第40話 父の不在
サクはすっかり不安になってしまった。山に分け入り、大きな獲物に返り討ちにされたのかもしれない。足を滑らせ、沢に転落したのかもしれない。サクの頭の中にぐるぐると悪い想像が飛び交う。
「サブロさんは、しばらく留守にするってうちの父ちゃんに言って出かけったぞ?しばらく故郷に帰ってないから行ってみるって聞いたけど」
「本当?故郷へ?」
サブロが自分の故郷の話をサクにしたことはなかった。サクが生まれてから、そう言えば一度も、故郷に帰るなんてこともなかった。いくら遠方だとしても、十五年も帰らないなんて、何か事情があったに決まっているが、気にしたことがなかった。
「んだ。年老いた親に会いたいんだろう?」
「…!」
祖父母の話もほとんど聞いたことがない。てっきりもう亡くなっていて、サブロは天涯孤独の身なのだと思っていた。
サクはあまりにサブロのことを知らない自分に愕然とした。言葉数の少ない父ではあったが、どうして聞こうともしなかったのだろう。
様々な気持ちが入り乱れ、サクは顔面蒼白となり、息苦しいような気がしてきた。倒れてしまいそうなサクの様子を見て、デグは慌てるばかり。
そんな時、開けっぱなしだった扉から、蒼月の姿が見えた。
「どうしたのだ、咲弥。顔色が悪いぞ」
蒼月が入って来てサクの体を支えると、サクはこらえきれず泣き出して蒼月の胸に顔をうずめた。
「蒼月様…!お父さんが、お父さんがいなくなったのです。故郷へ帰ると言って、三月も前に…」
蒼月はサクの背中を軽くなでながら、優しく声を掛ける。
「サブロ殿の故郷はどこなんだ?」
「はっきりと聞いたことはありません。でも、たぶん、東雲のどこかだと」
「東雲までの国境はそう遠くないが、行って帰るだけも三月はかかるだろう。そう心配することはない」
そう言われれば、たしかに隣国の故郷を訪れるには、三月は長い期間ではないかもしれない。サクは少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「久しぶりに国へ帰ったのなら、あちこちへと顔を出すだろうし、滞在が長引いてもおかしくない」
「そうかもしれません。でも、いまこの辺境は東雲とあまりいい関係ではないと聞きました。父が無事に故郷に帰れているといいのですが、もしかしたらどこかで困ったことになっているかもしれないと思うと、心配で胸が張り裂けそうです。私には父しか家族がいないので」
「そうか。咲弥の気持ちはわかった。では、私と一緒に東雲へ行くか?」
ハッとしてサクは顔を上げた。涙にぬれた瞳で蒼月を見上げる。
「東雲へ連れて行ってくれるのですか!?」
「ああ。私たちはこれから東雲軍を一掃するために国境を越える。片が付いたら、サブロ殿を探すこともできるだろう」
「いいのですか?」
「責任者は私だ。そのくらいのことは何とかする」
「蒼月様!お願いします!」
蒼月は頷いて、サクの涙を指ですくった。蒼月が東雲に連れて行ってくれると聞いて、さっきまでの不安がウソのように消えて行く。蒼月が一緒なら、何とかなりそうな気がしてくる。
そのまま見つめ合う二人に、声がかかる。
「二人は愛し合ってるだか?」
サクは慌てて蒼月にもたれていた体を起こす。デグの存在をすっかり忘れていた。顔を真っ赤にして、サクはじたばたと否定する。
「ちがっ、そんなんじゃないわよ!」
「ふーん?てか、咲弥ってなに?サクのこと、咲弥って呼んでるだ?」
サクと蒼月はああ、と目を見合わせてデグに説明した。
「王都の神楽座で初舞台を踏んだ時に、芸名を付けていただいたの。瑠璃光院咲弥って言うの」
「へえ!すんげえ名前だな」
「えへへ、かっこいいでしょ?」
「おう、かっこいいな!なぁ、サクは今晩どうする気だ?この家には食いもんなさそうだぞ?おらの家さ来るか?母ちゃんも父ちゃんも会いたがってるし」
「いいの?じゃあお邪魔するわ。蒼月様はチナの家にお泊りですよね?」
「ああ、村長殿のお宅に滞在する」
「じゃあ、明日の朝、合流しますね」
三人で下の集落まで歩き、明日の約束をして解散となった。




