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休む勇気

※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。

 5月へと入り、東京で行われている支部予選は各ブロックで決勝が行われる。



 これに勝てば1次トーナメントの方へと進出が出来る。立見は後1回勝てばブロックの勝者の代表となれる所まで来た。




 前川を1-0で下し、翌日は完全休養を取って何時も通りに過ごす。週数回の集中した練習、試合の後日と前日は休養。身体を徹底して休めるというスタイルは曲げない。



 ブロック決勝の相手校は川木西高等学校。



 此処まで3-2、4-2と点の取り合いを制して、勝ち上がって来た攻撃的なチームだ。




 試合の前々日、何時も通り練習終わりに立見のスタメンが此処で発表される。



 2回戦の時とメンバーは変えない。前川を倒した勢いそのままに、今度の川木西にもぶつけるつもりのようだ。





 試合当日を迎え空は曇り。あまり天候に恵まれない中で、試合会場へと集まって来る両チームの選手達。




「……」



 弥一は川木西のアップする姿を遠くからじぃっと見ていて、何かを偵察しているみたいだった。




「相手は今回攻撃的なチームだから、いきなり立ち上がりとかにやられないようにしないとな」



 川木西に対して大門は攻撃力の高いチームで、開始から攻めて来るというイメージを持っていた。現に此処2試合とも立ち上がりから点を取りに行き、1点を先制している。



 なので開始から警戒していく必要があるだろうと。




「大丈夫だと思うよ」



「え?」



 だが弥一は大門とは別で彼らへの印象を持っていた。



 念入りにアップをする川木西を眺めていた弥一。そのうち彼らから視線を外して、自らも軽くボールを蹴って試合に備える。








 試合開始時間が迫ると、両選手のチームがフィールドにユニフォーム姿で集まり、両チームのキャプテンがコイントスを行う。



 結果は川木西がボールを取って、キックオフは彼らの自慢の攻撃からスタートとなる。




 川木西が攻撃力の高いチームというのは事前に調べていて、それぞれが開始早々の攻撃を警戒する。





 ピィーーー




 川木西のキックオフで試合が開始。




 ボールを持つ川木西の選手、パスで繋いでいくとFWの選手がドリブルで中央突破に出る。




 だがその時に一瞬ボールが足元から離れていき、弥一はその隙を見逃さずドリブルしてきたFWのボールをカット。



 弥一は取ったボールをそのまま蹴り出す。これが成海へのパスとなった。




「右甘いよ右ー!」



 すかさず弥一は後ろからコーチングに徹する。右の田村がフリーでするすると上がって行っていた。



 川木西の守りは中央寄りになっていて、右サイドは今空いている状態だ。



 成海はそれに気付き、右に横パスで送って走らせる狙い。応えるように田村は右サイドを自慢の快足で駆け上がる。




 田村は右コーナーまで走り高くクロスを上げた。そこに豪山が飛び、競り合うDFよりも頭一つ勝って、眉間にしっかりと当ててのヘディング。



 ボールはゴールの右へと飛び、キーパーも飛び手を伸ばすがボールには届かない。




 ゴールマウスにボールが入っていき、審判がゴールの判定。




 立見の先制ゴール。開始から僅か1分足らずの電光石火の得点だった。




 豪山を中心に立見が喜び、弥一は小さく拳を握り締めガッツポーズ。





「さあさあじっくり守ってくよー!」



 声をかけ、DFを弥一が盛り立てて行く。川木西は慌てずボールをセット、向こうからすれば、まだ序盤の失点なので慌てる必要は無い。



 此処まで点の取り合いを制して来たのだから、取り合いなら負けはしないと自信がある。




 だが守る弥一の方は、その点取り合戦に付き合う気は欠片も無い。失点する気など無いからだ。




 攻める川木西、大きなサイドチェンジを試みてボールを蹴り出す。




 このボールを影山が読んでヘディングでパスをカットし、ボールを成海が拾う。




 前線へと運んでいき、攻撃は最大の防御。それを形にするかのように立見が攻撃を仕掛け、川木西に攻撃をさせない。



 川木西も2点目は許さないとばかりに、必死のディフェンスで立見の攻撃を凌いでいく。



 だが、それも長くは持たなかった。




 一瞬の隙をつき、豪山がマークを振り切りフリーとなって影山からのパスをワントラップし、反転して右足でシュート。




 豪快にゴールネットを揺らし、豪山が追加点を立見にもたらしてくれた。



 2点目が入り立見が勢いに乗り、逆に川木西は痛恨の失点。それぞれ肩を落とすが、やがて顔を上げてまだこれからと切り替え、キックオフを迎える。




