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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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二話

 それから。

 呆然としているうちに一週間が過ぎ。




「……ようこそお越しいただきました、刃野リュウ様」


 挨拶を言い終わると同時に、トモカズが頭を下げると、眼前の男性はその手をひらひらと振った。


「挨拶はいいよ。会議場に案内してくれない?」

「はい、もちろん」


 もう一度頭を下げ、トモカズはその人物を──ナイト連邦国務省管轄特例設置組織「転生局」の局長、刃野リュウを奥へといざなう。

 トモカズは一応この会議場の責任者であり、彼らにこの場所を貸している立場にあるのだから、本来はこのように頭を下げる必要はない。


 だが、眼前の男は、思わずひれ伏したくなるような、強烈な存在感を持っていた。

 慢性的に政情が不安定で、あまり仕事が出来ていないともっぱら評判のナイト連邦転生局だが、さすがにトップでいるだけの器はある、ということだろう。


 隣に立って廊下を歩きつつ、密かにトモカズは彼を観察する。

 彼の服装は、噂に聞く鏖殺人の服装とよく似ていた。


 この辺りは、ナイト連邦の転生局が、グリス王国のそれを参考に作られた、ということと関連しているのかもしれない。

 青い軍服に金の刺繍を施し、腰に帯刀─鏖殺人のような片刃ではなく両刃の剣─している姿は、鏖殺人そのものだ。


 尤も、二十代前半と思われる彼の方は、かなり初々しいが。

 加えて──。


「あの……お顔の物は、外されないのですか?」


 どうしても気になって、つい、トモカズは声を発してしまう。

 その声を受けて、リュウはピタリ、と動きを止めた。

 彼の顔に、大きなお面を身に着けたまま。


 顔全体を覆うような大きさの木の板に、目と鼻、口の部分だけ穴をあけたようなお面。

 その不格好さは、「仮面」と言うよりも、やはり、「お面」と呼ぶ方がよく似合う。


 紐で顔を押しつぶすかのように固定させているため、ほとんどリュウの顔が見えなくなっているほどだ。

 身に着けていると酷く蒸れるだろうから、外した方がいいと思うのだが。


「僕は、これをずっと身に着けている。これを身に着けるのも、仕事の一つだ。……だから、外す気はない」


 明らかに気分を害したと思われる低い声で、リュウが返答する。

 トモカズは、慌てて弁明をした。


「申し訳ありません。そのようなこととは露知らず……」

「まあ、いいよ。……あの扉が、会議場になるホールの入口だね?先に行かせてもらうよ」


 それだけ言うと、トモカズの存在を意識していないかのような口ぶりで、リュウはすたすたと会議場に歩いていく。

 いつの間にかついてきていた、彼の部下がそれに続いた。

 もちろん、彼らも皆、お面を身に着けている。


「……しょうがないだろ、顔を隠す理由なんか、調べる暇なかったし……」


 彼らが通り過ぎてから、トモカズは密かに愚痴を吐いた。





 緊張する瞬間が終わり、トモカズははあ、と息を吐いて、辺りを見渡す。

 通路では、立ち入りを許可した新聞記者たちが、がやがやと会話している。

 トモカズの知る限り、図書館のこの建物に、ここまでの人間が集まったことはない。


 ──この会議って注目されているんだなあ……。


 一応、会議場の責任者であるのだが、初めて得る知見に、トモカズは思わず呆ける。

 彼らに立ち入り許可を出したのは自分だということを、彼は一瞬忘れた。



 そんな風に、立ち止まったままでいると、背後から声をかけられた。


「糸井さん!ティタン様が来ました!」


 慌てて振り返れば、そこにあるのは手伝いを頼んだ後輩の姿である。

 玄関に控えて、来訪者の存在を知らせてくれるように頼んだのだが──。


 ──ティタンって誰だ?


 内容を咀嚼してから、一瞬、トモカズは戸惑う。

 本気で、聞き覚えがなかったのだ。

 だが、さすがに、次の瞬間には思い出した。


「……鏖殺人のことか!」


 声に出すと、通路に詰めている記者たちがぎょっ、と怯えるように空気を揺らした。

 その雰囲気で、もう一つの事実を思い出す。


 鏖殺人というのは、あくまで俗称。

 公式の場で用いるような名前ではない。


 もう遅い、と分かっているのだが、何となくトモカズは両手で自分の口をふさいだ。

 職員の失言として新聞に取り上げられでもしたら、トモカズの首が飛ぶ。


 その態勢のまま、心中で、トモカズは自分自身を罵倒した。

 あだ名の類ではあるが、アカーシャ国の中でも、鏖殺人という名称の方が知名度は高い。


 そのせいで起こってしまったミス。

 一応、参加者の名前は覚えておいたのだが、集中力を欠いていたこともあり、地が出てしまった。


 ──せめて、本人の前では絶対に言わないようにしないと……。


 先ほど、リュウを不愉快にさせたばかりだ。

 心の中で何度も念じてから、やっと、トモカズは玄関に向かった。




 ──さて、馬車はどこだ?


