一話
四章の語り手:グリス王国転生局秘書官(一等職員) 宮野ユキ
「宮野さん!よ、よろしければ……お、お、俺と、付き合ってください!」
転生局の秘書官────宮野ユキは、相手の言葉が終わるのを待ってゆっくりと顔をあげる。
眼前では、ユキをここに呼び出した男性が、右手を突き出したまま深々と頭を下げていた。
彼の手は震え、膝もガクガクと揺れているが、決して言葉を撤回しようとしない態度からは強い覚悟が感じられる。
──気が滅入るなあ……。
相手に気がつかれないよう、ユキは密かに嘆息した。
研修生として各部署を回っていた頃から、この手の申し込み────要するに告白と言うやつは、しばしばユキの元にやってきている。
経験から言えば、呼び出しの半分は「前から噂になっている、転生局で働く少女をからかいたい」という好奇心によるもの。
しかしもう半分は、本気でユキに惚れた場合だ。
ふざけて告白してくる輩に関しては、そこまで悩むことはない。
適当にあしらってやれば良いのだから。
しかし本気で告白してきた人に対しては、やはりユキも心苦しくなる。
どうしたって、こう答えるしかないのだから。
「……申し訳ありません、私はあなたの思いに応えることは出来ません」
静かに口を開くと、相手の動きがピタリと止まる。
やがて、半泣きになった顔がユキを見つめてきた。
彼は内務省の若手職員の中でも、顔立ちが整っていることで噂になっていた人物だが、どうやら少々気弱な性格らしい。
「……理由を聞いても、良いですか?」
絞り出すようにして、酷い顔になった相手から疑問の声が飛んでくる。
やはりこの人物も、今までの人物たちと同様に自分を振る理由が知りたいらしい。
しかしユキはその言葉よりも、相手の視線の方が気になった。
顔をあげてすぐに、彼はユキの足を────車椅子の足置きに乗せられた両足を、あからさまに見つめてくる。
その様子から彼が考えていることを察したユキは、先回りして口を開いた。
「……別に、私が自分の足のことを気にして告白を断っている訳じゃありません。生活上のハンデを気にして恋愛をしないようにしているんじゃないかとか、そんな心配をしているのなら勘違いです」
どうしても、刺々しい口調になってしまった。
相手の様子が、はっきりと気まずそうなそれに変わる。
その様子を見て、ユキは今度ははっきりと嘆息した。
自分の行動や思考を、車椅子を乗っているというだけで特定の方向に決めつけてくる人々への対応は、それなりに慣れてきたと自覚している。
しかし、気分が悪くなるのはどうしようも無かった。
「あ、あの、じゃあ!」
ユキの心中を察することなく、相手からは新たな言葉が投げ掛けられる。
正直、既にかなり精神的に疲れていたのだが、一応耳を傾けた。
「何ですか?」
「例の転生局についての噂についてだけでも、聞かせて欲しいんだ」
──噂?
敬語が外れた口調で、相手は変なことを聞いてくる。
突然現れた単語に見当がつかず、ユキは眉を顰めた。
転生局については妙な噂が多いため、噂とだけ言われてもとても絞り込めない。
「すいません、何の噂でしょうか」
「いや、前々から言われている噂……君が、鏖殺人が囲っている愛人だって言う噂について知りたいんだよ。それについて聞いたら、諦めもつくからさ」
……反射的に、ユキは相手の顔を見つめた。
そこには、数秒前までの気弱そうな表情はなかった。
見えるのは一つ。
隠そうと思っても隠しきれない、にやついた笑いを浮かべた顔。
自分を振った相手をせいぜい不快にさせてから帰ろうとする、見苦しい男の顔だった。
その時、ユキの中で何かが切れた。
「ふーん、それで、ビンタしちゃったんだ」
「してませんよ、失礼な」
「じゃあ、どうしたの?」
「殴ったんです、グーで」
わあっ、とわざとらしい感嘆を口にして、鐘原が自分の座る食堂の椅子を後ろに傾ける。
驚きでのけぞっている様子を表現したいらしい。
中央警士局で働くやり手の一・五等職員である鐘原は、仕事中は生真面目な様子ばかり見せる。
しかし今のような休憩時間では、結構砕けた姿を見せることも多かった。
「だけど内務省の彼って、そんな感じの性格だったのね」
アイスティーの中身をストローでカラカラと弄りつつ、鐘原は感想を述べる。
「まあ、あんまり良い噂はなかったけどね。結構女癖が悪いとか、気弱な振りをして同情を誘ってるだとか」
気弱な振りと聞いて、ユキは彼が告白してきた時の表情を思い出す。
最初は言葉を詰まらせていたし、断った時には泣きそうな表情を浮かべていた。
しかし、それ以降はだんだん態度が悪くなっていた。
終盤のあの姿こそが素顔で、当初の様子は演技だったのだろうか。
だとしたら、中々に強かな人物だ。
