遅れてきた彼は天才と出会う
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
1日、また1日と経過。
この一週間に2度のインターバルトレーニングを行い、持久力を主に鍛えて全体練習の量を立見サッカー部は増やしていき、八重葉学園との練習試合に向けて実戦に近いトレーニングを積んできた。
高校サッカー界の王者に立見の力が通用するのか、最初は名を聞いて萎縮気味だったものの、練習を重ねていく内に八重葉が相手でも勝つ気持ちが芽生えていく。
どちらにせよ練習試合の日が近づいて来ている事に変わりは無く、部員達は練習をこなすだけだ。
練習試合2日前。この日は朝練は基礎、放課後は実戦形式のゲームを中心のトレーニングとなる。
「もっと寄せろ寄せろ!」
紅白戦を行うサッカー部。この前の1年対2年と違い、学年それぞれバラバラにしての紅白戦だ。
2年DF間宮が声を張り上げて、ボールを持つ相手へ強くプレスかけるように指示を飛ばしている。
「ボールの動き追いすぎるなよ! しっかり相手も見ろ!」
キャプテンの成海もフィールドを駆け回りながら、後輩へ守備についての指導を熱心に行う姿が見えた。
「うお!」
ゴール前で豪山と相手の3年DFが競り合い、豪山が相手を弾き飛ばして頭で押し込みゴールネットを揺らす。
「(滅茶苦茶張り切ってるなぁ~)あ、オフサイドー」
先輩達がフィールドを走り回る一方、弥一は紅白戦の線審を努めていて、相手FWが残ってる状態からパスが出されると、すかさず旗を上げる。
弥一の視点で見ると全員が練習に熱が入って張り切っている。それに釣られず弥一だけは全く張り切る事なく、マイペースを貫いた。
その姿勢は紅白戦の方でも変わらない
全員がボールを追いかけ、動き回り走る中で弥一は走っていない。
歩いたり小走りだったりと走行距離が周りに比べて低い方で、キーパーを除けば一番下かもしれない。
「おいチビ、サボるな! 走れー!」
歩く姿は後ろに居るキーパーからは丸見えで、走らない弥一を見てコーチングで注意する。
「(別に今走る必要なんかないって)」
弥一は聞こえてるが、コーチングを無視。
状況を見て走る必要は無いと判断して、彼は無駄にスタミナを使わずにいた。
80分や90分、常に走り回るのは持久力を付けても、運動量が落ちずに続けるのは大変だ。走りは必要最低限にしてサボれる所はサボる。
そういう事をするのは立見の中で弥一ぐらいしかいないので、彼がフィールドで歩く姿は目立つ。
相手側のチャンスになり、パスを回して攻め込んで行くと。
「ほいっと」
「!?」
そこに来ると分かっているポジショニングを何時の間にか取って、パスコースに走っていてボールを弥一がインターセプトに成功。最終的に此処に来る事は心を読んで分かっていたおかげで、簡単にカットする事が出来た。
取った球を空いている左サイドの方に大きく蹴る。
走り込む位置を計算して選手の居る方ではなく、それよりも前方の方へ送った事で絶妙なパスとなり、カウンターのチャンスになっていた。
その後の弥一は走らず、マイペースに歩いて戦況を後方から見守る程度。
この日の練習が終了して八重葉戦まで2日と迫る。練習試合のスターティングメンバーが今日発表されるので、部員達は部室前に集まって成海の言葉を待つ。
「八重葉学園との練習試合は2日後、此処でスタメンを発表する」
いよいよ八重葉戦に出るメンバー発表の時が来て、それぞれが固唾を呑んで緊張している様子。
一体誰があの高校サッカー界の現王者に挑戦出来るのか。怖くもあり、楽しみでもあって複雑な感情が入り混じっていた。
部員達の緊張した心が伝わりながら、弥一は何も言わずに名前が呼ばれる時を待っている。
「では、発表は私から」
マネージャーの京子が前へと進み出て、紙の資料を手に発表される。
「GK」
まずはキーパーからの発表、大門は選ばれるのかどうか緊張し胸の鼓動は高鳴り始める。
「安藤」
「!」
選ばれたのは2年生から安藤で、出場が決まると小さく右手でガッツポーズ。
流石に入部して日が浅い内から、正GKが1年から選ばれるというのは早々無いのだろう。
此処で大門の名前は呼ばれなかった。
「DF、間宮、田村、川田、後藤」
「え?や、やった!」
DFで1年から川田が選ばれ、驚きと喜びが混じったリアクションをしている。選ばれるとは思っておらず、自分が八重葉と戦うのが信じられない気持ちだった。
その中に弥一が呼ばれず、スタメンで出場の可能性が潰える。
あれだけミニゲームや紅白戦で活躍したにも関わらず、スタメンの1年DFにはなれなかった。
「(ちぇ、なんだ……つまんないの)」
