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プロの顔と兄の顔

※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。

 幼い頃からサッカーに携わる者は、小学生の少年サッカーから始まり中学、高校と進む。そしてプロの登竜門と言える高校サッカー、その大会で行われるインターハイや選手権での活躍によってプロへの道が開かれ、早ければ高校卒業後にプロチームへの入団となる。



 だが例外もある。余程の天才ならば高校前から既に注目され、早くからプロの世界へ飛び込む事が希にあって、弥一は今滅多に無いレアケースに遭遇していた。



「ハッキリ言おう弥一君、キミの体格はプロからかけ離れて下だ。まともにぶつかってはおそらく誰にも勝てない」



 体格においては完全な不合格でプロの世界に通用しない。そこは親しい知り合いだろうが現役のプロとして、厳しい目で容赦なく太一は言い切った。



 それに対して弥一は黙って聞き、太一を真っ直ぐ見ている。



「だがキミの場合は己の最大のハンデをメリットに変えている。小柄な身体だからこそ出来る身体の使い方に身軽さ。これまでの活躍がそれを物語ってるからね」



 小さい身体ながらこれまで東京予選、数々のライバルを完封してきた。試合をチェックしてきた太一。その中にはプロも注目しているUー16でも活躍した鳥羽、蛍坂、原木も居て、彼らをもってしても得点出来ずに終わった事。正直太一の中でかなりの驚きだった。



 激戦の東京予選、10試合連続無失点優勝に大きく貢献した天才DF神明寺弥一。



 これで全国で活躍となれば、多くのスカウトが彼をノーマークにするなど有り得ない。身長や体格の問題はあるが彼はそれを覆している。これまでのセオリーを根本から覆す可能性のある、かつてない逸材。



 それこそ10年に一人の逸材と言われてもおかしくは無いだろう。



 早い内から育ててプロに、そしていずれは日本代表として輝くかもしれない。



「元々才能あったキミはイタリア留学で大きく開花した。弥一君、うちのチームも注目していてスカウトマンもキミの所にそのうち来ると思う。だから俺も一押ししようと口説きに来たんだ」



 ノーマークの今しか無い。此処だというチャンスで、太一は今日この立見へと足を運んだ。弥一をプロの世界に誘う為に。



「本気でこの先もサッカーを続けるなら、更に上を目指すならこの話は弥一君にとって悪い話ではないと思うけど……どうかな?」



 太一は改めて弥一へと問いかける。



 彼はプロの世界にこのまま飛び込んで来てくれるのだろうか、その答えを待つ。






「一つ聞いていいですか太一さん、まだよく分からない所があって」



「ん?ああ、急に来たからね。戸惑うのは無理も無い」



「プロ契約してチームに所属しちゃったら高校選手権とかそういうの、出られます?」



 弥一は質問する。プロ契約したら高校在籍中という身は変わらないので、自校から選手として高校の大会に出られるのかと。




「難しいな、クラブチームに登録したら現役の高校生で選手権などの高校生の大会に出られる条件を満たしていたとしても、登録出来ないルールがある。プロ契約したらそれはもう一人のプロ選手でありアマチュアの大会には出られない……特別指定選手に選ばれれば別だけどな」



「特別指定選手?」



「ああ、高校や大学年代の選手がクラブチームやサッカー部に所属しながらプロの試合への出場を可能とする制度でな。これに選ばれた選手はプロに居ても部活の大会に出られるという訳だが……」



 特別指定選手について弥一へと説明。プロになった後でも部活動に関わる事は出来るが、太一は難しい顔をしていた。



 サッカーの特別指定選手制度は、最も成長する年代に種別や連盟の垣根を超えて、個人の能力に応じた環境を提供する。



 これが協会から承認されればプロの世界に居ても、弥一は高校在学中なら高校サッカーの大会には出られるという事だが問題はある。



「仮にそれで達成出来ても両方へ常に関わり続けるのは流石に無理だと思う。高校サッカーと同じくプロも試合の日程とか遠征とか色々移動もある。そしてクラブとしては自分達の成績が大事で、キミが即戦力として使えるなら高校よりもそっちを優先させるはずだ」



「つまりプロになっても高校サッカーには関われるけど、ほぼほぼプロ優先になっちゃう感じですか?プロの試合出て高校の方には出られない?」



「そうなるな」



 これが将来有望であり、プロでは実戦としてまだまだという育成選手なら試合の経験を積ませる意味で、高校サッカーに行く事は許可されるかもしれない。



 だが即戦力としてプロでも活躍出来そうなら話は別だ。弥一は天才的な技術と驚異的な読みを持つ、高校レベルの領域を超えた人物。クラブとしては即戦力で使い、プロとしてリーグで活躍が望ましいだろう。



 そうなれば高校サッカーに関わる事は至難の業。プロと高校の両方を戦うとなると、日程があまりにも過酷過ぎる。



 それを思えば弥一がプロとして戦いながら、高校の大会に出る事をクラブも自分の成績の事も含め、良しとはしないだろう。



 つまり早くにプロ契約するという事は、プロの世界に飛び込むのと同時に高校サッカーからは一足早く卒業し、そちらへ専念しなければならない。





「出られないんだったら僕まだプロにはなれません」



「!?」



 プロになったら高校の大会には出る事は困難。それが分かると弥一は太一の誘いをあっさりと断った。これには太一も表情が驚きへと変わる。



「何故……?一気にステップアップ出来る大きなチャンスだ。インターハイや高校選手権はプロを目指す為の登竜門、彼らはそれを目指している。キミはそこを通らずともプロへの道が開かれるかもしれないんだよ?」