「……そういえば、鐘原さんに一度聞きたかったんですけど」
「ん、何々?」
鐘原は興味を持ったようで、身を乗り出してくる。
今年で二十七歳の彼女だが、こういった様子は初めて会った五年前から何も変わっていない。
ユキを相手にフランクに接してくる転生局以外の職員は珍しくて────だからこそ、聞きたかった。
「その、率直な疑問なんですけど……鐘原さんから見て、私の顔って、可愛らしいですか?その、本当にそうなのかなって、疑ってて……」
流石に気恥ずかしい質問だったため、どうしても声は小さくなる。
何だか、自分がとんでもない勘違いをしている女性になった気分だ。
ユキは小さい頃、自分の容姿を誉められたことがなかった。
だと言うのに、ここのところやけに告白されることが多い。
それも、碌に話したこともない相手からだ。
相手は自分のどこに惚れたのだろう、というのは前々から疑問だった。
その容姿に惹かれて、なんてことも言われるのだけれど、どうにも信じられない。
だからこそ一応、率直に評価を聞いてみたかった。
そんなことを考えて、ユキはもう一度鐘原の方を見ようとする。
だが、そこに彼女の姿はなかった。
「えっ……?」
「こっち!」
戸惑って声をあげると、背後から鐘原の力強い声が響く。
慌てて振り向けば、そこには腕を組んで仁王立ちする彼女の姿があった。
いつの間にか席を立ち、ユキの背後に回り込んでいたらしい────それを理解した時には、鐘原は低い声で周囲を震わせていた。
「……自分の顔が、可愛いかって?」
「えっと、その……」
「……何で、告白されるかって?」
「いや、あの……」
「そりゃあ、あんたが……」
いきなり、鐘原はユキの両頬をムニッと掴んだ。
更に、そこそこ大きい声で叫ぶ。
「あんたが、この国の中でもずば抜けて可愛い、美少女だからだ────!」
「いや、ちょっと、鐘原さん、声大きい……」
「ダメ、これだけは言わせてもらう!絶対に言う!あんた、私みたいな普通の女には無い物で出来てる人間なんだから!」
咆哮をあげながら、彼女の手はユキの頬から体の各所へ移動する。
「まず、髪!肩を越えるくらいの黒髪ロング!そしてめっちゃ艶やか!何使ってんの!?」
「いえ、石鹸で洗っているだけですよ……」
「次に肌!凄い白さ!シミ一つ無い!透けて奥が見えそう!」
「この足ですから、内勤が多いので……日焼けしてないだけだと思いますけど」
「だまらっしゃい!私だってほぼ内勤だけど、シミやら小じわが増えてるわ!さらに瞳!何か紫っぽくて凄い綺麗!何これ、宝石!?」
「生まれつきです……」
「更に顔立ち!極上!以上!」
「へ!?」
「やかましい!法と倫理が許すなら、私だって襲ってるわ!」
「鐘原さん、そんなこと考えてたんですか……?」
「続けて体格!最高!無骨を通り過ぎてもはやダサい一等職員の制服も、あんたが着ると何か可愛く見える!」
「気のせいでは……」
「最後に胸!デカい!十八歳なのに!しかも未だに成長中!」
「ちょ、鐘原さん、食堂の人も見てる……」
最後の諫め言は、何とか鐘原の耳に届いたらしい。
辛うじて理性が働いたらしく、鐘原は糸が外れた人形のように動きを止める。
のそのそと彼女が向かいの椅子に戻るのを見て、ユキはほっと一息ついた。
どうやら自分は、鐘原からすれば嫌味に聞こえるような発言をしてしまったらしい。
まさか、こんなことを言われるとは思わなかった。
「……だけど、鐘原さんだって凄い綺麗だと思いますよ。背が高いし、美人だし」
「……ユキ、あんたに全く悪気がないことは分かってるんだけど、それはやめて。今の私にかなり効く……あんたはどうか知らないけど、他の人からすれば、あんたの一番の個性ってその綺麗な顔だからね……それに引き換え、私はさあ…………」
鐘原ツバキ、二十七歳。
平均結婚年齢二十五歳のこの国では、結構ギリギリの年齢である。
結婚願望は強いものの、恋人の一人もできたことはなく。
中央警士局の激務に耐える根性が相手を怯ませてしまうのか、現在お見合い十連敗中。
いつものようにお見合い相手の愚痴を吐く鐘原の姿を、ユキは苦笑いで見守った。
……そして同時に、こうも思っていた。
彼女は、ユキの個性的な部分を顔だと言った。
そして以前告白してきたあの人物は、きっと足こそが特徴的だと思っていたのだろう。
だが、二人とも間違っている。
それは分かり切っていた。
ユキの個性とは、全く動かない足でも、鐘原が誉める容姿でもない。
彼女の秘める一番の個性とは────きっと、その恋心だ。
あの人に恋したことこそが、恐らくは一番特徴的で、物珍しい個性だろう。
転生局秘書官、宮野ユキ。
年齢は十八歳、立場は一等職員。
そして特徴は、鏖殺人に恋をしていることである。