 まだまだ川木西は諦めていない。それは心が読める弥一にも伝わっていた。



 その気持ちとは裏腹に肝心の攻撃が上手く行っていなかった。



 パスが出されるが川木西の選手はこれに反応出来ておらず、ボールはタッチラインを割って立見にボールを渡してしまう。




「(やっぱり、あっち動きが重いね)」



 一部の動きが何処か重そうで、川木西はそのせいか自慢の攻撃は機能出来ていない。弥一から見てそれは明らかだった。





 前半はこのまま終了し2-0。立見優勢のまま後半戦を迎える。




 後半に入っても立見の優勢は変わらない。2-0を守るのではなく3点目を狙いに川木西ゴールへ、成海を中心に攻撃を組み立てていく。




「川木西、弱いチームって事は無いはずなのにこんなに圧倒出来るなんて……」



 自分のチームながら今この状況、立見がずっと優勢な事に摩央は驚いていた。



「考えられるとしたら疲労によるパフォーマンスの低下、でも試合数は同じ条件のはず。だとしたら考えられるのはオーバートレーニングによるもの」



「オーバートレーニング?って確か過度なトレーニングによる……」



 今この状況について考えていた京子。そして導き出された答え。その言葉に摩央は聞き覚えがあり、頭の中で記憶を呼び起こしていく。





 オーバートレーニング。



 過度なトレーニングの繰り返しで肉体的な疲労が充分回復せず、練習を積み重ねていく事で、容易に回復しなくなる慢性疲労状態に陥ってしまう。



 これをオーバートレーニング症候群と言う。




 練習は上達するのに欠かせない必要不可欠な事ではあるが、時に過度な量の練習をしてしまうと自らの体に刃となって襲いかかる事がある。



「まさかそれで?」



 摩央は川木西の一部の選手がそれで疲労が抜けず、パフォーマンスが落ちていると思うと少し信じられなかったが、他に身体が重い理由は特に思いつかない。






「はぁっ……!」



 フィールドを走る川木西の一人の選手、身体がとても重く感じる。



 普段より練習量が増えて、それをこなしてきたはずが発揮出来ていない。自らの身体をもどかしく思った事は、今日で既に回数は数え切れなかった。




 試合前日も練習を重ねてきて、立見戦に備えていたつもりだったが試合は立見が圧倒。



 まだ行ける、まだ行けるはず。そう思っていたら自分のチームの守備陣が再び踏ん張りきれず、相手チームのエース豪山にハットトリックとなる3点目を許し、リードは更に広がり突き放される。




 1点を早く返さないと、その気持ちで彼は走り続けた。




 高いボールが来る。このパスを取ろうとした。




 それを遮ったのは自分よりも小柄なDFだった。



 完璧なポジショニングとジャンプするタイミング。自分よりも前に出て頭でボールをクリアされる。




 この試合シュートが未だ撃てていない。



 何故自分よりも小柄なDFを前に仕事が出来ない。努力が足りないのかと苦悩する。



 肩で息する自分を小柄なDFは一瞬、こっちを振り返ったような気がしたが、彼はすぐ前を向いて仲間へと声をかけていた。




 そして練習の成果が発揮出来ないまま彼は交代を告げられ、何も出来ずフィールドを去ると頭にタオルをかけられる。彼の目には光る物があった。




 更に立見は後半に入った武蔵のパス。そこから同じく後半出場の優也がDFの裏を走り抜けて、1対1のチャンスをきっちり決めて追加点。



 川木西は攻撃に精彩を欠いてシュートの1本すら撃つ事も出来ず、試合はこのまま終了。





 4-0。立見がブロック優勝を決めて1次トーナメント進出を果たしたのだった。




 立見4-0川木西



 豪山3


 歳児1





 前回接戦だった前川戦から今回は4-0の快勝。立見はそれぞれ1次トーナメント進出を共に喜び、弥一は摩央からタオルを受け取った。



「お疲れ、攻撃的なチームで今回も前川の時みたいに接戦なりそうかと心配になったけどやったな」



「ああ、うん」



 タオルで汗を吹きドリンクを飲む弥一。横目で映る視線の先には敗れた川木西の姿。





「向こうに休む勇気があったらまた違ってたかな?」




 練習は大事、上手くなるのに欠かせない。練習量が多く厳しい高校は珍しくないだろう。



 だが時には休む事もそれ以上に大事だ。




 彼らが足りなかったのは努力や練習量ではない。




 少しの休む勇気。それがあったら、彼らとの試合はもう少し違った物になったのかもしれない。




 乗り越えられるかどうかは彼ら次第だ。




 彼らの背を弥一は何も言わず静かに見送るのだった。

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