 玄関についてから、トモカズは、挨拶すべき対象を見つけるため、首を振って左右を見渡す。

 先ほどのリュウもそうだったのだが、普通に考えて、国外への移動手段は馬車だろう。

 だが、玄関に、新しく止められた馬車の姿はなかった。


 ──じゃあ、どこに……。


 後輩が嘘をつく理由などないので、鏖殺人が来たことは間違いない。

 だが、姿が見えない。


 まさか、案内を待たずに先に行ってしまったとでもいうのか。

 不安に思いつつ、トモカズは必死に鏖殺人の姿を探す。

 すると、再び背後から声がかけられた。


「早馬はここに止めておいていいのか?」


 低い、低い声だった。

 バッ、と振り返れば、そこには噂に聞いた通りの人物が、所在なさげに立っている。


 目元を覆う青い仮面。

 鼻の上まで覆う黒いマスク。

 腰から下げられた片刃の刀。

 隠し通せるものではない、その雰囲気も相まって、トモカズは反射的にかしこまって頭を下げた。


 グリス王国内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」局長、ティタン。


 目の前の人物────鏖殺人で、確か六代目になるはずだ。

 緊張しながらも、トモカズは言葉を口に出す。


「……はい、早馬はこちらで預からしていただきます。えー、ようこそお越しいただきました。私は、ここの責任者代理で、糸井トモカズと申します。ぜひ、案内を……」

「いや、いい。何度も来た場所なんでね。勝手は分かる」


 トモカズの言葉をぶった切り、鏖殺人は馬の手綱を渡してくる。

 トモカズが慌ててそれを受け取った時には、彼はもう歩き出していた。


 ──十年も局長をやっていると、慣れるんだなあ……。


 そんな感想を浮かべながら、トモカズは鏖殺人への言葉通り、馬を用意した厩舎へと連れて行った。

 同時に、十年前からやっているということは、今は二十代後半か、とどうでもいいことを考える。




 ──この早馬、かなり賢いんだな。


 厩舎で黙々と草を食んでいる馬の姿を見て、トモカズは密かに驚く。

 どんな馬でも、いきなり見知らぬ人物を乗せたり、自分の知らない場所に連れて行ったりすると、不安がって暴れることがあるのだが、鏖殺人が乗ってきた馬は、そのような様子を見せなかった。


 恐らく、今まで鏖殺人と共に様々な場所を駆け巡った、一種の戦友なのだろう。

 だが、それにしても──。


 ──アカーシャにあるこの図書館にまで、早馬で来たってのが凄いよな……。


 馬を見ながら、トモカズはそんなことも考える。

 鏖殺人が普段いるであろうグリス王国の王都と、アカーシャ国にあるこのマーズ大書院は、決して近くない。

 早馬を飛ばしても、六時間ぐらいはかかるだろう。


 加えて、早馬に乗るのには体力が要る。

 乗り心地だって、酷いものだ。

 部下を連れてきてもいないため、馬への命令役を代わることもできない。


「どんな体力してるんだろ、あの人」


 ぼそり、と呟くと。

 突然、相槌が返ってきた。


「本当に、ね」




 慌てて、トモカズは背後に視線をやる。

 それにしても今日は、背後から意外なものが一杯やって来る日だな、と思いながら。


 だが、「彼女」に対する驚愕は、今日トモカズを驚かせたものの中でも、随一だった。


 振り返ったトモカズの視界に映ったのは、早馬を連れた女性の姿である。

 肌の感じから言って、年齢は二十代前半だろうか。

 しかし、その肌を包む彼女の恰好は──尋常ではない。


 まず、着ているのはパーティーにでも行くかのような、煌びやかなドレス。

 首元には、幾らするのか想像もつかない大きな宝石も見えて、二重の意味で眩しい。


 靴も、この場所には似つかわしくないハイヒールだ。

 図書館を利用するにしても、転生憲章の会議に参加するにしても、まず着てくるような服装ではない。


 これだけでも十分奇妙だが、一番奇妙なのは、彼女の目を覆っている仮面だった。

 仮面と言っても、鏖殺人が身に着けている、覆面の仲間ではない。


 仮面舞踏会で活躍しそうな、蝶をかたどった豪奢なものだ。

 そんなものを身に纏った女性が、さして大きくもない厩舎の前に佇んでいるという非現実さに、トモカズはめまいを抑えられなかった。


 だが、めまいがするのは、それだけが理由ではない。

 彼女は──かなりの美女だった。


 蝶の仮面の奥に見える綺麗な瞳や、その下に続く細い顎だけでも、それが分かる。

 仮面を外せば、きっと道を行く男性のほとんどが振り返り、彼女の容姿に見惚れるだろう。

 尤も、今の姿では、別の意味で振り返るだろうが。


「私の早馬、ここにおいていい?」


 不意に、彼女が口を開いた。

 それを契機に、トモカズは何とか、自分を取り戻す。


「もちろん、良いですが……失礼ながら、あなたは誰ですか?」


 仮に、彼女が図書館を利用する人物でも、会議に参加する人物でもない不審者だというのなら、厩舎を貸すわけにはいかない。

 単純な好奇心もあるが、トモカズには彼女の正体を聞く義務がある。


 トモカズの言葉を受けて、彼女はフフ、と笑みをこぼした。

 空恐ろしくなってくる程怪しい恰好をしているのだが、顔のおかげか、不思議とその表情は絵になる。


「疑っているの?ごめんなさいね、前もって言って置かなくて……。私は、アカーシャ国の転生局の者よ」

「……アカーシャ国からは、剣崎局長がお一人でお越しになる、とお聞きしていますが」


 書類によれば、四十過ぎの男性だったはずだ。目の前の人物との一致点はどこにもない。

 だが、彼女はトモカズの疑問を、軽く受け流した。


「ええ、本当はその予定だったわ。だけど、予定が変わったから、代理として私をよこしたの」

「代理?」

「ええ。……名乗った方がいいかしら」


 そう呟くと、やおら彼女は、自分の右掌を見せてくる。

 そこに置かれてある徽章を見て、トモカズは思わず叫びそうになった。


「初めまして。アカーシャ国中枢統御会議所属特別機構『転生局』顧問の、天司エリカです。……元王族と言った方が、通りがいい?」

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