古巣からのスカウト
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「お疲れ様でーす♪」
仕事を終えた弥一は現場に笑顔で挨拶をした後、マネージャー達と共に移動する。
この日の弥一は久々となる東京アウラのチャンネル出演。
チームの要として最近は毎試合に出続け、昨年と比べれば動画へ出る回数は激減していた。
それでも彼が出る事によって再生回数が伸びたり、チャンネル登録者も増えている。
彼の人気の高さが分かりやすく数値化された結果だ。
「ふ〜、あっちこっち行ったり忙しいなぁ〜」
移動する車内で弥一は後部座席にて、スマホを操作している。
次は雑誌の取材がある為、まだまだ休んでいる暇は無い。
「……え!?それは、その……本当なんですか?突然そのような……!」
すると助手席でマネージャーの女性が電話をしていて、何やら戸惑ったような声で話しているのが弥一の耳に入る。
それ以前に彼女が何故そんな動揺してるのか、弥一からすれば心を読めば一発で分かった。
「(これも縁って言うべきなのかな──)」
「本来ならシーズン開始前、または終了後に話し合いをしたかったが手遅れとなる前にどうしても会いたかった」
東京アウラのクラブハウスにある応接室。
そこに弥一はスーツ姿の男と向かい合う形で椅子に座っていた。
この日のハウス内は緊迫した雰囲気に包まれ、彼ら2人を見守る者達にとっては緊張の現場となっている。
「驚いたよー、まさかイタリアからわざわざ来るなんてね?」
相手は海外から来た訪問者で弥一は通訳を間に入れる事なく、男と流暢なイタリア語で話す。
「(本当にどういう事だよ……まさかイタリアから、それもビッグクラブのミランからスカウトが来るなんて……!)」
「(わざわざ来たって事は移籍……引き抜きとか狙ってる……?)」
周囲のスタッフは声を潜めて話していた。
スーツの男はイタリアから来たアントンという名で、ミランに所属するスカウトマン。
シーズン中にも関わらず、弥一にビッグクラブが注目している事を意味する。
「ヤイチ……ミランを出ていった君が、こうして年若い身で大きく花開いている事にあの日の選択が間違いだったと思ってるよ」
アントンが持ち出した昔の話、弥一はチームの方針に合わず1度ミランを去っていた。
それから数年経過して弥一は今、日本のプロで大活躍が続く。
あの日に弥一が不要とクラブが判断したのは大きな失敗だったと、アントンが話す中で弥一の方は笑みを絶やさない。
「昔──何かあったっけ?」
「……!」
弥一は昔に何があったのか覚えてないように言う。
あの日を気にしてる、気にしてない以前に記憶すら残っていなかった。
そう思わせる事で彼は追い出された事を深く気にしていると見られる為に。
これは今までチームを支えて勝手に追い出された、ささやかな弥一による復讐。
「あの時は君の力をよく理解していなかった者が多かったけど、今は違う。ヤイチをいらないと思う者はミランにいない」
アントンから真剣な顔つきで見られ、弥一は彼と目を合わせる。
彼の心の中は金の事とか利益に関する事は一切考えていない。
純粋に弥一の事をミランに欲しい、思っているのは一点のみだった。
「東京アウラとは2年契約で今年が終われば君はフリーだ。レンタルではなく君とは長期契約を交わしたいというのが、我々ミランとしての意思と思ってほしい」
「……」
「君の守備は素晴らしい。我がイタリアのカテナチオを誰よりも体現してみせている。今すぐ来いという訳じゃない、どうか検討してもらえるだろうか?」
無言で見つめる弥一に対して、アントンはイタリアに再び来てもらえないかと語りかけ続ける。
「無論それに相応しい契約金や待遇も用意するつもりだ」
「数年前とは全然僕の扱い変わっちゃいましたねー」
「変わりもするだろう。君は日本サッカー界のみならず、世界からも注目を集めつつある……壮絶な争奪戦になる事は確実で、その前に我々は君を直接口説きに来たんだよ」
おどけて笑う弥一に対してスカウトの真剣な目、熱意は変わらない。
神明寺弥一という選手は近い将来必ず、彼を獲得する為にビッグクラブも含めた各国のクラブが動き出す。
その前に古巣ミランへ再び来てもらう、というのがクラブの意思だ。
この現代サッカーにおいて小柄で細身な彼は通じない、そう思われたはずが時代へ抗うように、弥一は伝説や記録を築き上げていく。
その力を是非欲しいと。
「確かイタリア、欧州予選トップ通過決めてたよね?」
「え、ああ……ディーンが参加しているから当然の結果だな」
急に弥一から話を振られるも、イタリアが圧倒的な強さで勝った事をアントンは誇らしい気持ちで語る。
U-20イタリア代表は激戦と言われた欧州予選を全勝の無失点、完璧な成績で本戦出場。
ディーンが率いるだけでなくエリート揃いで隙のないチームとなり、彼らの強さはA代表をも凌駕するだろうと。
ディーンによるディーンの為の大会。
今度のU-20ワールドカップは、そういった大会になるだろうという予想が多い。
それを聞いていた弥一は悪戯っぽく笑った後──。
「僕が日本を今度の大会で優勝に導けば、もっと良い待遇になったりするのかな?」
「!?」
優勝はイタリアではなく日本、そう言わんばかりの弥一による発言だった。
「なるだろうけど、あり得ないな。君を中心に今回の日本は確かに優秀な選手が揃っていて、歴代最強の黄金世代という声も聞く」
母国の優勝を固く信じるアントンの言葉は熱を帯びていく。
「──だが、イタリアはそれ以上に歴代最強だ。サルバトーレ・ディーンがいる限り世界一は揺るがない」
鋭い眼差しを弥一に向けて言いきる。
ディーンが、イタリアが世界最強のチームだと。
「それはミランの上層部とかも思ってるのかな?」
「当然だろう。当初は彼の代表参加に猛反対してたとはいえ、彼が出れば世界一を取ると考えている。我々だけでなくイタリアの国民なら全員がそう思ってるはずだ」
その競技に対して日本よりも熱き思いを持つサッカー大国イタリア。
皆が最強国の復活、カテナチオが蘇ったと代表チームに大きな期待を寄せている。
スカウトマンという立場も忘れ、アントンは思わず胸に抱えた熱い気持ちを弥一に語っていた。
彼の内なる気持ちをわざと弥一が刺激させたと知らないまま。
「隨分と話が脱線してしまったけどヤイチ、この話の方──」
「現時点ならお断り、それぐらいじゃ駄目だよ」
話を戻すアントンに弥一は今の提示された契約に対して、駄目だと断った。
「(え、断っちゃうの……!?)」
「(良い条件だと思ったんだけどなぁ……)」
周囲は好条件で受けそうだと考えていたらしく、弥一が断った事は意外だったらしい。
「(凄く世話になった国だけど、皆そう思ってるなら崩さないとね)」
イタリア国民がディーンやイタリアの勝利を信じて疑わない。
なら今度の大会で打ち崩してやろうと弥一は企む。
彼の目指す目標は一つ。
U-20ワールドカップで日本の優勝、それも無失点での制覇だ。
勝也「しかし……お前どんな契約内容だった?気に入らないから断ったとか、条件悪かったのか?」
弥一「住心地の良い日本を離れて長期滞在したい、とは思わなかったかな〜」
勝也「一体いくらって提示されたんだよ、周囲は勿体ないとか言ってるし……」