これに弥一は不満そうな表情を浮かべている。一番強い高校サッカーの王者と試合が出来るかと思えば、スタメンには選ばれなかった。
正直何でだよという気持ちはあったが、それを口に出して食い下がる程、弥一は子供ではない。
イタリア帰りの天才でもスタメンに選ばれない。この結果に部員の方でもざわつく。まだ1年だからか、体格が全然だからなのかと、様々な憶測が部員の内心で飛び交う中、発表は続いた。
「MF、成海、影山、鈴木、近藤、岡本。FW、豪山。スタメンは以上」
前線の方も発表されると、優也の名前も出なかった。弥一に続いて優也もスタメン入りは出来ず、練習で活躍しても本番で選ばれるとは限らないという事なのか。
優也の方は表情一つ変えずに発表を聞いていた。
システムは4-5-1で行くようでFWは豪山のみが選ばれている。
「川田ー! お前やるなー!」
「俺ら1年代表して八重葉に一泡吹かせてこいよー!」
「お、おお。やってやるって!」
同じ1年の仲間から祝福を受ける川田に、弥一が近寄っていく。
「おめでと♪しっかり守ってきなよー」
「おう、頑張ってくるから!」
弥一は川田に対して小さく笑みを浮かべて、祝福を述べると川田は元気に応えた。
「(よし……このままスタメンを守る! そんでもって夏も冬もどっちの公式戦も出る!)」
スタメンを勝ち取った事で小さな野望が生まれる。この先もスタメンの座を不動の物にして公式戦の出場を目指すと、川田の中で目標が出来ていた。
「続いてベンチ入りのメンバー、大門、神明寺、歳児……」
その時ベンチ入りの方に選ばれなかった1年の名前が3人とも上がる。
「! え、選ばれた! ベンチの方に行けるんだ……!」
大門は自分の名前が呼ばれ、ベンチ入りした事に喜んだ。GKが1年で選ばれるというのは、新設で層が薄いサッカー部とはいえ珍しい。
「(なんとかベンチ入りは出来た。後はチャンス待ちか)」
優也の方は静かに結果を聞いて受け入れ、チャンスが来るまでベンチで準備して待つ。それが今の自分のやる事だと理解した。
1年の中で特に有力視されていた弥一、優也の二人はベンチからのスタート。彼らも八重葉戦に出るチャンスがまだ残されている。
「翌日は練習を完全休みにして全員身体を休めて試合に控えるように、それじゃあ解散」
メンバー発表が終わった後、翌日は休みにして休息し試合に備えるよう、部員達に伝えて成海は解散を宣言。
翌日の休みで体の疲れを癒し、2日後の八重葉との練習試合を待つのみになった。
◇ ◇ ◇
4月15日 土曜日 8時半
「……神明寺はまだ来ないのか?」
八重葉学園との練習試合、立見サッカー部は部室へ集まっていた。
練習試合は立見高校のフィールドで行われる。此処で今日は八重葉が来るとなって、部内で緊張感は高まっていた。
成海は弥一の姿だけ現れないのが気になって摩央に尋ねる。
「は、はあ……グルチャで呼びかけてたらついさっき反応あって「寝坊したから遅れる!」と……」
「こんな時に寝坊かよ。何してんだあのバカチビは」
尋ねられた摩央はスマホを見ながら、先程弥一から来たメッセージを読んで、豪山に続いて何してんだと毒づいていた。
八重葉を前に寝坊は余程の大物か、余程の馬鹿か。彼の場合はどっちに転ぶ事になるのか不明だが、とりあえず試合前には間に合うという事らしい。
「(あー、面白い動画に夢中になり過ぎて夜ふかしが響いたかなぁ。でも見とかないと気になりっぱなしだったし)」
立見駅へと到着し、すっかり通い慣れた道を急がずマイペースに走る弥一。
昨日は馴染みの動画サイトで、新しく見つけた面白いグループの動画を見ていた。夢中になり過ぎた結果、夜ふかしになってしまって八重葉との試合前に寝坊という失態。
これが厳格な監督のいる名門校だったら大問題となっていたかもしれない。
「(試合は10時開始で今8時40分。余裕だね~)」
とりあえず間に合うとスマホで時間を確認すれば弥一は走り、前方に立見の高校は見えている。
「(あれ?)」
そこに見覚えの無い白いジャージ姿の者が何人も見えている。
更に弥一が走って近づくとジャージにアルファベットがあった。YAEBAと。
彼らこそが静岡から来た高校サッカー界の王者、八重葉学園。
そして間近まで来た弥一に、一人の白いジャージを着た八重葉の者が気付く。
互いに目と目が合う。
この時は互いの事を何も知らないが、この時に二人は何かを感じ取ったのかもしれない。
弥一と目が合っている人物、その男こそが2年のエース照皇誠。
これが天才サイキッカーDFと高校No.1天才ストライカーの出会いとなる……。
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