 まだ考え直すかもしれないと思い太一は語る。これは大きなステップアップのチャンスだと。



「勿論すっごい魅力的な話だなぁと思ってますよ。早めのプロ行けるとか全員がそれ目指してると思いますし」



「だったら……」



 魅力を弥一は分からない訳ではなかった。早くからプロに行ける、それがどれだけ良くてメリットなのか。




「でも、このままプロに行ったら後悔すると思うんです。勝兄貴が作った立見サッカー部を揺るぎない高校サッカー界の王者、頂点に導けないまま参加出来なくなったら」



 プロになったらひょっとすると、高校の大会には二度と出る事が許されないかもしれない、そうなったら立見高校として試合に出られない。それを弥一は良しとしていなかった。



 かつて導かれ、教えてもらった師であり兄のような存在でもあった神山勝也。



 彼なくして弥一のサッカーは無い。それほど勝也は弥一にとって大事な存在だった。



「プロは大体10年か15年、長くて20年。僕の年齢だとプロ生活大体それぐらいですよね、でも高校サッカーって高校生の間、たったの3年しかない。そう考えるとそれを経験出来るのって4年に一度しか無いオリンピックやワールドカップぐらい重要だと思います」



「……」



 長いプロ生活と比べて高校生活は高校在籍の間で短い、一生の中で僅か数年しかない。



 弥一はそれがプロより大事だと思い、勝也の立見を取って残るという選択をしたのだ。



「勝也の立見を高校サッカー界最強、つまり此処で全国制覇をキミは狙っているという事か」



「はい、勝兄貴の作った立見はこんな凄くて強いんだって皆が忘れられなくなるぐらいの凄さ見せつけたいから」



 太一の問いかけに弥一は迷いなく笑って答える。



 立見サッカー部を高校サッカー界最強へと導く。勝也の作った部は此処まで強いというのを日本中に見せつける。



 それが今の弥一の望みであり目標だ。





 決意が硬い事は見て分かり太一は「ふう」と一息つく。



「弥一君、今……俺の中には二人の神山太一が居る」



 弥一を見つめる太一の表情は険しい、それは弥一も見ていて伝わる。心を読まずとも理解出来る程に。



「一人はプロ選手としての神山太一、こっちの気持ちとしては残念という一言だ。同じプロでキミと共にサッカーが出来ない、最大のチャンスかもしれない機会を棒に振ったりと……色々残念だ」



 険しい表情のまま太一は述べていく。プロの顔である彼の迫力、大抵の者はそれを前にすると何も言えない。そんな目力があった。




「だが、もう一人の勝也の兄の神山太一としては深く感謝したい。ありがとう、弥一君」



 険しい表情を解くと、太一は頭を下げて弥一へと礼を言う。



 今の太一はプロではなく勝也の兄としての太一。こちらの顔では勝也の事をそこまで想って、考えてくれているのが兄として実に嬉しく思い、深く感謝していた。



「……太一さん、正直最初来た時は驚きました」



「……」








「口説くとか、僕の事好きになったのかと。でも日本だと男同士は付き合えないし僕も男の人と付き合うのはなぁって」



「いやいやいや、俺結婚していて子供も居るから。子供二人目生まれる予定もあるし、あらゆる意味で全部壊れる選択そこでする訳ないだろ」



 無邪気に笑いながら冗談なのか本当に思ったのか、弥一がとんでもなく有り得ない事を言えば、太一は無いと強く否定。



 太一は若くして美人の妻と結婚し、子供も生まれ家庭を築いている身だ。



「そんな固くてシリアスなままだとこの後良い指導出来ませんよ、神山コーチ♪」



 そう言うと弥一は席を立ち、客室のドアへと手をかけて開け、部屋を後にした。






「……はは、本当……勝也、お前凄ぇ弟分見つけてきたよなぁ」



 天井を見上げ、思わず笑いがこみ上げて来る太一。



 今は亡き弟へと語りかけていた。




「っし」



 改めて己に気合を入れ、太一は席から立ち上がれば本来の目的を果たそうと動き出す。












「(すげぇ……)」



「(マジかよ、本物だ……)」



 放課後の立見サッカー部。その部室にざわめきが部員の間で起こっていた。



 テレビで活躍する現役のプロサッカー選手が、創立されて歴史の浅い立見サッカー部に来てくれている。これ自体が奇跡のようなものだ。



 プロの神山太一が立見サッカー部の部室に、特別コーチとして現れた時は誰もが目を疑う。だが成海や京子から紹介され、これが現実なんだと全員それを衝撃が残りつつも理解していく。




「今日俺はコーチとして招かれたけど、技術的な事で教えてあげられる事は正直言うとたいして無い。俺はそこまで優れたプレーヤーという訳ではないし、立見は思ったよりもずっとレベルが高い」



「だから俺が今日教えられるのはただ一つ」



 プロの太一からの言葉に皆が耳を傾け、注目する。一体何を教えてくれるのか。





「日本古来からある疲れ難い走り方、それを教えようと思っている」

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