に現れる青黒い紋様も肌に現れたが、一瞬で焼き尽くされるように燃えカスとなって消えた。
「結局嘘だったけどな!村に着くなり娘はでっかい屋敷に連れて行かれちまった」
蒼月に最も近い所にいた男は、蒼月を中心に足元の草木が枯れて行き、その範囲が広まっていくのにも気が付かず、ペラペラとその軽い口を閉じることをしない。
「今頃、上皇様の寝所に侍らされているだろうな」
主の限界と見て、影が男の意識を狩り黙らせた時にはすでに遅かった。蒼月の周りにものすごい質量の気がたまっていくのを感じ、影は焦って付き従ってきた兵に叫んだ。
「ダメだ、みな逃げろ!」
その直後に、バーンッとものすごい音を立てて、辺り一面が爆発したのだった。




